タビトリプ

旅行大好き、ブログで旅日記を作りたい

関西を歩く・・那智原生林を歩く・ 滋賀の国宝めぐり ・ 琵琶湖ドライブ

2017年04月23日 | 関西を歩く

関西を歩く・・神倉神社と那智の滝上原生林を歩く (2017.4)

那智の滝の上を歩く1泊2日のハイキングに参加した

1日目

南紀に向かうバス見える山は山桜がきれいだった

早い時間の集合だったのに国道311までは遠く 途中の「ちかつゆ」で自由昼食
熊野古道「中辺路」ルート上にあるセンター

  

 世界遺産「神倉神社」 

磐座信仰の神社でコトビキ岩を祀る神社  538段の石段を登る

    

息を切らして登って大岩に着く

 

神社の横には沖縄のウタキのような岩の祠があった

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神社からの新宮市内が見下ろせた

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ここから熊野速玉神社まで歩く 

  

境内には大きな「薙ぎの木」がご神木として立つ 海の凪ぎを祈るという

 

熊野灘に出てバスは串本に向かう 橋杭岩が見えた

  

宿泊は串本ロイヤルホテル 部屋はオーシャンビューだった

   

2日目は朝から雨の最悪
雨支度をして那智大社に参拝する

  

神域に入り 受け取った白石をお砂場に置く

神域の原生林に入る 滝が見える位置でも雲の中

  

ここからは杖を置いて両手を使いながら下りる 雨は止まない

  

案内人の手で支えてもらいながら川を3か所渡る 靴が濡れる水だった

  

やっと二の滝に着く 

ここまで来たが雨が止まず、水量が多くなってきたので、ここからは希望者のみ進むことになり
私は無理をしたくないと参加しなかった

帰り寄った大杉も霧の中

那智大社に戻り、屋根の下で弁当を開く

  

昼食後に石段を下り 那智の大滝に行く
   

本来ならばこの滝の上が見えた筈なのに残念
今までいろんなハイキングに参加したが、こんなに1日中雨は初めて、足も体も濡れて最悪だった

この原生林歩きは水量の少ない期間限定だから、今年はもう終わり
来年再びトライしたいと思う


滋賀の国宝めぐり(2017.9)

国宝という言葉に惹かれてツアーに参加したが
戦乱の多かった近江の地に、この様な古い神社が残っていた事に驚いた

苗村神社(なむら)は東と西が道路で分断されている

神官さんの案内を受けながら国宝の西本殿を拝観
国宝の本殿を近く見る 927年に全国の神社一覧に名があるそうだ
本殿は檜皮葺 三間社流造り

 

道路を渡り 重要文化財の東本殿に行く
木立囲まれた小さな社だった

   

苗村神社のホームページ
http://www.rmc.ne.jp/dragon-kanko/namura-jinjya/

 

昼食は石山まで戻り 「近江のおばんざいとシジミ飯、シジミ汁」
おばんざいは 丁子麩の酢味噌和え、日野菜漬け 近江牛味噌和え 赤コンニャク
湖魚佃煮 比叡湯葉の和え物 えび豆 しじみのしぐれ煮 と説明
琵琶湖のしじみはとても小さかった

 

大笹原神社は室町時代に建立 東山文化の華麗な装飾がある
野洲市のボランティアガイドさんの説明を聞く

銅葺きの拝殿の後ろに本殿があり 柵の中まで入り凝った装飾を拝観した

  

  

横に並ぶ「餅の宮」が元々の篠原神社でうるち米に感謝して餅の関係者かお参りするそうだ
鏡餅の発祥の神社だそうだ

 最後は「御上神社」 近江富士と言われる三上山をご神体とする神社
楼門は二階建てで重要文化財

 

拝殿で、正式参拝をする 畏まって祝詞を聞き,お祓いを受ける

  

国宝の本殿は檜皮葺に白壁 仏教徒融合の造りがユニークだそうだ
 菅原道真が祀られている

御上神社のホームページ
http://www.mikami-jinja.jp/schedule.html

国宝に指定されるのは
歴史、古さ、他に無い特殊性と三社の神社を見て思った

おわり 


琵琶湖ドライブ (2017.10)

琵琶湖西岸をドライブした

琵琶湖大橋を走ると「琵琶湖周航」の歌が聞こえるとの事で東側から渡ったが
何も聞こえなかった

西岸の道の駅「琵琶湖大橋米プラザ」で詳細を聞いたら
聞こえる場所は西岸から東向きで追い越し車線を法定速度で走った時だそうだった

帰りにもう一度走ることにして「浮見堂」に向かう

以前 琵琶湖歩きをした時と比べると周辺が整備されて観光街並みになっていた

  

東に向かい千体仏が祀られている 横の波間に見える石碑は何だろう
説明を聞かなかったのが残念

 

国道161を北上して高島市の「白鬚神社」へ
湖の中の鳥居と本殿の間の道路を車がひっきりなしに走る

   

 

以前は行かなかった階段を上り 
三社、内宮、外宮 岩戸社に行く

  

昼食は神社近くの蕎麦屋で「十割そば」食べる
十割でこんなに細く繋がり腰があるのが不思議だった 
自宅で蕎麦を打ったことがあるが、プロの秘訣を知りたいと思った
  

次はこの春にマキノで芽生えのメタセコイヤを見た道路を走る
空を隠すほどに茂り、3キロも続いていた
小雨模様の天気で人が少なく 道路の真ん中で写真を撮れたが、紅葉の時は混雑だろう

  

帰路 再び琵琶湖大橋を渡る
今度は西から東へ 追い越し車線を法定速度の60kmをキープしたら
しっかり歌が聞こえた 道路に何の変化もないのにどんな仕掛けなのか不思議

走行距離 220km


山陽道を歩く・・⑧広島~山口・・宮島弥山登山

2017年04月20日 | 山陽道を歩く

山陽道を歩く・・・宮島・弥山 (2017・5)

神の島と言われる宮島に何回か行ったことがあるが、いつも厳島神社周辺だけの観光だった
日本の御神体とされる山には必ず巨石の磐座がある
この宮島の弥山の巨石を見たいと思っていたのがやっと実現できた

 宮島口からフェリーで渡る JRフェリーの料金は鉄道一区間の料金往復¥360だった

  

宮島到着後は観光地を横目で見て、ロープウェーの表示の紅葉谷を歩く

   

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 紅葉谷入口から川沿いに整備された登山道を歩く

   

 2.2Kmは大したことないと思ったが登りばかりでかなりきつかった

 

 途中で逢った人たちの半分以上は外国人だった
太陽光での登山者カウント器が道沿いに設置されていた

   

 約1時間半で弥山神社に到着 拝殿の後ろに巨石がある

      

 でもここが頂上ではない 再び登ると道の前に巨石がごろごろとある
祠には不動像が祀られていた

 

   

 かなり登ってやっと頂上へ

 

 これが写真で紹介されている弥山の頂上  休憩所が作られトイレもあった
   

 持参の弁当を広げて海を見るが「黄砂」のひどい日で霞んでしか見えなかった

 下りは「大聖院コース」で降りる 石段が続く道だった
ここにもカウント器が設置されている

   

 昨年の大雨で土砂崩れ壊れた道は歩きやすく整備されていた

    

 下山の途中で厳島神社の全景が見下ろせた 引き潮で鳥居周辺に水がないのが見えたので、
私も是非海に下りてみたいと急ぎ足になる

  

 白糸の滝 瀧宮神社

   

 大聖院を後ろから見て、正門にまわるが中には入らなかった
宮島で最古の寺院だが寄らずに鳥居の方へ急ぐ

    

 潮はまだ引いていて 修学旅行生たちが写真を取り合っていた
私もこの海に下りたのは初体験で引き潮に時間に会えたのはラッキーだった

 

 水のない厳島神社 鳥居内での貝採りは禁止だが鳥居の外はOkとかで
潮狩りをしている人もいた

   

 弥山に登れた事、引き潮の鳥居に出会えた事、嬉しい実現だった
おわり  


 山陽道を歩く 
⑧広島~山口  (2017.4)

いいとこどりの山陽道歩き8回目は広島まで新幹線で行く

最初は宮島観光
バスで宮島口へ行き、JRのフェリーで島に渡る

 

わざわざ大回りをして鳥居に接近のサービス
宮島口駅にあった料金表を見ると運賃は¥180だった

 

案内人は昼食会場の店員さん 慣れた調子で案内してくれた
宮島の鹿はおとなしい 

  

海に浮かぶ御殿を歩く

  

 厳島神社の裏門に私の探す「尻上りの狛犬」がいた

  

昼食は牡蠣フライとアナゴ飯
もみじ饅頭の自動作成機は見ていて面白かった

  

食後は自由観光で 五重塔や満開桜を楽しんだ

  

フェリー広島へ戻り バス移動して前回続きの本宿歩きを開始する

御庄宿の本陣跡は空き地だった
 

多賀神社 本陣は無くなっても神社は地域で守られている

  

玖珂宿 ここも街道のみで本陣跡は判らなかった



菅原神社 大木の多い立派な神社だった
ここにも「尻上りの狛犬」あった 西日本に多いと聞いていたが本当だと思う

  

狭い農道を歩く これが明治前の山陽道だそうだ
この道沿いの畑に「刀工仁王清綱屋敷跡」標識がある
広大な屋敷で栄え、ここで造られた刀で近藤勇が処刑されとか

   

高森宿
高森町は本陣を整備していた 公的な支援がないと保存は難しいのだと思う

  

この高森に宇野千代の碑がある 
本家が造り酒屋だったそうで、屋敷があったという広い空地と立派長屋が残っていた 

    

高森天満宮もピンクのきれいな神社だった

  

今夜のホテル湯田温泉 フグ刺しの夕食の後、温泉を楽しむ

  

1日目歩行距離  15,200歩

2日目は瑠璃光寺へ 大内時代の檜皮葺の華麗な五重塔を見る

近くの毛利家の墓の石畳は手をたたくと響く うぐいす張りである
白い部分で手を打つと本当に響いた

 

バスで再び岩国へ戻り 錦帯橋を観光 山の上に岩国城が見える

  

堤防の桜がきれいでここでも桜をたのしむ

橋のたもとにある臥龍の松は岩国武士の意地の証

   

佐々木小次郎の燕返しを練習した柳の木が残る

  

橋を渡ると吉香公園が広がる ここで自由散策



私は以前、白蛇も岩国城も見たので、今回は岩国美術館へ行く
展示内容は「戦国の重宝」 見やすい充実した展示を楽しんだ

昼食は岩国国際観光ホテルで「岩国寿司」蓮根煮物  

   

以前の山口、岩国、美祢の記録  ご参考までに
 http://blog.goo.ne.jp/goorosy/e/69179902ecb3c8cdc87f5fd16f080fec

 

バスは西に向かい、昨日の続きの本陣めぐりを開始する

「今市宿」
本陣は今は空き地で地元の集会所になっていた
今は周南市になっているが熊毛町はナベツルの渡りで有名なところ

 

「呼坂宿」
本陣は立派に残っていた 

   

この山陽道に「吉田松陰と中島忠三郎決別の地」碑がある
松陰が江戸に送られる時に、弟子の忠三郎が師と無言の別れをしたそうだ

 

西善寺は立派な門のある浄土真宗のお寺

   

お寺に比べて地元の由加社は素朴で味わい深い

  

最後は「久保市宿」
旧道を登って視界が広がった所に祠は残るだけだった
 

  

バスは新山口駅へ 新幹線で帰る
山口駅の南北の通路は壁に緑が植えられている

 

2日目歩行距離  12,000歩 


大阪を歩く・・大山崎 天王山・・万博梅まつり・・宝塚アベーレ・・藤田美術館

2017年04月02日 | 大阪を歩く

 

大阪を歩く・・藤田美術館 (2017.4)

友人がグループ展を開催しているという連絡で 藤田美術展へ行く
美術館は太閤園の前にある(都島網島町)

  

彼女は人間国宝の秋山信子の弟子で創作人形を作成している
人形の雰囲気が穏やかで優しく素晴らしい

 

一体づつ ゆっくり見て回り 写真の許可をもらい写してみた
どれも可愛かった

  

  

   

藤田美術館は常設展していないが、春の企画展を開催中だった

コレクションは事業に成功した藤田傳三郎が
明治の廃仏毀釈や武士没落で日本の美術が海外へ流れることを憂い財を投じて集めた美術品

一度は見たいと思っていた「曜変天目茶碗」を見ることが出来た
写真不可なので絵葉書を写す  素晴らしい瑠璃色が光っていた

美術館を見た後 桜ノ宮の満開の桜を見て帰る 

 

丁度満開で 目の保養をした一日だった


宝塚でイタリアン (2017・4)

知人である山田義雄氏が書いた本「愛とパスタに生きる」読んだ

第一次大戦中に同盟国のイタリアの海軍兵として来航した青年が運命に流され
武田尾温泉の娘と結婚 イタリア料理のレストラン開いた話

そのレストラン「アモーレ アベーレ」に行く
雰囲気のある住宅レストランだった

 

アベーレの写真が飾ってあった

  

ランチコースを楽しんだ

  

  

手塚治虫は宝塚出身で記念館があった 正面に火の鳥がはばたく
出版された本の展示と自由に読めるコーナーがある 

 

 

アニメ作成のコーナーでは順番待ちで人気の場所のようだ

 有名な花の道は桜が満開できれいだった 乙女たちの像もある

  

大劇場に入ってみたが本日分のチケットは売り切れ 夢の場所だ



 

優雅な一日を楽しんだ  おわり


万博公園・梅まつり   (2017.3)

まだ肌寒い日だったが万博公園の梅を見に行く
 東口から入り、太陽の塔の前を通って梅園へ

  

 梅はきれいに咲いていた 風は冷たいが空は晴れて梅見には絶好日  

 

 丘の上に立つ枝垂れ梅が樹形が良く美しかった 

  

 ここから歩いて、椿園に向かう 途中に水車小屋、足湯もあった  

   

  西大路通りのプラタナスの並木通りは大木が天まで伸びて壮観 新緑、紅葉はきれいだろう

 

 椿園にもきれいな花が咲いていた 梅と違い椿は一つづつの花を愛でる 

  

    

 チュリップ畑の苗は元気に育ち、桜の蕾は固かったが、咲くころにまた来てみたいと思った 

  

 終わり


 大山崎 天王山を歩く (2017.4)

天下分け目の天王山に登りたいと思っていたのがやっと叶った

桶狭間から大坂夏の陣までの「合戦地巡りのツアー」があるのを知り
その5回目の天王山合戦に参加した
私はこのシリーズは初参加 38名 男性の多いウォーキングだった

JR大山崎に現地集合 
地図、イヤホンガイド 弁当を貰い、ガイドの案内でスタート

 

先ずは西国街道沿いの大山崎町歴史資料館で秀吉と光秀の大山崎合戦の様子を学習

  

 JR大山崎の幅の広い踏切を渡り、上り坂と石段を登って「大念寺」へ

  

次は「宝積寺」 立派な三重の塔のあるお寺だった さくらはまだ蕾だ

   

秀吉が座ったと言われる出世石はとても小さかった

この裏から登山道に入り、上り坂が続く 
  

青木葉谷展望台で休憩 ここからの展望は素晴らしかった
大阪平野が広々と見渡せる、ハルカスのビルまで見えた 昔からここが武将たちの押えたい山であった事が判る

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再び登って旗立松の展望台で合戦の地を見下ろす
天王山の戦いはこの川の合流地で行われたとガイドの歴史の説明を聞く
陶板に合戦図が書かれている

  

十七烈士の墓
蛤御門の変で長州敗退の時、天王山に立てこもり自刃した真木和泉ら17名の墓

三社宮を過ぎた所の陶板は光秀が襲われる話
変色しない陶板での説明は天王山歴史が判り好感する

  

酒解神社は奈良時代に創建の由緒ある寺
ここの「神輿倉」は板倉作りで重要文化財 珍しい造りだそうだ

  

ここに立つモミの木は高くそびえて遠くから天王山を見た時に見えるとか
いつか確認してみたい

天王山山頂へ ここには秀吉の山崎城があり、天守閣もあったと説明してあった

 

ここにも陶板で天下統一の説明。 別に歴史の説明版もあり、個人ハイキングでも判り易いと思う

  

弁当は 助六弁当だった
 

山崎聖天の方へ下るが、下り坂は急だった
こちらから天王山に登るルートは距離は近いがきついだろうと思った

裏口から神社内へ入る

   

ここの灯篭は別子銅山の銅で作られたとか 去年四国ドライブでその別子の遺跡を見たので感慨深い
http://blog.goo.ne.jp/goorosy/e/5474533b8263e0ba77d38f1c5b3ea8a2
庭では8日の花祭り用の舞台を作っていた ここの桜もまだ蕾

 

聖天さんの急な石段を下りたら、JR大山崎駅  ここで解散 
大山崎美術館へ向かい人もいたが私は帰宅する

歩行距離  10,000歩