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旅行大好き、ブログで旅日記を作りたい

関西を歩く・・大阪湾を歩く⑫浜寺公園~住吉大社

2019年01月09日 | 関西を歩く

大阪湾を歩く⑫浜寺公園~住吉大社  (2019.01)

今回からは現地集合で南海浜寺公園駅に集合する
天気は晴れ 気温10℃ 参加者21名 10回を終えて顔なじみが多くなってきた

浜寺公園駅は辰野金吾の設計による洋風建築
私鉄最初の明治の駅として保存されている

  

浜寺公園内で、準備体操をした後、歩きをスタートする
台風の倒木は殆ど片づけられていた
 

 浜寺公園を通り抜けて府道204の歩道を歩く

 石津川を渡る

 

阪神高速湾岸4号線道路沿いに歩く

 大浜公園に到着 ここで昼食、持参の弁当をベンチで食べる 寒かった!
公園は広く、瓢箪池や体育館 蘇鉄山がある

クリックで拡大 左上の矢印で戻る
 

公園内の蘇鉄山は日本一低い三角点がある
昔はここから大阪城や生駒山六甲山が見えたそうである

公園内を抜けて高速道の下の階段を通り昔の堺港に行く
公園として整備されていた

    

灯台の対岸に大壁画 江戸時代にここに異国の文化が陸揚げされた様子を描いている

 クリック

旧堺港の対岸には女神像が立っている
調べてみたら 
1903年の産業博物館のシンボルとして建てられた龍女像だった 室戸台風被害で撤去
2000に市制110年を記念して再建されたもの 台座16m像10mのブロンズ像

港近くの新明神社に行く
ここでは低い山の「蘇鉄山」登山証明書を貰う
住所氏名を記入して、50円払うと立派波証明書を呉れた

   

旧堺港から国道26を歩く ここは蘇鉄が並ぶフェニックス通り
 

宿院から阪堺線が走る紀州街道になる
新しくできた「堺利晶の杜」 堺の観光紹介する

   

この直ぐ横に「利休屋敷跡」がある

  

紀州街道には昔の面影が残る 
小西行長の屋敷跡 学校跡など 

  

大和橋を渡る この橋が唯一の大和川を渡る橋だったそうで
このまま住吉大社に繋がる 

 

昔は賑わった昭和の雰囲気の商店街「安立本通り」

  

住吉大社が見えてきた 駅前に到着して解散

お参りは自由参拝だったが、私は今年も良き年であるようにお参りした

 

南海電車に乗り帰宅

歩行距離 26,100歩

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京都を歩く・・大文字山

2018年12月08日 | 京都を歩く

京都、大文字山を歩く (2018.12)

山歩き好きな友人の案内で大文字山を歩いた

阪急河原町で下りて、八坂神社参道から蹴上に向かう
都ホテルが「ウェスティン都ホテル」になって大きく改装されていた

  

蹴上のインクラインを登りつめた所から登り始める

   

日向大神宮に来て、ここは以前歩いた記憶を思い出す
数年前に「京都トレイル」参加したルートだった

   

台風で倒れた木を片付けて、とりあえずトレイル道を確保した様子だ
京都もまた台風被害は大きかった

  

大文字山の三角点から京都の町を見下ろす

   クリック(拡大の後、左上の→で戻す)

夏の「大文字」の火床に行く 
私はこれが見たかったが近くで見ると大きすぎて全体がつかめなかった
快晴で京都全体が見れたのは良かった
 クリック

大の字の中心の火床と点々と並ぶ文字を描く火床

     

銀閣寺から大文字に登る入口の登山道に下りてきた
「行者の森」の岩が銀閣寺から登山の目印

 

銀閣寺入り口に下りて終了 バスで京都駅に向かう

歩行数  18,500歩 

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関西を歩く・・大阪湾を歩く⑪工業公園~浜寺公園

2018年12月07日 | 関西を歩く

大阪湾を歩く⑪浜工業公園~浜寺公園 (2018.12)

 

前回の終了地 浜工業公園から歩き始める

 

岸和田のベイサイドモールは立派だった

 クリック
(クリックの後は左上の→で戻る)

この前の交差点が「だんじり回し」の場所だそうだ

浪切神社だんじりの安全祈願の碑が立っている

    

阪神高速4号湾岸線のアーチの橋をくぐり 海に出ると公園が整備されていた

   

     

府道29号 車が通る横を歩く

朝陽公園に入る この周辺の壁には人影の絵が描かれてユニークだった

  

岸和田渡船 何処に渡す船かと調べたら「一文字」という釣り場に運ぶ船のようだ
でもその一文字がどこなのか判らない

府道29沿いに歩いて 忠岡町の公園で休憩
忠岡町は日本で一番面積の小さな町 人口約17,000 
平成の大合併の時に住民反対で町として残ったそうだ

阪神高速湾岸線を見ながら「大津川大橋」を渡る

泉大津 ホテルきららリゾートの最上階のレストランで昼食

  

見下ろす眺めは素晴らしかった
 クリック

ホテルと高速をまたぐ通路を歩いてみる 踏み台があるのにすりガラスで下の高速道は見ない 

 

午後からは府道から離れて 紀州街道を歩く

街道らしい歴史を語る家が並ぶ
  

南溟寺(なんめいじ) この寺を中心に寺内町が発展した
境内に「真鍋城址」と「戎小学校創建の地」の碑がある
真鍋城は信長に仕えた真鍋氏の城

 

上品寺横の墓地 この墓地には日露戦争の捕虜になったロシア兵が葬られているそうだ

   クリック

紀州本陣だった田中家の広い屋敷

助松公園に入る ここも台風倒木の処理中だ

   

高石大橋と阪神高速がクロスする

臨海スポーツセンター
 通年のスケートリンクでオリンピック選手達も練習しているそうだ

 浜寺公園に入る ここにロシア兵の碑がある
日露戦争後 浜寺には捕虜収容所があったそうだ 
ここで89人のロシア兵が亡くなり先ほどの墓地に埋葬された

  

浜寺公園の長い道も倒木で一杯 被害はとても大きかったと思う

 

南海浜公園駅旧社の前にバスが待っていて 歩きは終了
次回はこの駅に現地集合となる



歩行距離  26,500歩  13km

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関西を歩く・・富田林

2018年12月02日 | 関西を歩く

富田林 寺内町 (2018.11)

富田林のウォーキングに参加した
私は初めての地である


 クリックで拡大(元に戻すのは左上の→をクリック)

近鉄長野線を「川西」で下車して歩き始める 総勢約25名

先ずは「錦織神社」を目指すがその手前の川西小学校の旧校舎は有形文化財だった
「擬洋風建築」と言うそうだ 
文明開化の頃、日本の大工棟梁が西洋建築を真似て日本の技術で作られた建築

錦織神社
参道は直線で昔は流鏑馬が行われたそうだ
  

 天誅組の碑

錦織神社は2016年に屋根を葺き替えたそうで檜皮葺が美しかった
千鳥破風と唐破風が重なる珍しい形
  

拝殿の天井には古い絵馬と改装の寄付者名が掲げられていた

 

水郡邸 (にごり) 天誅組旗揚げの舞台 
天誅組とは尊王攘夷を掲げて大和の変を起こし、明治維新の先駆けと言われた

その水郡邸の屋敷は旧態のままなので史跡指定を受けている
樹木が生い茂り、土塀も壊れていたが今も住んでいるので内部は見れない

  

 水郡邸は荒れていたが周囲の家は立派な瓦の家が多い
   

富田林寺内町に入る
寺内町とは一向宗(浄土真宗)寺院を中心に作られた自治組織の町
普通は環濠集落だが富田林の寺内町は高台にある
水の便が悪いので入口に「町中 くわえきせる ひなわ無用」の標識がある

 クリック

道路が整備されて旧家が並んでいた

 

  

 

旧杉山家住宅を見学
富田林八人衆の富豪の家 娘は「石上露子」 与謝野鉄幹の明星に詩作を出す美貌の才媛

造り酒屋もやっていて使用人は70人も居た由 立派な家だった

 

説明を聞いてから内部を見る
現在は富田林市が管理しているから手入れが出来ている
お庭もきれいだった
  クリック

娘の石上露子の希望で作られた洋風の廻り階段 と 大きな仏間

  

ヒノキの一枚板の舞台 と 書院

  

寺内町の中心の興正寺別院

 

じないまち交流館で自由解散 JR富田林駅から帰宅する

歩行距離  8,500歩

河内平野がこんなに昔から文化の中心だったことが判ったウォーキングだった

おわり

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関西を歩く・・高野山&和歌山城

2018年11月23日 | 関西を歩く

高野山、和歌山城、有田みかん (2018.11)

シニアくらぶのバスツーに参加した

阪和自動車道から国道480へ 道の駅「くしがきの里」でトイレ休憩

 

小雨の中を高野山へ登る  金剛峰寺前への駐車場にバスを止めて
昼食会場へ

精進料理のお店はビルだった メインは「茄子の甘味噌かけ」

     

ボランティアの案内で金剛峰寺を見学する

   

室内は写真禁止なので廊下からの写真
弘法大師の唐へ留学の様子の細密画は4室に物語になっていた 素晴らしかったのでゆっくり見たかったが案内が早い
   

石庭の中庭を通り 新別殿の大広間に行く

広い大広間でお茶とお菓子を頂く
正面に弘法大師増と左右に両界曼荼羅、布貼絵で作られたものが奉納されていた

 

廊下に出てお庭を見る 空に背の高い樹がそびえる
 砂と石で描かれる「蟠龍庭」はわが国最大の石庭で、雌雄の龍が奥殿を守る姿だという

 クリック
(クリックで拡大の後は左上の→で元の画面に戻ります)

 大勢の料理を作る庫裏は大きな部屋だった
   

一石炊釜

ここからバス移動して 赤い大塔へ行く

 

鐘つき堂で音がするので見に行くと
打つのではなく 逆から綱を引いて鳴らしていた

三鈷の松葉 法具の三鈷杵と通じてお守りになる

 

この後 金堂と大塔の中の説明を聞くが、ボランティアガイドが私の靴を履いてしまう事件で
写真どころではなかった

はき違えが解決して金堂正面の門を見る 四天王4体が背中合わせで守っていた

広目天の胸に「セミ」  増長天の胸に「トンボ」 が見える

   

奥ノ院に行く 
企業の入口には企業の墓が左右にならんでいた

 

もっと奥に行くと、杉木立の中に武士時代の墓が苔むす
  

豊臣家の墓          織田信長の墓 
    

宿泊予定の「休暇村・紀州加太」に行く 紀伊水道を見下ろす高台に建つ

 

御馳走の夕食 セットの他に隣のバイキング会場の料理も自由だった

 

翌日、朝の散歩で「砲台跡」見に行く 
太平洋戦争時に海軍が紀伊水道を守るために作られた
以前友ヶ島に行った時にも同じように海軍の基地があったのを思う

   

ここから朝焼けの友ヶ島を展望する
 クリック

朝食は海を見ながら食べる

和歌山城を見学
 駐車場のある裏から、城主が渡ったという屋根つきの「御橋廊下」を渡る 

  

使われている石が青いのが私には印象的だった

 

お城が見える広場に着く この城の特徴は連立式天守である

  拡大クリック

内部は靴のままでOKだった 城にしては珍しい

 

展望台からの眺めは天気も良く素晴らしかった

  拡大クリック
 拡大の後は左上の→で元の画面に戻る

有田に向かう バスの両側はミカン畑だ

ミカン狩りをした後 バーベキューで昼食 

   

  

ミカンのお土産を持って帰宅

おわり

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山口県を歩く・・萩往還①御船倉跡~佐波山峠

2018年11月21日 | 山口県を歩く

萩往還①御船倉跡~佐波山峠 (2018.11)

萩往還は毛利氏が萩城を築城時に作られた
日本海の萩から瀬戸内の三田尻港を結ぶほぼ直線の道で全長53km
参勤交代の「御成道」であり、山陰と山陽を結ぶ交通路だった

いつかこの道を歩きたいと思っていたが、やっとスタートすることが出来た

三田尻の御船倉跡
御船倉は藩主が乗船する船を係留し修理をしていた船溜まり 
参勤交代はここから船で瀬戸内海を大阪まで行き、淀川を登り、伏見から陸路を使ったようである

 クリック

英雲荘は三田尻御茶屋として藩主の滞在や賓客の接待場所として使われた
内部は公開されている

 

ここからは防府天満宮までほぼ直線道を歩く
途中にあるのは「楫取素彦・美和子」の終焉の地

  

妙見神社の前に力石があり若者が祭りで競争をしたという

 

本殿の裏に古墳の石室入口がある 6世紀頃の古墳時代後期のもの

交差点を渡り 天満宮に向かう商店街になる
昭和の映画館の後が残る
 

防府天満宮の鳥居の前は,萩往還道と山陽道交差点である
ここからは山陽を歩く

 

この山陽道沿いに新しく「山頭火のふるさと館」作られた 山頭火は防府出身の放浪の歌人
  

 宮市本陣跡 西国大名や上級役人の宿泊に使われた

山陽道を離れて北へ折れて萩往還を佐波川に向かう 川から分水溝は大がかりだった

  

佐波川土手からの見晴らしは良かった
  クリック

舟橋跡
佐波川は度々氾濫して木造の橋は流されたので、船でつなぐ橋が作られた
洪水のときは船と橋を陸に上げて保管したという
 クリック

橋の上から両岸の舟橋跡を見る 今は中州が出来て草が生える

   

橋を渡ってしばらくして、山陽高速自動車道と国道2号線をくぐる
岩の多いこの山は「右田ヶ岳」と言い剣神社の御神体でもある

 クリック

剣神社 

  

この境内の中に2009年に起きた豪雨による土砂崩れの犠牲者の碑があった
今は復帰しているが、山口と防府を結ぶ道路は遮断された
  クリック

明治天皇休憩所 天皇の視察があった時の立派な屋敷である

  

おろく塚
美人で人気の茶屋娘は武士の横恋慕により切り殺されたという
  クリック

262号線の道路は峠に向かい上り坂 車道はこの先トンネルになるが
萩往還はこの道路の上を歩く  下に車道が見える

 

明治天皇のこの坂を馬で越えたそうで「御休憩所跡」

峠の頂上に郡境の碑 「南佐波郡」と「北吉敷」の文字が刻まれている

下り坂を歩いて佐波山北側に下りる 

  

今回はここまで
262道を1時間2本走るJRのバスに乗る

約15㎞ 21,000歩

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2018年11月18日 | その他

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関西を歩く・・三輪 大神神社&レストラン

2018年11月09日 | 関西を歩く

三輪 大神神社&レストラン (2018.11)

若い友人たちと三輪と桜井に行った

近鉄三輪駅がこんなにローカルだとは知らなかった
駅前の街並みも昭和の風景

 

神と言う文字が二つも重なる「大神(おおみや)神社」 奈良は京都よりも古代が残る都市だと思う

祓戸神社 (心と体を祓い清める神社)

  

夫婦岩 (三輪の神と人間の女性の恋)

  

ひとづつ拝んで本殿に行く

 

巳の神杉は三輪の大神の化身の蛇が住む御神木 生卵が供えてある

  

本殿では「卯の日祭」が開催中で自由に参拝できるとのこと
本殿に上がり祝詞を一緒に声明して厳かな体験をした

 

狭井神社 三輪の荒魂を祀る神社 病気平癒の神として信仰される

  

寝殿の裏に御神水がある

コップがあり飲めるようになっている

  

この神社に登拝の手続きをすればご神体の三輪山に登ることが出来るそうだ
宮島の弥山に登った私だから、実現したいと思う

  

これで大神神社は終了、昼食は桜井にて

有名な「ひらまつ」経営のレルトラン「オーベジュール桜井」
2~3月前に予約する人気店を予約してくれていた

 

こんな所にフレンチレストラン?と思ったが、この田舎の雰囲気が良いのだろう

 

出てくる料理は意外性のものばかりだった

 

 

 

食後のコーヒーはテラスに出て風景を眺めながら・・
プチスイートが付いてくる

 

非日常の体験をした一日だった

歩行数 15,000歩

おわり

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関西を歩く・・大阪湾を歩く⑩ りんくう南浜~浜工業公園

2018年11月08日 | 関西を歩く

大阪湾を歩く・・りんくう南浜~浜工業公園 (2018.11)

前回は不参加で⑨回目のみさき公園、淡輪、阪南は歩かなかった

10回目を参加した
参加者は少なくなって今回は17名の参加で、バスは一人2シート席だった
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府道R63の路上でバスから降りて降りて、ビーチに出る
浜辺で準備体操をしてスタートする

白い小石の浜が続いていた
マーブルビーチのモニュメントがある

  

白いマーブルの浜がりんくうジャンクションまで続いていた
こんに大量をどこから運んだのかと驚く。案内人に聞いても知らなかった
インターネットで調べても判らなかった  知っている人教えて欲しい

  

ビーチの石はきれいだが、浜辺にある公園は草が多く手入れ不足、時計の時間も合っていなかった

 

泉南マリンブリッジを渡る 田尻ブリッジとスターゲートホテルが見える 

 

スカイブリッジを渡る 

   

1994年完成 もう25年前になる 

     

渡った後もマーブルビーチが続く

 

  

りんくう連絡橋のそばに記念公園が作られていた

木造太鼓橋から見えるモニュメントはここからの夕日が沈む位地だそうだ

  

スターゲイトホテル

JRりんくう駅  エレベーターで52回に上がり 昼食すき焼きだった

  

今回の費用は高めと思ったら、この昼食だった

  

ここからの眺めは素晴らしかった

  

 

午後のウォーキングを開始
ここからの道はウォーキング道 住宅地と工場との緩衝となっている

   

 いろんなモニュメントがある
 

9月に関西を襲った台風であちこちの木が倒れた後が残る
大木を根から倒す突風が吹いたようだ

  

街路樹の葉も塩害で縮れていた

高速道の下の近木川を渡る  左に工場群 右に二色の浜のボートパークが見える

  

二色の浜公園に入る ここは南海電車が整備した 日本の「白砂青松100選」に入っている

 

二色の浜公園の帆船のモニュメント 

 

脇浜潮騒橋

  

浜工業公園で終了 芝生の上で整理体操をして 迎えのバスに乗る

 

歩行数 22,800歩  約5時間

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大阪を歩く・・心斎橋周辺

2018年11月03日 | 大阪を歩く

心斎橋周辺を歩く(2018・10)

街歩きで久しぶりに心斎橋辺りを歩いて、外国人が多く周囲の様変わりに驚いた

心斎橋の大丸デパートは改修工事中だった
一階のアールデコの部屋や残されると聞いたがどう変わるのだろうか?

壁には変遷の歴史の写真が貼られていた

  

御堂筋も建て替わり 海外ブランドの店が並ぶ
側道を歩道にするそうだが人の多さを見ると必要と思う

みなみの観音さんと言われる「三津寺」
御本尊は木像の十一面観音菩薩だが秘仏となっている

石像で同じ大きさの観音菩薩が作られこれをお参りする
昼間は自由に門内に入れるが、夜は閉めるので石像を回して外から拝めるようになっていた

  

夜は観音像がこちらを向く

 

道頓堀の橋の上の賑わい 写真を撮リあう人がいっぱい

   

大阪をを象徴する賑わい

   

「浮世小路」の路地へ入る 私はこの道を知らなかった

   

狭い中に昔の写真がある

  

「法善寺横丁」に入る

   

水かけ不動は賑わって苔むしていた

  

千日前どおりを難波に向かう
  

難波駅 高島屋ビル

ここで解散になったので、私はもう一度道頓堀に行き、周辺を歩く
たこ焼きはどこも行列だった

  

展望車が動いていたので乗ってみた

真下に遊覧船も見える ここが発着場になっている

   

次第に高くなり 遠くにアベノハルカスが見える 真下の街並みはゴチャゴチャだ

 

料金は600円 面白い体験だった

おわり

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