「住職の三浦珠美です」
「稲葉透と申します。よろしくお願いします」
殆ど化粧気の無い顔だが整った顔立ちだ。なによりもやわらかい微笑みにほっとした。
「こちらが離れです」
老夫婦が住んでいたという離れは生活するのに必要最低限のものは揃っていた。
「他に入用のものがあったら言ってくださいね、あまりお給料は出せなくて申し訳ないのですが」
「そこは気になさらないでください、こんな空気のいい所で働けるだけで充分ですから」
「それを聞いて安心しました。稲葉さんは・・・」
「あの、僕のことは管理人さんとでも呼んでください、それと住職さんのことは住職さんと呼ばせて頂こうと思います」
「はい、わかりました」
必要以上のことは話さない、常に距離を置く。自分でそう決めていた。
独身の男がいることによって、変に勘ぐられることがあっては迷惑がかかる。
ゴロゴロゴロ
「雷?」
「これは雪雷です。明日雪が降るかも知れませんね」
これは・・・朝起きて驚いた。そこは一面の銀世界、東京育ちの俺が初めて光景だった。
「思ったより降らなくてよかった~」
「思ったよりですか?」
「30㎝くらいかな、一気に60㎝くらい降りますから、それでも昔と比べると降らなくなりました。ここは山地ですが、平野部や海沿いになると降雪量が減るんですよ。さてと、やりますか~!」
「寒いですから住職さんは中に入っていてください」
「管理人さんは雪かきしたことありますか?」
「いえ・・・」
「まず雪を捨てる場所を確保するんです。そこに向かってママさんダンプで雪を押しやるんです。これからまだまだ降りますから、雪を捨てる場所は大事なんです」
雪かきというのはなかなか重労働で、けれど1時間もするとコツが掴めてきた。
「これからは雪かきは僕がしますので」
「それは助かります。だけど沢山降ったときは私もやりますから、1mも降ると心が折れますからね(笑)」
伸びた髪には白髪が混じっていた。
(ビジュアルイメージは稲葉さん+神様のボートの白髪混じりの沢木さんで)
目まぐるしく変わっていく世の中で昔の事件や稲葉透の名前を憶えているものは殆どいないだろう、まして東京から遠く離れたこの地では、ここでならひっそりと生きていけるだろうか。
固く雑巾を絞り御御堂の床を拭く。一度目は水拭きで二度目はからぶきで、磨けば磨くほど床は黒く艶を増していく。冬場は手足がかじかんだが、清々しい気持ちになれた。
お寺の隅々までを丁寧に心を込めて掃除しているとあっと言う間に半日は過ぎた。
古いお寺なのであちこちに修理が必要でそれに時間を費やした。
突然入ってくる御通夜やお葬式、年忌法要に月命日、月に何度か法話の依頼もある。女性住職ということで見の上相談にくる女性も少なくはなかった。住職さんのスケジュール管理は最も大事な仕事だ。
「私おっちょこちょいなんで、管理人さんがいると安心です」
役に立っていることにホッとする。
「お疲れ様でした、よろしかったらこれ食べてください」
「うわぁ~美味しそう~」
「一人分作るのも二人分作るのも同じですから」
「管理人さんは?」
「先に済ませました」
それから住職さんの分も一緒に作ることにした。食べてくれる人がいるのは作り甲斐がある。
今夜は水炊きか・・・鍋くらい一緒に食べればいいのにね、だけどこれはあの人が決めたルールだから。。。
今夜も有難く頂きます! うん美味しい~あったまる~。
ある日のことだった・・・
「部屋の電気の球を取り替えたんですが電気がつかないんです。見てもらえますか?」
「接触が悪かったみたいです。これで大丈夫ですよ」
「あっついた、ありがとうございます」
部屋の飾り台に置いてあるものを見て息が止まりそうになるほど驚いた。
「これは? 変わったオブジェですね」
「素敵なオブジェでしょ!」
「どうでしょう? こういうものってよくわからなくて・・・」
「私もよくわからないんですよ。でもこれを初めてお店で見たときに物凄く惹かれたんです。もっとずっと見ていたいと思いました。旅行で東京に来たときで、でも明日には京都に帰らなきゃいけなくて。値段を聞いたら学生の私が買うには高くて、でもどうしても欲しくてローンで買ったんです。随分と昔のことで箱も何処かにいってしまって、作家の名前も忘れてしまったんですが、私にとってはとても大切なものなんです」
*
「お願いします!これをここに置いて頂けないでしょうか?」
「そうね、飛び込みはお断りなんだけど、あんた可愛い顔してるから置いてあげてもいいわよ」←おかまちゃんの店主です。
「ありがとうございます」
「値段は・・・10万でどうかしら?」
「それは高すぎます。無名の作家の商品に10万も出す人はいません」
「あんた、芸術家になりたいんでしょ。芸術なんてわからない人が殆どよ。自分の作ったものに自信がないやつが芸術家になれるわけないでしょ。一人でもいいの、一人の心を掴むことが出来たならそれは立派な才能よ、自分に自信をもって突き進むのよ」
「えっ! 売れたんですか? 一体どんな人が買ったんでしょう?」
「若い娘さんだったわ、さんざん悩んだ末に小さな声で「ローンでもいいですか?」て聞いてきたの(笑)」
平松さんのところで数年が過ぎていた。平松さんに「おまえには才能がある。少しづつ売れてるんだぞ」と言われても実感がなかった。
だからそれを確かめたくて飛び込みで置いてもらったんだった。昔のことすぎて忘れていた。
俺にもあったんだな・・・ひと欠片の才能が。。。
「おまえには才能なんかないんだよ!」
あの言葉の呪縛からようやく解き放たれた気がした。
ありがとうございます・・・感謝します。
*
「管理人さんはバイクに乗りますか?」
「ええ」
「門徒さんがもう乗らなくなったからって寄付してきたんですが」
「乗らせてもらいます、バイクは小回りが利いて買い物にも便利ですし」
そういえば唯一の趣味がバイクだったな、随分と久しぶりに乗ったが風が心地よい。
ふとなにかが眼の前を遮った。←山地だといのししやイタチが出没したりします。
避けた瞬間眼の前に大型トラックが飛び込んできた。もう駄目かと思ったが間一髪助かったみたいだ。
よかった・・・少し前まではいつ死んでもいいと思っていたのに。
今は時の許す限りここにいたい。あなたを影から見守っていたい。。。
「キャー」
「どうしました!?」
「仏像の鼻がとれてしまったんです。明日は春季彼岸法要で沢山のお参りがあるから納戸から出してきた仏像なんです。うちのお寺に代々伝わる由緒ある大切な仏像なのに、どうしよう~罰が当たるじゃすまないです」
「大丈夫、僕に任せてください」
「えっ?」
「昔仏像の修復をしていたことがあるんです」
「ありがとうございました。お陰様でいい彼岸法要が出来ました」
「いえ、お役に立ててよかったです」
満開の桜は美しく、その散りざまは潔くいっそ美しく、やがて木々は芽吹き新緑の頃を迎える。
夏は大木の蜜を求め虫たちが集まってくる。虫かごや網を持った子供たちの声が境内に響く。
秋は深まり木々は色づき、山々は紅く萌える。そのスケールに圧倒される。
これほどではないにしろ東京にだって四季はあったのにそんなことすら忘れていた。
移り変わる季節と共に時はゆっくりと穏やかに過ぎていく。
「今年の報恩講は例年以上のお参りがあって少し疲れました、だけど心地よい疲れです」
「ええ」
「境内やお墓には草一つ生えてなく、ゴミや危ないものが落ちていることは一切なくいつも綺麗に整備されていて、御御堂や渡り廊下は常に黒光りするほど綺麗でそれが心地よくてお参りする回数が増えたと門徒の皆さんが言ってました。パソコンで作るお寺便りも皆さん楽しみにされているそうです。こういうこというのはなんですが最近お布施も増えました(^^; これも全て管理人さんのおかげです。」
「いえ、私はするべき仕事をしているだけです。では、まだ後片付けが残っていますので」
お茶くらいゆっくり飲めばいいのに、まるで修行僧だわ(笑)
「あっこれも一緒に片づけてもらえるかしら、大事な茶器だから割ったりしたら大変だから納戸の方にお願いします」
「はい」
えーと、ここの棚が空いているな。ん?これは鼠の糞じゃないか、ここにも鼠とりを仕掛けないと。
けど鼠が暴れたら大変だ、箱の中身をチェックして割れ物は少々のことでは割れないように梱包して下の棚におかないと。
こうして一つづつ箱の中身をチェックしていく。
こっこれは!? 俺は箱の中身を見て愕然とした。
それから一月、暮れも押し迫り正月の準備も整ったころ・・・・
「なんでしょう、私にお話って」
「これを納戸の中でみつけました」
「それは・・・」
「住職さんは僕のことを知っていた。あのオブジェを部屋に置いたのは、僕の作品を大切に持っている人がいると元気づける為、事実僕はあれを見たとき涙を流すほど嬉しかった。言葉では言い尽くせないほど感謝しています。だけど住職さんが僕のことを知っているのだとしたらもう僕はここにはいられない。何食わぬ顔してここにいれるほど強くない、僕は弱く脆い人間なんです。ここがあまりにも居心地がよくて思い悩むうちに一月経ってしまいましたが、新しい年がくる前に、明日ここを出ていきます・・・お世話になりました」
「・・・・・・」
「何故泣くのですか?」
「出ていくのは嫌です・・・・・あなたのことが好きだから」
「えっ!?・・・ なにを言ってるんですか、僕は殺人犯です。刑務所で罪を償ったなんて思っていない、一生この罪は消えないんです。こんな男を好きだなんて正気とは思えない」
「私、背中に大きなあざがあるんです」
「えっ?」
「生まれたときからです。両親はなにかの業を背負って生まれてきたんだろうと言いました。女友達さえもひくくらいの大きなあざです。恋なんて自分には縁のないものと思ってました。だけど私が好きになった人はとても優しい人で背中のあざを見て、それでも私を抱きたいと言ってくれました。でも私が彼に身をゆだねようとすると背中のあざが燃えるように熱くなって、私は恐くなり部屋を飛び出しました。私の初めての恋は優しい彼を傷つけただけだった」
「そんなことって・・・」
「余程私の前世は酷いことをしたのでしょうね、あるんですよ、世の中には化学では説明できないことが。どれだけ善意を尽くしても災いから逃れられない人、頑張っても頑張っても報われない人。様々な哀しみ・不幸の中で信仰に救いを求める人は少なくないです。私は少しでもそういう人の力になればと思い未熟者ながら父の跡を継ごうと決めたのです」
「そういう住職さんを尊敬します。だからもうさっきのような戯言は言わないでください」
「私は稲葉透のファンでした。だから勤めていた会社の退職金で自分へのご褒美に納戸にあったあのオブジェを買ったんです。稲葉透は売れっ子アーティストになって、その作品は簡単には買えないような値がつくようになったけど密かに応援していた私は嬉しかったです。だけど正直あの時はショックでした。でもだからといってオブジェを捨てたり割ったりしようとは思わなかった。木口さんからお話を聞いたときは驚いたし躊躇しましたが、あの仏像を見て私はあのときと同じように心が大きく動きました。でも正直最初は少し怖かったです。この人の何処に修羅が潜んでいたのかと」
「それが普通の反応です。そう僕の中には修羅が潜んでいるのです。人が人を殺すなんてそれはもう人間じゃない」
「きっと模範囚だったんでしょうね、雨の日も風の日も雪の日も1日の休むことなく誠心誠意お寺の為に尽くしてくれました」
「体力には自信があるんです(なに言ってるんだか)」
「毎日私の為に美味しいご飯を作り、私は毎朝挽きたてのコーヒー豆のいい香りで眼が覚めました」
「住職さんには恩義があるから」
「そのくせご自分は毎日質素な食事で、寒い日も湯たんぽのみで暖をとる。残り湯で顔を洗い口をすすぎ、まるで昔の修行僧のようです」
「見てたんですか!」
「図星でしたか(笑)」
「ムショ暮らしが長かったですからね、あそこと比べれば随分と豊かに暮らしています」
違う、いつの間にか論点がずれてる。こういう話しをしてるんじゃない。
「黙々と働くだけの無愛想な管理人さんが、拾ってきた子猫に餌をあげるその眼差しがとても優しくて・・・そんな管理人さんをずっと見てたら好きになっちゃうじゃないですか!罪を犯した人を好きになるのは罪ですか、私は罪深い女ですか?」
「あなたはなにも悪くない、だけど・・・愚かだ」
「そうかも知れません。もう恋はしないと思っていました。それなのに・・・私は愚かな女です。誰かを好きになってはいけない女なのに」
「そんなふうに言わないでください。あなたはなにも悪くない。あなたが自分のことを誰かを好きになってはいけない女というのなら、僕は誰からも愛されてはいけない男です。だけど・・・・・こんなことを言うと天罰が下るかも知れないけれど、僕もあなたのことが好きです」
抱きしめた身体はやわらかく、いい匂いがした
その夜僕たちは一つの布団で眠った。
二人ただ寄り添うだけでよかった。
繋いだ手からは君の優しさと温もりが伝わる。
「少しくらい幸せになっていいんだよ」
どこからかそんな声がした。
*
「寒いと思ったら降りましたね」
「雪が降ると寒さが違います。石油ストーブくらいは使いますよ」
「えっ?」
「お湯が沸かせるし、おでん煮るにはもってこいだし。それに質素な食事とは思ってないです。ここはビックリするほど水とお米が美味しくて、門徒の皆さんが持ってきてくださる山菜や野菜は新鮮で味が濃くてとても美味しいです」
「そうですか、ずっとここにいるから普通のことだと思っていました」
「昨夜どこからか、少しくらいは幸せになってもいいんだよ。という声がしました」
「私じゃないですよ、お釈迦様かな? それとも亡くなったご両親でしょうか」
「月に一度は一緒に食事して過ごしましょう」
「一度だけですか?」
「ええ、それ以外は住職と管理人という立場を崩さすに今まで通り距離を置きましょう。僕は少し幸せならそれでいい、多くを望んではいけないんです。それでもいいですか?」
「ええ、管理人さんがここにいてくれるならそれで十分です」
「訂正します。僕もここにいれるなら、それは小さな幸せではなくて十分幸せなことです」
「なんだか私たちって安上がりに出来てますね(笑)」
「安上がり? 確かに(笑)」
「管理人さんの笑った顔初めてみました」
「えっ・・・そうでしたか?」
「素敵な笑顔じゃないですか、ドキッ
としました。 あっ赤くなってる~もしかして照れてます?」
「いい年したおっさんをからかわないでください。さあ雪かきやらないと」
「私も運動がてらにやります」
「笑っちゃいけないと思ってました」
「笑っていいんですよ、人はなにがあっても生きていかねばなりません。それは生きているものの務めです。生きていればお腹が空く、ときには泣き、ときには笑い、それを誰が責めたりできるでしょうか、だから笑ってください」
「はい・・・」
「あっ 私ったらまた説教くさいことを・・・」
「住職ですからね(笑)」
「普通の女の人は好きな男性に説教なんてしませんよね、可愛くないな~私って」
「そんなことないですよ、むしろ普通の女性と違うところがいいというか、あ・・・・・」
「なんですか?」
「言うほどのことでは・・・」
「言いかけて止めないでください、気になるじゃないですか」
「僕 女の人を好きになったのは住職さんが初めてです(微笑)」
「えっ!?・・・・・・・・・・・・・それは光栄です(微笑)」
僕がたどり着いた世界の果て・・・
そこは美しい人が住む美しいところ。。。
そこで僕は今日も雑巾を固く絞り御御堂を磨く。
そして夜がふける頃・・・
僕は僕のたった一人のファンの為に彫刻刀を握る。。。 end
刑を終えた透さんはどう生きるのだろう? 刑を終えても一生罪を背負って生きていくんだろうけど少しくらいは幸せになって欲しいとの思いから書きました。
楽しんで頂ければ幸いです。一言でも感想頂けたなら嬉しいです。
「稲葉透と申します。よろしくお願いします」
殆ど化粧気の無い顔だが整った顔立ちだ。なによりもやわらかい微笑みにほっとした。
「こちらが離れです」
老夫婦が住んでいたという離れは生活するのに必要最低限のものは揃っていた。
「他に入用のものがあったら言ってくださいね、あまりお給料は出せなくて申し訳ないのですが」
「そこは気になさらないでください、こんな空気のいい所で働けるだけで充分ですから」
「それを聞いて安心しました。稲葉さんは・・・」
「あの、僕のことは管理人さんとでも呼んでください、それと住職さんのことは住職さんと呼ばせて頂こうと思います」
「はい、わかりました」
必要以上のことは話さない、常に距離を置く。自分でそう決めていた。
独身の男がいることによって、変に勘ぐられることがあっては迷惑がかかる。
ゴロゴロゴロ

「雷?」
「これは雪雷です。明日雪が降るかも知れませんね」
これは・・・朝起きて驚いた。そこは一面の銀世界、東京育ちの俺が初めて光景だった。
「思ったより降らなくてよかった~」
「思ったよりですか?」
「30㎝くらいかな、一気に60㎝くらい降りますから、それでも昔と比べると降らなくなりました。ここは山地ですが、平野部や海沿いになると降雪量が減るんですよ。さてと、やりますか~!」
「寒いですから住職さんは中に入っていてください」
「管理人さんは雪かきしたことありますか?」
「いえ・・・」
「まず雪を捨てる場所を確保するんです。そこに向かってママさんダンプで雪を押しやるんです。これからまだまだ降りますから、雪を捨てる場所は大事なんです」
雪かきというのはなかなか重労働で、けれど1時間もするとコツが掴めてきた。
「これからは雪かきは僕がしますので」
「それは助かります。だけど沢山降ったときは私もやりますから、1mも降ると心が折れますからね(笑)」
伸びた髪には白髪が混じっていた。
(ビジュアルイメージは稲葉さん+神様のボートの白髪混じりの沢木さんで)
目まぐるしく変わっていく世の中で昔の事件や稲葉透の名前を憶えているものは殆どいないだろう、まして東京から遠く離れたこの地では、ここでならひっそりと生きていけるだろうか。
固く雑巾を絞り御御堂の床を拭く。一度目は水拭きで二度目はからぶきで、磨けば磨くほど床は黒く艶を増していく。冬場は手足がかじかんだが、清々しい気持ちになれた。
お寺の隅々までを丁寧に心を込めて掃除しているとあっと言う間に半日は過ぎた。
古いお寺なのであちこちに修理が必要でそれに時間を費やした。
突然入ってくる御通夜やお葬式、年忌法要に月命日、月に何度か法話の依頼もある。女性住職ということで見の上相談にくる女性も少なくはなかった。住職さんのスケジュール管理は最も大事な仕事だ。
「私おっちょこちょいなんで、管理人さんがいると安心です」
役に立っていることにホッとする。
「お疲れ様でした、よろしかったらこれ食べてください」
「うわぁ~美味しそう~」
「一人分作るのも二人分作るのも同じですから」
「管理人さんは?」
「先に済ませました」
それから住職さんの分も一緒に作ることにした。食べてくれる人がいるのは作り甲斐がある。
今夜は水炊きか・・・鍋くらい一緒に食べればいいのにね、だけどこれはあの人が決めたルールだから。。。
今夜も有難く頂きます! うん美味しい~あったまる~。
ある日のことだった・・・
「部屋の電気の球を取り替えたんですが電気がつかないんです。見てもらえますか?」
「接触が悪かったみたいです。これで大丈夫ですよ」
「あっついた、ありがとうございます」
部屋の飾り台に置いてあるものを見て息が止まりそうになるほど驚いた。
「これは? 変わったオブジェですね」
「素敵なオブジェでしょ!」
「どうでしょう? こういうものってよくわからなくて・・・」
「私もよくわからないんですよ。でもこれを初めてお店で見たときに物凄く惹かれたんです。もっとずっと見ていたいと思いました。旅行で東京に来たときで、でも明日には京都に帰らなきゃいけなくて。値段を聞いたら学生の私が買うには高くて、でもどうしても欲しくてローンで買ったんです。随分と昔のことで箱も何処かにいってしまって、作家の名前も忘れてしまったんですが、私にとってはとても大切なものなんです」
*
「お願いします!これをここに置いて頂けないでしょうか?」
「そうね、飛び込みはお断りなんだけど、あんた可愛い顔してるから置いてあげてもいいわよ」←おかまちゃんの店主です。
「ありがとうございます」
「値段は・・・10万でどうかしら?」
「それは高すぎます。無名の作家の商品に10万も出す人はいません」
「あんた、芸術家になりたいんでしょ。芸術なんてわからない人が殆どよ。自分の作ったものに自信がないやつが芸術家になれるわけないでしょ。一人でもいいの、一人の心を掴むことが出来たならそれは立派な才能よ、自分に自信をもって突き進むのよ」
「えっ! 売れたんですか? 一体どんな人が買ったんでしょう?」
「若い娘さんだったわ、さんざん悩んだ末に小さな声で「ローンでもいいですか?」て聞いてきたの(笑)」
平松さんのところで数年が過ぎていた。平松さんに「おまえには才能がある。少しづつ売れてるんだぞ」と言われても実感がなかった。
だからそれを確かめたくて飛び込みで置いてもらったんだった。昔のことすぎて忘れていた。
俺にもあったんだな・・・ひと欠片の才能が。。。
「おまえには才能なんかないんだよ!」
あの言葉の呪縛からようやく解き放たれた気がした。
ありがとうございます・・・感謝します。
*
「管理人さんはバイクに乗りますか?」
「ええ」
「門徒さんがもう乗らなくなったからって寄付してきたんですが」
「乗らせてもらいます、バイクは小回りが利いて買い物にも便利ですし」
そういえば唯一の趣味がバイクだったな、随分と久しぶりに乗ったが風が心地よい。
ふとなにかが眼の前を遮った。←山地だといのししやイタチが出没したりします。
避けた瞬間眼の前に大型トラックが飛び込んできた。もう駄目かと思ったが間一髪助かったみたいだ。
よかった・・・少し前まではいつ死んでもいいと思っていたのに。
今は時の許す限りここにいたい。あなたを影から見守っていたい。。。
「キャー」
「どうしました!?」
「仏像の鼻がとれてしまったんです。明日は春季彼岸法要で沢山のお参りがあるから納戸から出してきた仏像なんです。うちのお寺に代々伝わる由緒ある大切な仏像なのに、どうしよう~罰が当たるじゃすまないです」
「大丈夫、僕に任せてください」
「えっ?」
「昔仏像の修復をしていたことがあるんです」
「ありがとうございました。お陰様でいい彼岸法要が出来ました」
「いえ、お役に立ててよかったです」
満開の桜は美しく、その散りざまは潔くいっそ美しく、やがて木々は芽吹き新緑の頃を迎える。
夏は大木の蜜を求め虫たちが集まってくる。虫かごや網を持った子供たちの声が境内に響く。
秋は深まり木々は色づき、山々は紅く萌える。そのスケールに圧倒される。
これほどではないにしろ東京にだって四季はあったのにそんなことすら忘れていた。
移り変わる季節と共に時はゆっくりと穏やかに過ぎていく。
「今年の報恩講は例年以上のお参りがあって少し疲れました、だけど心地よい疲れです」
「ええ」
「境内やお墓には草一つ生えてなく、ゴミや危ないものが落ちていることは一切なくいつも綺麗に整備されていて、御御堂や渡り廊下は常に黒光りするほど綺麗でそれが心地よくてお参りする回数が増えたと門徒の皆さんが言ってました。パソコンで作るお寺便りも皆さん楽しみにされているそうです。こういうこというのはなんですが最近お布施も増えました(^^; これも全て管理人さんのおかげです。」
「いえ、私はするべき仕事をしているだけです。では、まだ後片付けが残っていますので」
お茶くらいゆっくり飲めばいいのに、まるで修行僧だわ(笑)
「あっこれも一緒に片づけてもらえるかしら、大事な茶器だから割ったりしたら大変だから納戸の方にお願いします」
「はい」
えーと、ここの棚が空いているな。ん?これは鼠の糞じゃないか、ここにも鼠とりを仕掛けないと。
けど鼠が暴れたら大変だ、箱の中身をチェックして割れ物は少々のことでは割れないように梱包して下の棚におかないと。
こうして一つづつ箱の中身をチェックしていく。
こっこれは!? 俺は箱の中身を見て愕然とした。
それから一月、暮れも押し迫り正月の準備も整ったころ・・・・
「なんでしょう、私にお話って」
「これを納戸の中でみつけました」
「それは・・・」
「住職さんは僕のことを知っていた。あのオブジェを部屋に置いたのは、僕の作品を大切に持っている人がいると元気づける為、事実僕はあれを見たとき涙を流すほど嬉しかった。言葉では言い尽くせないほど感謝しています。だけど住職さんが僕のことを知っているのだとしたらもう僕はここにはいられない。何食わぬ顔してここにいれるほど強くない、僕は弱く脆い人間なんです。ここがあまりにも居心地がよくて思い悩むうちに一月経ってしまいましたが、新しい年がくる前に、明日ここを出ていきます・・・お世話になりました」
「・・・・・・」
「何故泣くのですか?」
「出ていくのは嫌です・・・・・あなたのことが好きだから」
「えっ!?・・・ なにを言ってるんですか、僕は殺人犯です。刑務所で罪を償ったなんて思っていない、一生この罪は消えないんです。こんな男を好きだなんて正気とは思えない」
「私、背中に大きなあざがあるんです」
「えっ?」
「生まれたときからです。両親はなにかの業を背負って生まれてきたんだろうと言いました。女友達さえもひくくらいの大きなあざです。恋なんて自分には縁のないものと思ってました。だけど私が好きになった人はとても優しい人で背中のあざを見て、それでも私を抱きたいと言ってくれました。でも私が彼に身をゆだねようとすると背中のあざが燃えるように熱くなって、私は恐くなり部屋を飛び出しました。私の初めての恋は優しい彼を傷つけただけだった」
「そんなことって・・・」
「余程私の前世は酷いことをしたのでしょうね、あるんですよ、世の中には化学では説明できないことが。どれだけ善意を尽くしても災いから逃れられない人、頑張っても頑張っても報われない人。様々な哀しみ・不幸の中で信仰に救いを求める人は少なくないです。私は少しでもそういう人の力になればと思い未熟者ながら父の跡を継ごうと決めたのです」
「そういう住職さんを尊敬します。だからもうさっきのような戯言は言わないでください」
「私は稲葉透のファンでした。だから勤めていた会社の退職金で自分へのご褒美に納戸にあったあのオブジェを買ったんです。稲葉透は売れっ子アーティストになって、その作品は簡単には買えないような値がつくようになったけど密かに応援していた私は嬉しかったです。だけど正直あの時はショックでした。でもだからといってオブジェを捨てたり割ったりしようとは思わなかった。木口さんからお話を聞いたときは驚いたし躊躇しましたが、あの仏像を見て私はあのときと同じように心が大きく動きました。でも正直最初は少し怖かったです。この人の何処に修羅が潜んでいたのかと」
「それが普通の反応です。そう僕の中には修羅が潜んでいるのです。人が人を殺すなんてそれはもう人間じゃない」
「きっと模範囚だったんでしょうね、雨の日も風の日も雪の日も1日の休むことなく誠心誠意お寺の為に尽くしてくれました」
「体力には自信があるんです(なに言ってるんだか)」
「毎日私の為に美味しいご飯を作り、私は毎朝挽きたてのコーヒー豆のいい香りで眼が覚めました」
「住職さんには恩義があるから」
「そのくせご自分は毎日質素な食事で、寒い日も湯たんぽのみで暖をとる。残り湯で顔を洗い口をすすぎ、まるで昔の修行僧のようです」
「見てたんですか!」
「図星でしたか(笑)」
「ムショ暮らしが長かったですからね、あそこと比べれば随分と豊かに暮らしています」
違う、いつの間にか論点がずれてる。こういう話しをしてるんじゃない。
「黙々と働くだけの無愛想な管理人さんが、拾ってきた子猫に餌をあげるその眼差しがとても優しくて・・・そんな管理人さんをずっと見てたら好きになっちゃうじゃないですか!罪を犯した人を好きになるのは罪ですか、私は罪深い女ですか?」
「あなたはなにも悪くない、だけど・・・愚かだ」
「そうかも知れません。もう恋はしないと思っていました。それなのに・・・私は愚かな女です。誰かを好きになってはいけない女なのに」
「そんなふうに言わないでください。あなたはなにも悪くない。あなたが自分のことを誰かを好きになってはいけない女というのなら、僕は誰からも愛されてはいけない男です。だけど・・・・・こんなことを言うと天罰が下るかも知れないけれど、僕もあなたのことが好きです」
抱きしめた身体はやわらかく、いい匂いがした
その夜僕たちは一つの布団で眠った。
二人ただ寄り添うだけでよかった。
繋いだ手からは君の優しさと温もりが伝わる。
「少しくらい幸せになっていいんだよ」
どこからかそんな声がした。
*
「寒いと思ったら降りましたね」
「雪が降ると寒さが違います。石油ストーブくらいは使いますよ」
「えっ?」
「お湯が沸かせるし、おでん煮るにはもってこいだし。それに質素な食事とは思ってないです。ここはビックリするほど水とお米が美味しくて、門徒の皆さんが持ってきてくださる山菜や野菜は新鮮で味が濃くてとても美味しいです」
「そうですか、ずっとここにいるから普通のことだと思っていました」
「昨夜どこからか、少しくらいは幸せになってもいいんだよ。という声がしました」
「私じゃないですよ、お釈迦様かな? それとも亡くなったご両親でしょうか」
「月に一度は一緒に食事して過ごしましょう」
「一度だけですか?」
「ええ、それ以外は住職と管理人という立場を崩さすに今まで通り距離を置きましょう。僕は少し幸せならそれでいい、多くを望んではいけないんです。それでもいいですか?」
「ええ、管理人さんがここにいてくれるならそれで十分です」
「訂正します。僕もここにいれるなら、それは小さな幸せではなくて十分幸せなことです」
「なんだか私たちって安上がりに出来てますね(笑)」
「安上がり? 確かに(笑)」
「管理人さんの笑った顔初めてみました」
「えっ・・・そうでしたか?」
「素敵な笑顔じゃないですか、ドキッ

「いい年したおっさんをからかわないでください。さあ雪かきやらないと」
「私も運動がてらにやります」
「笑っちゃいけないと思ってました」
「笑っていいんですよ、人はなにがあっても生きていかねばなりません。それは生きているものの務めです。生きていればお腹が空く、ときには泣き、ときには笑い、それを誰が責めたりできるでしょうか、だから笑ってください」
「はい・・・」
「あっ 私ったらまた説教くさいことを・・・」
「住職ですからね(笑)」
「普通の女の人は好きな男性に説教なんてしませんよね、可愛くないな~私って」
「そんなことないですよ、むしろ普通の女性と違うところがいいというか、あ・・・・・」
「なんですか?」
「言うほどのことでは・・・」
「言いかけて止めないでください、気になるじゃないですか」
「僕 女の人を好きになったのは住職さんが初めてです(微笑)」
「えっ!?・・・・・・・・・・・・・それは光栄です(微笑)」
僕がたどり着いた世界の果て・・・
そこは美しい人が住む美しいところ。。。
そこで僕は今日も雑巾を固く絞り御御堂を磨く。
そして夜がふける頃・・・
僕は僕のたった一人のファンの為に彫刻刀を握る。。。 end
刑を終えた透さんはどう生きるのだろう? 刑を終えても一生罪を背負って生きていくんだろうけど少しくらいは幸せになって欲しいとの思いから書きました。
楽しんで頂ければ幸いです。一言でも感想頂けたなら嬉しいです。