世界的には心不全が第1位―緩和ケア〔9〕
治療と並行で大きなメリット
15年以上前に緩和ケア医としての歩みを開始した筆者からすると、現在の緩和ケアの普及度合いは隔世の感があります。もちろん全体的にはさらなる普及の必要があることは間違いありませんし、地域差などもいまだにあります。緩和ケアの誤解は、旧来の「がん」かつ「末期」にあるとは述べてきました。実際には「がん以外も」そして「末期だけではない」のが緩和ケアです。
今後の広がりとしては、この2方向と、そして看取りに関する緩和ケアのさらなる発展が考えられるでしょう。一つずつ解説します。
緩和ケアの対象疾患 (Global Atlas of Palliative Care at the End of Life 2014より引用改変)
〔1〕非がんの緩和ケア
これまでは、がんとがん以外という大きなくくりがありました。がん以外の場合を「非がん」と医療現場では呼んでいます。日本は伝統的にがんの分野から緩和ケアが育ちました。そのため「緩和ケア=がん」と目されてきました。
けれども世界的に見ると、対象疾患はがんだけではなく捉えられています。実際、終末期の緩和ケアの世界地図「Global Atlas of Palliative Care at the End of Life 2014 」によると、緩和ケアの対象疾患はこの連載の第一回で触れたように、ほとんどの慢性病に広がっています。
◇病院が本腰
長期にわたって実質的に「がんのみ」だった緩和ケアに風穴を開けたのが、2018年の診療報酬改定でした。診療報酬が特定の治療やケアに対して発生するようになると、当然病院などはそれらに本腰を入れて取り組むようになります。
今後相当数となってくると予測されるのが心不全の緩和ケアです
18年の診療報酬改定で非がんの疾患として2番目に「末期心不全」が加わったのです。「末期」ということなので、心不全に関しては早期からという形には現状なっていません。
ただ先ほどの緩和ケアの世界地図で示されているように、終末期に緩和ケアを必要とする疾患の割合は世界的にみればがんよりも心不全のほうが高く、第1位です。日本でも今後相当数の方が対象となってくると思いますし、心不全への関わりも「末期より前へ」となって来る可能性があります。
実際、日本心不全学会と日本循環器学会が出している「急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)」が示しているのは、最終のステージD(治療抵抗性心不全ステージ)からではなく、ステージC(心不全ステージ)の時点からの緩和ケアモデルです。
◇がん・心不全の他にも
さらには、次回の2020年度の診療報酬改定において、これまでは入院での緩和ケアチームの関わりのみに生じていた診療報酬が、心不全においても外来緩和ケア管理料が取れるようになる(現状はがん患者で医療用麻薬を使っている人のみ)という改定が予測されています。
循環器内科医を主な対象とした心不全緩和ケアトレーニングコース(HEPT)、緩和ケア医を対象とした心不全の研修などが行われるようになっており、ますます心不全の緩和ケアは普及してゆくでしょう。
心不全の患者さんにおいては、まだ緩和ケアという言葉が病気と結びついていないことも多いでしょう。まずは心臓の病気でも緩和ケアを受けられるということを知っていただくことだと思います。
他にも肺疾患、腎不全、神経疾患、認知症などでも、症状緩和と生活の質向上を目指すアプローチは必要と考えられ、がんと心不全以外でも緩和ケアが普及してもらいたいものです。
緩和ケアの論文でもうつへの効果はよく調べられています。それだけよく見かけるのです
〔2〕早期からの緩和ケア
海外では次々と早期緩和ケアの効果を示す論文が出て来ています。七つの研究を統合して調べた<Early Palliative Care for Improving Quality of Life and Survival in Patients with Advanced Cancer: A Systematic Review and Meta-analysis Zanghelini et al., J Palliat Care Med 2018, 8:5>によると、早期から緩和ケアを併用した群において、生活の質が統計学的に意味のある程度で改善し、症状も軽く、抑うつの改善傾向と29%の死亡リスク減少が示されました。
最近出た論文でも、進行肺がんの男性を中心とした研究で、診断後31~365日に受けた緩和ケアが生存率の増加に関係したという結果が出ています。診断後365日以上経過して緩和ケアを受けた群ではそれが認められませんでした。
まだまだ解明されていない側面もありますが、生存の延長はともかくとしても、生活の質の観点から治療や方針を考えることはとても重要です。
そのようなアプローチを早期から治療と並行することは、どう考えてもメリットが多く、目立ったデメリットはありません。
難点は、少なからぬ医療者が緩和ケアを末期中心と捉え、またがん治療病院の緩和ケア担当医がどれだけ治療や副作用対策に関する相談に乗ってもらえるかといった面でも差がいまだに存在することです。
緩和ケアの医師も増えては来ており、次第に早期関与の度合いは増えるでしょう。ぜひ一般の方にも「末期の前」から緩和ケアを受けることの意義や利点を知っていただきたいと思います。(緩和医療医・大津秀一)
大津 秀一氏(おおつ・しゅういち)
早期緩和ケア大津秀一クリニック院長。茨城県出身。岐阜大学医学部卒。緩和医療医。京都市の病院ホスピスに勤務した後、2008年から東京都世田谷区の往診クリニック(在宅療養支援診療所)で緩和医療、終末期医療を実践。東邦大学医療センター大森病院緩和ケアセンター長を経て、遠隔診療を導入した日本最初の早期からの緩和ケア専業外来クリニックを18年8月開業。
『死ぬときに後悔すること25』(新潮文庫)『死ぬときに人はどうなる 10の質問』(光文社文庫)など著書多数
治療と並行で大きなメリット
15年以上前に緩和ケア医としての歩みを開始した筆者からすると、現在の緩和ケアの普及度合いは隔世の感があります。もちろん全体的にはさらなる普及の必要があることは間違いありませんし、地域差などもいまだにあります。緩和ケアの誤解は、旧来の「がん」かつ「末期」にあるとは述べてきました。実際には「がん以外も」そして「末期だけではない」のが緩和ケアです。
今後の広がりとしては、この2方向と、そして看取りに関する緩和ケアのさらなる発展が考えられるでしょう。一つずつ解説します。
緩和ケアの対象疾患 (Global Atlas of Palliative Care at the End of Life 2014より引用改変)
〔1〕非がんの緩和ケア
これまでは、がんとがん以外という大きなくくりがありました。がん以外の場合を「非がん」と医療現場では呼んでいます。日本は伝統的にがんの分野から緩和ケアが育ちました。そのため「緩和ケア=がん」と目されてきました。
けれども世界的に見ると、対象疾患はがんだけではなく捉えられています。実際、終末期の緩和ケアの世界地図「Global Atlas of Palliative Care at the End of Life 2014 」によると、緩和ケアの対象疾患はこの連載の第一回で触れたように、ほとんどの慢性病に広がっています。
◇病院が本腰
長期にわたって実質的に「がんのみ」だった緩和ケアに風穴を開けたのが、2018年の診療報酬改定でした。診療報酬が特定の治療やケアに対して発生するようになると、当然病院などはそれらに本腰を入れて取り組むようになります。
今後相当数となってくると予測されるのが心不全の緩和ケアです
18年の診療報酬改定で非がんの疾患として2番目に「末期心不全」が加わったのです。「末期」ということなので、心不全に関しては早期からという形には現状なっていません。
ただ先ほどの緩和ケアの世界地図で示されているように、終末期に緩和ケアを必要とする疾患の割合は世界的にみればがんよりも心不全のほうが高く、第1位です。日本でも今後相当数の方が対象となってくると思いますし、心不全への関わりも「末期より前へ」となって来る可能性があります。
実際、日本心不全学会と日本循環器学会が出している「急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)」が示しているのは、最終のステージD(治療抵抗性心不全ステージ)からではなく、ステージC(心不全ステージ)の時点からの緩和ケアモデルです。
◇がん・心不全の他にも
さらには、次回の2020年度の診療報酬改定において、これまでは入院での緩和ケアチームの関わりのみに生じていた診療報酬が、心不全においても外来緩和ケア管理料が取れるようになる(現状はがん患者で医療用麻薬を使っている人のみ)という改定が予測されています。
循環器内科医を主な対象とした心不全緩和ケアトレーニングコース(HEPT)、緩和ケア医を対象とした心不全の研修などが行われるようになっており、ますます心不全の緩和ケアは普及してゆくでしょう。
心不全の患者さんにおいては、まだ緩和ケアという言葉が病気と結びついていないことも多いでしょう。まずは心臓の病気でも緩和ケアを受けられるということを知っていただくことだと思います。
他にも肺疾患、腎不全、神経疾患、認知症などでも、症状緩和と生活の質向上を目指すアプローチは必要と考えられ、がんと心不全以外でも緩和ケアが普及してもらいたいものです。
緩和ケアの論文でもうつへの効果はよく調べられています。それだけよく見かけるのです
〔2〕早期からの緩和ケア
海外では次々と早期緩和ケアの効果を示す論文が出て来ています。七つの研究を統合して調べた<Early Palliative Care for Improving Quality of Life and Survival in Patients with Advanced Cancer: A Systematic Review and Meta-analysis Zanghelini et al., J Palliat Care Med 2018, 8:5>によると、早期から緩和ケアを併用した群において、生活の質が統計学的に意味のある程度で改善し、症状も軽く、抑うつの改善傾向と29%の死亡リスク減少が示されました。
最近出た論文でも、進行肺がんの男性を中心とした研究で、診断後31~365日に受けた緩和ケアが生存率の増加に関係したという結果が出ています。診断後365日以上経過して緩和ケアを受けた群ではそれが認められませんでした。
まだまだ解明されていない側面もありますが、生存の延長はともかくとしても、生活の質の観点から治療や方針を考えることはとても重要です。
そのようなアプローチを早期から治療と並行することは、どう考えてもメリットが多く、目立ったデメリットはありません。
難点は、少なからぬ医療者が緩和ケアを末期中心と捉え、またがん治療病院の緩和ケア担当医がどれだけ治療や副作用対策に関する相談に乗ってもらえるかといった面でも差がいまだに存在することです。
緩和ケアの医師も増えては来ており、次第に早期関与の度合いは増えるでしょう。ぜひ一般の方にも「末期の前」から緩和ケアを受けることの意義や利点を知っていただきたいと思います。(緩和医療医・大津秀一)
大津 秀一氏(おおつ・しゅういち)
早期緩和ケア大津秀一クリニック院長。茨城県出身。岐阜大学医学部卒。緩和医療医。京都市の病院ホスピスに勤務した後、2008年から東京都世田谷区の往診クリニック(在宅療養支援診療所)で緩和医療、終末期医療を実践。東邦大学医療センター大森病院緩和ケアセンター長を経て、遠隔診療を導入した日本最初の早期からの緩和ケア専業外来クリニックを18年8月開業。
『死ぬときに後悔すること25』(新潮文庫)『死ぬときに人はどうなる 10の質問』(光文社文庫)など著書多数
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