気分はガルパン、ゆるキャン△

「パンツァー・リート」の次は「SHINY DAYS」や「ふゆびより」を聴いて元気を貰います

春の洛中散策

2015年04月05日 | 観聞日記

 去る4月2日、桜咲く洛中の散策を楽しもうと京都に出かけました。朝早く家を出て、京都駅には12時前に着きました。烏丸口のバスターミナルでいつものようにバスの一日乗車カードを買い、208系統の西大路行きに乗りました。

 私の京都散策は、だいたい午後の半日をバスと徒歩で回る形が多いです。今回のコースはバスの均一運賃区間内におさまるので、カードを利用した方がトクです。乗車一回の運賃は230円ですが、カードは500円で何度でも乗れます。この日は四回バスに乗りました。


 最初に、京都鉄道博物館の建設現場を見ました。JR二条駅の南側、梅小路機関車館を施設内に取り込んで来年春にオープンする予定です。その公式サイトはこちら。
 これにともない、梅小路機関車館は今年の8月にいったん閉館となります。それまでにもう一度見ておこう、というのが今回の散策の動機でした。


 梅小路機関車館のエントランス及び資料展示館として使用されている、かつての旧二条駅舎です。明治37年の建築で、日本最古の木造駅舎として知られます。平成8年までJR二条駅の駅舎として使われましたが、嵯峨野線の高架化にともなって役目を終え、梅小路機関車館の付属施設として再出発したものです。

 春休み期間中とあって、来館客は大半が子供連れでした。平日でしたので、母親または祖父母が子供を連れて見学を楽しんでいました。それ以外は、一目で鉄道マニアと分かる若い男たちばかりでした。展示品を食い入るように見つめ、いろんなものを撮影し、模型などに目を近づけては嬉しそうにしているのでした。


 入口付近にかけてある案内板です。デザインが気にいったので、これのポスターとかチラシみたいなのは有りませんか、と係員に訊ねたところ、昔はポスターがあったんだけども完売してしまった、とのことでした。特急つばめ号のC62-2号機は人気ありますから、鉄道マニアでなくても欲しがる人はいっぱいいるでしょうね・・・。


 梅小路機関車館には、今回で五回ぐらいになりますが、何度見ても扇形車庫の独特のフォルムと雰囲気には感動してしまいますね。大正3年の建築とは思えない先進的な意匠の鉄筋コンクリート造施設です。現存例が稀であり、いまなお現役である近代産業遺産の一つとして高く評価され、国の重要文化財に指定されています。


 扇形車庫内にずらりと並ぶ蒸気機関車の姿は、日本の近現代史の一コマでもあります。日本の近代化発展の主な牽引役となり、第二次大戦で焦土と化した国土に復興へのドラフトを響かせた主役たちです。


 この日の扇型車庫の半分ほどは、京都鉄道博物館建設にともなう蒸気機関車の解体整備やレストア用の工場となっていたため、以前は20両ほど並んでいた展示機は、半分の10両になっていました。他に屋外に3両がいましたが、D51形が2両とも見当たらなかったのが残念でした。

 D51形の1号機は静態展示のはずですが、見かけないので係員に訊ねたら、鉄道博物館への展示の関係で修理中だということでした。また200号機の方は、ちかぢかJR西日本が本線での営業運転を復活させるということで、大規模な修繕と検査を受けているとのことでした。関連記事はこちら

 上写真は、手前よりD52形、C58形、C53形です。実は私はD形ファミリーではD52形やD61形などが好きなので、この日もD52形を中心にして細部を見たり、運転席に座ってあれこれ触ったりして楽しみました。


 左がD50形、右がD52形です。D50形のほうは現存車輛がたった2両しかないので貴重であり、D52形のほうは全部で285両生産されたうちの最終生産車輛であるということで、これまた貴重です。
 D52形の現存車輛は7両ありますが、私が実物を見たのは梅小路機関車館においてのみです。大部分は関東にありますから。

 残念なのは、D52形の改造車であるD62形がまったく現存していないことです。戦後量産型の完成形に近かったとされるD62形を一両でもいいから残しておけば、貨物用テンダー式蒸気機関車の系譜が明確に伝えられたと思うのです。
 同じ意味で、北海道留萌にあるD61形も、梅小路機関車館に移管したほうが文化財および資料的価値も上がるでしょうね・・・。


 栄光のシロクニことC62形の1号機です。日本の蒸気機関車では最も速かった型式で、その17号機が1954年12月に東海道本線木曽川橋梁にて記録した最高速度は129キロでした。蒸気機関車って、そんなに速く走れたんだなあ、と感動してしまいますね。

 梅小路機関車館にはほかに2号機も動態保存されていますが、かつて「スワローエンゼル」と呼ばれて特急つばめ号を牽引していた歴史があるものの、稼働率はあまり良くなかったことで知られます。また、去年に閉館した大阪の交通科学館の26号機が、京都鉄道博物館に移管されるそうなので、現存する5両のシロクニのうちの3両までが梅小路に揃うことになります。


 屋外の駐機線に停まっていたC56形です。同機はC56形の最終生産車輌であり、現在はSL北びわこ号の牽引機関車としても活躍しています。東海道線の列車に乗っていて、このC56-160号機が走っているのを二度ほどみかけた記憶があります。
 ですが、前述のD51-200号機が本線での営業運転に復帰したあかつきには、このC56-160号機と交替するという旨が、JR西日本よりアナウンスされています。


 この日のスチーム号、施設区域内の線路を走る車輛はC61-2号機でした。これの20号機はJR東日本の管内で本線営業運転をやっていますから、関東地方ではお馴染みの蒸気機関車ですね。
 この形式は、貨物用機関車のD51形を旅客用機に転用改造して成立していますが、同じなのはボイラーだけで、足回りはC57形のそれを流用していますから、姿形は完全に別物です。どうやったらD51形をこんなにスマートに作り直せるんだろう、と昔は不思議に思ったものです。

 スチーム号は一日に3回運転されますが、いずれも子供たちの乗車希望が高くて切符売場には行列が出来ていました。私自身は、以前にSL北びわこ号、やまぐち号、大和路号に乗ったことがありますが、梅小路機関車館での動態保存車の列車に乗ったことはまだありませんね・・・。


 梅小路公園の一角に展示されている、かつての京都市交通局の路面電車車輛です。広軌1型の29号車で、他に狭軌1型の27号車が動態に戻されて梅小路公園内を走っていますが、そちらは明治のレトロ車なので、こちらの方が私には馴染みがあります。
 子供の頃、京都にはこの電車があちこち走っていましたし、乗ったこともあります。その当時は車体の帯がオレンジではなくて赤色だったように覚えていますが・・・。


 再びバスにて七条通りを東へと移動しました。烏丸通の交差点からは修理中の東本願寺阿弥陀堂の覆屋が見えました。宗祖親鸞聖人七百五十回御遠忌の特別記念事業として、2012年から続けられており、落成は2015年12月末日だそうです。


 七条河原町で降りて新京極通りをぶらつき、ふと見かけた大衆食堂に入って遅い昼食をおばんざい料理で楽しみました。それから東へ歩いて七条大橋を渡りましたが、鴨川沿いの桜はほぼ満開のようでした。下の川岸歩道に降りて歩こうかと思ったのですが、時間が無いので諦めました。


 京都国立博物館に入りました。去年に平成知新館が完成してからは、明治古都館と呼ばれるようになったかつての本館の施設です。明治28年10月に帝室博物館の本館として竣工、昭和44年に表門や札売場及び袖塀とともに国の重要文化財に指定されました。春秋の特別展はこの建物で行なわれてきたので、私にとっては、奈良国立博物館本館の次に馴染みが深いです。

 この日は平常展示のみが平成知新館にて開催されていましたので、そちらを一時間余りかけてのんびりと見学して楽しみました。京都国立博物館の公式サイトはこちら


 屋外展示のうちの馬町十三重石塔がいつの間にか解体されていたのには驚きました。解体修理中だということで、完成後は場所を移すそうです。平成知新館の考古展示室には、この石塔の納入品一式が展示されていましたが、この種の納入品は散逸しやすいので、全部が一括して保存されてきたのは貴重です。


 京都国立博物館の次は、南隣の妙法院管内蓮華王院に参拝しました。境内の園池の桜も満開でした。


 蓮華王院の本堂は、俗に「三十三間堂」と呼ばれて有名です。藤原時代に幾つか建立された「千体観音堂」の現存唯一の遺構で、鎌倉期の建築として国宝に指定されています。後白河上皇の御所法住寺殿の一画に平清盛が造進した堂宇が前身です。


 内陣には1001体の千手観音像および眷属の二十八部衆像がまつられ、現存唯一の群像浄土変相の世界を体験することが出来ます。古社寺の常として、内部の撮影は禁止されていますので、詳細は公式サイトにて御覧下さい。こちら


 バスで京都駅へ戻りましたが、帰りの列車の時刻までまだ間がありました。そこで駅北のヨドバシに立ち寄り、模型コーナーなどを見ました。ガルパン関連商品は全く見当たらず、かつてガルパン戦車キットが陳列されていた棚には、艦隊これくしょんのグッズがずらりと並んでいました。

 以前に模型サークルにて聞いたところでは、ガルパンの戦車キットのムーブメントは既にピークを過ぎているらしい、ということでした。関西地区でテレビ放送が12話まで進んで新規にファンが増えたとしても、以前のようにキットが売れ過ぎて在庫薄になる、というところまでは至っていないそうです。

 なので、タミヤなどが参画してガルパンの全部の戦車のキットを公式化し販売する、という試みが更なる需要を喚起し得るかどうかは、まだ分かりませんね・・・。

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2 コメント

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桜がまたいいですね! (ナガシマ)
2015-04-06 15:10:12
京都、いいですね〜!
行ったつもりでブログを拝見しました。
ぼくは桜が咲いている頃は、行ったことがないと思います。
機関車もお詳しいんですね。ぼくは戦車に例えるなら、ティーガーとパンターくらいしか知りません。
機関区の中に並ぶ機関車たちは圧巻です。その場にいたら唸ってしまうかもしれません。

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桜の京都 (ホシノ)
2015-04-06 21:58:27
私も桜の頃に京都へ行ったのは十数年振りでした。いつもは奈良の吉野や長谷室生とかへ桜を見に行っているので・・・。
蒸気機関車にはそんなに詳しくないです。ほんの聞きかじり程度です。むしろナガシマさんに梅小路へ来てもらって、細部のメカニズムや部品の役割などを御教授願えたら、と思います。
8月の閉館までに、一度は見に行くべきですよ。

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