中学生がイジメをしていたら、全国民で吊し上げにして、その子の未来を閉ざすのだねこの国は。
その子が未来において世界的なスポーツイベントで音楽を担当します。
そんな可能性があっても、
「お前はもう何もしちゃダメ。残念でした。ざまー。」
と、その未来を閉ざすのか?
そんなことはしない?
してんじゃん。
同じことじゃんか。
もう収集つかないところまで来てんだね。
「完璧な人間なんていない。」
って知ってるくせに、なんだよそれ。
自分は完璧だと思ってんの?
僕は思ってない。
たったの一度も失敗をしていない人間のみが「なにかをしていい」のならば、誰も何も出来ないじゃんか。
無責任な立場で「責任ある立場」の人間をとやかく言うのは、それこそ無責任だとは思えないのか。
そのように考えられないのか。
先生だって感情のままにドカーンと怒ってたよ。
でも、
「先生、昨日は言い過ぎた。済まなかった。」
と謝って終わりで良かったし、それでいいじゃん。
失敗なんか恐れずに、チャレンジしろよ!
って言えない世界だ。
「そんな時代」は生きにくい。
ビビりながら生きていくの?
つまらん。
どんなに可愛いアイドルも、昔はギャルでした。
とか、その辺りから始まっていたんだね。
希望もなにもねぇじゃんか。
子ども達は、どうやって生きていく?
若気の至りって、誰にでもあんじゃん。
寛容である社会。
その真逆に今はある。
一度のミスも許されない社会。
アホかいな。
クソゲーじゃん。
人生はゲームじゃないけど、クソゲーはつまらんよ。
無理ゲーはつまらんよ。
大体、3機ぐらいあんの。
だから上手くなってクリア出来んの。
かすっただけでゲームオーバーって。
過去に取り損ねたアイテムがあったから、もう絶対にクリア出来ないだなんて誰もやらん。
(それはそれで緊張感があって楽しいかもだけど流行らないだろうね)
人は過ちを。
過去には数々の失敗を。
大きいも小さいも色々あるからいいんじゃんか。
そんな経験が「強さ」につながるんでしょうよ??
失敗を恐れて「普通が一番」と小さくまとまってはいけない。
そもそも普通が一番ってなに?
なんでもないってことは特別なことだけど、コソコソ生きていくのとは違うんだよ?
失敗すると許されないからチャレンジできない。
それはダメだ!
失敗してもいいのだ。
「あいつ失敗してやんの。」
と笑う奴らが一番悪いよ?
頑張っても笑われない社会は、遠くはない。
一人一人が寛容であったり、母達のように包容力があればよい。
全員、失敗を恐れず、挑戦をしよう。
それを、それぞれが応援しよう。
アイツ?
アイツなんて気にすんなよ。
いい歳こいて、陰口しか叩かないような奴なんだから。
人に優しくあろう。
そして、優しさを受けた人間はさらに多くの誰かに優しさを。
かと言って。
イジメはやめましょう。
誰かをいじめるほど、暇じゃあるまいに。
しかし。
今日は暑いねぇ。
「イジメられたのは過去のこと。私はあなたを許します。今後のご活躍を祈ってます。」となれば良いですけど。
イジメを受けた傷はそう簡単には癒せないと思います。
たしかにれいさんの言う通り「許します」とはならないかもだけど…
最近は包容力がないよね。
でも難しい問題ですよ。
本人にしてみたら、って視点で考えちゃうとね。
犯罪者差別は、被害者視点だと絶対に許せないだろうし、私は許せない。許さない。
でも、関係のない周りの人間が「正義面」していいとも思えない。
ネットの時代は難しいね。
これも無責任か。
> イジメはやめましょう。
「いじめている人」って「いじめることが楽しい」んだと思います。他人をいじめると自分がその人よりえらく思えるんだと思います。
「いじめは悪いことだからやめましょう」、って言う事ありますけど、それって「タバコは身体に悪いからやめましょう」、って言ってるのと同じかな?
どうすりゃいじめって無くなるの?って自分に問いかけてみたら、思いついたのは「いじめることより楽しいこと」を見つけてあげることだと思いました。でも、理屈じゃわかっても、なかなか実践はできませ~~~ん
いじめの構図を感じちゃう
「自分は偉い」
中にはそう思って言っている人もいるかもしれないけど、大抵は違う気がします。
いじめ被害受けた方が、トラウマになって過去の話ではなく、現在も苦しんでないことを祈りますが。
差別もイジメも、された側は簡単に忘れられないです。
叔母に酷い言葉を投げかけた見知らぬ人の顔も、未だに記憶には残っているし。
難しいです。
昔の事だから忘れたいと思っても、なかなか消えないものです。
ただ、今の時代の攻めて潰せ!的な攻撃性は、不要だとは思います。
歪んでいると思ってます。
どれもこれもその通りだと思いました。
日常業務で被害者支援を行っていること、同時に加害者の更正も学んでいる立場の自分。
プライベートではいじめをキッカケに引きこもり、不登校になってしまった子どもの親として思うこと、言いたい事は山ほどあります。
いじめられた方や犯罪被害者は一生忘れないし、いいオジサン・オバサンになってもフラッシュバック、トラウマ、対人恐怖に苦しんで、まともな社会生活が送れなくなった人も事実います。命を絶つ人もいます。もちろん、精一杯這い上がる人もいます。
いじめた人や加害者にもやり直しのチャンスを与えるって事は、やり直さなければいけない所に、まず一度身を置いた人に与えられるもの。
だから、しっかり自分が過去にヤラカシタ過ちを真正面から見つめて悪かったと認める事が出来ないと、やり直しのスタートラインには立てないです。
そしていじめや犯罪被害を受けた方々がある意味自分と闘う苦しさ同様、
いじめた方や犯罪加害者も時に後ろ指さされたり、社会からバッシング受けたり、仕事を失ったり。生きて行く事の難しさを味わいながら人から信頼されるにはどうしたら良いか、誠実に仕事をこなして成果をあげるには自分は何をするべきか、ひとつひとつ答えを出して見せて欲しい。
何の覚悟も背負わず、生きてはいけないと思う。
『先生昨日は言い過ぎた。済まなかった』って言ってくれない先生について行く生徒はいないもの。