僕の消灯時間まで

ブログの引越しをしました。
愛する方々へ、遺書のように。

返事を

2018-05-10 01:07:11 | 日記
なにかと。
なにかとメールが届きます。
仕事用で載せていたからなのか、みんな、僕のアドレスを知っている。

お仕事ください。
rtaira0512@gmail.com

でも、今は少し待ってもらっています。
お待ち願います。

話を戻します。
メールをありがとうございます。
では、僕の意見を。
「僕の」意見だから、正解も不正解もない。
僕の意見です。
病気のせいで自暴自棄になります、とありました。
そして、街中を歩く人達が健康なくせにどうでもいいことではしゃいでてアホくさくなる、とも書いてありました。

自暴自棄の自棄(ヤケ)って、一番いかんと思う。
自棄っぱちは人のためになんて動けない。

「不安」は「諦め」に傾きがちになるけれど「不安」や「恐れ」は「慎み」に変えてみてはどうでしょうか。

よく「大人になっても怒ってくれる人がいるって幸せです。」というフレーズを耳にするけれど、それは怖い人がいて怒られるかもしれないから「より正しく」過ごさねばならないという環境を指しています。
そうして生きていく時間の中には慎ましさがあって、その人の立場で見るととても善い感じがします。

それと同じこと。
不安や恐れは諦めや服従に変えるのではなく、慎みに変える。

ちなみに、自棄の対義語を考えてみました。
自暴自棄の対義語は自重自愛。
では自愛?
いや、自助の方が意味は合う。
それでもまだ違う。
自のところも反対にしてこそのフル対義語。
他助?

互助か。
なるほどな。

メールのお陰様で、僕が学んだ。
ありがとうございました。
皆さん、目指すべきは互助だ。
互助会だ(笑)

そして、街中の人を見てアホくさいなんて思っちゃいかんよ?
平和であることの有難い光景じゃないですか。
病気や戦争、悩みも喜びも体験したわけじゃない場合には想像力を働かせるしかない。
想像力の先に思いやりがあります。
でも、それこそお互いの問題です。

アホくさく世の中を見ている自分自身に問題あるのかもしれません。

大丈夫ですよ。
なんとかなるさ。

全部、吹き飛ばそうぜ。
全部、吹っ飛ばしてやる。
コメント (2)
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