電影宣伝自由人

香港映画を中心にしたアジア映画のよもやま話などを紹介

DREAM CUP RACE 89

2006-06-10 19:56:59 | Weblog
ついにワールドカップinドイツ大会が始まりました。ちょうど4年前の今頃は、『ファイティング・ラブ』の宣伝をしていたのですが、ウイルス性結膜炎にかかってしまい、1ヶ月ひどいめにあってました。
さて、サッカーというと、香港もサッカー人気があって、古くは『チャンピオン鷹』、そして4年前のワールドカップの時期には、日本でも『少林サッカー』が公開されて、大ヒットを飛ばしてました。で、思い出したのが、昔、日本と香港の芸能人の友好サッカー大会が開催されていたなあと、資料庫をごそごそしていたら、サッカーのパンフではなくて、車レースの方のパンフレットが出てきました。
パンフを読むと、このDREAM CUP というのは、第一弾が1987年3月14日に開催され、明石家さんま率いるザ・ミイラとジャッキー・チェン、ユン・ピョウ、アラン・タム等、香港芸能人とが、友好サッカー試合を行ったのが最初でした。続く第2弾は1988年3月26日に開催され、日本チームはビートたけし&たけし軍団、香港芸能人チームは、前回と同じジャッキー・チェンを中心とした香港明星チームとの対戦でした。そして第3弾はまったく違うイベントだったのですが、第4弾は1989年5月28日にカーレースとして行われ、再び日本の芸能人と香港映画人のチームがサーキットレースで火花を散らせたのでした。
日本のチームは、岩城滉一率いるTEAM IWAKI、所ジョージ率いるTEAM TOKOROS FACTORY、哀川翔率いるTEAM AIKAWA、三原じゅん子率いるTEAM MIHARA等々、23チームが出場。対する香港は、ユン・ピョウ率いるTEAM YUEN BIAOは、ユン・ピョウ、ドライバーがイー・トンシン(爾冬陞/現監督名デレク・イーで、当時はまだ俳優で活躍していた)、チン・シウホウ(銭小豪)とチン・カーロッ(銭嘉楽)の兄弟コンビ、アラン・タム率いるTEAM ALAN TAMは、アラン・タム、ドライバーがモク・シウチョン(莫少聡)、アンディ・ラウ、シン・フイオン(成奎安)、ラム・ファイオン(林輝煌)というメンバー、そしてチョウ・ユンファ率いるTEAM CHOW YUN FATTは、チョウ・ユンファ、ドライバーにロイ・チョン、トミー・ウォン(黄光亮)、監督のジョセフ・チー(朱継生)という面々。これ、今考えるとすごい面々が集まっていたことになりますし、よく日本でこんなイベント開いたなあと思います。(これもバブルのおかげ?)当時はテレビ朝日で放送されたようなので、どんなカーレースだったか見てみたいですね。

ハリウッドで活躍する日本人スタントウーマン

2006-06-10 01:23:12 | Weblog
映画誌ロードショーに、“ハリウッドで活躍する日本人”を紹介するページがあるのですが、今月はスタントウーマンとして活躍する西脇美智子さんが紹介されていました。
西脇さんは、1980年代に「ボディビル界の百恵ちゃん」と呼ばれて人気を博した方なのですが、『大福星』でジャッキー・チェンと共演し、それをきっかけにして香港映画界でアクション女優として活動していました。その後、ハリウッドへ渡り、『チャーリーズ・エンジェル』でルーシー・リューのスタントインを務めて、今では人気のスタントウーマンとして活躍しています。
西脇さんのその記事を読んだ時に、1度だけお会いした時のことを思い出しました。それは『ファースト・ミッション』の宣伝キャンペーンでのことでした。確か、2日目の夜だったと思います。六本木で食事会をした後に、二次会へ行くということで、ロアビルにあるディスコへ行ったのでした。場所は現在のシネマート六本木のそばなのですが、当時はビルごと全フロアーがディスコという名物ビルでした。ジャッキーには、日本の“五福星”なる5人組がいて、そのうちの一人が東宝東和の名物宣伝マンであったヒゲの宣伝マンこと故・飯田さんでした。この5人組は、ジャッキーが来日した際は、全てセッティングをして歓待していた仲間だったのですが、その2次会のディスコも彼らがセッティングしていました。私はまだかけだしの宣伝マンで、右も左もわからないのに会社命令で「最後までジャッキーに付いていろ~」と言われていたので、その2次会にもついていったのでした。
ディスコに着くと、なんとお客が誰もいません。そうなんです、ジャッキーのために貸し切りにしていたのです。とにかく薄暗い店内に席まで行くと、そこに西脇さんが座っていました。『大福星』で共演した後だったので、ジャッキーが来日しているから遊びにおいでよと、五福星が西脇さんに声をかけたようでした。
とにかく、お客さんは、私たち10人しかいません。その中でわけがわかんないは私一人。そんな私に飯田さんが気をきかしてくれて、西脇さんに「彼と踊ってあげてよ。」と言ったのです。それではと西脇さんから踊りましょうと言われ、私はなぜか西脇さんとチークダンスを踊ったのでした。でも、初めてのスターのアテンド仕事で緊張しまくりだったので、何をその時話したのかは今でも思い出せません。
今ではハリウッドでスタントウーマンとして活躍している西脇さんのその記事を読んで、そのキャンペーンの思い出が甦り、すごく懐かしく感じたのでした。
ところで、この二次会のディスコでは、もう一人意外な人物がいました。私の隣に座っていた男性を、最初は暗かったので誰だかわからなかったのですが、次第に目がなれてよく見たら、なんと「Mr.Boo」ことマイケル・ホイでした。西脇さんがいたこと以上にびっくりしましたが、彼がなぜその時東京にいたのかは、今でも謎です。