パオロ&ヴィットリオ・タヴィアーニ兄弟監督は、イタリアの巨匠です。代表作は「父/パードレ・パドローネ」(77年・カンヌ国際映画祭パルムドール)、「サン・ロレンツォの夜」(82年・カンヌ国際映画祭審査員グランプリ)、「カオス・シチリア物語」(84年)、「グッドモーニング・バビロン!」(87年)など。イタリアの風土と人間ドラマを、現代の神話のように紡いでいく語り口を特徴とする。すでに80歳を過ぎた彼らが今回取り組んだのが、本物の刑務所で実在の服役囚をカメラに収めた「塀の中のジュリアス・シーザー」(1月26日公開)で、シェイクスピアのドラマを演じる服役囚を通して人間の尊厳を問いかけます。
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イタリア、ローマ郊外にあるレビッビア刑務所。ここでは、受刑者たちによる演劇実習が定期的に行われている。毎年、彼らはさまざまな演目を演じて、所内の劇場で練習の成果である舞台を一般の観客に見てもらうのだ。指導者は演出家のファビオ・カヴァッリ。今回の演目はシェイクスピアの「ジュリアス・シーザー」。早速、出演者のオーディションが始まり、ブルータス、シーザー、キャシアスらの役が次々と決まっていく。演じるのは重警備棟の受刑者たち。一般の人々への披露に向けて、彼らの稽古が所内で始まる。
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まず、出演者のオーディション。自分の氏名、誕生日、出生地、父親の名前を、悲しみと怒り、二通りの感情で喋らせるという方法が面白い。出演者は、麻薬売買や殺人、組織犯罪で入所している受刑者たち。その他、すでに釈放された人々もいる。彼らは、所内の劇場が改修中のために、各々の監房で掃除をしながら、または廊下で、遊技場で、あらゆる場所を使って懸命にセリフの練習を繰り返す。やがて、それぞれの過去や性格がオーバーラップして役柄と同化、刑務所自体がローマ帝国へと変貌する。他の受刑者も、出演者の仕上がりを応援するかのようだ。現実と虚構の境を越えたマジカルな空間の現出。
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映画は、受刑者が実際に観客の前で演じるシーン(現在)をカラーで、6か月前からの稽古のくだりをモノクロでとらえる。タヴィアーニ兄弟は、受刑者たちが古代ローマ人に変身していく過程を、緊迫した演出でリアルに画面に刻んでいく。そして、いつしか刑務所が演劇的空間に変貌する。タヴィアーニ兄弟は言う。「受刑者としての彼らの人生の暗闇を、“友情と裏切り”、“殺しと難しい選択による苦悩”、“権威と真実”といった、シェイクスピアによって喚起される感情の詩的な力と対比させようと試みました」と。
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それにしても、ほとんどが終身刑であるという受刑者がダンテの「神曲」の一篇「地獄篇」の一節を詠み、シェイクスピア劇に出演するという知的なエネルギーがすごい。そして「ジュリアス・シーザー」は、独裁者とされたシーザーに対するブルータスらの反乱・テロがクライマックスであり、それは現代ヨーロッパ、中東、アフリカなどの政情にもダブっているような気がする。最後に受刑者の一人が言います。「芸術を知ったら、監獄が牢獄になった…」と。2012年のベルリン国際映画祭では金熊賞〈グランプリ〉とエキュメニカル審査員賞をダブル受賞。上映時間76分ながら濃密な映像体験です。(★★★★+★半分)
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連載記事「昭和と映画」
今回のテーマは「愛を謳い上げた懐かしの映画音楽」