わくわく CINEMA PARADISE 映画評論家・高澤瑛一のシネマ・エッセイ

半世紀余りの映画体験をふまえて、映画の新作や名作について硬派のエッセイをお届けいたします。

青山真治監督が芥川賞受賞小説を映画化「共喰い」

2013-09-09 15:56:29 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

Img024「EUREKA ユリイカ」(00年)でカンヌ国際映画祭国際批評家連盟賞を、「東京公園」(11年)でロカルノ国際映画祭金豹賞審査員特別賞を受賞するなど、国際的に評価の高い青山真治監督。彼の新作が、田中慎弥の芥川賞受賞小説の映画化「共喰い」(9月7日公開)です。父と息子、そして夫婦の相克、家族の崩壊を、性と暴力という視点からとらえた異色作。脚本を手がけたのが、日活ロマンポルノから近作「大鹿村騒動記」(11年)まで、ユニークな作風を持つ荒井晴彦。特異な発想で、日本の男と女の関係に斬り込んでいきます。
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 舞台は、昭和から平成になる直前の昭和63年、山口県下関市。川辺と呼ばれる土地で、17歳の遠馬(菅田将暉)は、父・円(光石研)とその愛人・琴子(篠原友希子)と暮らしている。父には、セックスの時に女性を殴るという暴力的な性癖がある。そのため、産みの母・仁子(田中裕子)は、遠馬が生まれてすぐ家を出て行き、魚屋でひとり暮らしをしている。遠馬は粗暴な父親を疎んで生きてきたが、幼なじみの彼女・千種(木下美咲)と何度も愛を交わすうちに自覚していく。自分にも、確かに父と同じような忌まわしい血が流れていることを。そしてドラマは、この4人を中心に凄惨な結末に向かっていく…。
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 遠馬の母・仁子の存在が物語の重要なキーとなる。家庭を捨てて、川べりの小屋で魚をさばきながら生計を立てている年老いた女性。実は、彼女は戦争中に空襲に遭い、左腕の手首から先を失った、という設定になっている。クライマックス、仁子はその義手で円の腹を刺して拘置所に入れられる。そして、訪れた遠馬に「あの人、血吐いたんね?」と問い直す。恩赦があるから、判決まで生きとってほしいと。更に「あの人が始めた戦争でこうなったんじゃけ、それくらいはしてもらわんと」と。“あの人”とは、ドラマの最後、昭和64年1月7日早朝に逝去した昭和天皇のことである。演じる田中裕子に現実感がこもる。
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 映画は、下関の夏の自然の情景を巧みに挿入する。テーマは、性、暴力、家庭内の確執。更に、底流として浮かび上がるのが“昭和怨み節”とでもいうべきものだ。そのはざまから立ち上がってくるのが女性の活力である。忍耐を殺意に転化させ、昭和を呪詛する母・仁子。円を見限って逃げ出す愛人・琴子。円に犯されたあげく、遠馬に真の愛を求める千種。こうしたドラマの多重構造には、脚本家・荒井晴彦の思いがこめられているようだ。しかし、平成の社会の歪みのもとになった昭和に対する怨み節が感覚的で、もうひとつ突き抜けていかない。だから、語り口が時代遅れという感も免れない。可哀そうなのは、性の泥沼の中でアイデンティティーを失っていく遠馬少年の存在である。(★★★+★半分)

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