わくわく CINEMA PARADISE 映画評論家・高澤瑛一のシネマ・エッセイ

半世紀余りの映画体験をふまえて、映画の新作や名作について硬派のエッセイをお届けいたします。

名優ソン・ガンホの痛切な正義派作品!「弁護人」

2016-11-26 16:42:50 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

 ソン・ガンホは、「シュリ」「殺人の追憶」などで知られる韓国ナンバーワンの名優です。新作が、新進ヤン・ウソク監督の長編映画デビュー作「弁護人」(11月12日公開)。1970~80年代の韓国軍事政権下、国家保安法違反の容疑で不当に逮捕された若者の罪を晴らすために立ち上がる人権派弁護士を熱演する。モデルになったのは、第16代元大統領(2003~08年)、盧武鉉(ノ・ムヒョン)の若き弁護士時代。同氏は1981年、国家が釜山地域の民主勢力を抹殺すべく学生や若者を不当に逮捕、監禁・拷問を行った捏造事件(学林事件)に弁護士として立ち向かい、粘り強い闘いを繰り広げる。いわゆる釜林(プリム)事件だ。ソン・ガンホは温かい人間性を見せながら、エネルギッシュかつユーモラスに役に挑んでいる。
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 高卒から弁護士になったソン・ウソク(ソン・ガンホ)。学歴もコネもない彼は、まだ誰も手を付けていなかった不動産登記業務に目を付け、釜山一の税務弁護士にのし上がっていく。そして、ある日、馴染みのクッパ屋の息子ジヌ(イム・シワン)が公安当局に突然逮捕されたと聞く。自分の担当分野でないけれど、ジヌの母親スネ(キム・ヨンエ)から懇願され拘置所へ出向くが面会すらできない。ようやく会えたジヌは、すっかり痩せ細り、顔や身体には無数の痣がある衝撃的な姿をしていた。ウソクは拘置所での取り調べに不信感を抱き、ジヌの無実を証明しようと立ち上がる。時は軍事政権下、誰も国家保安法違反で捕まった者を助けようとしなかった時代、ウソクは無罪を勝ち取ることができるのだろうか?
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 差別が多い学歴社会の法曹界で、金儲け主体の税務弁護士として稼ぎまくった時代のウソクのユーモラスな言動。それが、ジヌをはじめ学生たちの苦境に面と向かうや、おいしい建設会社との契約も破棄して人権派弁護士に転じる。冷酷非道な警監(クァク・ドウォン)らによる拷問シーン。拷問に立ち会った医師中尉は、拷問が行われたことを証言するが、かえって軍に逮捕される。そんな中で、ウソクはエネルギッシュな行動力で、巧みな弁護を繰り広げる。当時は、韓国の最も危険な時代だったといってもいいだろう。いったん民主化ムードが高まるが、全斗煥(チョン・ドゥファン)大統領下、民主化運動が厳しく取り締まられる。そんな激動の時代に、ウソクは徹底して権力との闘いを繰り広げてみせるのである。
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 1988年に政界入りした盧武鉉は、金泳三、金大中らの下で活動、従来の政治家にない清新さが期待され、57歳で大統領になる。だが、就任当初は清廉さなどが評価されたが、行政実務にうとく、政権末期は支持率が低下。退任後、親族の不正疑惑で聴取され、2009年に釜山の自宅近くの岩山から飛び降り自殺した(それにしても、韓国の大統領職というのはオイシイみたいだね)。当時から映画化を企画していたヤン・ウソクは、この悲劇的な死で映画化を先延ばしにした。だが「その後、厳しい経済状況の下で苦労している今の若い世代のことを考えるようになり、彼らを元気づけて前向きにさせるような話を届けたいと思うようになった」という。演出は精巧、法廷シーンは迫力十分、細部にわたる描写が圧倒的だ。
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 韓国の監督には、アメリカに映画留学をしたり、映画を徹底的に研究している人が目立つ。ヤン・ウソクもしかり。彼は「興味があるのは、何かと対立した時、自らの信念を貫き通そうと苦闘する人々を描いた映画です」と語る。そのために影響を受けたのは、イギリス映画「わが命つきるとも」(1966年)、フランク・キャプラ監督「スミス都へ行く」(1939年)、ラッセル・クロウとアル・パチーノ主演の「インサイダー」(1999年)などだとか。特に、フランク・キャプラが大好き。「『弁護人』は、純粋で無垢な人間が世界を変えようと尽力する映画で、それを伝統的で古典的な手法で描くことを目指した」と言う。政府と警察組織の深い闇を暴く…それは、現代にも通じる普遍的なテーマでもあります。(★★★★+★半分)



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