安倍夜郎原作、TVドラマとしても話題を呼んだ食コミックが、映画「深夜食堂」(1月31日公開)としてスクリーンによみがえりました。監督は、「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」(07年)で日本アカデミー賞最優秀監督賞を含め主要5部門で受賞、TV版「深夜食堂」も手がけた松岡錠司。繁華街の路地裏にある小さな食堂に集うワケアリの人々が繰り広げる、楽しくレトロな庶民派ドラマに仕上がっています。東京新宿・繁華街の路地裏をそのまま切り取ったかのようなセット、フードスタイリスト・飯島奈美が手がけた庶民的な料理のかずかずが見る者を楽しませる、人情味たっぷりな作品になっています。
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マスター(小林薫)の作る味と居心地のよさを求めて、夜な夜な賑わう“めしや”。ある日、誰かが置き忘れた骨壺をめぐってマスターは思案顔。そんな“めしや”に、久しぶりに顔を出したたまこ(高岡早紀)。彼女は愛人を亡くし、新しいパトロンを物色中だったが、隣にいた年下の男はじめ(柄本時生)と気が合うようになる。また、無銭飲食をしたことを機に、マスターの手伝いを兼ねて住み込みで働くことになったみちる(多部未華子)。更に、福島の被災地から来た謙三(筒井道隆)は、“めしや”で常連のあけみ(菊池亜希子)に会いたいと騒ぐ。彼らは、マスターが作る懐かしい味に癒されて、明日への一歩を踏み出す…。
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物語は、4つほどのエピソードを中心に繰り広げられる。たまこと、はじめの愛の顛末。新潟県から出て来たという何か事情を抱えたみちる。福島でボランティア活動に従事した際に、被災者にプロポーズされたあけみ。そして、骨壺の持ち主・街子(田中裕子)の登場。そのたびに、マスターが作るナポリタン、とろろご飯、ボランティアの味・カレーライスなどがキーとなる。また、多彩なキャラの描きわけがみごとだ。顔に傷跡がある正体不詳のマスター。その古い知り合いで、新橋の料亭の女将(余貴美子)。交番勤務のお人よしの警官(オダギリジョー)。かれらのやりとりがホロリとさせ、ユーモラスでもある。
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もうひとつ、ドラマの構成上で面白いのが、“めしや”を舞台に東京と地方をクロスさせていることです。たとえば、新潟県親不知出身のみちる。彼女は、地元の居酒屋で働いていたときに男に貯金をだまし取られ、その男が彼女を故郷に連れ帰ろうと“めしや”に現れる。上京したみちるは、漫画喫茶で寝泊まりし、やがてマスターに雇われて料理の才を発揮し、その後新橋の料亭に勤務する。文無しで東京に出た地方の娘が、自らの才覚で東京に同化していくという挿話だ。また、被災地・福島でボランティア活動をしてきたOLのあけみは、津波で最愛の妻を亡くした謙三に愛を迫られて、ちょっと戸惑い気味。劇中、誰やらが「所詮、東京は田舎者の集まりなんだから」と言うが、それはまさに、その通りなのである。
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また、深夜食堂“めしや”界隈の昭和の匂いが漂う街並みのセットは、埼玉県入間市にある広さ300坪の倉庫内に作られたという。そこに足を踏み入れると奇妙な名前の飲み屋が並び、稲荷大明神や交番がある。くすんだセピア色のような世界。美術監督の原田満生は「新宿や渋谷などの飲み屋街がモデルになっている」という。そういえば、新宿歌舞伎町のゴールデン街を彷彿とさせるのだ。猥雑で、ちょっと危険。文士やジャーナリスト、編集者らで賑わった文化街でもあった。“めしや”の内部は、すすけた壁、狭いが整理された厨房、古い掛け時計、厨房を取り巻くカウンター席。このレトロな雰囲気がたまらない。(★★★★)
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