わくわく CINEMA PARADISE 映画評論家・高澤瑛一のシネマ・エッセイ

半世紀余りの映画体験をふまえて、映画の新作や名作について硬派のエッセイをお届けいたします。

韓国伝統芸能パンソリの世界を庶民の目線で…「花、香る歌」

2016-05-09 13:26:08 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

 <パンソリ>とは、唱者が鼓手の伴奏に合わせて“唄”と“言葉”と“身振り”を交えて物語を唄い上げる韓国の伝統芸能です。その哀切の節には、庶民の“恨(ハン)”の思いがこめられているといいます。韓国の名匠イム・グォンテク(林權澤)も、パンソリをテーマにして「風の丘を越えて/西便制(ソピョンジェ)」「春香伝」などの名作映画を手がけています。今回、このパンソリを主題に、新鋭イ・ジョンピル監督が手がけたのが「花、香る歌」(4月23日公開)です。朝鮮王朝時代、女性が伝統芸能のパンソリを唄うことは禁じられていたという。勇敢にも、このタブーに挑んだ実在の女性の夢と勇気を描いた異色作だ。
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 朝鮮・李朝時代末期、母親を亡くした少女チェソンは、偶然耳にしたパンソリで唄われている悲運なヒロイン像に自らの人生を重ね、唄い手になろうと決意。御法度を破れば、打ち首も免れない時代、女性が伝統芸能のパンソリを唄うことは固く禁じられていた。だが、夢をあきらめきれないチェソン(スジ)は、性別を偽りパンソリ塾の門を叩く。そして紆余曲折の末に、パンソリの大家シン・ジェヒョ(リュ・スンリョン)のもとで修業を積む。やがて1867年、時の権力者・興宣大院君-フンソン デウォングン-(キム・ナムギル)主催の宴に危険を冒して臨む…。夢に生きる少女と、命がけで彼女を支えパンソリの魂を伝授する師匠、ふたりの運命を握る絶対的権力者。彼らが繰り広げる愛と権勢のドラマである。
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 チン・チェソン(1847年~未詳)は、17歳でシン・ジェヒョに弟子入りし、パンソリ初の女流唄い手に。彼女の唄はパンソリの概念を覆し、明唱の仲間入り。そして、景福宮再建祝いで聴衆を魅了、師匠の命を救う代わりに興宣大院君の寵愛を受ける。その後の生涯や最期については記録がない。いわば、男尊女卑の時代を駆け抜けたフェミニズムの先駆のような存在だ。映画では、妓楼の下働きをしながらパンソリ塾を覗き見する少女時代、男装で塾の試験にパスするが女であることがばれる新進時代、ジェヒョのもとで厳しい訓練に耐える時期が描かれる。やがて彼女は「愛を抱くとは、花を抱くようなもの。桃李花(トリファ)のような美しい花を。お師匠さまの桃李花になりたい」と、ジェヒョへの思いを告白する。
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 しかし、チェソンの秘かな愛は実らず、結局は権力者に身を委ねることになる。そこには、当時の権力者たちの裏側と陰湿さがとらえられる。朝鮮最初のパンソリ楽団・桐里精舎(トンニチョンサ)の首長だった中人階級のジェヒョも、身分的な差別を免れない。唄で立身出世を目指すが、貧民の物語を披露することに反対した両班(ヤンバン)を怒らせ、後援を打ち切られて放浪の旅に出る。そして、チェソンが女だとばれて大院君の怒りを買い、収監されてしまうのだ。ジェヒョは、「春香歌」「沈清歌」などのパンソリの歌詞を完成させた。映画の原題「桃李花歌」は、弟子チェソンを描いた短歌として知られる。つまり、パンソリは庶民の抵抗、忍耐を謳いあげ、身分の落差の大きさ、矛盾を反映させたものでもある。
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 イ・ジョンピル監督は、音楽を題材にした作品で定評がある。本作も、朝鮮王朝時代を背景にした伝統的な古式ミュージカルのような雰囲気を持っています。放浪するジェヒョとチェソンらが山野で繰り広げる特訓場面、華やかで哀調たっぷりなパンソリの舞台、チェソンが雪の中を行く甘く物悲しい終幕、子供たちが街で「桃李花歌」を歌うロマンチックなラスト。ヒロインのチェソンを演じるスジは、K-POPガールズグループ“miss A”のメインボーカルとして活躍、映画「建築学概論」で“国民の初恋”の称号を与えられたとか。女流唄い手の苦悩と悲しみ、そして成功への軌跡に挑み、男装での舞台場面などは、なかなか可愛い。しかし、パンソリの唄い方がやや物足りない。パンソリ独特の発声を1年にわたって猛特訓したというが、なんとなく哀切さや力強さに欠けるような気がするのだ。(★★★★)



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