デンマークからユニークな作品がやってきました。新鋭グスタフ・モーラー監督・脚本の「THE GUILTY/ギルティ」(2月22日公開)です。“電話からの声と音だけで、誘拐事件を解決する”というシンプルな設定だが、予測不可能な展開で見る者をサスペンスの世界に引きずり込む。本作が長編映画監督デビューとなるモーラー監督は言う―「音声というのは、誰ひとりとして同じイメージを思い浮かべることがない、ということにヒントを得た。観客ひとりひとりの脳内で、それぞれが異なる人物像を想像するのだ」と。それは、人間の想像力を縦横無尽に操るという、まったく新しい映像表現だ。視覚情報が無いなかで、劇中に溢れるさまざまな“音”のなかから、犯人を見つけ出すことができるのか? ユニークな設定のサスペンスであり、音だけの見えない事件を、監督は緻密に解析し、展開していく。
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アスガー・ホルム(ヤコブ・セーダーグレン)は、緊急通報指令室のオペレーター。彼は、ある事件をきっかけに警察官としての一線を退き、交通事故による緊急搬送を遠隔手配するなど、些細な事件に応対する日々が続いていた。そんなある日、一本の通報を受ける。それは、いままさに誘拐されているという女性自身からの通報だった。彼に与えられた事件解決の手段は“電話”だけ。車の発車音、女性の怯える声、犯人の息遣い…。果たしてアスガーは、微かに聞こえる音だけを手掛かりにして、“見えない”事件を解決することができるのか? そしてラストには、あっとビックリの、とんでもないどんでん返しが待っている…。
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実際に画面に登場する人物は、アスガーのみ。舞台になるのは、緊急ダイヤル指令室の内部だけ。ヘッドセットを付けたアスガーは、通報者の声、車の走行音やワイパーの音などに耳を澄ませる。彼は、職務中に大きな過失を引き起こして、翌日に出廷を控えているという屈折したキャラクターでもある。おまけに、元相棒には、法廷での偽証を頼んでいる。そのほか、誘拐犯、誘拐されたというその妻、彼らの子供たち、アスガー以外の人物は、声のみの出演となる。誘拐犯は、通報してきた女性の暴力的な夫という設定だ。そして、びっくりするのは、112の緊急ダイヤルを受信すると、通報者の氏名や住所はもちろん、車の所有の有無や犯罪歴といった個人情報までパソコンモニターに表示されるというシステムだ。これは、デンマーク独特のシステムなのだろうか。女と男の声、娘の声、元相棒の声、走る車の音。それだけの要素から、類いまれな緊迫感を醸し出す冴えた演出に驚いてしまう。
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ドラマは、ほぼリアルタイムで進行する。撮影期間は、わずか13日間。「観客に、それぞれのイメージを思い浮かべてもらい、一緒に作品を作り上げていくというのが、この映画の趣旨だ。どの作品でもそうだが、枠の外側にあるもの(=作品のなかで直接語っていない)を観客に思い浮かべてもらうというのが、もっとも重要だと思う」と、モーラー監督は言う。同監督が影響を受けた作品は、「タクシードライバー」(1976)と「狼たちの午後」(1975)という2本のアメリカ映画。マーティン・スコセッシ監督の前者については、すごく詳細に話し合ったとか。主人公の目を通してニューヨークを見せていて、その手法を生かし、本作では主人公の耳に入ってくる音だけを通して、周辺の状況を描いたという。また、シドニー・ルメット監督の後者は、リアルタイムで感じる精神的ストレスを表現する上で参考にしたとか。さまざまな意味でのワンシチュエーション映画。今回は、3台のカメラを使って長回しで撮影。それで、真実味のあるリアルタイムの演技を引き出したかった、と監督は語る。
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この作品のアイデアを、どんなインスピレーションに基づいて思いついたかについて、監督は言う―「作品のプロットは、リサーチをしていて思いついた。最初のアイデアは、とてもシンプルなものだった。ワンシチュエーションだけど、音と想像力だけでデンマーク各地に行った気分になれるような作品。そこから始まり、いろいろ調べていった。緊急指令室に行き、主人公と同じような経験をしてきた警官にインタビューをさせてもらった」と。そして、犯罪歴のある夫=粗暴な男、通報者である妻=暴力を受けるか弱い女性、という普通のパターンを、最後にみごとにひっくり返してしまうという抜群の展開。グスタフ・モーラー監督はスウェーデン生まれ。デンマーク国立映画学校を卒業し、卒業製作作品で注目される。家庭内、または男女間の暴力という設定は、北欧ミステリ小説の題材のひとつです。デンマークには<特捜部Q>シリーズ、スウェーデンには<刑事ヴァランダー>シリーズなどがあるが、本作を見ながら、そんなミステリ小説のことも思い出してしまった。(★★★★)