“歌わない、踊らない”新世代のインド映画が、相次いでヒットしているそうである。その典型が、スジョイ・ゴーシュ監督のミステリー・サスペンス「女神は二度微笑む」(2月21日公開)です。混沌とした熱気が渦巻く巨大都市コルカタ(旧名:カルカッタ)を舞台に、失踪した夫を捜して単身この街を訪れたヒロインの過酷な運命が描かれていく。久しぶりに見た、という感じのヒヤヒヤ、ドキドキのサスペンス・ドラマ。インド・フィルムフェア賞では、監督・主演女優など5部門で受賞。ハリウッド・リメイクも決定しているという。
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2年前、毒ガスによる地下鉄無差別テロ事件で多くの犠牲者が出たコルカタの国際空港に、美しい妊婦ヴィディヤ(ヴィディヤー・バーラン)が降り立つ。ロンドンからやって来た彼女の目的は、行方不明になった夫アルナブを捜すこと。だが、宿泊先にも勤務先にも夫がいたことを証明する記録はなく、彼女は途方に暮れる。やがて、夫に瓜ふたつの風貌を持つダムジという危険人物の存在が浮上。それを知った国家情報局のエージェントが捜査に介入、ヴィディヤへの協力者が何者かに殺害される。やがてヴィディヤは、ちょっと頼りないが誠実な警察官ラナ(パラムブラト・チャテルジー)の協力を得て、驚愕の真相に迫っていく。
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このヴィディヤの捜索劇は、情報機関や謎の殺し屋が絡んで二転三転。さらに、オープニングで描かれる無差別テロとの関連性が発覚し、国家的な大事件へと発展する。大きなお腹を抱えたヴィディヤが、単独で見知らぬ街を駆けずり回り、正体不明の敵を相手にするくだりでは、文字通り手に汗を握らせられる。ドラマは、権力の裏側、不条理にまで迫り、予測不可能な展開と、衝撃的などんでん返しのクライマックスを迎える。それまで、錯綜する状況の中でヨタヨタと重い体を運んでいたヴィディヤが、ラストですべてを爆発させる姿に、思わず「カッコいい!」と呟いてしまい、見る者にカタルシスをもたらすのだ。
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美しく知的で意志が強いヒロイン、ヴィディヤを演じるのは、多くの受賞歴があるボリウッドのトップ女優ヴィディヤー・バーラン。2013年カンヌ国際映画祭では、コンペティション部門の審査員をつとめた。ヴィディヤが警察や情報局を巻き込んで敵と対決するシーンでは、まさにインド映画に戦う女性誕生!と快哉を叫びたくなる。題名にある“女神”とは、“ドゥルガー・プージャー”の祭りで祝われるヒンドゥー教の戦いの女神ドゥルガーのことで、優雅な容姿と激烈な気性を備えた女神だとか。なにせインドは、公衆の面前で女性が凌辱されるようなお国柄。本作は、そんな反モラル的な社会に断罪を下すようでもある。
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さらにカメラは、コルカタの民衆や風土をダイナミックにとらえる。ヒロインが迷い込む猥雑な街並み。クライマックスでは、民族色豊かな宗教行事が繰り広げられる秋祭り“ドゥルガー・プージャー”をバックに撮影が行われ、ヒロインはその雑踏に紛れ込む。こうした古式豊かな民族色と並行して、パソコンやケータイなどの機器が情報処理に利用されるくだりも斬新だ。緻密に張り巡らされた伏線と、あっとビックリのトリックが仕掛けられたストーリーの妙。まさにインド映画の新しい波の登場といっていい。いまのハリウッドで、これほど重層的な作品を存分にリメイクすることが出来るのだろうか?(★★★★+★半分)