太宰治生誕100年ということで、彼の作品を原作とした映画が次々と製作されています。とりわけ、10月10日に公開される「パンドラの匣(はこ)」と「ヴィヨンの妻~桜桃とタンポポ~」は異色作です。「パンドラの匣」(原作は1946年に発表)は、第二次大戦で日本が敗北した1945年、結核療養のため山里の健康道場に入った青年・ひばり(染谷将太)をめぐって、患者や職員たちが繰り広げるユーモラスなドラマ。太宰作品としては珍しく希望の光が見える楽天的な語り口だ。監督は、「パビリオン山椒魚」(06年)で長編デビューした、30代の冨永昌敬。登場人物の“かるみ”の世界を、現代的な感性で描いている。
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「雪に願うこと」(05年)、「サイドカーに犬」(07年)などを手がけた名監督・根岸吉太郎の「ヴィヨンの妻」は、太宰が1947年に発表した作品の映画化。主人公は、自堕落で酒と女に溺れ、自らの死を願い続ける気鋭の小説家・大谷(浅野忠信)。貧しい中で、そんな夫を支える心優しい妻・佐知(松たか子)との離合を、せつないタッチでつづる。自己中心的で、猜疑心が強く、無頼派を気取る大谷に扮する浅野忠信の演技が絶品。飲み屋で働く妻が、常連客の青年と浮気しているのでは?と疑った大谷の、いやみたっぷりな嫌がらせ演技には、思わず苦笑してしまう。この小説家・大谷の肖像には、太宰自身のキャラクターが投影されているはずで、物書きの屈折した感情が浮きぼりにされます。
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当然のことながら、この2作品では、敗戦直後・昭和20年代の雰囲気を再現しようとする試みがなされている。「パンドラの匣」の舞台は、山奥の木造建築の病院。その内部の構造や、看護婦や患者の着衣などが、レトロな感じを生み出している。「ヴィヨンの妻」の舞台は、太宰が住んでいた三鷹や中野界隈。粗末なマーケットや飲み屋、大谷が住むバラック小屋、ガタガタ走る電車、衣装、料理などが、考証に基づいて再現された。そして、2作品に共通するテーマは、太宰の心に沈んだ絶望とシニシズム、死生観、そして手に届きそうもない、かすかな希望。そこには、いまでは見られなくなった人と人との心のふれあいや葛藤、自己の精神の奥底まで突きつめていく、ひたむきな生との格闘が見てとれます。