E表現研究所の「Eから始まる」

E表現研究所所員の、E生活やE活動を自由に語り合うサロンです。

大晦日の夜は

2009-12-31 21:25:49 | ダイアリー
あっという間の1日、家の中よりは、車で走り回っていたような気がする。
娘の美容院、義母との買い物、郵便局・・・

いつの間にか日が落ちて、2009年最後の夜になった。

思えば、数年前のこと。
大晦日の夜に友人と映画を観に行った。
その年人気があった『タイタニック』を24時から上演したからだ。
通常の上演で7回も観てしまうくらい大好きで、しかも常に映画館は混んでいた。今ではどんなに人気のある作品でも、満席に近くなることはないと思う。その頃は本当にすごかった。
それを、年の変わる瞬間に観られるなんて、とてもロマンティックだと思った。相手は友人、女性だけれど、周りはカップルばかりだった。

今でも大晦日になると、そんな時間もあったなあと懐かしく思う。
そして、娘が「ママ行かないでー」って言ったことも・・・年越しは家族で一緒にいたいという思いだったようだ。

そういう娘はすっかり成長し、友人と過ごす方を選ぶようになった。
とりあえず今年は家に帰ってきたけれど、大学の仲間はみんな集まっているよと残念そうに言っている。

急に寒くなった今日、いい天気で空気が澄んで、満月に近い月と星がきれいに見える。
明日は満面の笑みを浮かべた太陽が昇るといいな。

今年一年、娘の大学入学があって、忙しかったり、やる気がなくなって落ち込んだり、それを交互に繰り返しているうちに過ぎていった気がする。
まもなく来る新しい年は、自分としては挑戦の年になると思う。でも自分らしく、無理をしないで楽しくできたらいいな。
みにくいアヒルの子が白鳥になって飛び立つように、そういう気持ちでいられたらと思う。

                (M.H



わけもなく忙しく

2009-12-30 23:24:05 | ダイアリー
この時期、忙しい忙しいといいながら、いつも思ったように片付けや掃除ができないのが毎年のようです。
クリスマスが終わったら、あっという間に正月準備。
クリスマスは私の都合で自由に楽しめますが、お正月は義父母も一緒なので、買い物の時間も合わず、ちょっとしたストレスになります・・・

私はクリスマスが大好きなので、娘たちが小さいときから大切にしてきました。今年は上の娘が離れて暮らしているので、今ひとつ気持ちが乗らないなってブログに書いたとおりでした。
でも下の娘(Y)のために飾り付けやツリーも出して、ミュージカルも観に行って、プレゼントも渡して、充分に気分を味わったつもりでいました。

ケーキを食べているとき、Yが
「パパとお姉ちゃんに食べさせてあげたいね」
そう言ってケーキの写真をメールで送っていました。
案の定、食べたいなって二人から返信がありました。

それからのYは、パパが帰ってきたときに一緒にケーキが食べたくて、新たに買ってきて一緒に味わいました。
そして今日、お姉ちゃんが帰ってくると、やっぱりケーキを楽しみにしていたので買いに行きました。
私の誕生日にも食べたばかりなので、いったい今月は何個のケーキを食べたことでしょう・・・
でも、家族で過ごしたい気持ち、一緒に過ごした思い出はいつまでも心に残り、大切な時間を共有したかったのだと思います。

正月は忙しいだけで、実は準備が終わると、案外三が日は暇なのですが、年明けとともに学校が始まるとか、休み明けに試験だとか、結局落ち着くことができないのが現状です。

さて、食材もほとんど揃いました。明日はご馳走の準備です。
そうやって、やっぱり大掃除は・・・毎年、時間のできた元日に窓拭きをするはめになるのでしょう。

上の娘といえば、友達との約束に忙しく、せっかく帰ってきたのにもかかわらず、ほとんど家にはいません。この忙しいさなか、カラオケに行く娘の送り迎えもあります。

わけもなく忙しいのです。

                        (M.H

アジャパーINインド「インドにサンタが来た~~~」

2009-12-25 03:57:00 | アジア

メリークリスマス 

今、19階建ての16階にいます。

ベランダやバスルームから

シンプルな明かりのもみの木型が小さく見えて可愛いです。

電気代が高く、停電が多く、どこも大事に電気を使っています。

夜は、小さな明かりが綺麗で、暖かく感じます。

車のライトが美しい線を描いてくれます。

BOSSから音質の良いクリスマスメロディーが流れて、

別世界にいるようです。

昨日は、デリーのイタリア大使館の中にあるイタリアレストランで

お食事をしてきました。本場のお味で、イタリアンになった気分。

会員制です。ひとりの会員が大人3人までのゲストを同伴できます。

入館にはゲストにパスポートがいりますが、

私はコピーも持ち合わせていなかったので、

日本の免許証を出したら、日本語が読めないので、NO???

プラス、Sのゴールドカードを提示したら、番号を記入し

即OKで入館できました。

これは、日本国の信用の高さです。

こういう時に政治家や天皇陛下や霞が関の方々に感謝しちゃいます。

そして愛国心が育っているようです。

外国に出ているときにふるさと日本の有難味を感じています。

イタリア国は安価で、国際交流のつもりで、

外国人にイタリアを紹介していました。

インドにある素材で上手にイタリアンを作っているのに感動し、

またレシピが増えました。

ローマのスペイン広場で食べたピザと同じようなお味でした。

フランス大使館やイギリス大使館にはないそうです。

やっぱり、また、イタリアに行きたいねーと実感しました。

そういう、おしゃれな企画が積み重なって、観光客が増えるんでしょうね。日本も是非、日本料理をふるまってほしい。

インドでは本日のお昼休み時に工場や会社の周りに

赤色の服を着ている人が多いので、どうしたのでしょうと聞くと

今日は、クリスマス。外資系の会社が多い場所だったからかしら、

お顔はインド人でしたが、個人の希望でクリスマスカラーの赤シャツを着てお祝いしているということでした。

おシャレー!!

毎年、サンタさんを信じてきて良かったよー。

サンタさんから私にもプレゼントが届きました。

今年のクリスマスとお正月中はタイ国で過ごせることになりました

明日から楽しいバンコク旅行が始まります。

サンタさんや神様仏様に感謝しながら、

皆様にとって幸せがいっぱい続きますように・・・

心からお祈りいたします。

では皆様メリークリスマス&ハピーニューイヤー

来年も宜しくお願いいたします。

TTT

 

 

 

 

 

 


ブログに感謝

2009-12-23 22:57:58 | ダイアリー
こうしてブログをやっていることで、インドとつながるなんて、本当に感激しました。
ネットでは世界中とつながっていることは当たり前のようで、実感したことはなかったので。
感じたことがダイレクトに伝わってきて、また記録にもなり、やってきてよかったなと思いました。
TTTさんの投稿がなくて寂しいなと思っていたところ・・・

今年のクリスマスは、娘が一人になったので今ひとつ盛り上がらないのですが、何もないとかわいそうだと思い、ベランダにイルミネーションを飾りました。


クリスマスツリーも出しました。


明日はクリスマスイブ。サンタさんからのプレゼントもあります。
インドではどんなクリスマスなのでしょう。

        (M.H

インドINアジァ・パワー   

2009-12-22 18:46:07 | アジア

【インドinアジアパワー】びっくり星★★★★★

びっくり仰天、アジァ、パワー。インドだー。

インドに来てから、半月が過ぎた。底知れぬ大地。

中国やスペインやフランスやイタリアやメキシコで見た地平線がドカーンと広がっている。

歴史人物を見ると、こういう場所で育った人間が世界を動かしていると、改めて思う。私も幼少期にこういう場所で過ごしたらもっと、社会貢献できたのではないかと残念でならない。

日本はセセコ(せせこましいのTTTの造語)だ。

言葉なんてなんでもありと思う。この際TTT語を作ってしまおう。

人間勢いがあれば、言葉なんて無くっても通じる。

ヒンディー語なんて、逆立ちしても何にも分からない。

一応英語が通じると言うがなんてことはない、殆どヒンディー語だ。

ドラえもんやおじゃる丸やディズニーをテレビで観た。もちろんヒンディー語。想像力100%全開。

この際TTTの専門である「表現」がどこまで通じるか試して見たいと思った。12月4日のE表現研究所の冬のパーティー「みにくいアヒルの子」の無料プレゼントの言葉を連発してみようと思った。いい感じ。

サンキューとナマステ。それでなんとか、生きていける。

ところが私の意に反して、コカコーラーの氷入りを飲んでしまい、胃がムカムカして、「アジァ・パー」寝込んでしまった。インドの衛生状態が悪いのではなく、私の胃がインドに合っていないだけだ。だって、インド談義が面白くって久しぶりに、するめイカを見て嬉しくなって食べすぎて、次の日はダウン。もちろんイカは日本製である。

やっぱり、私の胃の関係でインドのせいにしたら申し訳ないと思った。

おかげで、今、始めて、養生しながらパソコンにゆっくり迎えることができた。

12月6日の早朝タクシーに乗ってから、あっという間の半月だった。

私には小さいときからずっと不思議なことが2つある。

   ①なぜ女に生まれたのか。

   ②なぜ日本人なのか。

①については、大学で専門を選ぶときに、素敵なTS教授に出会った。

尊敬している先生のように生きていきたいと思った。先生と遠くまで発表会を見に行ったり仲間とも必死にスタジオに通った。学生時代が人生で一番輝いていた。勢いがあった。先生は小学生のお子さんを育てていらしたが、上手に育児と仕事を両立していた。ご夫婦も仲良しだった。それも、学ぼうと思った。

先生が「女がいいのよー」と、教えて下さった。大きな収穫だった。

母校のH高校の名物学園長が、大学合格した日に私に電話をくださった。

「お前が受かって嬉しい。ええか?大学行って、名伯楽に出会えよー」

頭から離れなかった。

どの生徒にも厳しかったけど、思春期で迷える私を愛情を持って育ててくださった。

その名伯楽はTS教授であった。多くの方々に出会いいいことがいっぱいあったけど、このお二人は特別な恩師であり、私の中の偉人である。

今度3月にE表現研究所でTS教授の講演会を企画している。

一人でも多くの方々に先生の貫録あるオーラを浴びていただきたくて

企画した。先生は去年ブラジルまで招かれて行かれた。

その時の紀行文をG雑誌で拝見した時には、生き生きした若さを感じた。

女性は年齢ではないと悟った。

私は、出会って以来、女性の特性を生かす「表現」に夢中だ。

今回も出国前に先生から貴重なアドバイスを頂いた。

表現研究に弾みがついた。

女に生まれて、つくづく良かったと感謝する。

また、今回の旅行の前に高校の同窓会で兵庫に行った。たまたま5年ぶりに会う仲良しの同級生S君のお勤めの飛行機に乗ることを話した。

「女一人でようそんなとこ行くなー」「エーちょっと心配だけどね。」

「よしワシが成田に連絡してよう言うといたる。まかしとけ」

と言われた。

飛行機に乗ったとたんに、おエライ男性やスチュワーデスさんが挨拶しに来てくれた。S君からの飾り付きワインボトルがお祝いに届けられた。海外に理解ある男性はおしゃれな方が多いと思う。

女で超ーラッキー。

数年後同窓会でS君に伝えたい。私にしてみたら、兵庫に行くのもインドに行くのも同じこと。インドなんて日本の庭のつもりで行くからね。また何度も来たい場所よー。それにしても君はいつも優しかったよね。だからみんなから慕われるのね。ありがとう。

②について「なぜ日本人なのか。」

20歳の時に、成人式のお祝いと称して、H高校の同級生Nと女ふたり船に乗りクルーズの旅をした。アメリカ船に乗って、台湾・香港・マカオ・フィリピンを周った。

毎日がパーティーで、フルコースで豪華な経験をした。

たまたま今同じ時期、彼女は娘さんの出産の手伝いに

長期にニューヨーク滞在する。
ニューヨークに一緒に行こうと、誘われたが、残念ながら

こっちはすでにインド行きが決まっていた。

日本はセセコだ。チャンスがあれば広い海外旅行を続けていたい。

今までに私は27カ国は旅をしたと思う。

どこの国に行っても、

「もしこの国に生まれていたら・・・私はどんな生活かしら」と想像するのが癖になっている。

インドやパナマやメキシコやペルーやコスタリアなど、貧富の格差が極端に激しいお国では、想像さえ生活自体が限定できなかった。

パートナーからはいつも

「きっと、お母さんは、お手伝いさんだね」と、冗談交じりに言われた。

苦しい貧しい家に生まれると、一生貧しいままである。

インドのカースト制度は今も健在のようだ。

インドに来て、何人ものお手伝いさんに出会った。

インド人や難民のネパール人やフィリピン人。安い給料で働いている。自分の子は故郷において都会で働いているインド人もいる。すごい。

込み合う車の列に入り込んで、栄養失調のような赤ちゃんを抱いた、か細い腕の少女が車の窓ガラスをたたいて「お金ちょうだい」と言っている姿が痛々しい。

中南米では「お金ちょうだい」グループは、裸足の少年が多かった。アフリカのモロッコでは、車の行きかう場所ではなく、 建物の軒下で日向ぼっこをしている女性と赤ちゃんに出会った。一応、安全な場所だった。

インドは信号が少なく、多くの車が赤ちゃんを無視してスピードを上げている。おっかなくって、運転歴の長いゴールド免許の私にも絶対無理。危険極まりない。

牛が神様の乗り物で道路を悠長に横断すると車が一斉に止まってあげている。
少女や赤ちゃんより牛が一番なのだ。

牛を傷つけたら大変な目に合うようだ。だから、宗教上、神聖な牛肉は一切食べない。とり肉や野菜入りのカレーばかりだ。もちろん味付けは毎回違う。

昔、中南米に住んでいた時に、スペイン語学校の友人イスラエル人Jを我が家に招待した時に、不浄な(豚肉はしっかり火を通さないと危ないから)豚肉を一切食べなかった。牛肉を食べていた。ユダヤ人の宗教観だ。

逆に彼女の家に招かれた時、すべての料理にめちゃめちゃ青いライム(レモン)を振りかけていた。母国を失ったユダヤ人は、緊急時にいつでも逃げられるように健康を第一に考えていた。お金は一夜にして紙切れになった経験が何度もあったらしく、財産を宝石に換えていた。

毎月ダイヤモンドが大きくなった。身につけてすぐに逃げれるように準備する習性があったようだ。

またある時期には、私たち夫婦が、日本に留学してきたインドネシア人Rの身元引受人になったことがある。日本のママである私が日本のフランス料理店に招待した時、殆ど何も食べなかった。イスラム教の彼女も豚肉ベーコンハムを一切口にしなかった。フランス料理はポタージュにしたりミルフェージュやパイにしたり、素材を分からなくするから、疑心暗鬼でフォークの先でつついていた。可愛そうなことをした。

どうしてこんなにお国によって食文化が違うのだろう。

どうして日本人に生まれたのだろう。

今のセセコな日本と違って、インドは今どんなに貧しくても、この貧しさが将来きっといい思い出になる日が来ると感じた。

日本人は人口密度が高くって人に囲まれているのに将来は寂しくって、じっと動かず、寂しさがトラウマになってくるだろう。
まるで、思春期の学校のクラスの中で、友人が周りに存在しているにも関わらず、クラスメートの中で寂しく感じている子が増えている。
その日本全体版が始まっている事に大人は気付いてほしい。老若男女に、寂しい人々が増えている。

だって、インドに来ての第一印象は、

「大地が動いている・人間が動いている」だった。

どんなに貧しい人も生き生きと活動している。

海外から日本に帰ったら日本は動いていないと毎回、強く感じたものだ。

後、10年後には今の逆転でインド人が日本人のお手伝いさんを雇う時代が来ると実感できた。
居眠りして動かないで老いていく日本人をなんとか若返らせなければ・・・・

1999年に中国の上海を私が旅した時、日本人が謳歌していた。

当時の中国人は貧しかった。今、逆転しかかっている。

あの時と同じ感じがインド国にもある。日本の子どもたちをどうにかしないと・・・・。教育にアイデアを出してなんとかしないと、このままでは日本は沈没するだろう。
10年後きっと、答えが分かる。2019年がどうなっているか?

海外に出ている会社も日本の会社同士が競争していてはだめだろう。
このままでは情けない。
なんとか日本中が協力して、国際的に向かって一致団結して世界をまとめなければ、痛い目に合うだろう。

そんなテーマで会話を熱く語っていて、イカに胃をやられた。
とほほ・・・。

どんなに体調を崩そうと、苦あれば楽ありで、インドも楽しい。

病気が治るたびに私の免疫力は強くなっている。

私の心臓にも、毛が生えてきたようだ。だけど、代わりに髪の毛がどんどん減っている。どうして、どっかにいっちゃうのー。

「びっくり仰天アジァ・パー、髪の毛~待て!」

TTT滝井なみき

 

 

 

 

 

 

 

 

 


またインフルエンザ

2009-12-22 01:14:16 | ダイアリー
誕生日のサプライズがあった夜、
娘が熱を出した。咳をしていたし、少し調子が悪いようだったから、
薬局で感冒薬を買って帰ったけれど、薬局の人も新型インフルエンザだと使えない薬があるからと、漢方薬を勧めてくれた。

私がいるときでよかった。
離れて暮らしていると、1番気にかかるのが健康のこと。食べることはなんとかなっても、病気になるのが心配だ。
熱を出したと聞けば真っ先に飛んでいくが、偶然にもそばにいた。

ちょっと具合が悪いかなというときに、私の誕生日の準備をしてくれたのだと思うと切なかった。
一人暮らしというのは人を強くするのか、微熱でも大騒ぎをしていた娘が、38度の熱でもたいしたことがないと言った。
さすがにインフルエンザを疑い、翌日病院に行くことにした。

「ママは帰っていいよ」
電車で病院まで行くと言う。
「だめだめ。冗談じゃない」
声を荒げて諭さなければならないほど気丈に振舞おうとするので、たくましいのかアホなのかと思いたくなった・・・

受診したら、やっぱりインフルエンザだった。

前の週、下の娘が罹ったが、離れて暮らしているのに、今度は上の娘が・・・双子ならありそうだけれど。

とりあえず、飲み物と食べ物を買い込み、薬を飲んでゆっくり寝ることだと言い聞かせ、家に帰った。

「ママは帰っていいよ」
狭い部屋に二人でいるのは良くないと、一人のほうが楽だと突き放されたのだけれど、本当はどうだったのかな。

帰ってからも気になって仕方がなくて、何度も電話したりメールしたり・・・なかなか返信がなくてヤキモキしたが、2日目には熱が下がり、やっと安心。
せめてもう一泊してくれば、こんなに心配で仕方がなくなることはなかっただろう。

一人で頑張る娘が愛おしかった。

      (M.H

誕生日のサプライズ

2009-12-20 23:43:22 | ダイアリー

離れて住む娘から、買い物があるから来てというメールがきた。
こんなメールはよくあるが、つい娘に会える嬉しさで、
「いつにする?」
すぐに返信してしまう。

それがたまたま私の誕生日だった。
何の気なしに、いつも通りに待ち合わせをした。

学校が終わるのをSカフェで待っていると、
「遅くなりそうだから待っててね」
電車で30分ほどかかるなと時計を確認する。
娘は私相手だと待たせることが多いので、のんびり暮れ行く町並みを眺めながらコーヒーを飲んでいた。

カフェには「おひとりさま」が多い。学校帰り、仕事帰り、誰かと待ち合わせなのか、静かに本を読んだりメールをしたりと、それぞれが思い思いに過ごしている。
都会っておしゃれだなと思う。一人で過ごすことが素敵に見える。

ふと振り返ると、娘が店に入ってくるのが見えた。
「ごめんねぇ」
会うたびに、都会の人になっていく娘を眩しく思う。
髪型もお化粧もファッションも。

エスカレーターを上がり、お気に入りの店で洋服を見る。事前調査済みで、これとこれは雑誌でEちゃんが着ていたとか、このワンピはS店限定だよとか、最終的に試着をして買うかどうか決める。

いつも通りに時間は過ぎ、途中雑貨やさんで手作りの帽子を見つけ、妹にはこれねと購入。

そういうひとときが楽しい。都会には本当にたくさん物があり、目移りして仕方がない。一つ一つの店をゆっくり見ていると時間がいくらあっても足りない。娘に置いていかれないようについていくだけの私・・・。

「どこで食べようか」
いつもあれこれと迷うのに、今日は調べてきたと言う。珍しくテキパキと事を運んでいく。
目指す店に入ると、忘年会シーズンで店内はほぼ満席。カウンター席に案内されて、メニューを広げ、慣れたふうに注文する娘。ちょっと前までは注文は母親の私がしていたのに、急に大人みたいになって・・・
飲み物が運ばれてきて、
「ママ、お誕生日おめでとう」
あまりに急なことで、
「ありがとう」
戸惑って目が泳いでしまって、そんなことしか言えない・・・
私は誕生日のサプライズが大好きだけど、自分にそんなふうにされることが、本当に照れくさくて、ただ笑って、早口に他の話をしたのだった。

その日は娘の部屋に泊まる予定だった。部屋のカギを開けると、
「先に入って」と言う。
いつもならどんどん自分が入って行くのに・・・と思いながら入ると、テーブルの上に、
「HAPPY BIRTHDAY」
とピンクの文字で書かれた紙が・・・
「はい、プレゼント」
ここにもサプライズが用意されていた。
小さな袋の中には、ピンク色の玉の付いた金色のピアス。
手作りアクセサリーの店で見つけた一品物だと言う。
得意げにパンフレットを見せてくれた。

もう泣きそうだった。
その後、出してくれたイチゴのショートケーキの味も、
「おいしい、おいしい」
と言いながら、味がわからないくらい素早く口に運んだ。
嬉しくて口いっぱいにほおばった。

予想もしていなかった誕生日。
娘の成長も嬉しかった。

あとで聞いたことだが、待ち合わせに遅れたのは、学校から帰って急いで準備をしたからだった。

私は自分の誕生日が嫌いだった。
ずっと前に、30歳になったとき、夫に言われたこと。
「今さら誕生日なんて嬉しくないでしょ」
その年から、おめでとうのひと言もなかった。

だから寂しかった。この日ばかりは心に壁を作っていた。

娘の誕生日にはいっぱい喜ばせたくて、プレゼントとお花とケーキとおいしい食事。そして、
「あなたが大事だよ」って伝えた。

今は娘が大きくなって祝ってくれる誕生日。
意地を張ってた自分が恥ずかしくなった。

      (M.H


ふたご座流星群

2009-12-15 20:59:01 | ダイアリー
きれいでしたねぇ

この前のオリオン座流星群では、なんとか流れ星を見ましたが、今回は条件がよかったそうで、1時間に50こも見られるということで、かなり興奮しました。

ベランダにマットを敷いて、寝転がって空を見渡しました。
だんだん目が慣れてくると、うっすら雲が横切っていくのが見え、全体が晴れて星がたくさん瞬いていました。

それだけでもキレイで感激。

20分ぐらいたったころかな。目のはしっこにスッと光るものが・・・
広い空に狙いを定めるのはけっこう難しいのね。
できるだけ視界を広くして、見つめ続けること○分。
5こ~6こくらいかな。

娘も同じように空を見渡し、いくつかは見られたようです。
ときどきふわっと睡魔に襲われそうになりながら、寒くなってきた空気の中をさまようように星空を堪能していました。

ようやく回復

2009-12-13 00:08:27 | ダイアリー
インフルエンザと診断されて5日目。
比較的軽い症状で済んで、娘はすっかり元気なった。

1週間も学校を休んでしまい、勉強の遅れを気にしながらも、ゆったりと過ごした時間が充実していたと感じているようだ。

熱がほとんど出なかったので、本を読んだり、DVDを観たり、普段なかなかできないことができてよかったのだと思う。

私も実は具合が悪かったのだけれど、そんなことは言ってはいられず、いろいろと世話をした。

でも時には、一緒に寝たりして、ようやく二人で気持ちの良い朝を迎えることができた。
天気も良くなって、すがすがしい気持ち。
鳥の声や風の音も耳に心地よく、日差しがキラキラして見えた。

贅沢な時間。

回復してよかったなあ。

今布団の中で、娘は『ハリーポッター』を読みふけっている。
忙しくて読めなかった最新刊(もう最後らしい)を楽しそうに読んでいる。

         (M.H

子宮頸がんワクチン

2009-12-10 17:57:26 | ダイアリー

以前から、子宮頸がんはワクチンで予防できると知っていたが、欧米諸国では認可されていても、日本ではまだだと聞いていた。

若い世代にも発病の心配がある子宮頸がんを予防できるのならば予防したい。
私にはもう無理でも、娘たちは守ってやりたいと思う。

それが、ようやく10月には認可され、12月には発売になるというニュースを聞いた。雑誌やテレビでも取り上げられている。
それならばと調べてみたが、なかなか欲しい情報がない。

それに関係する仕事をしている友人に聞いてみた。
まだはっきりとしたことは何も決まっていないと言う。これから啓発活動をしていくという段階のようだった。
一般市民としては、もうマスコミで取り上げられているのだから、早くなんとかしたいと思ったが、友人は言った。

「インフルエンザのワクチンのように、マスコミが早く取り上げてしまったことで、医療機関にはまだ情報もないのに問い合わせが多く、本当に困ったの。混乱を避けるために、あまり焦ってしまわないほうがいいのでは」

確かにそうだと思った。早く知りたいけれど、間違った情報に惑わされないように気をつけなければ。

それにしても、この問題をインターネットで調べていると、様々な壁があるようだ。子どもたちは日々成長していく。
このことに限らず、子どもの教育問題や子どもに関する支援金など、議論を先送りにしていると、成長していく子どもたちには追いつかないといつも思う。

                (M.H