E表現研究所の「Eから始まる」

E表現研究所所員の、E生活やE活動を自由に語り合うサロンです。

【この冬、女の子が、暴れ出す寒さ】

2017-12-12 14:03:06 | エッセイ

【この冬、女の子が、暴れ出す寒さ】

 

今年の冬は極寒だそうで、天気予報によると、メキシコから、ラ ニーニャ現象が起きているそうです。

スペイン語から、ラ ニーニァは、女の子という意味ですから、冬は、女の子が、暴れまわるのでしょうか?

スキー場やスケート場が、華やかになり

ファッションが売れると経済が活性化し、景気が益々よくなるのにね。

期待しています。

本日、お年玉の新札を用意してきました。

誰ですか、ミニスカートで暴れまわるのを待っているのは。

スペインや、アメリカやヨーロッパによく旅しましたが、今まで訪問した、36か国、どこの国でも女の子や、女性たちは、ジーンズやパンツを履いていて、なかなか、スカート姿がありませんでした。

スカートを履いているのは、

ジプシーや、ペルーや中南米の民族衣装や、お祭りの時に多く見かけますが、ほとんど履いていません。

自分で自分の身を守っているようです。

女性がひとり、夜道を歩くのは日本だけかもね。 

こわい、こわい。寒い寒い。

♪寒い冬 ラニーニャ暴れ 要注意♪

♪みんな光ってみんなE♪

ナキ 滝井なみき

 

 


親戚の集まり

2017-01-23 21:20:21 | エッセイ

先週の土曜日、法事で親戚一同が集まりました。
寒いけれどよく晴れた日でした。
冷たい空気のせいか、
お寺から見える富士山はとても大きくて、
富士山の見える場所にお墓がほしいと言った、
祖父や父の言葉がわかる気がしました。



祖父の43回忌、祖母の17回忌、伯母の3回忌、
年を取った叔父や叔母が集まるのは大変だからと、
今回はまとめてやって、終わりにしようと言われていました。

久しぶりに会ってみると、確かに年を取ったなあと……
それもそのはず、私だってもう若いとは言えないし、
私や従姉の子どもたちはすでに成人したのだから。

親戚の集まりは、冠婚葬祭のときくらい。
今回は誰かが亡くなったわけではないから、
わりと明るく、昔の思い出話をしながら、
懐かしく、穏やかで、楽しい時間が流れていました。

古いアルバムを持ってきた叔父が言いました。
「こういう写真がいいんだよ。
自分たちはもういいから、お前たちが持っていてくれ。
みんなで仲良く、大切にしてほしい。
兄弟姉妹仲良く、これからを生きて欲しい」
と言ってアルバムを託してくれました。


古いアルバムには、
祖母や祖父、叔父や叔母の若い頃、私の家族が勢ぞろいした写真、
伯母の嫁入りのときの写真、旅行やピクニックの写真、
祖母が持っていたものなのか、中身はいろいろだったけど、
まだモノクロのものから、ある年からカラーになっていて、
家族の歴史が凝縮しているものでした。

家に帰って、改めてアルバムを開いてみました。
みんなでいるときには、当たり前のようにそこにいるのに、
これからも全員がが集まるとは限らないのですね。
3年前には父が、2年前には伯母もそこにいたのに……
ただなんとなく一緒に食事をして、笑って、しゃべっていたけれど、
あれは貴重な時間だったなと思うのです。
何回忌とか、面倒だなと思っても、
そいいうときでもなければ集まることがないのだから、
とっても大切な時間だったと、
昔からそういうものだったんだと気づかされました。

ほりかわ


洗濯機を選ぶ

2016-10-02 22:54:19 | エッセイ

家電が壊れると、
私はずいぶん便利な生活をしていたのだと実感する。

今回は洗濯機だから、特にその思いを強くした。
3か月前、少し調子が悪くなったのでメンテナンスをして、
しばらくは大丈夫だと安心しきっていた。
そしてその日は突然やってくる。

我が家はドラム式を好んで使った。
2代目のドラム式は8年、途中修理は2回。
乾燥機能はタオル類だけに使ったが、
ふわふわになるのがお気に入りだった。

ずっと前、縦型を使っていた時、
腰痛がひどいときは腰が曲がらなくて、
底の方まで手が届かなくて苦労した。

それからドラム式になった。
乾燥機能が付いたものが嬉しかった。
壊れやすいという懸念もあったけれど、
絶対に乾燥にこだわりたかった。


そして今回、選んだのは縦型のもの。
乾燥機能はついているが、
仕上がりについてはドラム型より劣る。

いろいろ検討した結果だ。
こだわりには妥協を、
良い面をみつけること。
これからはこのピンク色の洗濯機と長い付き合いになるだろう。

ただ洗濯機を選ぶだけで、
人に聞いたり、メーカーにも確認したり、
悩んで、ものすごく考えて、
一つの物語ができそうなくらいだった。

きっとそのうち、
始めからそこにあったかのように、
当たり前に使っているのだと思う。

ちょっと疲れた心に、



実家近くの土手で、美しく咲く彼岸花。
こんなに懐かしく、
深呼吸できる場所があったとは。

みきほ



そういう年齢

2016-09-27 22:53:14 | エッセイ

高校時代からの友人と会った。
彼女は、高校三年生の息子の大学受験に向けて奮闘中。
うちの娘たちも息子さんと同じ高校で、
でも受験はもう6年も前のこと。

彼女は何度も、
「よく二人も大学受験をやったよねー」
受験生の母も大変なのだ。

それにしても、と彼女は言う。
「私たちの年代って、いろいろあるよねぇ」
人生いろいろ、子どものことや親のこと、
自分のことにも試練を迎える。
そういう年齢なんだ。

ふと高校時代の話になる。
私のクラスにはクラスの歌というのがあった。
彼女は隣のクラスで、そんなのはなかったという。
どうしても先生がクラスの歌とやらを決めたいと言い、
でも、私たちはまったく乗り気ではなかった。
先生は、
「例えば……水戸黄門の主題歌」
えー、なんでー、なんでそれなの……。
誰もがそう思ったのだけれど、
「いいよ、それで」
ということで、クラスの歌は「水戸黄門」

「人生楽ありゃ 苦もあるさ
 くじけりゃ誰かが先に行く
 後から来たのに 追い越され
 泣くのが嫌なら さあ歩け」

歌詞はあいまいだけれど、こんな感じか。
当時18歳の私たちには、何かピンとこなかったのけれど、
好きか嫌いかはともかく、
とても意味のある歌だったのかもしれない。
少なくとも先生には……
そして、今の年齢の私たちにとっても。

みきほ





昔ながらの喫茶店

2016-09-23 11:02:02 | エッセイ

友人と清水に行ったとき、
「羅比亜」という喫茶店に入った。
清水駅近くの古くて昔ながらの店。

私には見覚えがあった。
子どもの頃から就職するまで暮らした清水の町。
何度もその前を通っていたから、とても懐かしかった。

私の記憶にある限り、35年以上は経っている。
店内はいかにも昔ながらの感じが良くて、
インテリアや壁にある絵や飾りはゴチャゴチャしていても、
その雰囲気は、なぜかとても落ち着いた。

今ではファミレスやカフェがたくさんあって、
中高生は気軽に気兼ねなく入っているけれど、
私が女子高生の頃は、
喫茶店に入るなどという不良みたいな行為はとてもできなくて、
確か、校則でも禁止されていたのだと思う。
大人が入るところだと思っていたし、
おこづかいでは足りず、ほとんど縁がなかった。

ただ一度だけ、
高校2年生の冬、
初めてのデートで、
しかも制服で、
ドキドキしながら、
入ったことがある。
どうしていいのかからず、
注文したホットミルクを
一口も飲めずに、
下を向いていた。
恥ずかしかったのと、
制服で喫茶店なんて、
誰かに見られたらどうしようと、
そればかりを考えいていた。

店は違うけれど、
そんな淡い思い出がよみがえってきた。


(写真はその店ではないけれどイメージで)

少し大人になって、
コーヒーはまだ早いかなと思っていた頃、
アーモンドオーレを注文したことがあった。
メニュー表にはそれがあり、
懐かしくて久しぶりに飲んだ。
ふとそこにも恋の思い出があることを思い出した。

私には特別な場所だったのかな。
店内を見回すと、
中高年のお客さんでいっぱいで、
懐かしい場所を求めて、
みんなそこにいるのだと思った。

みきほ


秋を待ちわび

2016-09-09 00:36:06 | エッセイ

台風が過ぎ去り、
ホッとしたのもつかの間、
残暑がまたくるのかと苦笑い。

ないものねだりで、
もう秋が恋しくなってくる。

さっそく店頭では秋の味覚が出始めた。
今日は農家さんの直売を見つけて、
もう秋だなあと嬉しくなった。



さっそく茹でました。

イケナイ・・・
タベスギテシマイソウ・・・

秋が待ち遠しいのは、
実はこれだったりする。

ほりかわ


台風の夜

2016-09-07 22:16:13 | エッセイ

台風が近づいてきて、
窓の外が気になっている。
天気予報では、何度も台風の進路を説明していて、
ずっと空の様子を眺めていた。

そのわりには昼間は青空が見えていて、
だんだん厚い雲が増えて、
黒い雲が混じるようになるころ、
風が強くなりだした。

この前の台風の影響がおさまらないうちに、
また大雨になりそうで、
今は静かな家の中という安全な場所にいる・・・

子どもの頃に住んでいた家は古くて、
台風のときは怖くて仕方がなかった。
夜になって風と雨ががガタガタを激しく窓をうちつけて、
家が飛んで行ってしまいそうで、
慌てて布団の中にもぐった。
でも、お父さんがいて守ってくれると思っていた。
お母さんは何度も寝ている私をのぞきに来て、
背中をぽんぽんと優しくたたいてくれた。

幸せなこども時代。
大きな手で守られているという感覚があった。

早く遠くへ行ってしまいますように。
こんな夜は、絵本を読んで安心したいと思ったりもしています。

ほりかわ


尊敬する人

2016-09-06 11:16:14 | エッセイ

子どもの頃、尊敬する人はと聞かれると、
迷わず、マザーテレサと答えていた。
クリスチャンであった私は、子ども心に、
ただ素晴らしい方であると思っていた。



数年前、
マザーテレサの修道会でボランティアをしている女性が、
静岡に来られるというので、E表現研究所では講座を企画した。
マザーテレサについて資料を集めてみると、
改めて、その偉大な功績を知り、
それまであまりよく知らないで
尊敬する人だと言い、
とても恥ずかしい思いをした。
そして改めて、敬愛する方だと思うようになった。

残念ながら、台風の影響で静岡には来られないことになり、
講座の開催は実現に至らなかった。
生前のマザーテレサのそばで活動をされた方のお話を聞いてみたかった。

昨日はマザーテレサの没後19年だったそうだ。
そしてカトリック教会の最高の崇敬対象である
「聖人」に認定されたと報じられた。

カトリックの修道女ではあるけれど、
宗派など関係なく、あらゆる人に対する奉仕を神への愛だとして、

生涯をささげたマザーにふさわしく、
おととい、バチカンのサンピエトロ広場で列聖式が行われ、
宗派を越えて12万人もの人々が集まったそうだ。
静岡新聞のコラムでは「平和への啓示のよう」と表現してしていて、
まさにその通りだと思った。

私が好きなマザーテレサの言葉

「大切なのは、
 どれだけたくさんのことをしたかではなく、
 どれだけ心をこめたかです」

私にできることは少ないけれど、
その一つ一つに心をこめて、
その時間を大切にしようと思います。

ほりかわ



夏が残したもの

2016-09-04 14:43:30 | エッセイ

夏の高校野球で活躍した選手たちの代表が、
世界で戦っている。
去年は地元の選手やスター選手が何人もいて、
初めて興奮して応援していたのだけれど、
今年も地元の選手(夏の甲子園には出場していないが)が
活躍していて、すごいなあと母親の気持ちになっている。

夏といえば、
父が亡くなってまもなく3年になる。
最後の入院の時に、ベッドの横にあるテレビには、
夏の甲子園の様子が流れ、
そのときの応援ソングが大好きなコブクロの「ダイアモンド」で、
私にはすごく印象的な場面だった。
野球が大好きな父は、
息子に(私の弟)たいへんな期待をして、
「巨人の星」の父子のように、野球少年にしたかった。
小さい弟の写真はいつも、バットを構える格好で、
実は右利きの弟を、父は右側を内側にして抱き、
左の手を自由に使えるようにして左腕のピッチャーにした。
リトルリーグで期待されていた弟は、
小学校までで野球を辞めてしまった。
体力づくりのためにやっていた水泳を選び、
ジュニアオリンピックで記録を残すまでになり、
大学まで水泳選手だった。
少年野球より前に、地元で盛んだった少年サッカーもやっていて、
体が大きくてゴールキーパーをしていたけれど、
野球のためにサッカーをやめることになったとき、
監督と仲間が全員、うちに引き留めにきてくれた。
そんなときも、父は野球をやらせると頑固に断った。

父は弟が使っていた野球のユニフォームを、
長いこと捨てられずに、いつまでも大事にしていた。
私はそんな父の思いを知っていたから、
毎年、父と一緒にテレビの野球を見た。
地元の野球場で試合のあるときには家族で観戦、
私たちは子どもはピクニック気分だったけれど。

病室で高校野球を見ていた父。
あのときはまだ、父がいた。
私はそんなに野球を好きではなかったけれど、
私はいつまでも父のお気に入りでいたかった。
父が好んで観ていた、相撲だってサスペンスドラマだって一緒に観た。
父には反発したり、嫌いになったりもしたけれど、
本当に私たちのことを想っていることは知っていた・・・

夏が来ると思い出す。
あの夏が残したもの、
テレビに映る野球少年の姿をじっと見ていた横顔。
新聞を広げて読んでいた・・・
不自由になった手でも、自分でご飯を食べられた・・・
お父さんと呼べば、ろれつが回らなくても答えてくれた・・・

夏が終わるときって、せつない。

今は弟も父親となり、
息子が野球少年で、今年はキャプテンだ。
きっと喜んでるね。
お父さん。

ほりかわ


夏の終わり

2016-08-27 16:00:14 | エッセイ

8月ももう終わり。
まだ9月の残暑があるとは思いつつ、
夏休みが終わるという切ない感じは、
ずいぶん大人になってからも忘れることはない。

子どもたちが小学校から高校までのころには、
自分の時間というより、
子どもの時間、曜日、季節で毎日が回っていたから、
夏休みの終わりが夏の終わりだった。

宿題が終わらないとか、
まだ遊び残したものがありそうだとか、
特に何もせずに過ごしてしまった少しの後悔とか、
また新学期が普通に過ごせるか不安とか、
相変わらず、必死に勉強についていくのかとか、
嫌でも時は流れていくことに、
少し不満でも、テストや体育の授業や部活の試合や、
やらなければならないその日は必ずやってくる。

自分の経験に、
必ずしも子どもたちは沿ってはいないと思うけど、
この夏休みの終わりという不思議な一瞬が、
ずっとずっと続いているのだと思うと、
人間のやることってそんなに変わっていない気もしてくる。

オリンピックが終わり、
高校野球が終わり、
なんだか熱い気持ちが冷めていくように、
次の季節にさりげなくスライドしていくのだろう。

ふと、パラリンピックはこれからだよなと思う。
リオのオリンピックでたくさんのメダルが取れたと、
その瞬間をいろいろと思い出しながら、
あまり放映されないパラリンピックにも
今年は目を向けてみたいと思った。
あまりスポーツに興味のなかった私の、小さな進歩。
ただ、もう少し、夏を味わっていたい、
そんな気もした。

ほりかわ