スパニッシュ・オデッセイ

スペイン語のトリビア
コスタリカ、メキシコ、ペルーのエピソード
パプア・ニューギニア、シンガポールのエピソード等

中米とは

2017-08-16 18:04:42 | コスタリカ
 メキシコが中米かどうかは見解が分かれるところだが、正真正銘の中米コスタリカからメキシコを見ると、メキシコは中米には入らない。
 コスタリカにとって、中米とは、グアテマラ、ホンジュラス、エルサルバドル、ニカラグア、そしてコスタリカの5カ国である。
 地理区分では、ベリーズもパナマも中米ではあるが、歴史的経緯からこの2カ国は中米から除かれる。
 1823年から1839年まで中央アメリカ連邦共和国という国があった。独立当初の首都はグアテマラ市で、1834年にサンサルバドルに遷都。その後、崩壊。
 詳しくはウィキペディア「中央アメリカ連邦共和国」を参照されたい。
 パナマは1902年にコロンビアから独立している。ベリーズはかつては英領ホンジュラスと呼ばれていたが、1981年に独立。
 以上のような経緯から、コスタリカでは中米というと、グアテマラ、ホンジュラス、エルサルバドル、ニカラグア、そしてコスタリカの5カ国を指すのである。
 これらの5カ国が cinco hermanos (5人の兄弟)で、パナマは隣人(un vecino、英 vicinity は関連語)扱いである(“cinco hermanos y un vecino”)。
ベリーズは新しい国なので、隣人にさえ入っていなかったが、今はどうであろうか。“cinco hermanos y dos vecinos”と言われるようになっているのであろうか。

  以前にもこのことについて述べている。「中南米とは?(2)ラテンアメリカと同じ?」と「中米の幻の近代国家」も参照願いたい。
 以下は中米連邦共和国構成員の国旗である。

  【旧中米連邦共和国】  【グアテマラ】
  【ホンジュラス】  【エルサルバドル】
  【ニカラグア】  【コスタリカ】
 コスタリカの国旗は現在のものであるが、何度も変更されている。興味のある方はウィキペディア「コスタリカの国旗」をご覧いただきたい。

 以下は構成員以外の近隣諸国の国旗
  【パナマ】  【ベリーズ】
 
  【メキシコ】
 
 中米連邦共和国を構成していた5カ国の国旗の共通点は左右または上下に青い部分があることである。青は太平洋とカリブ海を表していると聞いたような気がする。コスタリカの国旗の「青は空と自由を、白は平和を、赤は自由のために流された血、誠心、情熱を表している」という説明もある(世界地図・世界の国旗)が、後から取ってつけたもののようにも思える。
 それはともかく、中米連邦共和国の構成員ではなかった国、パナマ、ベリーズ及びメキシコの国旗のデザインは他の5カ国と違うのも興味深い点である。
 こうしてみると、やっぱりメキシコは中米の仲間には入れられない。
 

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中米の秘境?コスタリカ

2017-08-14 18:02:40 | コスタリカ
 『世界ナゼそこに?日本人』や『世界の村で発見!こんなところに日本人』などの番組で、ときどきコスタリカが取り上げられる。
 前者では国名や地名の前に必ずといっていいぐらい、枕詞のようにくっつく言葉がある。
 「花の都パリ」、「音楽の都ウィーン」、「微笑みの国タイ」などである。パリ、ウィーン、タイだけでもいいのだが、短い言葉なので、聞き取りにくい場合もあるだろう。このような場合、枕詞があるとわかりやすいので、その効能は否定しない。
 かつては「霧の都ロンドン」というのもあったが、実は、霧の正体はスモッグで大気汚染が改善されると、霧が出なくなったので、いつの間にか「霧の都ロンドン」とは言われなくなった。
 あまり有名ではない国の場合、世界地理に疎い視聴者には地理区分を教えてあげたほうが親切という気持もあるのだろう。
 「中米の秘境コスタリカ」、「中米メキシコ」などがそれに当たる。
 『兼高かおる世界の旅』の時代ならともかく、今どきコスタリカに「中米の秘境」という枕詞はふさわしくない。コスタリカには一般のコスタリカ国民もなかなか行けない島、Isla del Coco(ココ島、画像参照)やコスタリカの最高峰 (チリポ山、画像参照)などは秘境といってもいいが、日本人が住んでいるような所は、たとえ田舎であっても、秘境というほどではないだろう。

 
【Isla del Coco】
  
【Cerro Chirripó】
 コスタリカは確かに中米である。あのゴルゴ13が「南米コスタリカ」と間違えたことがあるにはあるが(「中南米とは?(1)-ゴルゴ13コスタリカにて狙撃の仕事をする」参照)。
 コスタリカ(Costa Rica)はアメリカの属領のプエルト・リコ(Puerto Rico)と間違えられ、カリブ海の島と思われることもあるようだ。
 コスタリカの地理区分はあまり問題にならないが、メキシコが大問題なのである。
 詳しくは次回。
 

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2015年のコスタリカのカレンダー 13 Yo Soy Costarricense

2017-01-18 11:01:47 | コスタリカ

 今回の歌は“Yo Soy Costarricense”(I am Costa Rican)である。You Tube で聞こうと思ってみたが、何かのエラーで聞けない。たった一つのバージョンしかないので、あまり有名な歌ではなさそうである。
 女房殿に聞いてみたが、知らないとのこと。
 歌詞には特定の地名が現れないが、写真が撮影された場所はアラフエラ州の Zarcero(サルセロ)の教会前の公園である。Zarcero の町については「コスタリカ再訪(162)Zarcero(サルセロ)にて休憩」をご覧いただきたい。
 ところで、このカレンダーの写真は13枚あった。普通に考えれば、前年の12月の分があるということだろう。コスタリカでも1年に12か月、365日のカレンダー(グレゴリウス暦。グレゴリオ暦ともいう)を使用している。
 ところが、エチオピアでは1年365日であるが、1か月は30日である。そうすると、5日足りない。最後の5日分が13月になるというわけである。詳しくはウィキペディア「エチオピア暦」をご覧いただきたい。

 13月といえば、Julie London がアルバム“Calendar Girl”で“The Thirteenth Month”という歌を歌っていたが、エチオピア暦の13月とは関係なさそうである。

 
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2015年のコスタリカのカレンダー 12 Tico de corazón

2017-01-13 08:47:42 | コスタリカ

 今回の歌は“Tico de corazón”。英語に逐語訳すると“Costa Rican of(from)heart”。「心からコスタリカ人」ということだが、「根っからのコスタリカ人」とでも言おうか。
 スペイン語では「コスタリカ人」という言葉は手元の辞書には costarriqueño と costarricense の2つの形が載っている。ただし、コスタリカでは後者が用いられ、前者は聞いたことがない。一方、スペイン人が前者を使うのを聞いたことがある。
 いずれにせよ、これらは正式な言葉である。tico ということばも手元の辞書には載っているが、「コスタリカ人」としか書かれていない。意味は同じであっても、言葉に込める気持ちが違う。コスタリカ人が「私は tico」というときには、コスタリカ人であることの誇りや愛着が込められているのである。
 なぜ、Costa Rica という言葉とは全然形が違う tico ということばが使われるのかについては、「tico」をご覧いただきたい。「Tiquicia」の項も併せてご覧いただけるとありがたい。
 カレンダーの写真はカルタゴ市の北部の Volcán Irazú(イラス火山)の中腹の田園風景のようである。標高が高く、涼しいのでジャガイモ栽培に適している。写真の畑ではジャガイモを収穫しているようにも見える。
 コスタリカ人はコスタリカを「中米のスイス」(Suiza centroamericana)と言っているが、この写真はいかにも「中米のスイス」のイメージである。
 歌の中には Cartago という地名が出てくるので、特にカルタゴあたりで歌われている歌だろうか。女房殿はこの歌は知らないとのことである。
 “Suiza Centroamericana”という歌もあるが、こちらは有名曲なので、女房殿は当然知っている。
 

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2015年のコスタリカのカレンダー 11 Recordando Mi Puerto

2017-01-11 19:14:17 | コスタリカ

今回の歌は“Recordando Mi Puerto”(わが港を想って)というタイトルである。この歌はグアピレスにある義父のパン屋を訪問した Gilberto Hernández のバージョンもある。
 この歌は義母がよく歌っていたそうである。
 さて、港は太平洋側にもカリブ海側にもあり、カリブ海側のリモン(Limón)港の写真が使われている歌(Callaloo)はすでに紹介した。
 今回の歌の歌詞に Puntarenas という地名が出てくるので、この港はプンタレーナスということがわかる。
 カリブ海側は黒人が多く、彼らはスペイン語ではなく、ジャマイカ英語(またはジャマイカ・クレオール)が使われるが、プンタレーナスはそんなことはない。
 
 リモンの近くの海にはビーチもあるが、岩場もある。岩場には langosta(イセエビのようなもの)が生息していて、素手で取ることもできる。
 一方、プンタレーナスを含む太平洋側はきれいなビーチが多く、乾季になると、中央高原から休みを過ごしにいく人が多い。
 この歌の歌詞に lindo verano (美しい夏)という言葉が出てくるが、日本人がイメージする「夏」とは違う。日本には四季があり、夏が過ぎて秋になり、冬、春を経て、また夏になるというサイクルであるが、コスタリカは乾季冬季の二季しかない。どちらにしても気温が高く、雨が降るか、降らないかの違いしかない。
 コスタリカでは雨季(estación lluvios、エスタシオン・ジュビオサ)を「冬」(invierno)と呼び、乾季(estación seca)を「夏」と呼ぶのである。「夏」は12月中旬に始まり、3月まで続く。
 コスタリカの学校は11月に終わり、2月に始まる。学生たちにとっては、この時期は夢のような季節である。雨も降らず、遊ぶには最高の季節である。3月になるとさすがに暑くなってくるが、実際の気温は「冬」と呼ばれる雨季の方が高いのである。
 写真の男女の服装であるが、今ではこんなに長いスカートをはく女性はいない。長髪を編んでいる女性も見たことがない。男の方も普段着はTシャツが普通である。シャツやポロシャツはフォーマルまたは、おしゃれな部類に入るといってもいい。というわけで、これもまたイベント及び観光宣伝用の服装なのである。   
  

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2015年のコスタリカのカレンダー 10 ¡Qué Linda Es Alajuela!

2017-01-10 15:04:46 | コスタリカ

今回の歌は“Qué Linda Es Alajuela”(ケ・リンダ・エス・アラフエラ)である。英訳すると、“How beautiful Alajuela is!”である。カレンダーには“Que linda es Alajuela”と書かれているが、これは感嘆文なので、本当は“¡Qué linda es Alajuela!”と書かなければならない。
ここで、que と qué の使い方を簡単に記しておく。
 qué は英語の what に相当し、疑問文や感嘆文に使われる。
 que はそれ以外で、英語の関係代名詞の that と名詞節を導く that(例 I think that~)や than などに相当する。 
 さて、歌の出だしは“Hay, que linda es Alajuela”となっているが、hay は「ある、いる」の意味の動詞である。これはおかしい。後に続く文が「アラフエラは何と美しいことか」となっているから、hay は ¡ay! (感嘆詞、「ああ」。辞書の見出しも感嘆符付き)の間違いではないか。
 “hay que + 動詞の原形”(~しなければならない)というフレーズがよく使われるが、そのせいで、ついうっかり、“Hay, que linda”とやってしまったのかもしれない。
 そういえば、このカレンダーに出てくる文のつづりは怪しい。「2015年のコスタリカのカレンダー 3 Callalloo」で触れたが、Callalloo という歌は見つからなかった。Callaloo の間違いのようである。詳しく見ていないので何とも言えないが、この調子では、まだまだ間違いがありそうである。
 さて、アラフエラは女房殿がかつて暮らしていた町である。筆者にも馴染み深い州である。
 写真の山は Volcán Arenal(アレナル火山)であろう。富士山と同じコニーデである。念のために調べてみたら、今では「コニーデ」という語は旧分類の用語で、今では「成層火山」というそうだ。詳しくはウィキペディア「火山」をご覧いただきたい。
 アレナル火山については「コスタリカ再訪(146)Paradise Hot Springs」でも触れているので、ご覧いただきたい。
 アラフエラ州はニカラグア国境のほうまで広がっていて、のどかな風景がいかにも古きよきコスタリカを思わせる。
 歌に戻るが、この歌は You Tube を検索してみても出てこない。女房殿も知らないといっている。新しい歌なのだろうか。
 Alajuela に限らず、コスタリカ全土を賛美する歌に“Tan Linda Mi Costa Rica”(So beautiful my Costa Rica)というのがあり、こちらはかなりの有名曲のようである。


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2015年のコスタリカのカレンダー 9 Noche Inolvidable(忘れえぬ夜)

2017-01-08 17:37:08 | コスタリカ

 今回は“Noche Olvidable”(忘れえぬ夜)である。
 タイトルには地名が出てこないので、場所が特定できない。歌詞を見てもやはりどこかわからない。
 手がかりは鉄道の駅しかない。かつてはサンホセ・リモン間に大西洋路線があり、シキーレス(Siquirres)からはグアピレス(Guápiles)方面への支線があった。線路はグアピレスの街中は撤去されたが、今でも残っているところがある。
 
 一方、プンタレーナス(Puntarenas)の手前のカルデラ(Caldera)という町とサンホセの間には太平洋路線がある。かつてはプンタレーナスまでつながっていて、プンタレーナスの町には線路が今でも残っている。
 太平洋路線はエレディア(Heredia)やアラフエラ(Alajuela)などの大きな町は通らない。
 大西洋路線はカルタゴ(Cartago)、トゥリアルバ(Turrialba)、シキーレスなどの主要な町を通っていて、市街地に駅がある。
 写真の駅はそこそこの規模の町のようである。カルタゴは盆地にあり、周りが山なので、写真の風景から判断すると、カルタゴではなさそうである。
 トゥリアルバもまだ中央高原に位置するが、ここから先はだいぶ下り坂になる。写真の奥の方が下り坂になるとすると、この場所はトゥリアルバの可能性もある。筆者も一度列車でリモンに行くときに、トゥリアルバの駅に停まったが、周囲はこんな感じであったような気がする。

 【1980年ごろ、トゥリアルバ駅にて】
 シキーレスまで行ってしまうと、標高もだいぶ下がり、暑くなる。とても写真のような服は着ていられない。
 ということで、筆者はここはトゥリアルバではないかと推測する。女房殿も同じ感想であった。
歌に戻る。
 You Tube で聞かれる歌は Gilberto Hernández(ヒルベルト・エルナンデス)によるものである。女房殿も知っているので、有名な歌のようである。義母もよく口ずさんでいたとのこと。

 実は、このお方はグアピレスにある義弟のパン屋を訪れたことがあると、女房殿が教えてくれた。当然、大昔のことで、当時パン屋は義父がやっていて、義弟はまだ幼い子供だった。
 詳細を調べようと思って、Gilberto Hernández という名前で検索してもなかなかヒットしない。メキシコのサッカー選手の方が有名のようである。女房殿が Bolerista Gilberto Hernández で調べてみるとヒットした。1921年生まれで、2002年に81歳で死去している。リンクはスペイン語であるが、興味のある方はご覧いただきたい。
 

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2015年のコスタリカのカレンダー 8 Noche Clara

2017-01-07 18:23:37 | コスタリカ

 今回の歌は“Noche Clara”である。「明るい夜」という意味で、満月の夜を連想する。   
 タイトルだけではどの地方かわからないが、歌詞を見ると Heredia (エレディア)の歌だということがわかる。このシリーズ、2回目の Heredia である。
 
写真が撮影された場所は Heredia 市の中心にある Fortín de Heredia(小さな砦)である。リンクはスペイン語であるが写真や図もついているので、ご覧いただきたい。
 
 歌のタイトルとは違って、写真は昼間に撮影されている。月夜の景色は You Tube の方をご覧いただきたい。
 この歌も女房殿はご存知なかった。この歌が作曲されたのもそう古くないのかもしれない。
 Cartago 同様、Heredia も女房殿にとっては、比較的縁が薄い土地である。Fortín de Heredia は名所なので、女房殿は訪れたことがあるが、筆者はまだ縁がない。
 ところで、“Mi Cartago”の写真と比べると、Heredia の方が華やかで明るい感じがする。写真だけではなく、筆者の印象も同様である。


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2015年のコスタリカのカレンダー 7 Mi Cartago (わがカルタゴ)

2017-01-06 20:13:16 | コスタリカ

 今回は Cartago である。
歌は“Mi Cartago”(My Cartago)である。You Tube の映像には Cartago 市内だけではなく、Cartago 州の観光名所が次々に出てくる。
 カレンダーの写真の撮影場所は The ruins of the Santiago Apóstol church (画像多数あり)のようである。ここは有名な観光スポットにもかかわらず、なぜかこれまで行きそびれている。
 詳細についてはウィキペディア“Santiago Apóstol Parish Ruins”(英語版)をご覧いただきたい。
 1980年ごろはCartago は保守的な土地柄であるとの定評があった。今ではどうであろうか。
 Cartago 市はかつてのコスタリカの首都で、日本で言えば、京都に相当する。標高もサンホセ市より高く、乾季の朝夕は肌寒く感じることがある。半そでシャツ1枚では風邪をひきそうである。上着を着ても暑くはない。
 写真のモデルの服装も他の地方の写真とは雰囲気が違う。特に男性の衣服はあまり暑くないところのものである。また色が黒いところも保守性を感じさせる。帽子も田舎風ではなく都会風である。
 Cartago というと、北アフリカに存在し、ハンニバルを擁しローマと死闘を繰り広げたことで有名である。それがなぜコスタリカにもあるのか。謎解きについては「コスタリカの州-カルタゴ」をご覧いただきたい。
 ところで、“Mi Cartago”という歌は女房殿はご存知なかった。割りと新しい歌なのかもしれない。
 また、女房殿が出没していたのは実家のあるグアピレスと、コスタリカ大学に通っていたころ住んでいたアラフエラと、大学のあるサンホセが中心である。カルタゴ州のTurrialba には義兄が住んでいるので、ときどき訪問していた。Cartago 市内にはかつて肉屋を営んでいたいとこがいた。一度訪問したことがあるが、女房殿もそうたびたび訪問していたわけではない。
 
 ということで、女房殿にとってはカルタゴ(特にカルタゴ市)は比較的、縁の薄い場所なのである。


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2015年のコスタリカのカレンダー 6 Luna Liberiana

2017-01-05 18:51:15 | コスタリカ

 今回は太平洋側のグアナカステ(Guanacaste)州の州都リベリア(Liberia)の月を歌った“Luna Liberiana”である。
 
 You Tube の映像には古い写真が紹介されているが、すべてがリベリアの写真というわけではなく、コスタリカ全土からの昔の写真である。
 カレンダーの方の写真はお約束のイベント及び観光用の衣装である。リベリアは低地にあるので、暑い。いくら薄手のものであっても、とても長袖の上着など着られたものではない。今では男女を問わず、上は半そでのTシャツ1枚が普通である。
 また、リベリアの街中に写真のような建物があったかどうか、不明であるが、グアナカステ地方にはこのような建物はたくさんありそうである。
 さて、歌の方はウィキペディアの“Luna Liberiana”(スペイン語)によると、1936年に発表され、以来、コスタリカの代表的な歌の一つになっているそうである。当然、女房殿も知っている。
  
 
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2015年のコスタリカのカレンダー 5 La Guaria Morada

2017-01-04 18:36:16 | コスタリカ

手元の辞書には guaria という語は載っていないが、コスタリカではだれでもみんな知っている言葉である。morada は「紫色」で、guaria morada とは紫色のランの一種である。これはコスタリカの国花に指定されている。guaria morada の画像も多数アップされているので、ご覧いただきたい。
 
 この花はグアピレスの女房殿の実家の庭にも咲いている。
 写真の男女の衣装に紫色が使われているは理の当然である。
 “La Guaria Morada”という歌は女房殿も知らないわけがない。日本で言えば、「さくらさくら」に相当するだろう。
 写真が撮影された場所については、中央高原の古い教会かと思っていたが、実はプンタレーナス(Puntarenas)の町にある Catedral de Nuestra Señora del Carmen (画像参照)であることがわかった。
 
 プンタレーナスには何度も行っているが、この教会を訪れたことはない。前回の訪問で宿泊したホテルの近くである。次回はぜひとも見に行かなければならない。

 衣装について言えば、これもイベントまたは観光用のもので、市街地ではもちろん、田舎でも普通はこんな衣装にはお目にかかれない。プンタレーナスのような暑いところでこんな格好をするモデルさんはご苦労なことである。
 色やデザインは違っても、このひらひらのスカートがコスタリカの伝統的な女性の衣装で、土産物屋でも入手できる。女房殿も大学時代は伝統舞踊のサークルに入っていて、踊っていたそうである。


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2015年のコスタリカのカレンダー 4 Heredia de Mis Amores

2017-01-03 18:20:54 | コスタリカ
 
 今回の歌は“Heredia de Mis Amores”である。ということで、この写真は Heredia(エレディア)州を歌ったものである。
 いかにもコスタリカの観光宣伝用の歌という感じだが、女房殿は知らないという。比較的新しい歌なのかもしれない。
 写真の衣装もイベントまたは観光用のものだろう。日常的に見られる衣装ではない。女性はエプロンをしているので、昔の普段着かもしれない。足元がよく見えないが、サンダルを履いているのか、それとも裸足なのか、よくわからない。義母が子供のころは貧しくて、靴も履けなかったという話を聞いているので、裸足で過ごす人も多かったのかもしれない。
 撮影場所は不明だが、Heredia 州のどこかだろう。


 Heredia はサンホセ市のすぐ北に位置する町で Heredia 州の州都である。
 
 気候は中央高原の常春の気候で、サンホセやアラフエラと大差ない。
 古い趣のある建物も残っている。ウィキペディアに Heredia の画像が多数アップされているので、ご覧いただきたい。
 地元の人間に言わせると、美人が多いそうである。花の町でもあるらしい。それよりも、オカマの聖地として海外でも名がとどろいているようだ。
 昔は閑静な町だったと思うが、今ではやはり車が多く、のんびり町を散策する気にはなれない。
 しかし、郊外に出ると風光明媚なところが多い。Heredia にはあまり縁がなかったが、今後訪れてみたいものである。
 Alajuela(アラフエラ)州と並んで、古きよきコスタリカのイメージが残る州というのが筆者の印象である。


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2015年のコスタリカのカレンダー 3 Callalloo

2017-01-02 18:33:04 | コスタリカ
  今回も前回に引き続き、英語の歌である。
 英語の歌だと、カリブ海沿岸地方の歌ということになる。。
 
 カリブ海側で大型船が入れる港というと、リモン港(Puerto Limón)しかないだろう。
 
 リモン港の他の写真はリンクをご覧いただきたい。
   
 カレンダーの写真に戻る。
 やはり、これも日常見られる衣装ではない。いかにも観光宣伝用の写真である。何かのイベントの時にはこういう服を着るのだろう。
 写真の女性モデルにはいくらか黒人系の血が入っているようだが、この程度なら白人系とみなしうる。黒人の血が濃い人はカリブ海沿岸地域には大勢住んでいる。
 歌のタイトルは“Callalloo”となっているが、You Tube で検索してみたら、このつづりではなく、“Callaloo”で出てきた。前回紹介した Walter Ferguson によって歌われている。
 “Callaloo”の発音だが、スペイン語として読めば、「カジャロー」だが、英語風に「カラルー」と発音されている。
 “Callaloo”とは何だろうと思って調べてみたが、この言葉は手元のスペイン語の辞書には見当たらない。“Callalloo”の見出しもない。
 そうすると、ウィキペディアに頼るしかない。簡単に言うと、西アフリカ由来の料理で、カリブ海一帯で食されているそうだ。葉野菜が主体でいろいろなバリエーションがあるらしい。
 
 興味がおありの方は“callaloo”の画像をご覧いただきたい。
 同じリモン州でも女房殿の実家のあるグアピレス(Guápiles)ではこの歌にはなじみがないようだ。筆者は料理の方の“callaloo”を見た記憶もない。女房殿も見たことはないとのこと。どんな味なのだろうか。 
  
 
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2015年のコスタリカのカレンダー 2 Cabin In The Water

2017-01-01 16:36:53 | コスタリカ
今回はカリブ海側の Limón (リモン、lemon の意)州である。カリブ海側は中央高原と太平洋側が乾季のときでも雨が降る。女房殿の実家のあるグアピレスはだいぶ内陸に入るが、やはり天気はカリブ海側の天気である。州都リモンからパナマへと続く海岸地方には黒人が多い。かつては黒人は中央高原への立ち入りを禁止されていたそうである。
 コスタリカの公用語はスペイン語であるが、カリブ海側の黒人はスペイン語ではなく、英語のような言葉を話す。英語そのものではなく、ジャマイカ・クレオール語らしい(詳しくはウィキペディア「ジャマイカ・クレオール語」をご覧いただきたい。彼らはジャマイカからコスタリカにやってきた人たちの子孫であろう。
 ということで、今回の歌はスペイン語ではなく、ジャマイカ英語のようである。Cabin In The Water という歌で、Walter Ferguson という歌手によって歌われている。
 多くのコスタリカ人の姓は Rodríguez や Fernández のようなスペイン系のものだが、カリブ海の黒人はイギリス系の姓を名乗っているケースが見られる。かつての教え子に Sawyers という姓の黒人学生がいた(読み方も英語風に「ソーヤーズ」だった)。
 オリジナルはジャマイカ・クレオール語かもしれないが、近年はコスタリカでも英語教育が進んでいるので、英語で歌われるのであろうか。
 
 前回のニコヤ地方のカレンダーと違って、衣装が近代的である。また、女性が黒人の血を引いているようでもある。
 住居も高温多湿のため、高床式になっている。グアピレスではこのような住居はあまり見かけなかった。中央高原ではもちろん見かけなかったし、高温になる太平洋側の低地でも見かけなかった。
 カリブ海の沿岸地方についての思い出は「コスタリカの州-リモン(2)」 をご覧いただきたい。
 Cahuita(カウイータ)、Puerto Vargas(Cahuita 国立公園内にある)や原住民の居住する Bribri について触れてある。
Cahuita はリゾート地なので、きれいな画像が多数アップされている。
 
【Cahuita】
  
 Kawe Band による "CAHUITA: THE LAND HAVE CALYPSO"というタイトルのカリプソ曲もあるので紹介する。カリブ海側の音楽は中央高原と太平洋側の音楽とはずいぶん違う。
 Bribri の画像も多数アップされているので、そちらもご覧いただきたい。
 以下はその一部である。
   
 パプア・ニューギニアを連想する。
 2015-16年のコスタリカ訪問では行く機会がなかったが、次回は是非訪れたいものである。


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2015年のコスタリカのカレンダー(calendario)1 Caballito Nicoyano

2016-12-31 17:34:29 | コスタリカ
 2015年のカレンダーを持ち帰った。グアピレスの実家にあったものだが、コスタリカでは何の変哲もないものなので、放っておいたら捨てられる運命だろう。ありがたく、無断で頂戴することにした。
 1月ごとにめくっていく方式である。日付の部分はどうでもいい。写真が目的である。いかにも昔ながらのコスタリカである。日本で言えば、時代劇とは行かないまでも、フジヤマ芸者的な世界かもしれない。
 日付の部分は捨ててしまったので、何月のカレンダーかわからなくなってしまった。日本なら、四季折々の雰囲気があって、だいたいいつごろかわかるのだが、コスタリカはそうは行かない。何しろ、乾季(estación seca。コスタリカでは verano「夏」という)と雨季(estación lluviosa「エスタシオン・ジュビオーサ」。コスタリカでは invierno 「冬」という)しかないのだから。
 パソコンに保存したら、写真の名前がアルファベット順になっていた。ということで月については順不同ということでご勘弁願いたい。
まずは Nicoya 地方から。
 
 今どき、日常的にこんな格好をしている人はいないだろう。ニコヤ地方はグアナカステ(Guanacaste)州に属するが、この地方は牧場(finca)が多い。牛や馬などの家畜も多いことだろう。

 写真には Caballito Nicoyano(カバジート・ニコヤーノ。caballito は caballo「オス馬」に縮小辞 -ito がついたもの)という歌の歌詞が載っている。
 メロディーは You Tube でご確認いただきたい。ニコヤ地方の画像も見られる。
 この歌は女房殿も知っていて、全国的に知られているようだ。日本で言えば、文部省唱歌的なものかもしれない。
 ちなみに、女房殿が子供のころの小学校の授業には音楽の科目はなかったが、ラジオでもよく耳にして、自然に覚えたのだろう。
 かつてのコスタリカの学校についての詳細については「コスタリカの学校(1)」、コスタリカの学校(2)」、コスタリカの学校(3)」、コスタリカの学校(4)」をご覧いただきたい。現在の状況は後日、調べる。


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