スパニッシュ・オデッセイ

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コスタリカ再訪(100)義妹宅に戻る

2016-08-31 19:44:51 | コスタリカ
 この夜の月の月齢がどうであったかは判然としないが、クリスマスの夜が満月だったはずだから、逆算すると三日月に当たる。
 都会で暮らすと月をあまり見ないが、電気がない昔の人はよく見ていたことだろう。故あって、新潟県のK市で暮らしているが、散歩コースに二十三夜塔を見かける。関東地方や長野県に多いそうだが、新潟県でもちょっと田舎に行くと結構見かける。
   
  【近所の諏訪神社の境内にて撮影】
 で、何で二十三夜という中途半端な数字かと疑問に思っていたが、これは「下弦の月」に当たる。そうすると、中途半端ではなく、きりのいい数ということになる。
 中華料理屋でもらったカレンダーについて述べているうちに、ふと二十三夜塔のことを思いついた次第である。
 さて、アラフエラの中華料理店で夕食を終えると、あとは義妹宅に帰るだけである。クリスマスのイルミネーションで彩られた中央公園まで戻って、タクシーを拾うことにする。
 
 中央公園まで戻ったのはいいが、この夜は人出が多い。サンホセ市では「光のフェスティバル」でにぎわっている。フェスティバルを見に行った人たちが帰ってきたかとも思ったが、この日は土曜日で、クリスマスの12日前ある。クリスマスのための買い物客でにぎわっているらしかった。
 ということで、なかなかタクシーが捕まらない。市街地から郊外へ向かうタクシーはだいたい人が乗っている。それで、郊外から市街地へ向かうタクシーに狙いを定め、場所を移動した。これで、何とかタクシーを拾うことができ、無事、帰宅した。
 長い一日だったので、この夜も早く寝ることにした。就寝前に、前日、アルバイトに出かけていて不在だった姪っ子がアルバイトを終え、帰ってきたので、対面できた。赤ん坊のとき以来か、それとも初対面だろうか。すらっと背が高く、モデル並みのスタイルである。母親も美人であるから、当然娘も美形である。父親はいろいろと心配であろう。

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コスタリカ再訪(99)カレンダーの月齢表示

2016-08-30 17:07:03 | コスタリカ
 中華料理屋でもらったカレンダーをよく見ると、月齢表示がある。

 【2016年10月。毎月、空白部分に月齢が表示される。】
 コスタリカで太陰暦が使用されたという話は聞いたことがないが、農業や漁業には月齢は欠かせない。コスタリカはかつては農業国であった。また、沿岸部では漁業も行われている。中央高原の都市生活者には月齢表示は不要かと思われるが、まだまだ農業も重要な産業である。また、イースター(pascua)は「春分の日以降の最初の満月の次の月曜日」と決められているので、教会関係者には必要である。イースターは毎年、日が違うが、一般庶民はイースターの日の決め方はよく知らないらしい。女房殿もカトリックではあるが、知らなかった。
 さて、月齢表示だが、毎日の月齢は表示されない。表示されるのは次の4つだけである。
 新月(luna nueva)、上弦(cuarto creciente)、満月(luna llena)、下弦(cuarto menguante)
 「新月」と「満月」はスペイン語でも全く同じ言い方である。
 「上弦」は 「cuarto + creciente」で、creciente は動詞 crecer (成長する)の形容詞形である。現在分詞は creciendo で、このイタリア語形は crescendo で(ただし、イタリア語では現在分詞ではなく、ジェルンディオという)、日本語にも音楽用語「クレッシェンド」(だんだん強く)として取り入れられている。スペイン語にも取り入れられているが、発音はスペイン語風に「クレセンド」に変わっている。ちなみに、crecer の関連語に英語の increase (増加する)がある。increase の反意語が decrease で、これに対応するイタリア語の動詞 decrescere のジェルンディオが decrescendo (デクレッシェンド、「だんだん弱く」)である。
 スペイン語 creciente に対応するフランス語は croissant (クロワッサン)で、日本でもおなじみのパンの名前にもなっている。これは動詞 croitre(成長する)の現在分詞形である。
 creciente の前についている cuarto は cuatro の序数で「4番目の」が第一義であるが、「4分の1」、「部屋」などの意味にもなる。この場合は、「4分の1」の意味で使われているのだが、上弦も下弦も半月で「4分の1」ではない。これは、月の姿ではなく、月の満ち欠けの周期の「4分の1」ということである。
 「下弦」は creciente (成長する)の反意語の menguar (減少する)の形容詞形、menguante が使われている。
 「上弦」も「下弦」も正確には cuarto をつけなければならないが、面倒なので、creciente, menguante だけでも通じる。creciente は「成長する」という意味なので、新月から満月までの間は広義には creciente で、同様に満月から新月の間は menguante のはずであるが、まあ、硬いことは言わない。
 が、硬いことが好きな人には次のことを言っておく。
 手元の辞書には、luna creciente の項目に「上弦の月」の他に「新月から満月までの月」という意味も掲載されていた。
 ところで、パンのクロワッサンは三日月形なので、こう呼ばれるのだが、「上弦の月」と「三日月」は違うはずである。「上弦」の方は「七日月」と言ってもいいぐらいで、「三日月」とは四日分違う。
 手元のスペイン語辞書の creciente の訳語に「上弦の月」、「半月」というのはあったが、「三日月」はなかった。「クロワッサン」という訳語もない。ただ、「イースト、パン種」という訳語はある。
 「クロワッサン」はスペイン語では cuerno というが、本来の意味は「(動物の)ツノ」である。
 しかしながら、“poner los cuernos”というと、「クロワッサンを置く」という意味ではなく、「女房を寝取られる」という意味に取られることがあるので注意が必要である(詳しくは「ツノが生える」の項をごらんいただきたい)。
 フランス語の croissant についていえば、手元にある50年以上前のフランス語の辞書の croissant の主な訳語はこうである。
 「成長する」、「三日月」、「上弦」、「新月旗、トルコ国旗」、「三日月形のパン」(今なら、「クロワッサン」と書かれることだろう)。
 中華料理屋のカレンダーの月の絵を見ると、「上弦の月」が「三日月」風に描かれている。月が人の顔になっているので、デザイン的に三日月風になるのもいたし方のないところであろう。

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コスタリカ再訪(98)カレンダーをもらう

2016-08-29 17:45:01 | コスタリカ
 コスタリカでもレストランでは食事が提供されたときに請求書もいっしょについてくる。メキシコなどでは、ウェイターを呼んで、テーブルで支払いをするのが一般的だったと思うが、コスタリカで、請求書を持ってレジに持っていくのが普通だろう。レジは入り口近くではなく、奥のほうにある。入り口近くにレジがある店は記憶にない。防犯上の理由だろうか。
 レジにいるのは若い中国人女性である。当然、スペイン語はできる。ただ、ネイティブ・スピーカーではないようである。中国語訛りはあまり感じなかったが、やはりどこか違う。そこで、出身地を聞いてみた。香港とのことで、5年前にコスタリカに来たそうである。
 最近は中国と国交を結んでいるので、中国本土からの移民もいるのではないかと思ったが、これまでそのような新移民は見かけない。グアピレスの実家の前のミニ・スーパーの主人も最近、やってきたが、やはり香港の出身である。中国本土から来るのは中国のプロジェクトの労働者か外交官などであろうか。
 さて、レジに2016年のカレンダーがあったので、いただいてきた。
 
 営業日を見てみると、“de Lunes a Domingo”と書いてある。「月曜日から日曜日まで」、つまり年中無休である。大体中華料理屋は昔から、年中無休だったようだ。
 こうしてみると、コスタリカでは週の初めは月曜日かとも思えるが、もらったカレンダーは日曜日から始まっている。
 ただ、スペイン語の曜日を覚えるときは、月曜日から始めていたかと思う。フランス語の場合は、記憶がはっきりしていて、確かに月曜日から始まっていた。
 月曜日から金曜日までの平日(días hábiles) はすべて、“~es”で終わっている。これに対して、土曜日は sábado(英 Sabbath「安息日」と語源は同じ)、日曜日は domingo(「主の日」の意。Domingo という男子名もある)で、平日とは形が違う。一般的に土日は休日で、休日のことはスペイン語では feriado という。
 feriado の元になっている語は feria で、手元の辞書によると、「市、見本市、展示会」が第一義である。英語の fair に相当し、これは日本語にも取り入れられている。第二義は「祭り」である。第三義にやっと「休業、休み」が出てくる。面白いことに feria はカトリック用語では「(土曜・日曜を除く)平日」とある。例として、「segunda feria (文字通りには第2の平日)月曜日」と書かれていた。一般的には feria は休みのはずなのだが、どういうことだろうか。
 ¿Las ferias no son feriados?(feria は休日ではない?)
 一度、カトリック教会関係者に聞いてみたいものである
 ところで、イスラムの休日は金曜日であるが、カレンダーはどうなっているのだろうか。土曜日から始まったりしているのだろうか。
 旧ソ連では革命直後に週7日制が廃止され、週5日制が導入された。「日月火」ではなく、「黄曜日、桃曜日、赤曜日、紫曜日、緑曜日)と色の名がつけられ、国民全員にそれぞれの曜日が割り当てられた。そして、各人は、自分の曜日が休日となった。しかし、これでは家族全員が同じ日に休めないという事態が発生する。そのため、不人気で結局元に戻された経緯がある。詳細は『暦の歴史』をご覧いただきたい。また、ウィキペディアの「ソビエト連邦暦」にも紹介されている。 
 

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コスタリカ再訪(97)アラフエラの中華料理屋で夕食

2016-08-28 21:42:27 | コスタリカ
 サンホセ市にあるI氏宅での餅つき大会の帰りは女房殿の実家のあるグアピレスで仕事をしている方に送ってもらった。この方の自宅はエレディアにあり、義妹の住むアラフエラの途中といえば、途中ではある。この方にとっては、だいぶ回り道になるが、お言葉に甘えさせてもらった。
 
 I氏宅を辞したのは夕方6時ごろである。アラフエラに着いたのは7時前であった。義妹宅まで送ってもらうのは気がひけたので、街の中心で下ろしてもらった。
 
 クリスマスが近いので、イルミネーションで彩られている。I氏宅でお餅+昼食をいただいて、だいぶ時間がたっているので、中華料理屋で夕食をとることにした。
 アラフエラはサンホセほどではないにせよ、そこそこ大きい街なので、中華料理屋もたくさんある。この公園から歩いて数分のところに一軒見つけた。入り口にはドアがついていない。開けっ放しで、スイングドアでもあれば、アメリカの西部劇にでも出てきそうな外観である。店の名前は「一品香」。スペイン語では“Primer Sabor”となっている。「一品」は「天下一品」の「一品」だろう。「香」が“Sabor”(味)に相当する。 
 
 この写真はこの店の2016年のカレンダーからとったもので、ここではカレンダーの部分は省略してある。
 一番下の行に“Gracias por Preferirnos”と書かれているが、英語に逐語訳すると“Thank you for preferring us”である。日本語訳としては「毎度ありがとうございます」が適当だろう。
 さて、写真を見てもわかるように、あまり中華料理という感じはしない。味付けが中華風という、かなり現地化した中華料理である。お値段も高くはない。
 入り口近くの席に座ったが、表を通る車の音がうるさい上、ガソリンのにおいもする。この店は大通りに面しているわけではないが、街中の通りは車が多くなってしまった。36年前はのどかなものだったが。
 座ると、従業員(mesera)が注文をとりに来た。コスタリカ人女性である。奥のほうのレジに中国人女性が座っている。料理はピリ辛えびともやしチキンを注文した。味の方はそこそこである。サンホセ市の有名店とは比較にならないが、比較してはいけないのである。
 なお、35年ほど前のコスタリカの中華料理屋の様子は以下の記事を参照されたい。今とは様子が変わっているものもあるかもしれない。
 「レストランにて」、「レストランにて(2)」、「レストランにて(3)」、お勘定」。


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コスタリカ再訪(96)コスタリカの中の中国

2016-08-27 20:38:57 | コスタリカ
I氏宅の餅つき大会に早く着いたことはすでに述べた。36年前に住んでいた下宿によく遊びに来ていた当時7歳ぐらいの女の子(現在は40過ぎの中年女性)がI氏宅にも来ることになっていた。昼前に電話が入り、近くまで来ているとのことで、外に出て行った。ぶらぶら歩いていると、どこからか「ニハオ」と声をかけられた。中国語の「你好(nihao)」のつもりのようである。発音は「ニイハオ」ではなく、「ニハオ」で、アクセントは「ハ」の上に置かれていた。後ろから2番目の母音にアクセントを置くのがスペイン語では一般的である。
 一般庶民は中国語が声調言語であることは知らないようだが、中国語は「歌を歌っているようだ」とはよく聞く。中国語をそのまままねするのは難しいようで、アクセントもスペイン語の強弱アクセントにするしかない。
 「ニハオ」もとても中国語には聞こえないが、一応挨拶してくれているので、手を振って応えてやった。
 36年前はコスタリカは中国ではなく、台湾と国交があった。しかしながら、コスタリカの中国系住民は広東系が多数で、彼らの言葉は広東語(cantonés)である。当然、あいさつは「ニイハオ」ではない。台湾人はいるにはいたが、少数派である。その台湾人も外省人がほとんどだったようだが。というわけで、コスタリカ人がいわゆる中国語(普通話、スペイン語では mandarín。英語では mandarin)の「ニイハオ」という挨拶を聞く機会もあまりなかったことと思う。また、中国人同士が「ニイハオ」と挨拶を交わすのもあまり見たことはない。どうも外国人向けの挨拶のようである。
 ちなみに、mandarín は清朝の官僚を意味する「満大人」(man da ren)に由来するとか。
 さて、コスタリカ人には日本人も中国人も同じように見えるらしく、アジアの代表は相変わらず、中国である。近年、中国とも国交を持ち、中国のプロジェクトもだいぶ入ってきている。
 ただし、労働者も中国本土から派遣されているようで、中国人だけのコミュニティーを形成しているらしい。女房殿の実家のグアピレスの近くにも中国のプロジェクトがあるようで、義姉の夫は「日本は何でプロジェクトをしないのか」と言っていた。日本は専門家や青年海外協力隊を派遣しているが、どうも日本は発信力が弱い。また、労働者を日本から派遣するようなことはせず、必要な労働力は現地調達である。
 また、最近、中国語が教えられている高校もあるとのこと。中国の国歌も歌わせられているとか。詳細の確認はできていないが、中国の工作も多岐にわたっているようだ。

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コスタリカ再訪(95)最近の鉄道事情

2016-08-15 17:30:29 | コスタリカ
青年海外協力隊時代にお世話になったI氏は2016年に日本国外務大臣より感謝状を授与された。このニュースは在日本コスタリカ大使館の Facebook によって知った。今回のI氏訪問は2015年末のことであったが、I氏は青年海外協力隊の1期生ということもあって、コスタリカに派遣される青年海外協力隊員やJICA専門家などをご自宅に招いて、パーティーを開催されていた。コスタリカ大使館の記事でも、I氏はコスタリカの青年海外協力隊員の父親的存在とのことであった。全くそのとおりである。
 さて、I氏宅の北10メートルぐらいのところに鉄道の線路があるが、1980年ごろは、サンホセと太平洋側のプンタレーナスを結ぶ長距離鉄道であった。1日数本ぐらいしか走っていなかったと思う。実際に走っているのは見た覚えがない。乗ったことは1度あるが。
 1991年の地震で壊滅的打撃を受け、1995年に運行を停止したとのことである。残念に思っていたが、近年はカルデラまでの太平洋路線は貨物専用になったとか。また、首都近辺では通勤・通学用の短距離路線として復活している。かつては年代ものの車両であったが、新しい車両も導入されているようである。ただし、実際には今のところ、お目にかかっていない。
 I氏宅の近くを通勤・通学用の電車が走るようになって、平日は少しうるさくなったと奥さんが言っていた。ということは土日は運行していないのだろうか。
 Incofer(Instituto Costarricense de Ferrocarriles、コスタリカ鉄道公団)のホームページで調べてみると、運行時刻は朝夕に集中していて、昼間の6時間ほどは動いていない。1時間、または30分ぐらいの間隔で運行されているようである。運行は平日のみとの記述はないので、毎日運行しているようにも見えるが、記述していないだけなのだろうか。
 列車の運行が定時に行われているかどうかは定かではないが、少々の遅れはありそうである。
 踏み切りはあるが、遮断機は見た記憶がない。1980年ごろは街中では徐行運転といってもいいぐらいのスピードで、列車との衝突事故があったという記憶もない。今はどうであろうか。、
 従来の太平洋線と大西洋線のほかに、サンホセとエレディアを結ぶ新しい路線もできているようである。
 サンホセ~カルタゴ間も運行されているようで、先日カルタゴを訪れたとき、鉄道の駅舎(小さいけれど)がきれいになっているのを見た。こちらの路線も太平洋線と同様の運行状況である。
 【下の写真は2015年のカレンダーのもの。古きよきコスタリカのイメージ写真である。カルタゴで見かけた駅はこんな感じである。衣装も昔のもので、今時こんな格好で出歩く人はいない。プロのモデルさんのようである。】
 
 1980年ごろのコスタリカの鉄道事情については「コスタリカの鉄道(Ferrocarril)(1)」~「同(6)」を参照されたい。
【下の写真はグアピレスにも鉄道が走っていたころのもので、女房殿の知り合いの、物売りのおばさんが写っているらしい。】
 
 
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コスタリカ再訪(94)I氏宅にて

2016-08-14 11:14:48 | コスタリカ
 I氏宅にかなり早く着いて、I氏夫妻と積もる話をしているうちに、だんだん人が集まってきた。
 昔ずいぶん、お世話になった人もいる。青年海外協力の日本語隊員もいた。この方は派遣前の壮行会でお目にかかっていたが、今度は帰国2日前の再会である。筆者はコスタリカ大学派遣の日本語教師の2代目だったが、この方は24代目だそうだ。36年の間で22代が経ったわけで、感無量である。
 昼前には、グアダルーペ地区の下宿にすんでいたころ、よく遊びに来ていた、当時7歳ぐらいの女の子(現在43歳)とは、連絡を取り合っていて、この日はI氏宅で合流することになっていた。下宿していた家庭は当時、すでに自家用車を保有していて、富裕層に属していた。女の子の家庭は富裕ではなくても、貧困層でもない、中流家庭のようであった。中流家庭ではまだ自家用車は保有できなかった。
 36年経って、彼女は自家用車に乗って現れた。今では、日本同様、中流家庭でも自家用車が持てるようになったわけである。
 この日、I氏宅には、日本人だけでなく、日本人と結婚したコスタリカ人なども来ていたし、日本人もスペイン語には苦労しないような人たちだったので、彼女が孤立するようなことはなかった。
 さて、サンホセ市は標高が高いとはいえ、昼間はやっぱりいくらか暑い。そんなときは、ビールがうれしい。いつもより、多めにビールをいただき、いい気持になってきた。餅つきも始まった。昼食は当然ながら、和食である。
 庭にはハチドリやその他の鳥が集まってくる。 
 
 そうこうしているうちに、夕方5時ごろになった。この日は Festival de La Luz (光のフェスティバル)のため、交通が規制される。早く出ないと、大変である。バスで帰る予定ではあったが、アラフエラの途中のエレディアに住んでいる人がアラフエラまで送ってくれるという。申し訳ないが、大変ありがたい申し出なので、甘えさせていただいた。
 サンホセ市街地を抜けると、日が暮れてきた。サンホセ市内では花火が上がっていた。
 車もいつもより少なく、早めにアラフエラの街の中心部に着いた。ここから先はタクシーを拾って帰る。

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