スパニッシュ・オデッセイ

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白鯨「Moby Dick」の一等航海士スターバック(Starbuck)

2023-10-10 18:21:48 | トリビア
 ハーマン・メルヴィルの名作「白鯨」(Moby Dick)を読み始めた。エイハブ船長率いるピークオッド号の冷静沈着な一等航海士の名前がスターバック(Starbuck)である。あのスターバックス(Starbucks)の名前の由来になっていることは結構有名な話である。
 一等航海士スターバックの画像を検索してみたが、ヒットしない。岩波文庫版「白鯨」(上)(八木敏雄訳)301ページには Rockwell Kent による挿絵がある。挿絵の著作権登録は1930年で、その後、1958年に更新されている。この挿絵はピッツバーグ州立美術館の許可を得て使わせてもらっていると、訳書の目次の前ページに英文で書かれている。
 著作権について調べてみたが、死後70年間は保護されるとのこと。小説の方はメルヴィルの死去は1891年なので、勝手に引用しても問題はない。ただし、挿絵の Rockwell Kent の死去は1971年なので、まだ保護下にある。勝手に画像をアップすると、お縄を頂戴しなければならない。そういうわけで、ネットに画像が出てこないのである。
 挿絵を見ると、スターバックは陰気くさい痩せた男で、コーヒー・チェーンのスターバックスにはふさわしくないと思う。ここでは掲載できないので、興味のある方は、図書館にでも行って調べてみていただきたい。
 さて、岩波文庫版「白鯨」の第26章でスターバックについて次のように書かれている。

 クエイカー教徒の家系である。背が高く、真摯な男で、寒冷の海岸に生まれたにもかかわらず、熱帯にもよろしく適応しているようで、二度焼きのビスケットのように引きしまった体をしている。

 ここで問題にしたいのは「二度焼きのビスケット」である。そもそもビスケット(biscuit)は二度焼かれるものなのである。一度しか焼かないビスケットがあったら持って来い、である。新英和中辞典(研究社)biscuit の項には【フランス語「二度料理された」の意から】とちゃんと書かれている。それをわざわざ「二度焼きのビスケット」と訳した翻訳者の意図は何であろうか。原文の直訳なのだろうか。メルヴィルはビスケットの語源に疎かったのだろうか。「二度焼き」を強調したいがために、メルヴィルはそう書いたのだろうか。サマセット・モームの「月と六ペンス」の Blanche 同様、悩みが尽きない。

 
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「月と六ペンス」のトリビア(3)女子名 Blanche 

2023-10-08 21:30:55 | トリビア
 「月と六ペンス」に Blanche という名の女性が登場する。
 岩波文庫版(行方昭夫訳、2005年)では「ブランチ」と表記されている。原文で読む場合は、どう発音しようと読者の勝手だが、日本語訳ではカタカナで表記しなければならない。
 Blanche はローマで住み込みの家庭教師をしていて、その後、パリに移っている。国籍は明示されていないが、フランス人かフランス系イタリア人だと思われる。それならば、Blanche はフランス語の女子名で、「ブランシュ」と発音される。blanche と小文字で始めると、「白い」という意味の形容詞 blanc「ブラン」の女性形になる。blanc に定冠詞 le をつけると、Le Blanc 「ルブラン」という姓ができあがる。ちなみに、Blanche のイタリア語形は Bianca 「ビアンカ」である。
 作者のモームはパリ生まれで、10歳の時にイギリスに移ったので、モームにとってはフランス語が第一言語であった。そうすると、モーム自身は Blanche を当然ながら、「ブランシュ」と読んだことだろう。
 原文にはフランス語の短文も頻出するので、訳者の行方昭夫氏もフランス語の知識があると考えるのが自然だろう。それなのに、なぜ「ブランチ」と表記したのだろうか。
 アルクのウェブサイト「英辞郎 on the WEB」で Blanche と入力したら、「人名 ブランチ 女」と出てきた。
 確かに英語読みすれば、「ブランチ」になる。フランス語の知識がなければ、そう読まれるだろう。Blanche というフランス語の女子名が英語圏にも取り入れられ、発音も英語風に「ブランチ」になって定着したのだろうか。それでも、やはりモームにとっては Blanche は「ブランシュ」だろう。まして、フランス人なら「ブランチ」などあり得ない。
 ちょっと目先を変えて、手元の新英和中辞典(研究社)に当たってみた。すると、blanche という語はなかったが、blanch という語があった。発音は「ブランチ」で、古期フランス語「白い」から、blank と同語源とあった。blanchが「ブランチ」なので、英語圏に渡った女子名 Blanche も「ブランチ」と発音されるようになったのだろうか。ちなみに、ブリーチ(bleach、「漂白剤」)は blanch の関連語だろう。
 「月と六ペンス」は映画・舞台・テレビドラマ化されているので、そこで Blanche がどう呼ばれているか確認したいものである。
 ところで、フランス語 Blanche のスペイン語形は Blanca「ブランカ」で、こちらもれっきとした女子名である。個人的にも Blanca という名の女性を知っている。
 Blanca の男性形は Blanco「ブランコ」だが、Blanco という個人名を持つ男性は知らない。ただし、姓として用いられ、日本でプレーしたプロ野球選手にもこの姓を持つ選手がいた。そういえば、White という姓の黒人選手もいた。中国や韓国にも「白」という姓がある。中国には「白」が男子名としても使われている。あの詩仙「李白」である。
 
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「月と六ペンス」のトリビア(2)

2023-10-07 20:39:08 | トリビア
 フランスの画家、ポール・ゴーギャンをモデルとしてサマセット・モームが書いたベストセラー小説は「月と六ペンス」というタイトルがつけられたが、それについて岩波文庫「月と六ペンス」の解説には次のように書かれている。

 「月」は夢や理想を、「六ペンス」は現実を表す。(中略)「月と六ペンス」では主人公は美の理想を追求し続け、そのために、世俗的な喜び、富、名声などを完全に無視し、投げ出す。(以下省略)

 確かにそのとおりだが、イギリスでは、結婚式へと向かう花嫁の左靴の中に6ペンスを入れておくことで「経済的にも精神的にも満たされ、豊かで幸せな人生をもたらす」と考えられていて、現在もその習慣が続いていることから、「六ペンス」は豊かで幸せな結婚生活を表しているとも考えられる。
 ところで、「月と六ペンス」の中での夫婦またはそれに準じる関係は3組である。
 1.画家ストリックランドとその妻
  ストリックランドは証券関係の仕事につき、平々凡々たる生活を送っていたが、突然、画家になるべく家族を捨てて、パリに行く。
  この場合、「月」は芸術、「六ペンス」は平凡だが幸せな結婚生活を表していると言える。
 2.語り手の友人、オランダ人のダーク・ストローブとその妻 Blanche(翻訳書では「ブランチ」と読まれている)。
  ローマのある公爵家で住み込みの家庭教師をしていたところ、そこの息子にたらしこまれ、妊娠するが、結局、追い出され、自殺を図る。だが、ストローブに見そめられ、結婚する。 
 公爵の息子は Blanche とは身分が違い、Blanche にとっては手の届かない「月」のような存在であろう。そんな公爵の息子と結婚するという夢が「六ペンス」といったところか。
 3.画家ストリックランドと Blanche
 Blanche は夫を捨てて、ストリックランドのもとへ走るが、ストリックランドはまるで狂気に取り憑かれたかのように絵のことしか考えず、Blanche は結局、捨てられ、自殺する。
 「月」(スペイン語 luna)は人の気を狂わせると考えられていた。その luna から派生したスペイン語 lunático(英 lunatic)は「精神異常の、気違いじみた」という意味である。
  この場合には、ストリックランドが「月」で表され、男を家庭に縛り付けておきたい Blanche が「六ペンス」で表されていると言えるだろう。 

 
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「月と六ペンス」のトリビア

2023-10-07 11:16:27 | トリビア
 今回はスパニッシュとは関係のない話である。
 1919年にサマセット・モームの小説「月と六ペンス」が刊行され、世界的な人気を博した。日本語にも翻訳されている。
 まずはタイトルの一部の「六ペンス」についての考察である。 
 6ペンスというと、現代の感覚では何とも中途半端な額である。
 イギリスの通貨はポンドだが、1971年に1ポンド=100ペンスに改定され、現在に至っている。現在のイギリスのペンス硬貨は1ペニー、2ペンス、5ペンス、10ペンス、20ペンス、50ペンスの6種で、当然ながら6ペンス硬貨はない。
 1971年以前は12ペンス=1シリング、20シリング=1ポンド、つまり240ペンス=1ポンドという、複雑な体系であった。
 ペンス硬貨には1ペニー、2ペンス(「タペンス」と発音される。ミュージカル『マイ・フェア・レディー』でイライザが歌う歌に「タペンス」が出てくる)、6ペンスがあった。1971年以前は6ペンス=半シリングなので、中途半端な額ではなかったのである。
 ところで、英語圏の童謡である『マザー・グース』の一編に「6ペンスの唄」( "Sing a song of sixpence") というのがある。数ある『マザー・グース』の中でも五指に入るほど愛唱されている唄で、通常愛唱されている唄は4連で構成されている(ウィキペディア「6ペンスの唄」より)。 
 このように6ペンス硬貨はなじみのある硬貨だったのである。
 6ペンス硬貨は、イギリスで1551年から1971年まで製造されていて、コインには歴代の王や女王が刻印されてきた。しかしながら、1971年に製造が中止され、幻の6ペンスとも呼ばれているようであるが、日本でも手ごろな価格で入手可能である。
 
 イギリスでは、童謡のマザーグースに出てくるサムシングフォー(“Something Four”和製英語)の歌の歌詞が由来となり、結婚式へと向かう花嫁の左靴の中に6ペンスを入れておくことで「経済的にも精神的にも満たされ、豊かで幸せな人生をもたらす」と考えられ、現在もなお、結婚式のラッキーアイテムとして人々に愛され続けているそうである。唄の詳細はリンクを参照されたい。

 
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