スパニッシュ・オデッセイ

スペイン語のトリビア
コスタリカ、メキシコ、ペルーのエピソード
パプア・ニューギニア、シンガポールのエピソード等

コスタリカの銀行(3)

2014-04-30 08:09:15 | コスタリカ
  日本の銀行の窓口はほとんどが女性だが、コスタリカの場合は逆にほとんど男性で、日本と同様ネクタイを締めていた。ただ、上着を着ている人はいなかったような気がする。
 サンホセ市は標高が高いので、昼でも暑くてたまらないということはない。一般家庭では冷暖房不要だが、銀行やオフィスでは冷房が入っていることもあった。
 銀行の窓口だが、日本では客と行員の間には仕切りのガラスはないのが一般的だったと思うが、最近ではガラス板が取り付けられるようになったようだ。下の方にいくらかスペースがあって、そこから現金などの受け渡しができる。
 コスタリカでは当然、仕切りのガラス(たぶん、防弾ガラス)が入っている。金銭の受け渡し用にガラスの下のカウンターの部分にくぼみを作っている。ガラスとカウンターの間に隙間を作るとピストルで脅されるからである。 

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コスタリカの銀行(2)

2014-04-29 11:51:45 | コスタリカ
  1980年当時は、コスタリカの銀行は Banco de Costa Rica(コスタリカ銀行)、Banco Nacional de Costa Rica(コスタリカ国立銀行)と Banco Anglo Costarricense (アングロ・コスタリカ銀行)の3つだったような気がする。

【Banco Anglo Costarricense。絵葉書より】
 よく利用したのはサンホセ市の中心部にある Banco de Costa Rica 本店と、コスタリカ大学の近くにある同 San Pedro 支店である。青年海外協力隊員のころは、利用したのはこれだけであるが、その後、女房殿の実家があるグアピレスの銀行も利用するようになった。田舎の支店は外国送金手続きをろくに知らない行員もいて、大変だった。
 さて、コスタリカの銀行の営業時間は日本とだいたい同じだったような気がする。ATMがないので、窓口(ventanilla。スペイン語で「窓」は ventana。ventanilla は「小窓」といったところだが、英語の teller より覚えやすい)に行くわけだが、最初のうちは窓口別に行列を作っていたが、スムーズに流れる窓口もあれば、時間がかかる窓口もある。それがいつの間にか、いわゆるフォーク並びになった。
 コスタリカは基本的にはヨーロッパ文化圏なので、行列のマナーはできている。ただし、年寄りは優先権があるようで、年寄りがやってくると、行員が声をかけて窓口に連れて行ってくれる。この習慣を利用して、年寄り同伴で銀行に行って、合法的割り込みをやっている輩もいる。女房殿の母親もよく赤の他人に自分の母親または祖母ということで、よく利用されているそうだ。
 パプアニューギニアでは行列を作らず、窓口にてんでに殺到していたものだが。

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コスタリカの銀行(1)

2014-04-28 13:44:09 | コスタリカ
  1980年ごろは日本にもATM(automated teller machine)という便利なものはなかったはずである。当然、コスタリカにもそんなものはなかった(今はある)。日本からの送金の引き出しに月に一度、銀行に通ったものである。こちらはドル口座からの引き出しである。また、現地の派遣先からの生活費が現地通貨のコロンで支払われる。こちらの方は小切手をもらって、銀行で換金していたような気がするが、記憶が定かではない。
 1980年ごろはコスタリカの銀行の入り口に警備員が数名いたかと思う。当時、治安はそれほど悪くなかったが、それでもものものしい雰囲気があった。 

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Matajudios(ユダヤ人殺し)という地名

2014-04-27 10:34:06 | スペイン語

  先日、上のような記事が英字新聞に出ていた。
 Matamoros という姓について述べたが、今度は Matajudíos (マタフディオス、ユダヤ人殺し)という、スペインにある町の名前である。この地名は初めて聞いたが、姓は聞いたことがない。
 ところが、コロンビアでは Matajudíos という姓はそう珍しくはないそうである。出所は以下のHP。
 http://www.jewishjournal.com/tag/matajudios
 さて、記事によると、もとは Motajudíos (ユダヤ人の丘)だったのが、Matajudíos (ユダヤ人殺し)に変えられたとのことである。さすがにこれはナチのホロコーストを連想させるので、まずいだろう。
 もとの Motajudíos (ユダヤ人の丘)に戻すかどうか、5月25日に住民投票が行われるそうである。結果が楽しみである。 

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コスタリカの通貨

2014-04-26 11:13:54 | コスタリカ
  コスタリカの通貨単位はエル・サルバドル同様、コロン(colón)という。これは、コロンブスに由来している。アクセント記号(tilde)のない colon は記号の「コロン(:)」、または、「結腸」という意味である。コロン(Colón)はコロンブスのスペイン語形である。クリストファー・コロンブス(Christofer Columbus)はスペイン語では Cristóbal Colón である。ちなみにイタリア語では Colombo となる。あの「刑事コロンボ」である。
 「1コロン(un colón)」、「2コロン(dos colones)」は言ってみれば、「1福沢」、「2福沢」というようなものだろうか。
 スーパー(super mercado「スーペル・メルカード」。super だけでも通じる)や雑貨屋(pulpería)などでのちょっとした買い物ならば、現地通貨のコロンが使われるが、家電製品や車などの高額の商品は、最近ではドル表示になっているようだ。当然、ドルはそのまま使える。

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ラテンアメリカの通貨

2014-04-25 11:40:04 | トリビア
  スペイン語圏の通貨の単位としては、ペソが有名である。メキシコ、アルゼンチン、キューバ、ウルグアイ、コロンビア、チリ、ドミニカ共和国で使われている。フィリピンもかつてはスペイン語圏だったので、貨幣単位は“piso”だが、これはスペイン語の“peso”に由来する。ペソ(peso)は重さという意味の名詞である。ユーロ導入前のスペインではペセタ(peseta)が通貨の単位であったが、これは「小さい」という意味の縮小辞がついた“peso”の派生語である。
 “peso”のほかには人名に由来する通貨単位がよく使われている。ボリビアはシモン・ボリバル(Simón Bolívar)の姓をそのまま通貨単位にしている。ボリバルの片腕ともいえる、アントニオ・ホセ・デ・スクレ(Antonio José de Sucre)の姓、“De Sucre”の“Sucre”を貨幣単位にしたのが、エクアドルである。最近では独自通貨のスクレをやめて、米ドルを通用させているようだが。ホンジュラスのレンピラ(Lempira)はスペイン人と戦ったレンカ族のリーダー、レンピラに由来しているとか。
 パラグアイは個人名ではなく、グアラニ(Guaraní)という先住民族名が通貨名になっている。
 コスタリカの隣国パナマの通貨単位はバルボアであるが、バルボア紙幣はなく、米ドル紙幣が流通している。1バルボア=1ドルである。バルボアもやはり人名由来で、バスコ・ヌニェス・デ・バルボア(Vasco Núñez de Balboa)という、パナマ地峡を横断したスペインの探検家の姓から取っている。「バルボア」というと、シルベスター・スタローン主演の、あの「ロッキー」の姓であるが、シルベスター・スタローンという名前についてのトリビアは、後日、取り上げよう。

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40 (cuarenta)

2014-04-24 10:11:03 | トリビア
 四旬節(Cuadragésima)についてはすでに述べたが、Cuadragésima という語は小文字で始めると「40番目」という意味になる。「~番目」という序数は10までは普通に使われるが、数が大きくなるとあまり目にしなくなる。しかしながら、「40番目」だけは特別である。
 「四旬節」は別にして、イエスが荒野ををさまよって修行したのは40日間である。キリスト教にとって「40」という数は特別のようである。ドン・キホーテが読みふけったという「ティラン・ロ・ブラン」にも40という数がよく出てくる。「検疫」を表す英語は quarantine だが、これはイタリア語の「40日間」に由来する。スペイン語では cuarentena でやはり、「40」をあらわす cuarentaからの派生語である。ベネツィアには40人委員会というのもあったそうだ。
 スペイン語の cuarentena は本来の意味の「40日間」のほかに、英語同様「検疫」という意味もあり、また、「四旬節」の意味もある。
 「四旬節」はスペイン語では Cuadragésima、cuarentena のほかに cuaresma という言い方もあるが、日常用語では cuaresma が普通のようだ。
 「40」という数が特別なのは何もキリスト教に限ったことではない。
 『千夜一夜』でも「40」という数がよく出てくる。中でも「アリババと40人の盗賊」が最も有名だろう。
 中近東一帯では昔から「40」という数が特別重要だったのではないだろうか。
 ちなみに、テニスの得点は0,15,30,45と数えていくが、もとは時計の文字板の長針を90度ずつ回転させて得点を表していたらしいことについても触れた。その際、45(forty-five、スペイン語では cuarenta y cinco)では長いので、40(forty, cuarenta) に縮めたらしいと書いたが、単に短くしただけではなく、「40」という特別な数にしたかったのかもしれない。

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四旬節と謝肉祭

2014-04-23 09:32:40 | トリビア
 四旬節(Cuadragésima「クアドラヘシマ」、英語では Quadragesima。Lent ともいう)は日本人には全くなじみがない、キリスト教の行事である。「四旬」の「旬」は10日間の意味で、「四旬」とは文字どおりには40日間の意味である。1年のどの期間に相当するかというと、復活祭の前の40日間である。「灰の水曜日」(Miércoles de ceniza、英語ではAsh Wednesday)から復活祭の日曜日の前日の土曜日までの40日間だが、土日はカウントされないので、実際には46日になるとか。
 この間、昔の人はおとなしくしていなければならなかったのだが、現代人には1か月半の質素な生活は長すぎる。というわけで、コスタリカでもメキシコでもペルーでも、四旬節は日常生活で意識したことはない。
 この質素な生活に入る前のどんちゃん騒ぎがカーニバルというわけである。「カーニバル」は「謝肉祭」とも訳されるが、「カーニバル」(英 carnival)はスペイン語では carnaval で、carne(カルネ、「肉」)という言葉に由来する。「カーニバル」という言葉はイタリア語の“carne, vale”(肉よ、さらば)に由来するんだとか。
 さて、「謝肉祭」というと「死んで、肉をくれた動物に感謝する」意味かと思うのが一応仏教徒である日本人の感覚だと思うが、キリスト教の感覚では、そうではなさそうだ。やはり、ここは肉を恵んでくださった神様に感謝するということだろうか。
 カーニバルというと、リオのカーニバルが有名だが、コスタリカにもあることはある。

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復活祭(2)

2014-04-22 09:26:03 | トリビア
  イエスが復活した日曜日(Domingo de Resurrección)の2日前がイエスの受難(Pasión)の金曜日である。この日は肉を食べないことになっている。筆者などは肉など食べなくても平気である。大トロ、ウニ、カニ、イセエビなどの方がずっといい。こんなことを女房殿に言ったところ、肉に代表される豪華な食事をしないのが本来の趣旨であるとたしなめられた。
 さて、復活祭の週 Semana Santa の間は、レストランや店はほとんど全て閉まる。ガソリンスタンドも休業するところが多い。昔は、この期間は海水浴に行くなどもってのほかだったそうだが、今では、日本の盆休みのようにレジャーに行く人も多い。
 映画館という映画館、また、テレビ映画もこの期間だけは、「ベン・ハー」、「天地創造」、「十戒」などの宗教映画一色になる。コスタリカはカトリックが国教である。ちなみにメキシコもカトリックの国であるが、教会の力を制限する意味からか、国教に指定されていない。国教に指定されていようがいまいが、信教の自由はある。とはいっても、プロテスタントが少数いるだけだが。プロテスタントはスペイン語では正式には protestante と呼ばれるが、コスタリカでは、やや軽蔑的に pandereta(本来の意味は「タンバリン」、タンバリンをたたきながら、祈祷や儀式をやっていたからだろうか) と呼ばれている。
 熱心なキリスト教徒というと、聖書は必読のように思われるだろうが、コスタリカではカトリック教会が聖書を読まないように指導していたという。理由は、聖書はいろいろな解釈が可能で、教会の解釈と違うとまずいかららしい。聖書を読むのはもっぱらプロテスタントだそうだ。
 ちなみに、イースター島のことはスペイン語では Isla de Pascuas という。単にイースターの時にヨーロッパ人に発見されたからである。

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復活祭(Pascuas)

2014-04-21 12:52:58 | コスタリカ
  ラテンアメリカはカトリック圏である。中でも、コスタリカはカトリックを国教としている。
 コスタリカの祝祭日で特に重要なのはクリスマスと復活祭である。クリスマスは日本でもなじみがあるが、復活祭は移動祝祭日(年によって日付が変わる)ので、日本ではあまりなじみがない。コスタリカでは復活祭のほうが休みの期間が長く、こちらのほうがクリスマスより重要な感じがする。
 今年のイースターサンデーは4月20日だった。復活祭の週はスペイン語では Semana Santa (セマナ・サンタ、直訳すると「聖週間」、つまりイースター)という。日本ではお盆のような感覚だろうか。木曜日から日曜日まで休みになる。春分の日の後の最初の満月の次の日曜日が、キリスト復活の日であり、その2日前の金曜日がキリストの受難の日である。この間、熱心なカトリック信者は肉を食べないで、魚を食べる。
 Semana Santa の間は、レストランや店はほとんど全て閉まる。ガソリンスタンドも休業するところが多い。昔は、この期間は海水浴に行くなどもってのほかだったそうだが、今では、日本の盆休みのようにレジャーに行く人も多い。
 復活祭の前に四旬節(Cuadragésima、英語では Quadragesima)というものがあり、その前にカーニバルがあるのだが、それについては次回。

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コスタリカの鉄道(Ferrocarril)(6)

2014-04-20 11:00:27 | コスタリカ
  太平洋線には終点に近いカルデラ(Caldera)というところまで乗った。始発駅はサンホセ市の南部の郊外に近いところで、駅のそばに材木屋があった。大西洋線の始発駅のほうがまだ街中にあったが。
 このときの旅は総勢10人以上の友人たちと一緒である。大西洋線と同様、朝出て、夕方、目的地に着いた。車内では友人たちとの歓談で、外の景色を見るのがおろそかになってしまったのが残念である。こちらのほうは大西洋線と違って、標高が下の方へ降りていくだけで、景観は大西洋線と比べるとやや単調だったことも外の景色を見るのがおろそかになった一因かもしれない。この路線はまだ残っているので、今度はぜひとも終点のプンタレーナスまで乗ってみたいものである。

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コスタリカの鉄道(Ferrocarril)(5)

2014-04-19 09:50:07 | コスタリカ
  さて、鉄道の旅はリモンへと続く。シキーレスからは景色が一変する。ジャングルやバナナ園の中を通り抜ける。そもそも大西洋線はバナナをリモン港に運搬するために建設されたのである。シキーレスからは気温も高くなる。線路も直線が多くなるので、スピードもアップする。シキーレスからリモンまでは割りと早く着いたような気がする。サンホセを出てからトータルで9時間ぐらいかかっただろうか。朝早く出て、夕方着いた。帰路はさすがに疲れていたので、飛行機を利用したかと思う。
 この路線は現在、廃線となり、線路もくず鉄として売るためにだいぶ引っ剥がされているとか。残念なことである。アメリカ人やドイツ人の観光客が多いので、観光用に復活してもらいたいのだが。

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コスタリカの鉄道(Ferrocarril)(4)

2014-04-18 09:30:14 | コスタリカ
  トゥリアルバを出発して、いよいよ終点のリモン方面に向かうわけだが、途中にシキーレス(Siquirres)という町があり、大西洋線はここで分岐する。一つはリモンに向かう本線で、もう一つはシキーレスから左に曲がって、グアピレス(Guápiles)という町に向かう。グアピレスは女房殿の実家がある町で、子供のころ、この路線を利用して、サンホセまで9時間もかけていったことがあるらしい。この路線は大回りになるので、かつてはグアピレスからサンホセまで小型飛行機も運行されていたが、今ではグアピレスとサンホセを結ぶ近道の高速道路ができ、1時間少々で行けるようになっている。この道路の、サンホセ寄りのくねくね曲がっている部分が「ゴルゴ13」の狙撃地点に選ばれていたことはすでに述べた。
 高速道路が開通したので、この路線(シキーレス~グアピレス間)は現在、廃線になっている。

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コスタリカの鉄道(Ferrocarril)(3)

2014-04-17 12:50:33 | コスタリカ
  太平洋線にも大西洋線にもそれぞれ一度乗ったことがある。最初に乗ったのは大西洋線で、友人たちと4人で終点のリモンまで乗った。運賃も安かったような気がする。1日に1~2本の運行なので、特急、急行、普通の区別などない。サンホセからカルタゴまでバスなら1時間以内で行けるのだが、国道のずっと北の山のほうを走るので、2時間どころか、もっとかかったような気がする。それでもめったに見られない(もう列車からは見ることができない)景色を楽しむことができた。
 カルタゴからさらにトゥリアルバ(Turrialba)という町まで、さらに標高の高い、起伏に富んだところを走る。トゥリアルバは山地を越えて、少し降りたところにある。ここでしばらく停車した。すると、少年たちが軽食を売りにやってきた。駅弁というものはない。駅にキオスクというものもない。大して腹の足しにはならないが、それでも空腹よりはましなので、何か買った。何を買ったかは全然覚えていない。
 写真を見て想像がつくと思うが、列車にエアコンはない。高原地帯ではエアコンはいらない。標高が低くなると暑くなるが、窓を開けるだけでだいぶ涼しくなる。そういえば、観光バスはどうか知らないが、一般庶民の乗るバスにはエアコンはなかったはずだ。今はどうだろうか。


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コスタリカの鉄道(Ferrocarril)(2)

2014-04-16 11:10:49 | コスタリカ
  太平洋線も大西洋線も1980年当時、運行本数が一日に一本か、二本しかなかった。どちらの路線も列車のスピードは遅かった。バスの方がよほど早く、バスの便は鉄道よりずっと多い。大西洋線の場合、列車は市街地から中央高原を抜けると、山間を縫って走るので、直線はほとんどないし、当然、トンネルもほとんどない。山岳地帯を抜けて、平原に入ると、やっとカーブが少なくなる。
 車両も古いタイプで、トイレはかつての日本と同様、爆弾投下型で、停車時には一応、使用禁止である。また、市街地を運行するときはスピードもゆっくりで、街を走る車も少なかったので、遮断機などは一つもなかった。列車は汽笛を鳴り響かせながら、走ってくる。
 赴任当時は大西洋線の線路のすぐそばのボロい下宿屋に1か月住んでいたので、真夜中に列車が通過する汽笛が大音響で聞こえたものである。 

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