明日できること今日はせず
人形作家・写真家 石塚公昭の身辺雑記
 



創作することにより、私は何をしにこの世へ?について少しでも解明に向かうとしたら、そのこと以上に興味を持てる事物などあろうはずがない。ただでさえ、小学時代を通じ、興味があること以外は関心がない、と通知表に書かれ続けた私は、せめて関心があるフリぐらいせよ、という母の教え(直接そういわれた訳ではなく、その顔色から判断すると)により、様々なタックルをかわして来たが、この期に及んで、そんな演技プランはもう必要ない。そもそも寒山拾得を作ろうなんて人間が、そんなフリして生きているなんてことは、寒山拾得を百ニ点も描いた人物を見るまでもなく、おかしな話である。 一休和尚ば朱鞘の大太刀と酒の入った瓢箪を持たせることにした。子供の頃、テレビ時代劇で、八名信夫がいつも瓢箪ぶら下げて酒を飲んでる浪人みたいなのをやってたな、と検索したら『新諸国物語 紅孔雀』だった。



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