明日できること今日はせず
人形作家・写真家 石塚公昭の身辺雑記
 



アダージョ次号用の背景に、と考えた場所は撮影の許可が下りそうである。正式な依頼書を送ってもらうことに。今回は8号の志ん生以来の室内撮影である。撮影に集中したいこともあり、今回はライターのFさんが立ち会ってくれることになった。
頭部が仕上げを残し形になってきている。横溝で完成といっては、やり直しが続き懲りたので、完成したとはいいにくい。この人物、私には中央公論のイメージが強く、さすがに社内に写真が残っているようなので、明後日、中央公論新社に見に行くことにした。しかしほぼ完成というところに新資料、というのはかなり危険である。私のことだから、アレッと思ったら、いじらないわけにはいかないであろう。それがきっかけに、完成目前がもろくも崩れ元も子もなくなる。ということは充分考えられることだし、実際そういうことは、一度や二度ではない。そう思うと、怖い物を見る時のように、薄目を開けてボンヤリと資料を見たいくらいだが、それを押しても見なければならない。私が制作にあたって参考にした写真は、当然360度写されているわけではなく、年代も色々である。その隙間を埋めるのは想像力しかないわけだが、想像力の及ばないところが、出っ張っていたり引っ込んでいたりしている可能性もある。そう思うと見られる資料は見ておかなければならない。 結果、収拾がつかなくなり、この雑記を書いていた時に戻りたい、なんてことだけは避けなければならない。

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