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金容成のブログに引用されたお父様のみ言から読み解く”真実” 2 父子協助時代を迎えるための2000年からのみ言葉

2018-03-31 01:09:27 | 金容成のブログに引用されたお父様のみ言から読み解く”真実”

金容成のブログに引用されたお父様のみ言から読み解く”真実” (雪風さん)

2 父子協助時代を迎えるための2000年からのみ言葉

 

資料:み言選集 314229ページ 2000.1.14

<中略>血統が連結されてアダムの相続を受けますが、私が地上世界を踏み越え、永遠なるアボジの世界、父子時代に入ったのです。父子時代はここで繰り広げられるのです。<中略>ですから、母子時代は蕩減時代であり父子時代は栄光の時代であるというのです。その為、新千年を中心として傘寿に向かった解放の時代に移るのです。移ったので、7年以内に全てのことを整備しなければならないというのです。

地上天国、万民が神様の国の家で、世界の家で共に暮らすことのできる兄弟の心情圏で、国境と宗族、民族、文化、習慣性など、全ての事を均一的に新出発するので、神様が主管することのできる新天新地となるのです!アーメン!「アーメン」アーメン大きく。「アーメン!」もう一度。「アーメン!」

 資料:み言選集 314229ページ 2000.1.14

 

 

 

お父様は父子協助時代の初期である200036日、父子協助時代最大のカギはお母様の責任分担完成であることを明らかにされた。

 

最後にはオモニが問題となります。オモニが堕落したので外れるのです。息子がオモニを呼び立てることができ、アボジもオモニを呼び立てることができるのです。今まで、それが復帰されませんでした。オモニに対して息子がそうすることができず、アボジがそうすることができないのに、今、堕落したエバを中心として、これを脱しなければなりません。

資料:み言選集 318172ページ 2000.03.06 <父子協助復帰時代>

 

アダムが果たせなかった創造本然の長子権、父母権、王権を復帰し、アダムとエバが堕落する前の創造本然の摂理環境を復帰しなければ、父子協助時代を開門することができないということが、お父様の父子協助時代開門の背景の重要な教えである。

お父様は、神様の摂理史になぜ父子協助時代が来なければならないのかを、200036日と20021010日に繰り返し語られた。つまり、父子協助時代は国を探したてる時代であり、その国を探したてる責任はアボジではなく、息子にあると、次のよう語られた。

 

母子協助時代には、まだ国がありません。国を探したてるには、父子協助時代に入らなければなりません。

 資料:み言選集 318172ページ 2000.03.06 <父子協助復帰時代>

 

堕落する前、アダムとエバが3段階の成長期間を経て完成しなければならなかったように、真の家庭が創造本然のモデル的理想家庭を完成させる為の摂理的絶対条件があったというのがお父様の主張である。それは、真の家庭全員がアダム家庭の失敗を解怨しなければならないというものである。 真の家庭において、お父様、お母様、顯進様、國進様、亨進様がまさにその方々である。 お父様は、1990年〜1999年までの10年間で父子協助時代を迎える為の蕩減を終了され、蕩減のない父子協助時代を迎えようとされた。

したがって、1990年代までは蕩減復帰摂理を終了し、蕩減のない父子協助時代を準備する時代であった。お父様の本然の責任分担である長子権、父母権、王権の復帰もこの時期に完了した。そしてお母様も同じ時期に、責任分担を完了されることを望まれた。

お父様は、お母様がエバの失敗を蕩減する責任分担を1999年までに完遂される為、1960年の聖婚直後から40年の間、原理を全く知らないお母様の為に全力を尽くして教育し、導いて来られたことを、2001418日、以下のように証言された。

 

オモニを中心として40年です。 40年の期間にこれをしなければなりません。アダム家庭で、一代で理想的夫婦として立つことができず、堕落した夫婦として世界をだめにしてしまい、4千年の歴史を再臨の時まで引っ張ってきたことを、今、先生夫婦が整備しなければならないのに、オモニ、原理が分かりますか?原理が分からないのです。何も分かっていません。先生が教育しながら、夫の役割もしなければならず、家長の役割もしなければならず、宗族長の役割もしなければならず、宗教圏代表、天の全権を中心として代表に立ったと考えた時、どれほど深刻だったか考えてみてください。

  資料:統一世界  2001 25ページ <一代清算> 2001.4.18米国イーストガーデン

 

お母様をお父様の基準にまで引き上げる為に非常に努力されたにもかかわらず、お母様はこれを受け入れることが出来なかったので、お父様は、言葉では表現することのできない苦痛に満ちた歳月を送られたと証言された。お父様はお母様を、父子協助時代に合わせて責任分担を完遂されるよう42年以上、全力を尽くしてお母様を指導された。

 

先生はそれを知っていたので、先生の基準にまでオモニを引き上げてあげるのです、嫌だと言っても。引き上げてあげて、引き上げてあげて、このようにして続けていくのです。その為、荷物を積んだ車の車輪が一つ故障しても、荷物を積んで倒れずに目的地にさえ行けばいいのです。分かりますか?支障があっても、音がしても。音がするからと言ってそれを処断することはできないです。

資料:み言選集 367263ページ 2002.1.24 ハワイ キングガーデン

 

ですから、そのような音がしないように修理して、代わりにできることは代わりにしてあげるのです。少しでも進むことができるように、楽しくして越えなければならないのです。ですから、絶対に引っかかってはならないというのです。オモニはそのようなことがよく分かっていません。たくさん、先生が我慢して越えていかなければなりません。それをオモニは知りません。それが何であるのか分かっていません。

資料:み言選集 367264ページ 2002.1.24 ハワイ キングガーデン

 

事実がこうであるにもかかわらず、お母様は、201317日の新年祝賀会で、お父様が42年間、お母様の為の教育に誠精を尽くされた内容を公然と否定された。これは40年間、原理が全く分からないお母様の為に苦労したというお父様の主張を正面から否定されるみ言である。 直接的に表現すれば、お父様の主張は偽りであるという意味である。お母様は、お父様の血統までも軽視され、お母様に協助した人は、唯一、大母様だけであると主張された。またお母様は、すでに純血な血統として、準備された環境の中で生まれ育ったので、神様と一問一答しながら、摂理を全て知っており、お母様の使命が何なのかもだ知っていたと主張された。その為、お父様から教育を受けたことがないと、20121212日、20121225日、201317日、世界の指導者と韓国の牧会者が集まった中で、お父様から教育されたことはないと、同じ内容を繰り返して主張された。彼らは歓呼し、み言をメモすることに余念がなかった。 偽りが統一教会の現場で真実となる瞬間でもある。

 

お母様のこの主張は何を意味するのだろうか。 独生女はひとり子によって再創造されなければならないというお父様の主張を考えると、お母様は独生女ではないとお母様自らが告白されているのと同じである。

 

イエスはひとり子になりましたが、ひとり子に相対できる独生女がいましたか?救援歴史は復帰であると言いました。独生女はどこにいますか?堕落した者です、堕落した者。

資料:み言選集 39436ページ 2002.10.06<絶対信仰、愛、服従と祖国光復の道>

 

神様の長子が生まれたというのです。しかし、ひとり子は生まれましたが独生女がいませんでした。独生女がいましたか?サタンが奪っていきました。これを取り戻さなければなりません。アダムの相対を、アダムに似た者を失ってしまったので、アダムの為に作られた者を失ってしまったので、アダムが取り戻さなければなりません。

資料:み言選集 34660ページ 2001.06.21 <神様王権即位と真の父母>

 

男が出てきたので女を見つけなければなりません。女を失いませんでしたか?サタン世界で女を探そうとすれば、再創造して準備しなければならないのです。

資料:み言選集 342235ページ 2001.01.12 <真の父母と神様王権即位式>

 

お母様は本当に、お母様の天宙史的な責任分担を具体的にご存じなかったのだろうか?

お母様は分かっておられたはずである。

 

 

 

 

 

2 20160323日金容成ブログ 

 

2000年以前のみ言葉  神様の摂理原則

 

 お父様は、真の家庭は理想的な真なる夫婦がいなければならず、さらに理想的な真なる父母となり、神様を中心とした人類大家族を成し、アダム文化圏の平和世界を成就しなければならないと語られた。したがって、真なる家庭は人類の願いであると同時に神様の願いであり、真の愛と真の生命の始原となって人類の平和と幸福の起点となると語られた。

資料:み言選集 29467ページ 1998.06.11 <家庭と世界平和>

 

1999913日、お父様は父子協助時代の到来を語られたが、お母様はいなくてもいいとされ、どこからでも探してくることができるとされた。これは、お母様が本然の位置を離脱され、教権勢力とお母様を懸念されたみ言として、み言選集の様々なところに記録されている。

 

今まで蕩減復帰時代は母子協助時代でした。これからの天国時代は父子協助時代です。オモニの意見は通じません。アボジの意見が絶対に通じるようになっています。

資料:み言選集 311291ページ 1999.09.13 <父子協助時代>

 

これは遊びではありません。この膨大な内容を先生が全部合わせて、影が残らないように一人歩んできたことを誰か知っている人がいますか?誰も知りません。神様と先生だけが、その次にはサタンが知っているというのです。エバがこのようなことを知っていたならば、復帰されたというのです。今、オモニが一人で出てきたらどうしますか?収拾する道理がないのです。オモニも絶対信仰、絶対愛、絶対服従です。自己を中心にお父様に絶対信仰、絶対愛、絶対服従ではありません。

 

それまで、オモニは絶対について来なければなりません。<中略>ですから、ここにいるお母様が自分の考えを持って巣をつくれば問題が大きいというのです。先生はそこに引っかかりません。それを乗り越えます。山を再び作るのです。今、完成時代に入って、お母様が責任を果たせなければ、お母様はいくらでも後継者がいっぱいいるのです。

資料:み言選集 312177ページ 1999.10.15 <祝福を通した摂理>

 

お父様は父子協助時代の初期である200036日、父子協助時代最大のカギはお母様の責任分担完成であることを明らかにされた。

 

最後にはオモニが問題となります。オモニが堕落したので外れるのです。息子がオモニを呼び立てることができ、アボジもオモニを呼び立てることができるのです。今まで、それが復帰されませんでした。オモニに対して息子がそうすることができず、アボジがそうすることができないのに、今、堕落したエバを中心として、これを脱しなければなりません。

資料:み言選集 318172ページ 2000.03.06 <父子協助復帰時代>

 

アダムが果たせなかった創造本然の長子権、父母権、王権を復帰し、アダムとエバが堕落する前の創造本然の摂理環境を復帰しなければ、父子協助時代を開門することができないということが、お父様の父子協助時代開門の背景の重要な教えである。

 お父様は、神様の摂理史になぜ父子協助時代が来なければならないのかを、200036日と20021010日に繰り返し語られた。つまり、父子協助時代は国を探したてる時代であり、その国を探したてる責任はアボジではなく、息子にあると、次のよう語られた。

 

母子協助時代には、まだ国がありません。国を探したてるには、父子協助時代に入らなければなりません。

 資料:み言選集 318172ページ 2000.03.06 <父子協助復帰時代>

 

アダムが果たせなかった創造本然の長子権、父母権、王権を復帰し、アダムとエバが堕落する前の創造本然の摂理環境を復帰しなければ、父子協助時代を開門することができないということが、お父様の父子協助時代開門の背景の重要な教えである。

 お父様は、神様の摂理史になぜ父子協助時代が来なければならないのかを、200036日と20021010日に繰り返し語られた。つまり、父子協助時代は国を探したてる時代であり、その国を探したてる責任はアボジではなく、息子にあると、次のよう語られた。

 

母子協助時代には、まだ国がありません。国を探したてるには、父子協助時代に入らなければなりません。

 資料:み言選集 318172ページ 2000.03.06 <父子協助復帰時代>

 

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金容成のブログに引用されたお父様のみ言から読み解く”真実” 1 父子協助時代を迎えるための2000年以前のみ言葉

2018-03-29 23:32:48 | 金容成のブログに引用されたお父様のみ言から読み解く”真実”

金容成のブログに引用されたお父様のみ言から読み解く”真実”(雪風さん)

 

1  父子協助時代を迎えるための2000年以前のみ言葉

 

お父様が経綸された摂理が神様の摂理原則であることを知ることのできる根拠は数多くあるが、その中で最も重要なことは摂理の一貫性である。ただ一つの目標に向かって一貫性のある摂理を経綸された。お父様が1999年度に言及された父子協助時代の原初的み言は1970年に語られた。

 

統一家の混乱は摂理原則から逸脱している為、必然的に起こるしかない事態であった。したがって、神様の「摂理原則」を知らなくては、統一家の混乱を克服することは不可能である。また父子協助時代に、お父様が経綸された摂理原則を知らずしては、これからの神様の摂理に参加することもできない。もしも理解できないまま参加すれば、統一家の混乱は繰り返されるしかない。神様の摂理原則は、地上に真の家庭を立てることである。アダムとエバの失敗を蕩減しなくては真の家庭となることができない。

 

19701019日、お父様は、堕落した人間が探したてなければならない最高の目的地は真の家庭であると語られた。真の家庭を通さなくては本然の世界に戻ることができないということがお父様のみ言の不変原則であった。

資料:み言選集 35214215ページ 1970.10.19 <聖酒式と血統復帰>

 

エデンの園においてアダムとエバが堕落しなかったならば、神様とアダムとエバは、父子協助が成就されると共に夫女協助が成就されたことでしょう。父子協助、夫女協助が成就され、一体となって愛を中心とした夫婦協助が成就されたならば、その基盤の上に子女の基盤が開かれ、四位基台が成就されたでしょう。これが創造原理です。イエス様がこの地に来られた時は母子協助の基準しかありませんでした。今までの歴史には父子協助がありませんでした。

資料:み言選集 36144ページ 1970.11.25 <心情の女王>

 

神様は父母ですが、エバが堕落することによって父母協助の基準が壊れてしまいましたか、壊れませんでしたか?また、夫婦協助の基準が壊れてしまいましたか、壊れませんでしたか?では、父子協助の基準は壊れてしまいましたか、壊れませんでしたか?全て壊れてしまいました。

資料:み言選集 36267ページ 1970.12.06 <時期と使命>

 

お父様はこの父子協助時代を2006年まで、37年間一貫して言及され、父子協助体制を構築されようとされた。だからお母さまは、1970年から父子協助時代が来ることを知っておられた。堕落によって失われたものが本然の父子協助時代であるので、摂理の中で必ず来なければならない時代である。失われた父子協助時代を再び探したてたのがお父様である。み言によると、お父様は、復帰された父子協助時代は堕落とは縁のない創造本然の時代であると語られた。

 

お母様は13歳でお父様にお会いされた。お母様の主張によれば、神様と一問一答をする関係であったので、17歳の時、お父様にお会いした時はすでに、お母様自らが、お母様の使命が何であるのかを知っていたという。

心の中で、神様の摂理を終わらせようと、新時代を開こうと決心された方である。このような考えを持ち、1960年に聖婚されて以来、お父様と共に生活されたのであるならば、どうしてお父様はお母様のそのような心情を知ることができなかったのだろうか?

1988103日、お父様とお母様が聖婚されて30年近く経った時、お父様はお母様と、み旨的に、心情的にひとつになれなかったと証言されている。

 

先生の所有がありますか、ありませんか?「ありません」オモニは何ですか?オモニは誰の女性ですか?私はオモニもまだ所有を決定していないと見ています。息子も。<中略> その位置で本然のオモニの姿を持ったと、私は思いません。

資料:み言選集 181267ページ 1988.10.03 <世界統一国開天日のみ言>

 

さらにお父様は、お母様をお父様の基準に合う本然の位置にまで引き上げるという責任感ゆえに、どれほど悩まれたのかを以下のように語られた。この時が聖婚されてほぼ30年が経った時であった。お母様が遂行されなければならない本然の責任分担である為、干渉することができなかった状況であると見るしかなかったお父様の切ない心情を垣間見ることができる。

 

妻が失敗すれば、妻が失敗したことに対する処断法を立て、収拾し、その本然の基準に一致できる過程を連結させなければならない責任がここに立っている夫、男の責任であり、アボジの責任であることを知っているので自信が持てません。一面は、私が見ているのです。「どうか上手くいきますように」とです。

 資料:み言選集181267ページ 1988.10.03 <世界統一国開天日のみ言>

 

お母様は本当に、お母様の天宙史的な責任分担を具体的にご存じなかったのだろうか?

お母様は分かっておられたはずである。

 

1998611日のお父様のみ言は、より直接的で具体的である。堕落した人類が本然の姿に戻る復帰の目的は、アダム家庭の復帰完成にあると語られた。その為、神様は国と世界を探したてる前に神様の相対を探したて、中心家庭を探したてなければならないと語られた。

資料:み言選集29467ページ、19980611<家庭世界平和>

 

さらに、人間が本然の真の家庭をたてることができなければ、理想的な国も、理想的な世界もたてることができないと語られた。したがって、地上に本然の真の家庭を立てることが神様の摂理原則である。資料:み言選集 29467ページ 1998.06.11 <家庭と世界平和>

 

お父様は、真の家庭は理想的な真なる夫婦がいなければならず、さらに理想的な真なる父母となり、神様を中心とした人類大家族を成し、アダム文化圏の平和世界を成就しなければならないと語られた。したがって、真なる家庭は人類の願いであると同時に神様の願いであり、真の愛と真の生命の始原となって人類の平和と幸福の起点となると語られた。

資料:み言選集 29467ページ 1998.06.11 <家庭と世界平和>

 

1999913日、お父様は父子協助時代の到来を語られたが、お母様はいなくてもいいとされ、どこからでも探してくることができるとされた。これは、お母様が本然の位置を離脱され、教権勢力とお母様を懸念されたみ言として、み言選集の様々なところに記録されている。

 

今まで蕩減復帰時代は母子協助時代でした。これからの天国時代は父子協助時代です。オモニの意見は通じません。アボジの意見が絶対に通じるようになっています。

資料:み言選集 311291ページ 1999.09.13 <父子協助時代>

 

エバがこのようなことを知っていたら復帰されていたのにというのです。今、お母様が一人で出てきたらどうしますか。収拾する道理がありません。お母様も絶対信仰⋅絶対愛⋅絶対服従です。自分を中心としてお父様への絶対信仰⋅絶対愛⋅絶対服従ではありません。

それまでお母様は絶対について来なければならないというのです。<中略>ですから、ここにいるお母様が自分の考えを持って巣をつくるようになれば、問題が大きいというのです。先生はそこに引っかかりません。本当にそうであるならば、それを乗り越えて行きます。山を再び作るというのです。今、完成時代に入って、お母様が責任を果たせなければお母様の後継者はいくらでもいっぱいいるのです ]

み言資料;み言選集312177ページ.1999.10.15

 

上記のお父様のみ言は、19991015日にお母様を心配されてのみ言である。お母様が自分の考えを持って巣を作れば、お父様は決してそこには引っかからず、天道を中心に摂理を経綸することを断固とした意志で表明されたみ言である。

このみ言は、199964日、韓国の蚕室(チャムシル)室内体育館で開かれた「真の父母様天宙勝利祝賀宣布大会」において、お父様から「天の前に真の子女の使命、夫の前に真の妻の使命、そして子女たちの前に真の父母の使命を果たされた」という宣言を受け、表彰杯を授与されたことで知られた後のみ言であるからこそ複雑である。

 

 

これは遊びではありません。この膨大な内容を先生が全部合わせて、影が残らないように一人歩んできたことを誰か知っている人がいますか?誰も知りません。神様と先生だけが、その次にはサタンが知っているというのです。エバがこのようなことを知っていたならば、復帰されたというのです。今、オモニが一人で出てきたらどうしますか?収拾する道理がないのです。オモニも絶対信仰、絶対愛、絶対服従です。自己を中心にお父様に絶対信仰、絶対愛、絶対服従ではありません。

 

<お父様一人で歩んで来た>

 この膨大な内容を先生が全部合わせて、影のないように一人で歩んで来たことを誰か知っている人がいますか?誰も知りません。神様と先生だけが、その次にサタンが知っているのです。エバがこのようなことを知っていたら復帰されていたのに、と言うのです。今、お母様が一人で歩んだらどうしますか。収拾する道理がないのです。お母様も絶対信仰・絶対愛・絶対服従です。自分を中心としてお父様に対する絶対信仰・絶対愛・絶対服従ではありません。それまでお母様は絶対について来なければならないというのです。<中略>ですから、ここにいるお母様が自分の考えを持って巣をつくれば問題が大きいというのです。先生はそこに引っかかりません。それを乗り越えます。山を再び作るのです。今、完成時代に入って、お母様が責任を果たせなければ、お母様はいくらでも後継者がいっぱいいるのです。

資料:み言選集 312177ページ 1999.10.15 <祝福を通した摂理>

 

19991015日、お父様はお母様に、今後、お母様を中心として巣を作ってはいけないと言われた。お母様を中心とした巣を作っても、お父様はそこには引っかからないと語られた。

<お母様が自分の考えを持って巣を作るようになれば問題が大きい>

 ですからここにいるお母様が自分の考えを持って巣を作るようになれば問題が大きいのです。先生はそこに引っかかりません。そうなれば、それを乗り越えて行きます。山をまた作るというのです。今、完成時代に入って、お母様が責任を果たせなければ、お母様の後継者はいくらでも沢山います。

 み言資料:み言選集312177ページ1999.10.15 ウルグアイ

 

 

 

天使長の失敗の蕩減

エデンの園における天使長ルーシェルの失敗は、誰が解怨しなければならなかったのか。その責任は堕落の末裔に生まれ、真の家庭のメンバーに対し天使長の立場にある食口たちが担うべき責任分担であった。

 これは、お父様の膝元で50年以上の間、愛とみ言で直接育てられたお父様の最側近指導者が代表的責任を果たさなければならなかった。

その責任を全て成す為にお父様は直系の息子よりも教権勢力に渾身の力を尽くし、愛と精誠を尽くし、み言をもって養育された。

  彼らには、このようなお父様の深い摂理的愛があったことを知っていたのだろうか?

 

 神様がアダムとエバを創造される前に、天使長ルーシェルと協力して天地を創造されたように、お父様は統一教会指導者を天使長圏に立てた。そして自ら責任分担を理解できるようにされた。

 

 お父様は真の家庭を、6000年前のエデンの園におけるアダム家庭として築かれた。そして天使長がサタンとなり、アダム家庭を堕落させたエデンの園の曲折を、そのまま再現した立場で責任分担を遂行しなければならない為、真の家庭にサタンが侵入することを許されるしかなかった。

 

世界全体を接ぎ木して、先生の息子娘を最後に接ぎ木するのです。そのような意味で先生の家庭までもサタンが侵入することを許可したというのです。様々なことがありました。

 資料:み言選集 312179ページ 1999.10.15 <祝福を通じた摂理>

 

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金容成のブログに引用されたお父様のみ言から読み解く”真実”(雪風さんより)<はじめに>

2018-03-29 22:55:21 | 金容成のブログに引用されたお父様のみ言から読み解く”真実”

<はじめに>

雪風さんから新しい記事が送られてきました。

以前にも紹介したことのある、「金容成のブログ」に引用されたお父様のみ言をさらに時系列的に整理したものです。

お父様が語られたみ言を時系列的に整理してみると、まるで大河ドラマを見るように、事の事態の推移をはっきりと知ることが出来るようになると言われます。

多くの婦人の皆さんにも読んでいただいて大変好評だと言うことです。

そこで、雪風さんの許しを得て、「金容成のブログに引用されたお父様のみ言から読み解く”真実”」の記事をシリーズで掲載させていただくことといたしました。シリーズはおおよそ40回ほどになるとのこと、真のお父様が実際に語られたみ言を通して、”真実”を明らかにしていきたいと思います。

混乱の極みと言ってもいいような、統一家の現状に警鐘を乱打するものです。ここで引用されるお父様のみ言の中にはすでに、家庭連合の公式出版物からは削除されたようなみ言もありますが、それらは間違いなくお父様が語られたみ言です。

事の事態を詳しく知らされていなかった食口からすれば、とてもショックに思わざるを得ないようなみ言も多々ありますが、”真実”を知ることは何より大切なことです。目にしたくない。できれば聞きたくないようなみ言もあるかと思いますが、それらのみ言に真摯に向き合ってこそ、”真実”は見えてくるのではと思います。

宗であってこそ、混乱を収拾して、本来あるべき真の家庭と、真の家庭を核とした本来あるべき家庭連合の姿を取り戻して行けるのではと思います。

 

現在このHOPEブログは家庭平和協会カテゴリーに所属しています。これらのみ言は本来現在の家庭連合に所属している食口たちにこそ読んでいただきたい。目にしていただきたい内容です。

願わくはより多くの食口の眼に触れるよう、読まれた方々による拡散を希望いたします。

それではどうぞよろしくお願いいたします。

 

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国際政治の動向をはじめ政治・経済など現実世界の動きを常に把握して行く

2018-03-21 01:11:58 | 新しい希望に向けて!

 

本当の意味での宗教家は、単純に宗教的な活動だけに目を向けていればいいのではない。現実世界の様々な状況の推移にも関心を持ち、本来は宗教活動であるが、関連するあらゆる活動を通して、健全な社会の仕組みや、現実社会の動向がよりよく進むように支援をしたり提言をしたりすることが求められている。

 

文鮮明先生はその生涯の歩みの中で、政治や経済に直接かかわる歩みを数多く為されてきた。時には、果たして文先生は何者だろうか?と疑問に思うほどに様々な政治、経済、文化、スポーツをはじめあらゆる活動に関与して来られた。

それは人類の救済という最大の偉業が、単純に宗教活動のみによって実現されるものではないと言うことを誰よりもよく理解していたからに他ならないだろう。

 

だから、我々祝福家庭も単純に祝福によって血統転換されたというある面宗教的な価値だけで家庭連合やそのた、教会組織に所属するのではなく、現実世界のあらゆる面で、「より善き幸福の世界」すなわち、地上・天上天国の実現という偉業の達成に向けて歩んでいくことが重要となって行くのである。

 

とりわけ政治の動向には深い関心を持つ必要があろう。それは、今日世界的な民主主義時代を迎えて、国家社会をリードする代表者の決定が、多数決の原理によってなされるという現実の要請からして明らかである。

政治権力を誰に委ねるのかという選択において間違えば、とんでもない結果が我々を襲ってくるのである。とりわけ無神論思想に根差した共産党や社会主義政党などは、国民多数の幸せや平和のためではなく、自分達の政権奪取やその維持のために民心を扇動したり一方的な世論を形成することを必要悪だとして実行してきているからである。

よくわかる実例が近隣の共産主義政党による独裁体制国家の議会なるものの姿を見ればそれがよくわかる。

立てられた国家指導者の主張を全面的に受け入れて賛美し、それに誰も異論を差し挟むものがない。その決定が如何に非論理的、非倫理的なものであっても、誰も表立って反対しない。また反対できない社会となっているのである。そういう国家においては、表向きの建前は別として、国家指導者に対する批判や、それが建設的と思われる意見でさえも無視され、否定され、排除されるのである。

だからよく言われてきた「いったん共産主義社会になれば、逆戻りできない」、長い長い年月を抑圧や搾取、人権蹂躙がおこなれて来ても常に無視され、否定され続けるのである。

 

一旦、無神論、唯物論的に人物や政党にその政権を任してしまえば、もはや本来的な人権や平和、幸福を取り戻すことは極めて困難な状況にならざるを得ないのである。そのことが、現実の我々の住む東アジアの状況にも深刻な分断や対立の状況を作り上げてしまっているのである。一見どこにも解決の道が無いような深刻な迷路に陥ってるかの如くである。

但し、事の事態の原因を正しく把握して、賢明なリーダーが現れることと、そのようなリーダーを支持し、国や社会を変革して行くことを幅広く支援して行くような賢明な人々があれば、それがはじめて問題解決の道を見出す具体的な方策を打ち出すことが出来る道となるのです。

自己の欲心や、自分だけの生活に執着しているものは的確な判断をすることが出来ない。民主主義の社会では国民自らが、賢明な思考と行動が出来るような学習と努力が求められているのである。

歴史や政治に積極的な関心を持ち、自分自身が正しい人格性を身に着けるたゆまぬ努力が民主主義の時代の国や社会をより喜びと幸福の時代へと導く主人となさしめるのです。

 

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コリントⅠ13章

2018-03-18 18:54:27 | 新しい希望に向けて!

あらためて、コリントⅠ13章のみ言をかみ締めよう!

コリント人への第1の手紙 第13章 

たといわたしが、人々の言葉や御使(みつかい)たちの言葉を語っても、もし愛がなければ、わたしは、やかましい鐘や騒がしい鐃鉢(にょうはち)と同じである。
たといまた、わたしに預言をする力があり、あらゆる奥義とあらゆる知識とに通じていても、また、山を移すほどの強い信仰があっても、もし愛がなければ、わたしは無に等しい。たといまた、わたしが自分の全財産を人に施しても、また、自分のからだを焼かれるために渡しても、もし愛がなければ、いっさいは無益である。
愛は寛容であり、愛は情深い。また、ねたむことをしない。愛は高ぶらない、誇らない、不作法をしない。自分の利益を求めない、いらだたない、恨みをいだかない。不義を喜ばないで真理を喜ぶ。そして、すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐える。愛はいつまでも絶えることがない。しかし、預言はすたれ、異言はやみ、知識はすたれるであろう。なぜなら、わたしたちの知るところは一部分であり、預言するところも一部分にすぎない。
全きものが来る時には、部分的なものはすたれる。わたしたちが幼な子であった時には、幼な子らしく語り、幼な子らしく感じ、また、幼な子らしく考えていた。しかし、おとなとなった今は、幼な子らしいことを捨ててしまった。
わたしたちは、今は、鏡に映して見るようにおぼろげに見ている。しかしその時には、顔と顔とを合わせて、見るであろう。わたしの知るところは、今は一部分にすぎない。しかしその時には、わたしが完全に知られているように、完全に知るであろう。
このように、いつまでも存続するものは、信仰と希望と愛と、この三つである。このうちで最も大いなるものは、愛である。

 

実に味わい深いみ言である。旧新約聖書のすべてのみ言を集約しているといっても過言ではないだろう!

結局聖書の教えの根本は「愛」である。 愛がすべてであると言ってもいいだろう。

私たちの人生も、愛がすべてではないだろうか! 愛に生まれ!愛に生き!愛に死す! まさしく愛の人生こそが人生そのものであると言えよう。  文鮮明先生が教えた教えの核心もまさにその「愛」に他ならない!

愛の人生 いかに愛を持って生きるか! 日々の生活の中で以下に愛を実感する生活を味わえるか!そこ人生のすべてがかかっている。

翻って、人生の不幸とは何か!人生の不幸とは「愛」を知らないで生きることである。愛を失い、愛から遠ざかり、愛を否定して生きる人生こそ悲劇の人生に他ならない。

人々の幸福を願うのではなく、自らの恨みと憎しみを先立て、人々に悲しみや対立や分裂をもたらすのは人生の不幸である。愛を失ったときにすべてがそのようになってしまうのである。

愛を感じる人生を生きよう。与えられることよりも与えることを願って、人から愛されることよりも人を愛することを願って生きよう。

豊かな情操を育てるのは家庭だと言った。その家庭が憎しみや恨みの舞台となってはならない。家族深い紐帯が、限りなく豊かな情操を育むよき家庭を求めて行かなければならない。愛の実践生活こそが家庭生活の基本とならなければならないのだ!

 

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