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サンクチュアリ教会の真のお父様の結婚式事件の問題点と亨進氏の立場(金慶孝)

2017-10-26 21:44:49 | 統一家の行くべき道

韓国カープカフェに掲載された金慶孝氏の記事を転載させていただきます。

サンクチャリ教会で行われたお父様の結婚式の問題点を指摘しています。ご参照ください。

かなり長文ですが全文掲載させていただきます。

 

サンクチュアリ教会の真のお父様の結婚式事件の問題点と亨進氏の立場(金慶孝)익명 토론방
2017.10.26. 00:45 http://cafe.daum.net/W-CARPKorea/cSkJ/33423

サンクチュアリ教会による真のお父様の結婚式事件の問題点と亨進氏の立場
金慶孝/2017.10.10

愛する食口の皆さん、

顯進様は、現在の摂理的状況と当面の課題に対し多くの精誠を捧げられています。最近、私は顯進様と電話しながら、一つ、感じたことがありました。2009年からの天宙史的な葛藤が始まって9年が過ぎようとしていますが、顯進様が今のように衝撃を受けたところをほとんど見たことがありませんでした。顯進様に対して言葉で表現できないような攻撃があった時も、むしろ落ち着いておられました。しかし、去る9月23日、サンクチュアリ教会で亨進氏が行った真のお父様の結婚式には、大きな衝撃を受けられたようです。顯進様は、それが神様と真のお父様をどれほど冒涜するものであるのか分かるかと何回も聞かれました。そして、そのことに対して教会の食口はどのように反応しているか確認されました。その知らせを聞いた食口たちは、非常に気持ちの悪いことですが、教会全体が沈黙し無視しつづけているということを知った顯進様は

•皆さんは亨進氏とサンクチュアリ教会の何が間違っているのかを正確に知り、全食口に明らかに伝えなければならないと言われました。

•絶対に、教会にこの事実を隠させてはならず、食口たちに自分勝手な考えをさせてもならないと言われました。

•この事件をきっかけに、家庭連合とサンクチュアリ教会に対する顯進様の立場はどうなのかを正しく知らなければならないと言われました。

•この事件は、何が真であり偽りなのか、誰が真のお父様の権威と真の家庭を代表し、神様の摂理に責任を持つ中心人物なのかを明らかにしているということを知らせなければならないと言われました。

•最後に、この事件は食口に正しい選択をすることができる機会であることを教えなければならないと言われました。

私は、最近、顯進様のこのようなみ言葉に触れ、この事態に対し最も胸を痛めながらも、この問題を最も先駆けて解決しようとされているのは顯進様であるという確信を改めて持ちました。神様と真のお父様、そして真の家庭を、他の誰でもない、同じ血統である亨進氏があのように冒涜していることをご覧になられた顯進様が、今、どれほど悲惨な心境でいらっしゃるのかを私たちが知り、このような状況に積極的に対処しなければなりません。

亨進氏とサンクチュアリ教会は、9月23日、自分たちが作った天一国憲法に基づいて真のお母様を審判し真のお父様と離婚させた後、すでに霊界祝福を受けた姜賢賓氏もまた離婚させて真のお父様と姜賢賓氏の結婚式を行いました。さらに亨進氏は、新しい真のお母様の位置に立てた姜賢賓に、自身と自身の息子に対して敬拝させるという天宙史的な倫理違反行為と蛮行を犯しました。私はこの事件に対して顯進様のみ言葉を中心に何が問題であり、私たち食口がどのように対処するべきかについてお話したいと思います。

このサンクチュアリ教会の動画をご覧になった食口は、衝撃と共に次のような疑問を持つことでしょう。

1.はたして亨進氏が真の母を審判し代えることができるか。
2.姜賢賓氏は真の母となることができるのか。
3.このような行動をする亨進氏は果たして誰なのか。
4.なぜ家庭連合はこの事態に対して沈黙しているのか。
5.顯進様はこの状況をどのように見ておられるのか。

多くの食口がこのような疑問を持つことだろうとは思いますが、人間的かつ常識的というレベルにおいて問題であると感じるだけであって、神様の摂理と原理的観点からこれがどれほど深刻な問題を引き起こしているのかは正しく分かりません。分からないから、今のように泰然として行動しているのです。少しの間だけ気持ちが悪いだけであって、すぐに自分の日常に戻ってしまいます。

想像してみてください。2000年前、ユダヤの律法学者や祭司たちが主軸となってイエス様を十字架にかけた時、ユダヤ民族はそれが何を意味し、その事によってユダヤ民族にどのような運命が待っていたのかを正しく理解していれば、彼らは地を打って号泣したことでしょう。それだけでなく、イエス様を殺したユダヤの指導者たちを引きずり出して、最も恐ろしい刑罰を与えたかもしれません。少し遅れて過ちを悟ったペテロは、その罪を少しでも洗い流すために逆さ十字架にかかって死ぬ道を自ら選んだのではありませんか。

そこで、前に取り上げた5つの質問にそって、サンクチュアリ教会が起こした事件について分析してみましょう。

1.亨進氏が真のお母様を審判し代えることができるのか。
最初に、亨進氏が真のお母様を審判し代えることができるのかという問題です。この問題について多くの食口は、そんなことはできないと答えるでしょう。どうして子が親を審判できるのか。どうして母親が間違いを犯したからと言って子が母親を父親と離婚させ、父親と他の女性を結婚させることができるのか。倫理違反行為といってもこのような倫理違反行為はなく、歴史上、類を見ることができません。このように人倫道徳的な次元において気持ちが悪く、亨進氏の行動は間違っているというでしょう。

ところが、この質問に対する正しい答えを求めるためには、先ず最初に、原理的であり摂理的な観点から見なければなりません。神様の創造原理と神様の復帰摂理の観点から見ると、真のお母様を選択し、代えることのできる方は、唯一、真のお父様しかいません。それも、お父様がこの地上に生きておられる時にのみ可能であって、お父様が霊界に逝かれれば地上にいる妻を代えることができないのです。なぜでしょうか。

神様のみ旨は、この地上で神様の創造目的である理想家庭を実現することです。そのみ旨をアダムが成すことができず、その結果としてアダム家庭においてエバを失ってしまい、子女たちまでもがサタンの所有権へと奪われてしまいました。神様は、そのみ旨を再び成就するために神様の血統と種を代表する息子をアダム型人物として再び送り、失われたエバを探して子女圏を取り戻し、この地上に真なる家庭の基台を立てる摂理を導いてこられました。イエス様が第2のアダムとして来られましたが、そのみ旨をすべて成就することができずに霊界に逝かれたので、再び地上に再臨することを約束され、肉体を持って生まれたお父様が第3アダムであり、メシヤ、再臨主としてその使命を継承されたのです。アダム型人物であるお父様がメシヤの使命を果たすために最初に成さなければならない使命は、堕落した人類の中から失われたエバを再び見つけることです。一人の女性を復帰されたエバとして探し立て、二人の間に神様のみが完全に所有権を主張することのできる実体的な子女を生み、この地上に神様の直接主管圏である真の父母と真の家庭を立てなければならないのです。神様の6000年の摂理歴史において、真のお父様は最初に真のお母様を探し立て、真の子女をこの地上に誕生させ、神様が直接主管することのできる真の家庭を立てられたので、これは真の父母様の最も尊い勝利の業績となるのです。真のお母様の最も輝かしい勝利は、天聖経を直したり様々な建物を建てることではなく、まさに堕落と関係のない14人の真の子女をこの地上に誕生させたことにあります。このようにして真の子女が地上に生まれたので、すべての堕落した人類が祝福を通して神様の血統に再び接木され、救いを受けることのできる道が開かれたのです。

もちろん、原理的に見るとお母様にも人間の責任分担があります。自動的にお母様の使命が成されるのではなく、他の誰かがその使命を代わりにしてくれるのでもありません。もし、お母様が真の母としての責任と使命を果たせなければ、お父様にはこの地上で他の女性にその使命を与えることのできる権限と責任があります。お父様が今のお母様を探し立てるまで、どのような逆境を経て来られたのかを知れば、その意味をよく理解することができます。ところが、すでにその権限と責任を持ったお父様は地上に体がありませんから、神様の創造原理と摂理の原則を正しく知り絶対的に守られるお父様が、地上にいらっしゃるお母様が間違っているとしてお母様を代えることができないのです。さらに、この地上には神様の真なる血統を受け継いだ真の子女が定着したので、お母様が使命を果たせなければ、真の母の使命は真の子女の血統を中心に次の世代に移るのです。もっと正確に申し上げますと、真のお父様の権威を継承した長子へと移るのです。

このように絶対視しなければならない神様の創造原理と摂理原則から見た時、創造目的完成のためのアダムの使命、そして、その使命を成就するためにアダム型人物として来られたメシヤの使命から見た時、さらに、その使命が成就されるために6000年間苦労してこられた神様と、2000年前のイエス様の犠牲と、生涯を投入されたお父様を考えた時、どうしてそのように簡単にお母様を審判し、どうしてそのように軽くお母様を代えることができるでしょうか。それも、いかなる権限も資格もない人がです。

端的に、亨進氏とサンクチュアリ教会がいかに神様と真のお父様を冒涜し、裏切り、創造原理と摂理原則までも完全に無視し、否定しているのかを知らなければなりません。摂理の中心人物が持たなければならない責任は、小さなミスも許されない重大なものです。鳩を裂かなかったというアブラハムの失敗によって彼の後孫が400年の苦役にあったという聖書の歴史がこれを語り、お父様でさえも瞬間的に神様との絶対的な基準が乱れたことを悔いて一週間断食されたという逸話もあります。このような観点から見ると、真の家庭の直系の子女である亨進氏が真のお父様の権威を継承した2代王であることを勝手に名乗りながら、神様とお父様の歴史的な勝利の業績を根こそぎ否定し、祝福家庭がこれに付和雷同したという事実は、天の前に最も大きな大逆罪を犯したものであり、人類歴史の前に最も恥ずかしい痕跡を残したようなものです。

亨進氏が過去数年間、お父様だけが写っている写真を掛けて崇拝しながら、真のお母様を堕落したエバとして審判してきましたが、姜賢賓という女性が自分のところに訪ねて来るようになると、なぜこのように機会主義的にお母様を代える結婚式を行ったのでしょうか。彼自身も、真の父母とはお父様一人で成ることができず、神様の二性性相を代表する女性が必要であることを自覚したからです。そしてそれは、決してお父様のためのものではなく、その女性が自分と自分の息子を敬拝しなければならないという偏執狂的な欲望によるものです。そして彼は、外形的にでもそのように見せるために、窮余の策として姜賢賓氏を堂々とその位置に立てたのです。

2.姜賢賓氏は真の母になることができるのか
それではこの事件の二つ目の質問は、姜賢賓氏は真の母になることができるのかということです。前の説明によると、既にこの質問の答えは明らかです。絶対に真の母になることはできませんし、いかなる資格もない人です。人類の歴史を通して生涯を神様のみに仕え、輝かしい信仰生活をしてきた高潔な女性たちがどれほど多かったことでしょうか。ところが、それだけで真の母になる資格があると言えるでしょうか。真の母と呼ばれる位置は象徴的な位置ではありません。必ず真の子女を産んでこそ真の母の位置に立つことができるのです。姜賢賓氏がいくら生涯お父様についてきた偉大な弟子であったとしても、お父様の血が一滴でも混ざった子女を産んだ女性ではありません。さらに、彼女はすでに祝福を一度受けた祝福家庭です。

そのような姜賢賓氏に与えられた使命は、生涯、真の家庭を守り、特に女性として真のお母様に精誠を尽くして侍り守らなければなりません。たとえ姜賢賓氏が草創期からのお父様の最初の弟子として特別な使命を遂行してきた女性であったとしても、真のお母様が現れた後の姜賢賓氏に対する真のお父様の期待は何だったと思いますか。姜賢賓氏が自分だけに侍り従うことだけがお父様の期待だったでしょうか。それとも他のどの女性よりも姜賢賓氏が最も模範的に真のお母様に侍り、お母様を助けて真の子女様を守ることだったでしょうか。当然のことながら後者です。

ところが姜賢賓氏が生きてきた歩みはどうでしたか。彼女はキリスト教的信仰の枠組みから抜け出せず、イエス様のみを信じれば救われるかのように、ひたすらお父様だけに従えばよいと考えてきました。彼女が普段からお母様にどのように侍ったのかは、私はよく知りません。ところが、1998年に真の父母様が顯進様を立てられ、すべての祝福家庭が顯進様と一つになることを期待された時、姜賢賓氏がどのような役割をしましたか。彼女は、他の1世の元老祝福家庭と同様に顯進様を守ることができず、顯進様に険しい道を強いました。彼女はいつもお父様だけに従えばよいと考えていました。

2009年、混乱が始まった後も同様です。彼女はこの混乱の背後で何が起こっているか調べようともせず、とことん傍観し沈黙してきました。たとえ顯進様が本当に間違っていてお父様から離れたと思ったとしても、真なる祝福家庭であるならば、死力を尽くして顯進様に訴え、戻るように努力しなければならないのが当然の道理ではありませんか。14人の真の子女の中で一人でもお父様から離れればそのように努力しなければならないのに、当時、顯進様はどのような方でしたか。2008年までにほとんどすべての統一運動の責任を負い、お父様の後継者として摂理の第一線で活躍してきた方ではありませんか。そのような方がある日突然堕落したアダムであると非難され、あらゆる訴訟まで起こされた状態で、統一家の最高元老という方が沈黙していていいのでしょうか。

私が記憶するところでは、統一家の元老の中では唯一、神山会長だけが2010年の初めに本当に顯進様を心配しながら何が起きているのかを知るために顯進様を訪ねて来ました。そして顯進様が誤解されていることを知った時、勇気を持って真のお父様に進言された方でした。姜賢賓氏がそのような努力を具体的に一度でもしたことがありますか。私の記憶では全くありません。

お父様の聖和以降はどうだったでしようか。彼女は清平の清心ビレッジで快適な老後生活を送っただけです。亨進氏があれほどお母様を非難したのにもかかわらず、彼女は沈黙していました。彼女は最後までこの難しい難局の原因が何なのかを自分で調べてみようとはしませんでした。誰かが金ジョンソク博士が書いた本を持って来ると、その時初めてその本を読んでお母様が間違っていたことを知ったのです。ところが、彼女は驚くべきことに、無責任にも手紙をたった一枚残して、私はお父様に従うと言ってお母様を捨て、亨進氏のところに行ったのです。彼女のこのような素っ気ない行動を見ると、彼女が普段、どのような次元の信仰をしてきたのか、お母様に対してどのように考えてきたのかがよくわかります。彼女がお母様をとても愛し、自分に対するお父様の期待と祝福家庭本来の責任を知っていたならば、どんな祝福家庭の女性たちよりも先駆けて、倒れて命を失うことがあっても、お母様の前で涙を流しながら間違った道から戻って来ることができるように努力しなければならないのではないでしょうか。彼女が2012年からお母様を離れるまで、そのようにしたという声は全く聞いたことがありません。お母様が天聖経を修正した時、名前のない食口でさえもお母様にそのようにしないでくださいと訴えたのに、彼女は何をしましたか。お母様が独生女を主張された時、首を切られたとしても独生女主張の不当を叫んだ摂理一筋の若い公職者がいますが、彼女は真のお母様の最も近くで何をしましたか。彼女はその問題について徹底的に無視し、教会が提供する最高元老としての待遇を受けて過ごしてきただけです。

考えてみれば、姜賢賓氏は人生の晩年に本当に取り返しのつかない過ちを犯した結果となりました。お父様でさえ亡くなる直前までお母様を守り立てるためにあらゆる苦労と努力をされましたが、どうしてそのようなお父様を誰よりも愛しているという人が、6000年にして探し立てた復帰されたエバ、真のお父様の最愛の妻、この地上に真の子女を生んだ真のお母様をあのように簡単に捨てることができるのでしょうか。それだけでなく、サンクチュアリ教会に行くとすぐに自身が真の母になるといって、真の母の位置で亨進氏に敬拝するとは、今までの摂理歴史においてこのように独善的で傲慢な信仰があったでしょうか。

顯進様はこの知らせを聞いてあまりにも失望されました。10年以上にわたって、真のお母様によってあらゆる困難と誤解を受けて来られましたが、一度も父母様を恨んだり、審判されず、いつも父母様を守るために自身を犠牲にして来られた顯進様です。今もお母様を守るために渾身の努力を惜しむことのない顯進様が、姜賢賓氏に対して「お父様からの大きな愛を受けてきたこの老婆がどうしてこうも簡単にお父様を裏切って、お母様を古草履のように投げ捨てることができるのか」と嘆かれました。いくら1世が失敗した立場にあるといっても、あれほどまでに自己中心的で偽善に満ちた行動をとるとは、顯進様にも想像できなかったようです。

姜賢賓氏だけではなく、このような行事に堂々と出て、原理本体論がどうとか言いながらこれを正当化させている劉正玉氏もまた、取り返しのつかない過ちを犯したことを知らなければなりません。彼はお父様が明らかにされたみ言葉でお母様を売った者ですから、銀貨30枚でイエス様を売ったイスカリオテのユダの罪のほうがこれよりもはるかに軽いと言えるでしょう。神様のみ言葉を伝える原理講師という者が、一度でもお母様が間違っていることについて泣いて訴えたことがありますか。彼には原理本体論の講義だけが重要であって、神様のみ言葉の結実として地上に顕現された真の家庭が重要なのではありません。一言でいうと、今、彼は神霊の力をすべて無くして真偽を見分けることもできず、み言葉の骨だけをしゃぶって生きながら霊界に逝く日を待っているわびしい老人と化したのです。

僭越ながら、統一家の1世は姜賢賓氏や劉正玉氏を非難できる立場ではありません。サンクチュアリ教会の行動について、元老の誰が堂々とまっすぐな声で誤りを指摘していますか。彼らは、姜賢賓氏、劉正玉氏と同じ、誰もがお母様が間違っていることを知りながらも沈黙し、陰でお母様に後ろ指を指している人たちではありませんか。彼らが文句を言うならば、せいぜいお金を無駄使いしながら聖和節をお祭りにして、お父様を正しく追悼せず、冷めたお弁当が配られたということであって、これとは比較できないサンクチュアリの行事には一言半句の言葉もありません。ある元老の方がやっとのことで陰で言ったことが、お母様がこれ以上間違った道を行けば、自分も姜賢賓氏のように去ると言うのです。結局、この統一家の中にお母様を最後まで守るという元老は一人もおらず、姜賢賓氏、劉正玉氏のように無責任に見守りながらいつでも荷物をまとめて離れる人しかいないのです。

3.このような行動をする亨進氏は果たして誰なのか。
次に、このような行動をしている亨進氏は果たして誰なのかということについて申し上げたいと思います。顯進様は再び来られる主をどのように知ることができるのかという聖書の話の内容を引用されながら、その人が誰なのかはその人の行動を通して知ることができると語られたことがありました。顯進様が誰なのかを知るには、人の話を聞いて判断するのではなく、顯進様がされてきたことを直接見て判断するようにということです。このような観点から見ると、今回、サンクチュアリ教会の亨進氏が行った行事は、亨進氏が誰なのかをはっきりと示しています。彼は、肉的には真のお父様の血統を受け継いだ真の子女ではありますが、彼の行動を見れば、完全にサタンの主管を受けた偽キリスト、つまり、神様の摂理を妨害しお父様が立てた真の家庭の伝統と摂理の偉業さえも破壊する者であることを表わしています。

彼は、自分が真のお父様の権威を継承した後継者であり2代王であると勝手に名乗っていますが、そのいかなる面においても資格がないということを明らかにしました。彼らが行った真のお父様の結婚式はお父様のために行われたように見えますが、結局は、霊界にいらっしゃるお父様までも巻き込んでの亨進氏を高めるための行事であり、一人の女性を真の母の位置に立ててでも自分の前にお母様をひざまずかせるためのものであるということがわかります。このようにしてでも自分にお母様を敬拝させようという息子も、2代王の前に服従しなければ母親でさえも処刑しなければならないと言う息子も、彼らの姿から見た時、果たして神様を中心に侍るという本然の真の家庭の価値と伝統を見ることができるでしょうか。彼らから、神様のみ旨と摂理を解く内容を見出すことができるでしょうか。ただ狂気に満ちた多重人格障害者の顔でお父様の真似をしながら、お父様を神格化して自分を崇拝させる、亨進氏のしている事は果たして誰を代表したものでしょうか。神様を代表したものでしょうか。お父様を代表したものでしょうか。本然の真の家庭を代表したものでしょうか。亨進氏のしている事はそのいずれとも関係がなく、ただ自分を中心としたサタンを代表した行動です。

このような亨進氏は、今日、突然、このような行動をしているのでしょうか。違います。すでに自ら後継者として自任した2008年と2009年以降、彼が行った行動とは、ただ、お父様が積み上げた摂理を破壊し、世の中にお父様を偽りの真の父母、カルト教祖にしてきたものでしかありません。亨進氏は、お母様の全面的な支持を受けている時は、こびと話術でお母様を持ち上げながら限りなく輝いた孝子の様子を見せてきました。そうするうちに、お父様が聖和された後お母様が自分を捨てると、彼は間もなくお母様と決別して別の教会を作り、3年も経たない2015年1月から、お母様を公けに堕落したエバとして非難し始めました。亨進氏は口の唾が乾く程にお母様を称賛し神格化してきた人です。彼がそれほどまでにお母様の価値を尊く思う人であれば、どうしてあれほどまでに軽くお母様を審判することができるでしょうか。世の中でも子が母親に対してそのようにはしないものを、どうして真の家庭の中でそのような倫理違反行為が行われるのでしょうか。亨進氏がお母様の後光でその位置に上がったことは周知の内容です。お母様が自分を捨てたからと言ってあのように非難することができるでしょうか。

前述しましたが、あらゆる非難や侮辱を受けながらもお母様を守られる顯進様とはあまりにも違うのではありませんか。結局、亨進氏の行動を見ると、彼が神様の摂理を正しく知っているのか、何を最も重視しているのか、指導者としての人格と品性を備えているかなどの内容がすべて明らかになったのです。まさにこのような点から、顯進様と同じように、亨進氏が誰であるのかを知るためには、その人のしている事や行動を見て判断しなければならないと冒頭で申し上げたのです。

ここで一つ、非常に重要な質問をしなければなりません。このような亨進氏を誰が立てたのかということです。本当にお父様がご自身の本当の意志で彼を立てたのなら、そのお父様とはどのような方ですか。神様の原理を命より大切に守り、神様のみ旨を成就するために生涯を捧げて来られたメシヤ、再臨主、真の父母なのかという基本的な質問にぶつかるのです。亨進氏があのような姿を示すようになってから多くの食口はこの問題に悩み、すでに世の中は亨進氏と國進氏が示した行動によって、彼らの父親が偽りの真の父母でありカルト教祖であったということを逆に証明しています。寝室で妻と子に振り回され、忠実な息子を異端者爆破者として審判する揮毫を作成し、お父様の名前で息子を相手に訴訟を起こしながら宣言文まで作成し...世の中でもこのような父親を見るのは難しいのに、人類の真の父とされる方がこのような行動をしていることを世の中が見た時、そのような疑問を投げかけるのは当然のことです。

1998年、お父様が全体の前で顯進様をお父様の後を継ぐ後継者として公開された時、どれほど誇らしげにされましたか。それから10年間、お父様が立てられた顯進様を見ながら、教会の内外ではあの親にしてあの息子と誇りにし、統一家の未来を明るく感じたではありませんか。ところが、2009年のある日、突然すべてがひっくり返って以来、現在までに行われた状況を通してお父様が亨進氏を立てたことを誇りに思い、統一家の未来を明るく感じた人がいるでしょうか。

結局、今回の事件をきっかけに、私たちはもう一度亨進氏を誰が立てたのかということを正確に知らなければなりません。そうでなければ食口も、世の中も、お父様に対して大きな疑問を持つこととなり、亨進氏が偽キリスト的な行動をすればするほど、お父様だけが被害者として残るのです。

4.なぜ家庭連合はこの事態に対して沈黙しているのか。
それでは四つ目の質問として、なぜ家庭連合はこの事態に対して沈黙しているのかについてお話したいと思います。なぜ家庭連合と真のお母様はこの事態に対して、そして過去3年間の亨進氏の非常に無知で粗暴な攻撃と非難に対して沈黙しているのでしょうか。亨進氏と姜賢賓氏があのように神様の摂理の根本を揺るがす倫理違反的行動を犯してもまったく何も言っていません。変だとは思いませんか。

彼らは、亨進氏の問題に対してはお母様が解決されるから一切関与しないのだと言いますが、これは非常に苦しい言い訳です。彼らが亨進氏の倫理違反的な行動について沈黙し、さらに教会の食口に隠しているのは、まさにその亨進氏を自分たちが立てたからです。 彼らが、老いたお父様を巡って様々な偽りと誇張で綴られた報告でお父様を操り、ついには顯進様を追い出し亨進氏を立てたのです。この醜い真実が明らかにされることを恐れているのです。また、過去10年以上もこのような亨進氏を後継者であると持ち上げ宣伝してきた恥ずかしい事実が明らかにされることが恐ろしいのです。

ところが彼らが沈黙したからといって真実を永遠に隠し通すことはできません。結局、彼らの腐敗は様々な証人の陳述と暴露、それを立証することのできる証拠を通して、一つ一つ世の中に明らかになることでしょう。

そうなれば、2008年ごろまで一貫して顯進様を立てて来られたお父様が、なぜ、2009年から急に顯進様を相手に、ご自分さえも破壊するような理解のできない措置や行動を見せられたのかを理解することができます。束草霊界メッセージ偽造に関することや真の父母様宣布文の制作に関すること、異端者爆破者の揮毫制作に関すること、28件にもなる様々な訴訟に関することなど、お父様の名前で強行されたすべての措置や行動の背後事情と原因を赤裸々に知ることができるのです。この真実を明らかにしてこそ、顯進様が罪もなく追い出されたという事実が明らかになるだけでなく、お父様も利用されていたことを明らかにすることができ、それにより、全世界に偽りの真の父母、カルト教祖として転落したお父様の位相を再び盛り上げることができるのです。

一方、亨進氏に対しては沈黙しながら、反対に顯進様に対しては、なぜ、今でも教会全体がかかって攻撃するのでしょうか。顯進様が亨進氏のように直接お母様を非難したわけでもなく、むしろ正反対にあらゆる攻撃を受けながらもお母様を守ろうとされる立場をとって来られました。教会は何が怖くて顯進様を攻撃することを止めないのでしょうか。

彼らが今まで顯進様を非難してきた主な内容は、真の父母様のみ言葉に従わずに天文学的な公的資産を奪ったということでしたが、これを口実にあらゆる訴訟まで強行して来ました。その言葉通りに受け入れたとしても、ここ数年において亨進氏が行った行動と比較すれば、どちらがより深刻な問題なのでしょうか。亨進氏が自ら2代王となって真のお母様を否定し更には交換するという創造原理の根本を破るような行動を起こしたことは、資産の問題とは比較することのできない天宙史的な問題なのではないでしょうか。また、これまで顯進様を非難してきた内容はほとんど彼らの視野で構成され誇張されたものであり、真実ではありません。それとは逆に、過去数年間において亨進氏が行った行動は自らインターネットを通して公開され、大部分は明白な事実です。事情がこのようであるにもかかわらず、家庭連合が亨進氏に対して口を閉ざし、逆に顯進様に対しては過度なほどに非難と攻撃を続けていることは、本当に奇妙なことではありませんか。

彼らは、サンクチュアリ教会に行く人にはそれほど神経を使いません。ところが、顯進様側に教会指導者が一人でも行けば、全力を尽くしてそれを防ぎ、その影響力を遮断することに取り組んでいます。今年の3月頃、日本CARPのブロック長二人と地方教会の教会長が、GPFが開催したフィリピンでのグローバルピースコンベンション(GPC)に参加した後、顯進様を支持する声明文を発表しました。すると日本家庭連合の教会では大騒動となりました。すぐにその人たちを審判する公文が出され、徳野協会長から主要な協会幹部が直接動員され、CARPの学舎長を集め、地元教会までも訪問して顯進様を非難する講演を行いました。さらに過去、亨進氏が責任者だった時に制作し流布した顯進様の人格殺人的な動画まで各教会で食口に見せるようにと指示を出しました。去る10月1日には、日本協会の家庭局副局長である桜井正上氏が公開声明文を発表しました。私が見ると非常に丁寧な文章でしたが、この声明文が出たと日本の教会全体では、また大騒動となっています。彼はなんと20年間、家族を韓国に残して、祝福家庭の教育と2世教育の分野で献身的に働いてきた人です。彼は多くの人が心から尊敬する人格者であり、信仰者であり、最も模範的な祝福二世の一人です。そのような人が本心を込めた公開声明文を出すとすぐに間髪を入れずに非難しています。本当に変だとは思いませんか。お母様に対して悪口を言ったわけでもなく、顯進様に対する彼の長い悩みを打ち明けただけなのにです。

彼らがそうするのは、最も恐れている相手が顯進様だからです。互いに結託して罪のない顯進様を追い出した過去の真実が明らかになるのが恐ろしいのであり、素晴らしく尊敬される教会指導者と祝福家庭の口を通して顯進様が誰なのかが知れるとすべての食口が顯進様側に行くことを知っているからです。そして最後にはお母様も顯進様側に付くようになれば、自分たちは 、すべてのものを失い歴史の審判を受けることを誰よりもよく知っているのです。ですから彼らは、教会の第一線指導者と食口に「会うな」「聞くな」「行くな」と強要しており、権力の力で「除名する」「解雇する」「祝福を受けることができない」「聖和式も受けることができない」としながら、真実を求める指導者と食口を統制しているのです。

5.顯進様はこの状況をどのように見ておられるのでしょうか。
それでは今回、サンクチュアリ教会が起こした事態とこれに対する家庭連合の沈黙に対して顯進様がどのように見ておられるかをお話します。

冒頭で述べたように顯進様は、サンクチュアリ教会の事態に関して大きく失望されながら、この事案を最も深刻に見ておられます。

•なぜそうなのかというと、これを、神様と真のお父様を最も酷く冒涜した事件であると見ておられるからです。

•同時にこの事件を、摂理を困難に陥れ、天宙史的葛藤を起こした結果がどのように現れるかを如実に見せた事件であると見ておられるからです。この教会がお父様までをも巻き込んで、お父様の後を継ぐ顯進様を無実の罪に陥れ、全く資質がない亨進氏を後継者として立てた結果、またさらにはお母様が、お父様の聖和以降、自分が立てた亨進氏さえ突き放した結果、その悲惨な結末としてどのような事が起こっているのかを明らかにした事件であるということです。

結局、顯進様はこの事件を、真実と偽りが明らかに現れた摂理的な事件であると見ておられます。つまり、誰が神様の摂理と真のお父様のレガシーを守ってきたのか、誰がこれを破壊してきた張本人なのかが克明に現れた事件であるということです。そのため顯進様は、食口がこの事件の意味を正しく知れば、誰に従うのかという根本的な質問について明確な決定を下すだろうと見ておられます。

このような状況は突然に現れたようではありますが、すでに天宙史的葛藤が出発したときから予告されていたものです。すでに顯進様側はこの葛藤の出発から、また、この葛藤が進行する過程で何回も警告し、何が間違っているのかを誰にでも理解できるように説明してきました。多くの食口は耳を傾けず、真実なみ言葉を語られる顯進様をむしろ追い出し、堕落したアダムであると非難してきました。しかし、今は状況が180度逆転し、この酷い状況を目撃した食口は顯進様の声に耳を傾けるしかなく、顯進様の立場はどうなのか、顯進様は果たして誰なのかについて知ろうとしています。

そのため、これからは顯進様がどのように考えておられるのか、つまり、お母様と真の家庭に対して、家庭連合に対して、家庭連合の公職者と祝福家庭に対して顯進様がどのような立場にあるのかを具体的に知って、食口たちに 正確に伝える必要があります。さらに家庭連合内で一体どうしてこのような破局的な結果が発生したのか、その歴史的真実を事実に基づいて究明する必要があります。

私はこの機会に、顯進様が真の家庭と家庭連合、祝福家庭に対して現在どのような立場でおられるのかを、私の理解する範囲で簡単に説明したいと思います。まず最初に、顯進様は神様の本然の血統としてこの地上に初めて顕現した真の家庭に対し、最後まで直接的な責任を持たれると語られました。何があっても真の家庭を再び収束して、お母様に勝利した真のお母様として立っていただくということが、顯進様が今年の真の神の日に、真のお父様の権威を継承した長子であることを公式的に宣言された後に発表された最初の約束でした。顯進様が直接的な責任を持って問題を解決する権限があるのは、真の家庭は神様だけがその主権を所有された神様の直接主管圏であるためにそうなのです。そして顯進様が神様の主権と真のお父様の権威を相続した摂理の中心人物として神様と方向性を一つにしておられる限り、顯進様の直系の血統である真の家庭のメンバーの失敗や過ちは、真の家庭内で顯進様が責任を持って収束していくことができるのです。もちろん、真の家庭内においても人間の責任分担の原則が適用されるため、真の家庭はどのような過ちを犯しても構わず、無条件に許されるということではありません。

顯進様は、現在、間違った方向をとっておられる真のお母様の問題をどのように収拾されるのかという解決策も明らかにされました。顯進様は、たとえお母様が摂理的に大きく間違っておられるとしても、変わることなくお母様に地上で真の父母様として侍っておられます。これは、顯進様は真のお父様の権威と使命を継承した摂理の中心人物ではありますが、より根本的に天倫に基づいてお母様に真の父母様として侍り、収めたすべての実績を持って神様と真の父母様に栄光を返し、その位相を高めようとされる孝子の立場におられるということです。このような顯進様には、お母様がどんなに大きな誤りを犯されたとしても容易に捨てたり放棄することができないのです。

したがって、顯進様は必ずお母様の問題を解決されると決心され、顯進様の勝利の基盤を条件に簡単な解決方法を提示されているのです。真のお母様が長子である顯進様を受け入れられ、顯進様と共に歩まれるようになることです。そうなれば、顯進様が収められたすべての功績はお母様に返され、お母様は勝利したエバ、勝利した真の母の立場に立つことができると言われました。このようになってこそ真のお父様が心配された真の父母の位置が、お父様の代で地上に定着することができるようになると言われました。

ところが、もしも真のお母様が顯進様の立場を受け入れることができず、現在のような道を歩まれたまま霊界に逝かれますと、どうなるでしょうか。お母様は神様と夫と息子を裏切った最も悲惨な女性となり、その時は、真の父母の位置が1代で定着することができないので、その使命は2代目に移ると、顯進様は今回の夏の食口集会で明らかにされました。もちろん、その使命が2代目に移ったとしても、血統は絶対的なものであるため、母親を絶対に代えられるものではないと言われました。

顯進様がお母様に対する自身の原理的な立場をこのように明らかにされたのは、お母様を非難し審判するためのものではなく、真の父母を定着させる使命が2代に延長されることなく1代で果たされることが最大の願いであり、切実なみ旨であることを祝福家庭に伝えるためのものです。6000年ぶりに失われたエバを探し出された神様の事情を察する息子であれば、一生、お母様に尽くされたお父様を心から愛する息子であれば、14人の真の子女を出産されたお母様の苦労と功績を考える息子であれば、当然、命に代えてもお母様をお守りすることが子としての道理ではないのでしょうか。本当に真の父母様を愛する祝福家庭であるならば、何が真のお母様のための道なのか悟ってほしいという観点で、ご自分の立場を明らかにされたのです。

次に、顯進様は家庭連合と家庭連合の公職者、祝福家庭に対してこのように見ておられます。

顯進様は、家庭連合を改革して新たに出発させる時代は完全に終わったと宣言されました。1世が作ったこの教会とは、顯進様とはもはや何の関係もないことを明らかにされました。多くの食口は、顯進様が再び教会に戻ってこられ、真の家庭と教会の問題を解決してくださることを望んでいますが、絶対に教会に戻らないことが顯進様の摂理的な立場です。教会の運命はすでに決まっており、歴史の中に消えるだろうということが顯進様の観点です。そうであるからこそ顯進様は、今年の初め、真の神の日に家庭平和協会を創設することを神様に報告され、今年の12月2日に 正式に全世界の前に家庭平和協会の創設を知らせることです。

このように顯進様が決定されたのは、顯進様はいつもお父様と同じように神様を中心としてメシヤの根本使命である真の家庭理想を立てていかれる方であり、神様の摂理の中心人物として神様の摂理的な使命と目標を中心にされる方であるからなのです。神様の摂理的観点と顯進様の使命的観点から見た時、今の家庭連合は統一家の指導部によって完全に失敗した立場にあるので、新しい酒は新しい皮袋に入れなければならないように、家庭平和協会を立ててその使命を代わりにするのです。

これは祝福家庭にとって希望のメッセージです。なぜでしょうか。本来、祝福家庭は真の父母様の養子養女の立場であり、アベルである真の子女の前にはカインの立場です。祝福家庭が拡大された真の家庭の一員として、本然の価値を明らかにするには、縦的には神様に侍り、横的にはアベルである真の子女と一つになって、真の父母様と真の家庭に正しく侍り歩まなければなりません。簡単に言えば、神様 - 真の父母 - 真の子女につながる縦的軸に正しく整列されるべきなのです。それが祝福家庭の最も基本的な責務です。この関係が崩れると、どんなに教会に熱心に通ったとしても、神様のみ旨とは関係のない、本然の位置から外れた祝福家庭となるのです。残念ながら、現在、ほとんどの食口は知らず知らずのうちに祝福家庭としての本然の責任を忘却したまま、むしろ真の家庭を破壊する立場に立ってきました。神様を度外視して、真の家庭を度外視したまま、腐敗した教会と指導部に依存してきたのです。ですから教会と指導部を清算し、祝福家庭が神様と真の家庭との正しい関係を再度成立させることは、祝福家庭本然の位置を取り戻す解放の道なのです。顯進様はもう一つの教会を作り、祝福家庭をそれに依存させようというのではありません。反対に、家庭平和協会を通してすべてのメンバーが神様を中心に侍り、本然の血統と正しい関係を結んで、真理と正義と善をもとに、神様の摂理の主人となり、祝福理想を具体的に実現していく祝福中心家庭となれるように、解放しようとしておられるのです。

顯進様は、より大きな試練と困難が立ちはだかる前に祝福家庭が新たに出発する家庭平和協会の船に乗ることを願われています。そのため顯進様は、祝福家庭にも最小限の贖罪の条件と責任を提示されました。顯進様がすべての責任をもって勝利の条件を立てられたので、祝福家庭は顯進様を真のお父様の権威を継承した長子として受け入れ、ついて来ればよいというのです。このように祝福家庭たちには顯進様が責任をもたれますが、その恩恵の条件を提示されたにも従わず、続けて滅び行く家庭連合の中に残ったり、顯進様が行かれる道を妨げる祝福家庭がいれば、彼らの不幸な運命に対しては彼ら自身が責任を持たなければなりません。

一方、顯進様は家庭連合の公職者たちにも特別な機会を与えられました。もしも彼らが今からでも新しく出発することを決意して、食口と共に家庭平和協会に訪ねてくるならば、彼らを再び教育して家庭平和協会の指導者として起用されるというのです。逆に、最後まで真のお母様と食口を人質にして顯進様が行かれる道を妨害し、食口たちが顯進様と一つになる道を妨げるならば、後日、その行動に対して、どのような形であれ、必ず責任を問い、歴史の前に教訓として示すようになるだろうと見ておられます。万一、顯進様が直接手を下されないならば、私たち自身が責任を持ってそのようにしなければなりません。

6.結論
結論を申し上げます。今回、サンクチュアリ教会が犯した倫理違反的な事件をきっかけに明らかにされたことがあります。まさにこの時代において、誰が神様を摂理の中心として侍り、主権と栄光を表わしているかということです。誰が真のお父様の真なる権威を代表しており、誰が真の家庭の本然の価値を表わしていますか。誰が神様の摂理に責任を持ち発展させているのですか。

私たちはその方をメシヤ的使命を実行する摂理の中心人物であるとします。その方は人間が決定するのではなく、神様が選ばれた方です。その方は一個人であったとしても地上で神様と神様の主権全般を代表する方であり、神様の摂理全体に責任を持たれる方です。その方は天の真理と正義と善に絶対的に仕える方であり、人間の言葉を伝えるのではなく神様のみ言葉を伝える方です。その方は神様の創造本然の理想を成就するために命をかける方であり、神様が訪ねられた真の家庭を生命以上に守られる方です。その方は地位を立てて人を操り、自分に仕えさせる方ではなく、神霊と真理を持って誰もが神様を中心に侍り、神様のみ旨の主人となるようにする方です。その方は自らの責任と努力で勝利の実績を積み、自然に世の中に現れる方です。そしてその方は、天から勝利した息子として公認される方です。

真のお父様がそのように生きて逝かれました。そのお父様がいらっしゃらない今、この地上で誰がそのような権威と資格を備え、摂理の中心人物として立っておられますか。もしもその方が顯進様であれば、今まで顯進様を非難し、迫害していた私たちの兄弟たちは、どうなるのでしょうか。私たちは今回の事態をきっかけに、共に汗を流し、み旨の道を歩んできたすべての食口を訪ね、自らの責任と努力で顯進様が誰なのかを心から調べ、天の前に祈ってみようと助言し、真剣に訴えなければなりません。家庭平和協会の創設を控え、今回の事態が起きたことは決して偶然ではありません。これは、眠っている食口が我に返り、真のお母様が目を開けることのできる絶好の機会に相違ありません。家庭連合の指導者たちは未だに高慢にとらわれ、真実を知らせずにいるので、彼らがしなければ私たち祝福家庭が先駆けてその責任と使命を果たさなければなりません。

愛する食口の皆さん、

真のお母様に侍りながら摂理の終着地に向かって家庭平和協会を導かれる顯進様と、その船の中で楽しく舟歌を歌いながら櫓(ろ)を漕ぐ祝福家庭を想像してみましょう。その日は遠くありません。是非、力と勇気を出して、決してあきらめることなく、最後まで最善を尽くされることを願い、この文を終わりたいと思います。

ありがとうございました。

 


櫻井正上お兄さんが二世圏の兄弟姉妹に宛てたメッセージ

2017-10-24 21:09:58 | 統一家の行くべき道

櫻井家のお兄さん、正上さんが二世の兄弟姉妹に宛てたメッセージをいただきました。すでに、櫻井正上さん自身がご自分のブログで紹介。また当ブログ村でも何人かのブロガーの方が取り上げておられますが、一人でも多くの二世やに読んでもらいたいし、もとより一世の方たちにも読んでもらいたい内容ですので、当ブログでも掲載させていただくことにいたしました。

お父さん、お母さんであれば、息子娘に読ませてあげてもらいたいですね。そして一人でも多くの兄弟姉妹に読ませてあげてください。


とても真摯な内容です。そして深い愛を感じます!


<以下櫻井正上さんが二世に宛てたメッセージです>

二世の兄弟姉妹の皆さんへ

先日、教会の責任者に宛てた私のメッセージが外まで広がり、多くの方々の目に留まるようになりました。特に二世は情報も早く、既に多くに知れ渡っているに違いありません。本来、二世の皆さんには、もう少し違った角度で、それぞれの事情に合わせて伝えようと思っていました。今更かもしれませんが、こうした観点から、何点か補足させてください。

まずは、純粋に信仰している二世の兄弟姉妹の皆さんに伝えます。
驚かせてしまったこと、すまなく思います。中には、不安を覚えたり、傷ついてしまった兄弟姉妹もいるかもしれません。しかし、私は神様への信仰をなくした訳でも、父母様を不信した訳でもありません。ただ、顕進様を愛し、支えることが、神様のみ旨を果たし、本当の意味で父母様を支え、解放して差し上げることだと、本気でそう思いました。
もし、顕進様の歩まれる動機が「真の愛」でなかったなら、単なる意地や虚栄心、歪んだ感情でしかなかったなら、私はそれを支持しようと思わないでしょう。また、神様の摂理を忘れ、父母様への心情を失い、自分本位な道に進もうとされているのであれば、私は顕進様を証ししたいとも思いません。
皆さんは周囲から、かつて顕進様が「父母様の前に自己否定できず、絶対服従できなかった」ことから、今日の困難が生じてきたと聞かされてきたかも知れませんが、私は違うと思います。むしろ、カインの子女である私たち祝福家庭が、またその代表たちが、当時、アベルの子女として立っておられた顕進様を正しく侍ることができず、逆に、自らの立場と観点から父母様の前に讒訴し、これを「打った」ことが大きな問題を引き起こしたと感じています。サタンがいるなら、それを讒訴しない訳がないでしょう。
天一国時代は「子女の責任時代」であり、ここで起こってきた課題は、父母様に背負わせるべき課題ではなく、私たち子女たちが自らの責任をもって解決すべき内容だと、私は思います。子女の基台を立て直すことなく、父母様が安着できる基台はないからです。それが今、私が顕進様を支えようと思う理由であり、教会が変わらなければならないと願う理由です。

また、遠巻きに教会をシビアに見つめている兄弟姉妹の皆さんに伝えます。
ある意味では、皆さんが最も客観的に、教会の課題を見据えているのかも知れません。「船内」にいれば、内装が変わったり、施設が補強されたり、補修作業がなされていることを実感しますが、外から見れば、船の行き先が違うとか、船体が傾いているとか、外装が古びている等、内側からは気付けない点に気付くでしょう。信仰論での「ごまかし」が効かない分、「白は白、黒は黒」「問題は問題」となるのでしょう。
私もこれまで皆さんから数々の指摘を受けてきました。「教会よりも社会に貢献している団体は沢山ありますよ」「改善する、変革すると聞き続けてきましたが、正直、変化を感じません」「そもそも教会は一体、何がしたいんでしょうか」…etc。
教会に批判的な声を挙げる二世ほど、関心が高いのかも知れません。もっとこうすべきだ、なぜこうしないのか、と。特に過去、教会に通い、熱心に活動していたメンバーほど、批判精神も旺盛なのではないでしょうか。私は思います。今、遠巻きに見つめている二世たちの多くも、心のどこかに、かつて純粋に信仰し、涙ながらに祈った、その時の「魂」を宿しているのではないか、と。
私は統一運動の本質とさらなる可能性とを、顕進様の中に見ています。無論、顕進様のもとに行ってみない限り、分からないことも多々ありますが、一つだけ確かなことは、顕進様には「ビジョン」があるということです。教会という枠を越え、宗教の垣根も越えて、統一運動を、父母様の理想を、社会に広げる力をもった方が顕進様だと私は思います。
教会から非難され、迫害される中でも、顕進様は社会からの信頼基盤を着実に築いて来られました。皆さんなら、教会内で聞かされる顕進様の情報と、社会の人々の評価と、どちらを信頼しますか? 真の父母様の伝統がどこに結実し、神様の摂理がどこに生き続けているのか、関心をもって見つめ続けてみてください。

次に、私をよく知る兄弟姉妹の皆さんに伝えます。
皆さんには最も辛い思いをさせてしまっているに違いありません。そのうち、私と会ってはいけない、といった通達が出るのかも知れませんが、私は躊躇わずに、皆さんに会いに行こうと思います。二世の関係というのは、何かそうした組織に縛られるような関係ではないと思うからです。
また、私はたとえ立場や役職が変わろうとも、自らの置かれた状況が変わろうとも、指向する方向性や言わんとする本質は、何も変わらないと思います。私はこれまで、ただただ、真の家庭が一つとなり、この運動が再び一つになることだけを願い続けてきました。それは今も、またこれからも変わらないでしょう。それを成すための方法論が一つだけだとは言いませんが、私は真の家庭を一つにするために、私にできる全てのことをしていくつもりです。
教会の責任者の中には、私が顕進様の側に行けば、私に近い二世たちが一緒に行ってしまうのではないかと心配する声があるようですが、私はそんなに単純な話ではないと思っています。人にはそれぞれコミュニティーがあり、つながりがあります。また、多くは現状に「変化」をもたらせることを望まないでしょう。私もそれは重々、承知しています。皆さんがどうするかは皆さん自身が決めることですが、私はただ、私の知った「真実」を伝えに行きたいと思っています。
中には、そうした行為を「組織間における人の奪い合い」だとする人もいますが、私はそうは思いません。組織が人を所有することなどできないからです。人は自らがそこに喜びを見いだし、希望を見い出した時、それを最も親しく、大切に思う人たちに伝えようとするものです。それを規制することなど、誰にもできないでしょう。
無論、私が最も願うことは、この教会が顕進様側を分派とみなしてきた見解を改め、姿勢を変えることです。一つになることを妨げてきたのは、教会が喧伝してきた誤った情報であり、外の情報を遮断してきた「見えない壁」だと思うからです。私は人が何を信じ、何に人生を賭けるかは、見て、聞いて、触れて、祈って決めるべきだと思っていますし、皆さんにもそうあって欲しいと思っています。

最後に、顕進様を愛する兄弟姉妹の皆さんに伝えます。
皆さんは今、顕進様をどう見つめていますか?皆さんは顕進様が本当に、お父様に背を向け、教会を飛び出したと思っているのですか? 顕進様はかつてこう語られました。「私はただ父母様が可哀想だからこの道を行くのではない。あらゆる迫害の中でも、神様の夢と願いを叶えようとされる父母様を見つめているうちに、その神様の夢と願いとが、私自身の夢となり、願いとなったのだ」と。顕進様にとって、大切なことは、神様の願い、父母様の願いを果たすことでした。誤解されたり、否定されたくらいで、顕進様が自らの生き方を変えられるでしょうか?
顕進様の語られることは、昔から一貫していました。それは「神様の夢」です。「キリスト教徒たちはイエス様を愛すると言いながら、イエス様が果たそうとされた神様の願いを見ていなかった。私たちが本当に父母様を愛するなら、父母様が生涯をかけて果たそうとされた神の願いに生きなければならない。神様の夢に生きなければならない」。
神様の夢の主人になる―。それが当時から今に至るまで、顕進様が言い続けて来たことの核心であり、私をはじめ、多くの教育者たちが、今に至るまで皆さんに伝え続けてきた二世教育の本質であったと信じます。皆さんは、神様の夢と父母様の夢が「違う」と思いますか? 或いは、父母様が見ている神様の夢と、顕進様が見ている神様の夢とが、本当に違うものだと思いますか? もし、同じ夢を目指しているのに対立や葛藤が生じているのだとすれば、それはどこかに「歪み」があるからに違いありません。
皆さんは以前、こんなふうに学んだことを覚えていないでしょうか? 一世と二世、教会とCARP、カインとアベル、各々が様々な違いから衝突した場合、両者が互いに向き合い、自らの横的観点で主張し合っても溝は埋まりません。しかし、両者が共に目指すべき「大きな夢と目標」に向かって立つ時、その両者の間に立ちはだかる壁を越えることができるのです。それが「組織の観点よりも、ビジョンと方向性を見つめるべきだ」と私が考える理由です。
そしてもし、両者の向かうべき「方向性」そのものが違ってしまっていることで対立してしまっているとするならば、私は「神の原理と摂理」からみて、正しい方向性を志向している側に立たなければならないのではないか、と思うのです。

 様々な情報が錯綜し、混沌としている時代です。何を信じ、どう考るべきか、混乱することも多いでしょう。また、「何かがおかしい」「このままでいいんだろうか」という疑問を抱きながらも、「信じて歩もう」「不信仰に陥っちゃいけない」「何か意味があるんじゃないだろうか」として、逆に「考えるのをやめてしまっている」ケースもあるに違いありません。
ある人々はいいます。「そもそも信仰とは、分からないもの、信じ難いものを信じることなのだ」と。しかし、私はそう思いません。信仰とは「問いかけ」です。信仰生活は「なぜ」「どうして」の連続であって、問うことをやめ、考えることをやめ、祈ることをやめてしまったら、そこから信仰は薄れて行くのです!
そしてまた、信仰は時として、私たちに「決断」を求めます。私にとっては、それが「今」でした。これが賢明なことなのか、愚かなことなのか、それは後世の歴史からしか判断できないでしょう。ただ、この決断は、天の前に必死に祈り求めた結果でした。今後、自分がどう導かれるかは分かりませんが、迷わずに進んで行こうと思います。
皆さんにおいても、「問いかけ」をやめないでください。問いかけなくして、答えは与えられないからです。私が皆さんに与えられるのは「回答」ではなく、「問いかけ」です。その中で皆さんが見出す「回答」に、また「決断」に、天の導きが共にあることを心から祈っています。

2017年10月16日 櫻井 正上 


衝撃❗️ネパールの家庭堂がネパール共産党と統合、北朝鮮の高官との会談も... (韓国CARPカフェの記事10.10)

2017-10-12 13:12:40 | 統一家の行くべき道

韓国CARPカフェに衝撃の記事が掲載されたとその内容を送ってくださいました。

家庭堂が共産党と統合とはどいう言うことなのでしょうか!ネパールの家庭堂の活躍は度々家庭連合内部でも報じられて来たと思いますが、事の次第、実際はどのようなことが進行しているのでしょうか?

 

衝撃❗️ネパールの家庭堂がネパール共産党と統合、北朝鮮の高官との会談も...
(韓国CARPカフェの記事10.10)

 

衝撃的なニュースをネパールの食口から聞きました。
ネパールの家庭堂がネパール共産党と統合されたそうです。
統合とは言っても吸収されたということです。
マオイスト(毛沢東主義)党も共産党と統合されました。
想像することのできないことが起こりました。
これは韓国の家庭堂が北朝鮮の労働党に吸収されたようなものです。
11月にネパールの国会議員総選挙があるのですが
エクナットが国会議員のバッジを得るためにそのような野合をしたのでしょうか?
国会議員の椅子がただなわけがないだろうし
これからは莫大な政治資金を共産党に捧げなければならないかもしれませんね。
結局、共産党員になるために家庭堂があったのでしょうか?
ヨン・ジョンシク会長が年始めに報告した時、ネパールの家庭堂員が数十万いるようなことを報告したそうなのですが、それはすべて嘘だったのでしょうか?
それとも、結局、彼らも皆、共産党員になってしまったのでしょうか。
あまりにも呆れ果てて何も言えません。
どうかお母様、しっかりなさって下さい。
代表的な保守論客であるチョ・ガプジェ氏は、
自身の記事で、お父様と統一教会を最も代表的な親北勢力であるとし
統一されれば最も先に処断されなければならない容共勢力であると評価しました。
特に最近、CBSでは北朝鮮の核ミサイルの開発と統一教会の関連性に関する疑惑を扱っていますが
ネパールのニュースが世間に知られると
統一教会は共産党であると言われるようになるでしょう。
黙って目を瞑っていようと思っていたのですが、ついでにもう一言だけ付け足すと。
今の時勢がどのような時勢なのか、このエクナットが北朝鮮を堂々と訪問し
彼らの宣伝の道具になったのですか?
北朝鮮で完全に洗脳されて戻ってきて
このように家庭堂を共産党に吸収されるようにしたのではないのでしょうか?
下の写真2枚をネパールの現地食口から受けとり、本当に気絶しそうなくらいに驚きました。
エクナットの一行が8月中旬に北朝鮮を秘密裏に訪問し
北朝鮮の高官と接触、秘密会談を行ったそうです。
写真に写っている北朝鮮の高官が誰なのか調べてみたところ
イ・スヨン朝鮮労働党副委員長のようです。
この人は、キム・ジョンウンがスイスに留学していた時に後見人の役割をした人で
現キム・ジョンウン政権においては実勢の中の実勢です。
世界を騒然とさせた北朝鮮の6回に渡る核実験は約2週間前のことでした。
どうしてこのようなことが...
一体、どのような密談が交わされたのでしょうか?
もしかして今回の共産党との合併にも関連があるのでしょうか?
どうか家の中の取り締まりはしっかりとしてほしいものです。
ただでさえ米国のサンクチュアリのニュースだけでも頭が痛いのに
こんなニュースまで聞こえてくるとは... 



災いである!天倫を破壊したサンクチュアリ、道化芝居はもう止めろ!(パイオニアカフェ 投稿記事から)

2017-10-08 19:10:00 | 統一家の行くべき道

パイオニアカフェに匿名で投稿された記事です。最近サンクチュアリ教会で行われた真の父母様の離婚再婚儀式について記述しています。参考までに転載させていただきます。果たして我々祝福家庭は御父母様の離婚再婚と言う儀式をどう受け止めたらいいのでしょうか?


災いである!天倫を破壊したサンクチュアリ、道化芝居はもう止めろ!

 

非倫理的で反社会的な犯罪

先日に行われたサンクチュアリによる真の父母様の離婚再婚儀式は、全世界の統一家にメガトン級の衝撃を与えた。その理由は、かつての統一教会、そしてUPFの世界会長であり、統一家の後継者として知られた人物のよってYouTubeに公開されたからである。そこには四男の國進氏夫婦や劉正玉、江利川といった元老たちが参加し支持を示した。

 

祝福式はチームエルダーの司会で進行された。真のお母様の犯罪を告げる儀式で始まり、それによって真のお父様との離婚成立が宣言された。祝福家庭と思える3人の人によって犯罪の事実が朗読された。そして真のお父様の釜山避難民時代に韓国で始めて伝道された姜賢賓氏が新しい真の母として選ばれたことが発表された。姜賢賓氏は支えられながら登場した。亨進氏は、新たに真の母として選ばれた姜賢賓氏に彼と彼の息子シンジュン氏に敬拝させた。司会者は「韓鶴子の犯罪」が真のお父様の血統を敬拝しないことなので行われた儀式であるとした。亨進氏はこの祝福式を認定する祈祷を捧げた。劉正玉による祝福式の摂理的意義に関する説教が続いて行われた。

 

この事件をどのように見るべきなのだろうか。サンクチュアリによるこのような行動は非原理的であり反摂理的であるのみではなく、社会的に見ても非倫理的であり反社会的である。

 

亨進氏は自身の実母を否定し母親を取り替えた。古今東西、人類の普遍的な常識から見てもこれは天倫に反する事件である。親子の関係は永遠であり不変なものである。それは、神様が堕落した人類であったとしても子であるがゆえに放棄せず、最後まで救おうとされる理由と同じである。親が自分の志と合わなかったり、たとえ犯罪を犯したとしても、親と子の関係は断ち切れない。それが普遍的な親子の愛の秩序である。子が死んだ親を離婚させて新たに婚姻させるということはあり得ないことである。堕落した世界の倫理観に照らしてもこれは非倫理的であり反社会的な行為でしかない。

 

真の父母様の勝利圏を否定する非原理的で反摂理的な犯罪

サンクチュアリは、この儀式がこの世的に反するものだとしても原理的であると主張したいことだろう。しかしこの祝福式に原理的な部分は微塵もない。それどころかこの事件は、復帰摂理史において最も醜い反原理的で反摂理的な事件として記録されるだろう。

 

何よりも「真の父母様の勝利圏」を根こそぎ否定する事件であるからである。真の父母様の勝利圏とは、真のお父様が真のお母様を迎えて真の家庭を成し、真の家庭の実現を通して祝福の理想を世界化、天宙化することのできる勝利的基台を立てることを意味する。それが勝利圏と呼ばれる理由は、神様が真のお父様を復帰されたアダムの立場に立てる過程や復帰されたエバを探し立てる過程そのものが千辛万苦の苦労の過程であったからである。このような過程は想像もできない苦難の過程であったと真のお父様は何度も教えてくださった。1960年、聖婚式を通して夫婦を成し、最初の子女を出産されることよって真の父母の位置に立たれ、人類歴史において初めて真の家庭理想を地上に実現されたのである。人類が祝福を通して血統転換の道に参加できるのは、真の父母様が真の家庭を実体化させた勝利的基台の上にあるからである。真のお母様は生涯を通して14人の子女を出産された。これは真のお母様の絶対的な貢献である。たとえ真のお母様が現在では非原理的な立場に立っておられたとしても、サタンも讒訴できない人類歴史以来初の真の家庭を成した真の父母様の勝利圏は変わらないのである。ところが亨進氏とサンクチュアリは、真の父母様の勝利圏を否定した。これは自身の権威を立てるための目的以外の何ものでもない。

 

復帰されたエバの選択は唯一アダムの権限

真のお母様を選び、どうしようもない状況にあって変えることのできる権限は、唯一、真のお父様にある。真のお父様の最初の夫人が責任を果たせずして選ばれたのが現在の真のお母様である。創世記には神様がアダムのあばら骨をとってエバを創造したとされたとあり、それをエバと名づけたのがアダムであったと記録されている。聖書のこのような内容は、アダムがエバのアイデンティティの根であることを説明しているのである。これは、アダムがエバに対し主体的格位にあると見る原理的見解と一致する。たとえエバが堕落したとしてもアダムさえ堕落せずに原理的立場にあったならば、エバを新たに立てて復帰摂理をすることができるという原理の説明がそれに該当する。真のお父様も最初の聖婚をされたが、復帰されたエバの立場に立てられた女性が摂理的使命を悟ることができず、どうしようもない状況となり、今の真のお母様と聖婚されたのである。そのようにして新しいエバを再び探さなければならない理由は、復帰摂理の最終目的である真の家庭を成すためである。つまり、子女を産んで新しい家庭を成すためのものである。

 

ところがお父様はすでに霊界に逝かれた。霊界に逝かれたお父様は新しい夫人を選択することができず、たとえ選択されたとしても、地上の女性と子女を産むことができない。したがってメシア顕現の根本目的である真の家庭を成すこととは何も関係もないことになる。まるでイエス様が家庭を成すことができずに十字架にかかり、イエス様を中心とした真の家庭理想の実現は再臨主の時にまで延長されたのと同じである。

 

真の父母の使命と真の家庭の安着は真の子女に移譲

しかし、真のお父様は真のお母様と共に14人の子女を生んで真の家庭を地上に実体化させられた。真の父母様が果たせなかった地上におけるすべての使命は、第2世代の真の子女たちに移譲されるのである。真の子女は真の父母様が残された種である。この種を中心に救いの摂理は継続されるのである。つまり、人類歴史において初めて真の家庭理想を実体化させる勝利的基台を真の父母様が立てられ、これを安着させる責任と使命は真の子女たちに伝授されることが原則である。

 

真のお母様は「独生女」を主張され、非原理的な道を歩まれることにより摂理的混乱をもたらした。真のお母様の最大の使命は、真の子女を育てて真の家庭を安着させ、人類救済の使命を引き継がさせ、神様の摂理が後世代に相続されるようにすることであった。子女としての私たちの真のお母様に対する姿勢はどうあるべきなのか。子女として、命をかけて真のお母様の間違った選択と行動を正すことに努力するべきである。

 

姜賢賓と一世元老たちの天宙史的犯罪

真のお母様が間違った道を歩まれるのでその位置に自分が立とうとする姜賢賓の行動は、原理的に容認できない天宙史的犯罪である。韓国で真のお父様に誰よりも先に出会った姜賢賓は、真のお父様が真の家庭を立てられるにあたり、どれほど苦労の道を歩んできたのか、真のお母様の路程がどれほど辛いものだったのか、誰よりも理解できる位置にいた。そして、真の父母様の勝利圏が意味するところが何であり、なぜ真の家庭が重要なのかについても、いくら高齢の老人であったとしても知るべきである。そのような提案があったとしても、自分がどのような資格を備えているかを振る帰って見なければならない。姜賢賓に一体どのような資格があるか。すでにずいぶん前に祝福を受けており、また、聖アウグスティヌスと霊界祝福を受けるという恩恵まで受けた既婚の立場にあった。果たして霊界の真のお父様が14人の子女を生んだ真のお母様を捨て、妻として迎えられるのだろうか、一人も子女を産んだことのない自身が、一滴の血も交えない地上の真の子女たちと実体的愛の関係を結ぶことができるか、自身の知恵で判断しなければならない。

 

劉正玉、江利川といった彼らは、真のお父様に最も近くで侍ってきた元老である。彼らのこのような非原理的な行動に付和雷同することは真のお父様に対する反逆である。再臨のメシヤである真のお父様の最大の遺産は真の家庭である。したがって、真のお母様の行為が非原理的であるならば、これを正すための努力をしなければならない。ところが彼らは、その家庭を保護するのではなく破壊する先頭に立った。真のお父様を離婚させ、真の家庭の長子権を破壊することに賛同した彼らの犯罪もまた、天宙史的犯罪である。劉正玉が摂理的意義とした浅く酷い論理は、摂理史の中において永遠の審判を免れることはできないだろう。

 

サンクチュアリ、天一国二代王の道化芝居を中断せよ!

彼は自身の天一国二代王の権威を高めるために、実の母親を否定して真の父母様を離婚させるという極悪非道を犯した。このような儀式は、真の父母様の勝利圏と真の家庭の安着、人類救済の摂理のためのものではなく、ひたすら自分の権威を高めるためのものでしかない。彼が家連合の世界会長だった時に見せた奇妙な行動と説教はすべて非原理的な内容であった。今も、王冠をかぶって銃を持つという奇異な行動は見る人に悪寒を与える。

 

統一教会の指導者は真実を伝える時がきた。驚天動地のこのような事態を見ても教会が沈黙することは、事態の本質が何なのかを語っているのである。彼をフランケンシュタインにしたのはまさに統一教会の指導者である。数年前までは、彼らは文亨進氏を後継者として擁立し、知らせることの先頭に立った。彼らは共謀者であり反逆者である。そんな彼らは、今、真のお母様の独生女、偶像化に余念がない。

 

統一教会の指導者には天一国二代王の道化芝居を中断させる能力がない。この道化芝居を中断させることができる力はサンクチュアリの信徒たちにある。彼に従うサンクチュアリすべての祝福家庭は、自分たちがどのような位置にいるか原理をもって見直してほしい。そうしてこそ、彼の道化芝居をこの辺りで止めることができる。そうでなければ、自分たちはもちろん、後世までもその代価から免れることはできないだろう。銃を持って王冠かぶるその姿に対する世の中の蔑視と嘲笑はその一部に過ぎない。天の審判は炎と怒り(Fire and Fury)になるだろう。

 


櫻井正上さんの声明文(3/3)

2017-10-04 13:56:14 | 統一家の行くべき道

櫻井正上さんの声明文(3/3)


私はかつて母の行動を止めようとしました。それは母を「守ろう」としたからです。しかし、母が切な祈りの中で、自らの立場よりも、名よりも、生活よりも、自らの聖和のことよりも、神の理を思い、父母を思い、食口を思い、「私は父母から愛された者だ、日本教会の長女なのだから」と、自らの全てをかけてを上げようとする姿にれた時、これを止めることはできませんでした。

 

私も今、それと同じ思いです。私は日本教会を、これ以上、、神の理を進めようとする方を打つ側に立たせたくないのです!どうか、一方的で誤った情報を食口たちにえることを中してください。その責任は牧者の方が負うべきではありませんし、負って頂きたくもないのです!今からでも、この船の方角をえたいのです!お母を本に支え、食口たちを神の理の方向性へ向かわせることのできる方はだ !と、私は信じます。 

 

もし、皆さんがこのメッセジを、に分派の“毒”に冒された違いの叫びだと思われるなら、石を投げつけてくださっても構いません。しかし、もし皆さんの中に、“別の”を聞かれる方がおられるなら、周や偏見にとらわれず、“真実”を求めけてください。母の二つの書簡をはじめ、自らの信仰生命をかけて真実えようとしている人の言葉に耳を傾けてください!“財産泥棒”“食口泥棒”という汚名を着せられ、あらゆる迫害を受けながらも、必死な思いで私たちにきかけてきた、真実の言葉に耳を傾けて頂きたいのです!

 

また、真実を求めようとする食口たちがいるなら、それを罪しないでください。人は真実を求めるものです。皆さんもこの道にられる時、同じだったのではないでしょうか?本に“真実”に立っている側は、「見るな、聞くな、れるな」とは言いません。見て、聞いて、れて、祈って判せよ、と言うはずです。幼い二世や食口は別かも知れませんが、先輩家庭や年食口にして「あちらの集に行ったら罪人とする」などといった況は、“正常”とは言えないでしょう!

 

真実は周が認めるから真実になるではありません。たとえ周りの全員から反されようと、真実はそれだけで真実でしょう。私たちが御言を知る者であり、神を信じる者であるなら、真偽を見分ける判基準は、本部の見解でも、威ある者の言葉でもなく、“原理”であり、“神の理”でなければならないのではないでしょうか?また、自らが何を信じるべきかは“神”と“理”によって判しなければならないのではないでしょうか?私にとって、この行動はその結果でした。 

 

仮に、皆さん一人一人が自らの信じる“真実”をげ始めることで、この教会に“混”が生ずるのだとすれば、それは今、この教会が“本的な態でない”ことの現れではないでしょうか?私も“混”を恐れてきた人間です。しかし、もしそれが、この運動の本態を取りそうとする過程の中で生じる混であるなら、私は、その混を“避けてはいけない”と思うのです。

 

最初に記したように、この運動の方向性を誤らせた原因に、祝福家庭の言動や姿勢があったのだとすれば、私たち一人一人はこの問題にする5%の責任を負っています!それを果たさないまま、全ての責任をの家庭に負わせてはいけない、と思うのです。また、ただ信じて、沈し、傍することが、その5%を果たすことではない、と、私は思うのです。

 

今、私にとって大切なことは、自らのなる本心のを信じ、沈を破って、自らが信じる真実を、皆さんにえることです。一人のはほんの小さなものでしかないのかもしれません。しかし、それが真実から語られる言葉であり、であれば、人の心にもくはずです。また、一人一人のはどんなに小さくとも、それが一つのになるなら、“潮の流れ”もえることができるのではないでしょうか?

 

かつてのお父のように、年間、どんな迫害にも、苦難にも、誹謗中傷にも、わることなく、自らの抱いた信念を、真実を語りけ、叫ばれけた方の姿を見た時、また、その方の根底にあるものが、恨みでも、怒りでも、憎しみでもない、天にする、父母する、食口たちにする“の愛”であったことに付いた時、私にも、一つの悟が生まれました。

 

難しい時代、困難な時代だからこそ、“信仰”が求められるに違いありません。私は改めて神の導きを信じたいと思います。また、真実に立つ一人一人によって、この運動がこの難局を越え、立と混の時代を越えて、神の理の中で全てが一つとなる日がることを、心から信じてやみません。

 

 

2017年10月1日 櫻井正上