メンデルスゾーン:バイオリン協奏曲
ブラームス:バイオリン協奏曲
ベートーベン:バイオリン協奏曲
パガニーニ:バイオリン協奏曲第1番
バイオリン:フリッツ・クライスラー
指揮:サー・ランドン・ロナルド(メンデルスゾーン)
ジョン・バルビノーニ(ブラームス/ベートーベン)
ユージン・オーマンディ(パガニーニ)
CD:英PAVILION RECORD LTD.,
このCDはメンデルスゾーンが1953年、ブラームス、ベートーベンが1936年、パガニーニが1938年とまことに古い録音なのであるが、メンデルスゾーンとパガニーニは奇跡的にノイズが除去され、しかも音の響きに豊かさが残されており、現在のCDコンサートで再生されてもそんなに違和感なく聴くことができる(ブラームスとベートーベンは残念ながらノイズが酷く、現役盤とはいえない)。オーディオ技術が発達し、生の演奏と見まごうばかりのCDが発売されている現在でも、SP盤の愛好家は存在する。これは何故かというと、最新のオーディオよりSP盤のほうがなまなましく聴ける場合があるからだ。
人間の耳は不思議なもので、自分が聴きたい音だけが大きく聴こえ、聴きたくない音は小さくなる。このことは補聴器を付けてみればすぐ分かる。補聴器はすべての音を拾うので、長時間使用すると苦痛になる。これと今のオーディオは同じことで、正確にすべての音を拾って再現はしているのだが、これが必ずしも心地よいかというとそうでもない。コンサート会場でバイオリン協奏曲を聴く場合、聴衆はバイオリンの演奏に集中し、オーケストラの音は背景にして聴く。SP盤は録音技術が低かったので、バイオリンの音の再現に集中して、オーケストラの音は背景の音として処理されている。これが逆に聴いていて心地よさにつながることがある。このCDのメンデルスゾーンとパガニーニはまさにこの典型的事例といってよい。
ここでのクライスラーのメンデルスゾーンとパガニーニの演奏は、まさに神業ともいえる名演を聴かせる。ポルタメントの香りがして、なんともチャーミングな演奏に終始している。こんな演奏をするバイオリニストはCDでも生でも聴いたことがない。普通バイオリニストは弦を叩きつけるようにして演奏を行う。多くの場合、弦との格闘といってもいいほどだ。ところが、クライスラーは一切格闘はしない。バイオリンの弦があたかも自然に鳴り出すがごとく演奏を行う。私はクライスラー作曲のバイオリンの小曲が大好きなのであるが、演奏スタイルもまさにこれと同じく、まことに愛らしく、スマートで、セクシーですらある。このような演奏スタイルのバイオリニストは今少なくなっている。ただ、一回だけ久保田巧のコンサートで、彼女がアンコールで弾いたクライスラーのバイオリンの小品を聴いて一瞬“あっ”と感じたことがある。いま思うとクライスラーの奏法とそっくりだ。クライスラーのバイオリン小品を弾かせたら久保田巧は今、世界のトップクラスにあるのではないかと思う。
ところで現在、バイオリンの国際コンクールとして、1979年から4年ごとにフリッツ・クライスラー国際コンクールが開催されている。これまでの日本人の入賞者を挙げてみると、第1回石川静(第3位)、清水高師(第4位)、小西朝ヤンコフスカ(第5位)、第2回久保田巧(第2位)、第4回樫本大進(第1位)、第5回小野明子(第5位)、石橋幸子(第6位)、第6回米元響子(第3位)となかなか健闘していることが分かる。今後これらに続くバイオリニストが生まれてくることを切に期待したい。(蔵 志津久)