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◇クラシック音楽◇NHK‐FM「ベストオブクラシック」レビュー

2020-05-26 10:42:21 | NHK‐FM「ベストオブクラシック」レビュー



<NHK‐FM「ベストオブクラシック」レビュー>
                              



~カザルス四重奏団のベートーヴェン:弦楽四重奏曲第6番/第16番/第15番~



ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第6番 変ロ長調 作品18第6 
        弦楽四重奏曲第16番 ヘ長調 作品135
        弦楽四重奏曲第15番 イ短調 作品132
               
弦楽四重奏:カザルス四重奏団
        
        ヴェラ・マルティネス・メーナー(ヴァイオリン)
        アベル・トーマス(ヴァイオリン)
        ジョナサン・ブラウン(ヴィオラ)
        アルナウ・ト-マス(チェロ)
                              
収録:2018年6月19日、スペイン、マドリード国立音楽堂       
                  
提供:スペイン放送協会

放送:2020年4月21日(火) 午後7:30~午後9:10 
 
 今夜のNHK‐FM「ベストオブクラシック」は、2018年6月19日、スペイン・マドリード国立音楽堂で行われたカザルス四重奏団のベートーヴェン:弦楽四重奏曲第6番、第16番、第15番の演奏会である。カザルス四重奏団は、1997年マドリッドで結成された。2000年「ロンドン国際弦楽四重奏コンクール」優勝(ユーディ・メニューイン賞)、2002年ハンブルグの「ブラームス国際弦楽四重奏コンクール」優勝をはじめとする数々の国際コンクールで最高賞に輝く。これにより、カザルス弦楽四重奏団はヨーロッパで最も注目を浴びる弦楽四重奏団としてその実力を認められることになった。これまで、ロンドンのウィグモア・ホールなど、世界の音楽の殿堂に頻繁に招かれている。ヨーロッパ各国、アメリカ、南米、中国への演奏旅行、ザルツブルク音楽祭をはじめ、ヨーロッパ各地の著名な音楽祭へ参加。また、スペイン国王夫妻の外国公式訪問にも同行し演奏した。スペインが生んだ初の国際的名声を確立したカルテットとしての功績が認められ、2005年「バルセロナ市賞」を受賞、さらに、2006年にはスペインの音楽家にとって最も栄誉ある「国民音楽賞」を受賞している。2007年の初来日、以降2009年、2011年、2014年、2018年、2019年に日本ツアーを行ったが、2018年には「サントリーホール・チェンバーミュージック・ガーデン2018」に招かれ、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲全曲演奏(全6回)を行った。ベートーヴェン生誕250年記念イヤーへ向けた「ベートーヴェン弦楽四重奏曲全集」(第1弾<2018年>、第2弾<2019年>、第3弾<2020年>)をリリース。
 
 今夜最初の曲は、ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第6番。この曲は、1800年頃、6曲からなる作品18の弦楽四重奏曲の1つとして書かれた。堂々とした曲想と構成をもった作品で、第2楽章に新しい様式が採用されているのが特徴。この曲でのカザルス四重奏団の演奏は、若き日のベートーヴェンの作品を生き生きと見事に表現し切った。テンポも安定している。第1楽章と第3楽章では、4人の奏者が嬉々としてベートーヴェンの青年らしい若々しい表情を存分に表現しており、聴いていてその心地よさに心が和む思いがする。第2楽章は、ベートヴェンの中期に向けての飛躍を予言するような曲想を持つが、カザルス四重奏団は、あくまでゆっくりとしたテンポで、伸び伸びと歌い上げる。そして、第4楽章は、「ラ・マリンコニア(憂鬱)」と名付けられた序奏をもつ自由なロンド形式の曲。このあたかも後期の弦楽四重奏を思わせる曲想を、カザルス四重奏団は、それまでの楽章とは一転して、重厚な表現に徹して演奏する。楽章間の落差をさりげなく適格に表現することができるカザルス四重奏団の実力には感服させられた。
 
 次の曲は、ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第16番。この曲は、死の5か月前の1826年に作曲され、ベートーヴェンが完成させた最後の弦楽四重奏曲であると同時に、ベートーヴェンのまとまった作品としても生涯最後の作品となった。後期の四重奏曲の中では最も小規模であるが、深い意味合いを持ったその内容は、古今の弦楽四重奏曲の最高峰に位置付けられるほど。形式的に見ると、古典的な4楽章形式に戻っている。ベートーヴェンは自筆譜に、終楽章の緩やかな導入部の和音の下に、“かくあらねばならぬか?”と記入しており、より速い第1主題には、“かくあるべし”と書き添えている。この文の意味については諸説あるが、現在に至るまで謎のままである。この曲でのカザルス四重奏団の演奏は、第1楽章と第2楽章では、ひと際、簡潔な演奏スタイルが印象に残る。第3楽章では、死を前にしたベートーヴェンの澄み切った心の一端を覗き込むようにして演奏する。そこには諦観にも似た安らぎすら感じさせる演奏内容である。実に安定感のある演奏内容に徹しており、それを聴くリスナーの心も自然に安らぐ。第4楽章では、一転してベートーヴェンは叫び、激しく、そして力強く動き回る。死を前にしてもベートーヴェンは、闘争を止める気なぞさらさらないようだ。カザルス四重奏団は、この目まぐるしく変わるベートーヴェンの複雑な心境を、巧みな演奏技術をもってして表現し尽くす。見事というほかない。
 
 最後の曲は、ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第15番。この曲は、1825年に作曲され、全部で5楽章で構成されている。最初は、通常の4楽章構成を考えていたようであるが、病気のために作曲が中断され、快復して再着手した際に、第3楽章が挿入された。このため第3楽章には副題として「病気が治った者の神に対する感謝の歌、新しい力を感じながら」と記されている。「第12番」「第13番」と同じく、ニコライ・ガリツィン伯爵に献呈されたが、作曲順は、これら2曲の間に作曲された。新鮮な感覚と生気に満ちた作品で、全体の統一感がひと際優れている。第1楽章と第2楽章では、カザルス四重奏団のその緻密な演奏内容に聴き惚れる。中庸を行く演奏なのであるが、少しの凡庸さもなく、さりとて極端な緊張感もリスナーに与えない。そこには音楽を奏でる喜びだけが存在するかのように、静かに時が流れていくのだ。後期に至ったベートヴェンの心に宿った音楽の何と麗しいことか。病との戦いなどは微塵も見せないベートーヴェンの精神力の強さを感じることのできる演奏内容だ。そして、病が治った感謝の気持ちを込めた第3楽章のモルト・アダージョが始まる。カザルス四重奏団の演奏は、ここでさらに深みを帯びる。我々はともすると、生きていること自体への感謝の念を忘れがちだが、カザルス四重奏団でこの第3楽章の演奏を聴くと、生きていること自体への感謝の念を改めて思い起こさせてくれる。今夜のカザルス四重奏団の演奏は、ベートーヴェンの心の中を赤裸々に表現し尽くして、リスナーに前に提示してくれる、類まれな演奏会だったと言えよう。
(蔵 志津久)
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