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◇クラシック音楽◇NHK‐FM「ベストオブクラシック」レビュー

2020-08-25 09:38:20 | NHK‐FM「ベストオブクラシック」レビュー



<NHK‐FM「ベストオブクラシック」レビュー>



~イゴール・レヴィットのピアノ独奏、イヴァン・フィッシャー指揮バイエルン放送交響楽団のモーツァルト:ピアノ協奏曲第22番/チャイコフスキー:交響曲第4番~



モーツァルト:ピアノ協奏曲第22番
チャイコフスキー:交響曲第4番

ピアノ:イゴール・レヴィット

指揮:イヴァン・フィッシャー  

管弦楽:バイエルン放送交響楽団
              
収録:2020年1月16日、ドイツ、ミュンヘン、ヘルクレス・ザール   
                  
提供:バイエルン放送協会

放送:2020年7月29日(水) 午後7:30~午後9:10

 今夜のNHK‐FM「ベストオブ」クラシック」は、イゴール・レヴィットのピアノ、イヴァン・フィッシャー指揮バイエルン放送交響楽団による演奏で、2020年1月16日、ドイツ、ミュンヘン、ヘルクレス・ザールにおけるモーツァルト:ピアノ協奏曲第22番とチャイコフスキー:交響曲第4番の演奏会の放送である。
 
 指揮のイヴァン・フィッシャー(1951年生まれ)は、 ハンガリー、ブタペスト出身。ユダヤ系ハンガリー人で、父シャーンドル、兄アダム、従兄弟ジェルジも指揮者という音楽家の一家。ウィーン音楽院でハンス・スワロフスキーに師事。ナショナル交響楽団首席指揮者(2008年~2010年)の後、ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団首席指揮者(2011年~2019年)を務めた。1997年に来日しNHK交響楽団を客演。現在ではベルリン・フィルにも定期的に客演するなど世界的指揮者の一人に数えられている。フランス芸術文化勲章シュヴァリエを叙勲、2006年にはハンガリーで最も名誉あるコシュート賞を受賞。また、ブダペストの名誉市民でありハンガリー文化大使でもある。イヴァン・フィッシャーは、ブダペスト祝祭管弦楽団の創設者として知られ、長年、音楽監督を務めている。ブダペスト祝祭管弦楽団は、1983年、指揮者のイヴァン・フィッシャーと、ピアニストのゾルターン・コチシュを音楽監督として創立された、構成する音楽家による自主的な演奏団体である。祝祭の名からもわかるように、当初は年に3、4回程度、ハンガリーの音楽祭などのイベントで演奏する団体であったが、1992年からは常設オーケストラとなった。定期公演中には毎年3月の「ブダペスト春の音楽祭」への出演も行っている。近年ではザルツブルク音楽祭をはじめ世界各国の音楽祭に出演するなど、国際的な活躍も目立つ。

 ピアノのイゴール・レヴィット(1987年生まれ)は、ロシア、ニジニーノヴゴロド出身。8歳のときに家族と共にドイツ移住。2009年ハノーファー音楽演劇メディア大学で学ぶ。2005年、テルアヴィヴの「アルトゥール・ルービンシュタイン・コンクール」に最年少で参加し、銀メダル及び最優秀室内楽演奏賞、観客賞、最優秀現代音楽演奏賞を獲得した。ベートーヴェンの後期ソナタ5曲のCDで、2014年「BBCミュージック・マガジン新人賞」、同年ロイヤル・フィルハーモニック協会「ヤング・アーティスト賞」を受賞。さらに2015年、ハイデルベルクの春音楽祭の協力を得て、バッハの「ゴルトベルク変奏曲」、ベートーヴェンの「ディアベリ変奏曲」、ジェフスキーの「不屈の民」変奏曲を収録したCDは、2016年のグラモフォン・クラシック・ミュージック・アワードにおいて、「レコーディング・オブ・ザ・イヤー」と「器楽賞」を受賞した。さらに、2018年「ギルモア・アーティスト賞」、同年ロイヤル・フィルハーモニック協会の「年間最優秀器楽奏者賞」を受賞している。
 
 今夜前半の曲のモーツァルトのピアノ協奏曲第22番変ホ長調 K.482は、1785年に作曲された。この曲は、もともとオペラのアリアを想定して作曲されたと言われ、特に、第2、第3楽章ではクラリネットのソロをはじめとして、多くの部分でオペラ的な楽想に満ちている。このようなことはモーツァルトのピアノ協奏曲中では初めての試み。このピアノ協奏曲は、第20番と第21番の関係と同じく、第23番とセットで書かれ、編成的にも新しい試みが見られる。有名な第23番と比べ人気は一歩及ばないが、3つの楽章とも内容の充実したピアノ協奏曲に仕上がっている。この曲でのイゴール・レヴィットのピアノ独奏は、繊細を極めた演奏に終始する。宝石のようにキラキラと光輝くピアノタッチに、リスナーは思わず引き付けられずにはいられない。そして、多少早めのテンポで颯爽と弾き進む。この曲のオペラの曲想を取り入れた内容を存分に意識した演奏ぶりが、はっきりと認識できる。イゴール・レヴィットのセンスの良さがきらりと光るのだ。今夜の演奏は、まだ33歳という若手のピアニストの今後の一層の成長が大いに期待できる演奏内容であった。
 
 今夜後半の曲は、チャイコフスキーの交響曲第4番ヘ短調 作品36で、チャイコフスキーが1877年から翌1878年にかけて作曲した曲。1877年にヴェネツィアを訪れたチャイコフスキーは、風光明媚なスキャヴォーニ河岸にあるホテルでこの曲を書き上げた。この時期、メック夫人がチャイコフスキーのパトロンになったことにより、経済的な余裕が生まれた。これによってチャイコフスキーは作曲に専念できるようになったのだ。この交響曲は、ベートーヴェンの交響曲第5番にヒントを得て書かれたと言われており、暗い運命との闘争から勝利へという形式を取っている。チャイコフスキーは、この曲の第2楽章について「疲れ果てた男が夜中に唯独り部屋に座っているとき、彼を包む憂鬱」と語っている。それに対し、第4楽章では、力強く未来を見つめる勝利のファンファーレで締めくくる。イヴァン・フィッシャーは今年69歳という世界の長老指揮者の一人。個性を前面に出す演奏内容というより、万人が納得する指揮ぶりに徹する。今夜の演奏もこれに外れず、安心して聴き通すことができた。しかし、その内容は決して平凡なものではない。あたかも若手指揮者のような全エネルギーを集中した力強い指揮ぶりには感動すら覚えた。これにはバイエルン放送交響楽団という腕達者な奏者を抱えたオーケストラの力量が大いに貢献したと思う。個性豊かな若手指揮者の台頭の一方に、イヴァン・フィッシャーような安定した経験豊かな指揮者の存在があってこそ、今後のクラシック音楽界の興隆があると確信させられたような今夜の演奏会であった。(蔵 志津久)
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