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「黄金のアデーレ 名画の帰還」(2015年イギリス映画)

2015年12月11日 | 映画の感想・批評
 クリムトの名画「アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像」に関わる感動の実話というふれ込みに惑わされてはいけない。これはサスペンスの秀作である。
 冒頭、ユダヤの徴(しるし)が刻印された棺が墓穴に下ろされ、老女(マリア)が姉の死を悼んで最後の別れを告げる。うまい出だしだ。この姉妹の伯母アデーレがクリムトの名画のモデルであり、もう何十年もむかし、オーストリーのウィーンで一族が暮らしていたアパートメントの一室にその絵が鎮座していたのである。
 ところが、ヒットラーが政権を取ってオーストリーを併合すると、すでに独身の伯母は亡くなっていて、危険を察知した伯父すなわち姉妹の父の長兄は国外に脱出する。ウィーンに残った姉妹の一家もやがてナチの魔の手によって目ぼしい財産を奪われ、クリムトの絵も没収されるのだ。もはやユダヤ系住民は移動を禁じられ、国外どころか外出さえままならない状況となっていた。既に結婚していたマリアは両親を残して夫とふたりで決死のウィーン脱出を図るのである。ここのところは、まさしくヒッチコック・サスペンスそのものであり、ナチの官憲に追われながら危機一髪の間隙を縫って飛行機で脱出する場面はなかなか手馴れた演出である。
 そういう事情があって、今は夫と姉に先立たれたマリアがウィーンの美術館に収蔵された絵の返還を求めてオーストリー政府を相手に闘いを挑むのである。
 ことにマリアが野心まんまんの若手弁護士からウィーンに乗り込もうと促されて、命からがら逃げてきた悪夢の街に二度と足を踏み入れるものかと頑なに拒絶するところは痛々しい。結局、彼女は二度もウィーンに足を運ぶハメになるのだが、最後の評決を待つ間、弁護士らとたたずむ公園の背後には巨大観覧車が見える。ご存知!連合軍占領下のウィーンに不敵な笑みを浮かべたオーソン・ウェルズが颯爽と現れて乗り込むあの観覧車だ。キャロル・リード監督へのオマージュか。
 カーティス監督がサスペンスとしてこの映画を撮ったと思しき証拠をいくつか挙げたが、そのトドメはクレジットタイトルの背後に流れる音楽だった。「感動の実話」というより紛れもなく正真正銘のスリラー・サスペンスの旋律である。  (健)

原題:Woman in Gold
監督:サイモン・カーティス
原案:E・ランドル・シェーンベルク、マリア・アルトマン
脚本:アレクシ・ケイ・キャンベル
撮影:ロス・エメリー
出演:ヘレン・ミレン、ライアン・レイノルズ、ダニエル・ブリュール