日々茫然

猫・本・アート・日常生活などを、つれづれと思いつくままに記録

坂東真砂子

2006-08-25 | 猫たちの話

作家の坂東真砂子氏が、新聞のエッセイで「仔猫殺し」を告白して反響を呼んでいます。
http://superdry-music.excite.co.jp/News/society/20060824030000/20060824M40.165.html

全文を掲載したブログなども検索すればたくさん出てくるので、関心のある方は「坂東真砂子 子猫殺し」で検索してみてください。(ここには載せたくないです。あまり読み返したくないから)


これについての世論やブログなどをみていると、ヒステリックに糾弾する論調が目立ちます。
気持ちは分かります。
でもできるだけ冷静に、一歩引いて考えたいと思います。
我が家で気持ち良さそうに寝ているかわいい猫の姿を見ながら、一方で、無責任に捨てられ、大量に処分されていく命の事をふと思い出し、やりきれなくなる瞬間があります。
できることなら全て救ってあげたい。
でもできなくて、そのことに目をつぶってしまう自分を責めています。

この騒動は、罪悪感をものすごく刺激します。
無責任な飼い方をしている人はともかく。動物を愛する人、ペットとして飼うことにジレンマを抱える人、みんな「これでいいのか」不安に思いながら、「せめてこれ以上不幸な子を増やさないように」と、避妊手術を選択していると思います。
「子猫が野良猫となると、人間の生活環境を害する。だから社会的責任として、育てられない子猫は、最初から生まないように手術する。(引用)」
そんなんじゃないんです。その捉え方からして、同意できない。

人には色んな考え方がありますが、この方の考え方にはとても同意できません。
「猫にとって本質的な『生』である子供を生むということを、人間の都合で奪うことはできない」とも言っていますが、それならばなぜ生まれてきた仔猫の命を奪うことができるのでしょう?
確かに避妊手術も、動物を飼う人間のエゴではありますが、猫のために避妊手術を施さない決意をしたのなら、生まれてきた仔猫も全て責任を持って飼うべきです。
それもできないと言うのなら、猫を飼わないでほしい。

ヒステリックに反応していては、たぶんこの筆者には気持ちが届きません。
もっと理性的に問題を考えたい。一時の騒動で終わっては、筆者の考えは変わらないような気がします。
この方は、今後も自らの手で仔猫を殺し続けます。「それが責任」と思って。



8/26 追加

なんとも落ち着かなくて、昨日からずーっと考えていました。
どうしてもあのエッセイの理屈の部分が理解できなくて、悶々としていました。
たとえば、殺人者が「人が死ぬところを見てみたかった」というのも、無茶苦茶ではありますが本人の中での筋は通っている。
非道なら非道でも、理屈として筋が通っていれば…
あれを読んでもただ「訳が分からなかった」ので、落ち着かなかったような気がします。
あのエッセイからは、そういう筋が読み取れない気がしました。
いろんな人の意見が知りたくて、ブログも見て回りました。
それに上手く筋をつけてくれる言葉を探してブログを巡っていたように思います。
坂東氏のエッセイに同意する人もありましたが、納得はできませんでした。

こういう記事も追加されていました。↓
http://www.j-cast.com/2006/08/25002714.html

日本嫌いかどうかはともかく。

「タヒチ島に住みはじめて8年経ちます。この間、人も動物も含めた意味で『生』ということ、ひいては『死』を深く考えるようになりました。7月から開始した日本経済新聞社紙面、『プロムナード』上での週1回の連載でも、その観点からの主題が自然に出てきました。『子猫殺し』のエッセイは、その線上にあるものです。ことに、ここにおいては、動物にとっては生きるとはなにか、という姿勢から、私の考えを表明しました。それは人間の生、豊穣性にも通じることであり、生きる意味が不明になりつつある現代社会において、大きな問題だと考えているからです」
「死から遮断された人々は、死の実感を失ってしまう」
「死の実感は生の実感にも通じている。生と死は、互いの色を際立たせる補色のような関係だ」

こういう言葉を目にして、ふと思いました。

この人は、ただ 「死」が見たい のでは?

それにしては生きたまま崖から投じるだけで、「生々しい死体」からは目を背けているようにも思えますが。
日本にいても、探そうと思えば死は身近に見つけることができます。
何より、愛する家族やペットの死をこの方はどう受け止めているのでしょう?

死を求める一方で、死から目を背けたい、のじゃないか?
だから論理的に矛盾してしまっているのでは?

これも私の自己完結の見方ですが、なんかストン、と納得できてしまったので、もう以上にします。
私もこの件でモヤモヤしたままではスッキリしないので、何とか自分を納得させたかったのです。
彼女もそうして自分を納得させたかったのでしょうかね。



ところで、坂東真砂子氏の作品も以前1冊だけ(「死国」です。当時四国に住んでいたので。)読んだ事があるのですが、何だか合わなくてそれっきり手を出していませんでした。
ホラーだからドロドロしていたり後味が悪いのは承知の上だし、もっと不気味な話でも気に入った作家さんもいるのですが、それでも何故か「合わない」と思ったのでした。
たぶん、主人公の人物造形が、趣味じゃなかったんだと思います。
感情移入するべき主人公が、どうも好きになれなくて、感情移入できないまま終わってしまった。
もし気に入っていたとしたら、今どんな気分だったんだろう…

コメント (4)
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