MONOGATARI  by CAZZ

世紀末までの漫画、アニメ、音楽で育った女性向け
オリジナル小説です。 大人少女妄想童話

スパイラルフォー-42

2018-04-24 | オリジナル小説

過ぎ行く日々

 

 

僕は結局、神月とやらには行かないことになった。

正直、そうならなくて、すごくホッとしている。もう僕はスパイみたいな真似はしなくても良くなったわけなんだけどね・・・なんか、まだ神月に行くということを考えただけでどうにも心臓がバクバクするんだもの。『切り貼り屋』に会えるのは嬉しいけれど、他の連邦の人たちに会うのは・・・まだちょっと怖いんだ。

それに実際の話、とにかく忙しいから。

僕は忙しい。僕もオビトも。もちろん、一番忙しくて大変なのは結子さんだけど。

僕は出来る限り協力する。僕もオビトも。だって、僕たちは結子さんの『子供』になったんだし、結子さんは僕たちの『お母さん』になったんだもの。

オビトは知識だけは僕と同じくらいにあるけれど、経験値はないから。僕は先輩として色々と教えてあげなくてはならないんだ。でもオビトは努力家だから、何度も練習してすぐマスターする。その過程を見ているのがとても楽しい。自分ができたみたいに。道路では車よりも歩行者通路を後ろから来る自転車に気をつけなきゃならない、とか駅の階段では走り降りてくる人にぶつかられないよう素早く避けるとか。そしてなるべく二人で手をつないで、人に触られることの練習をする。最初、人前に出ることを恥ずかしがったオビトがだんだん、慣れていくのがわかるんだ。横断歩道でお年寄りに手を貸したり、ぎこちないけど一生懸命、この星の『子供』になる為に努力しているんだよ。オビトに手を貸しながら、僕もなんか泣きそうになる。だから、二人でもいっぱい、いっぱい遊ぶんだ。指相撲をしたり、腕相撲をしたりモロ相撲とかだ。パソコンゲームなんかより、僕たちはこっちの方が新鮮だよ。夜は布団を並べて寝る。こういうのって、本当『兄弟』って感じなんだろうな。ほんとそれだけで何もかもが楽しいんだ。

この間は結子さんが忙しかったから、二人でオムレツを作ってみた。オビトは卵を割るのが最初は下手だったけどすぐに器用にできるようになった。中身は炒めた玉ねぎとチーズだったから、塩を入れるの忘れたけどいい感じにできたよ。油にバターも入れて、焦がさなかったし。レタスをちぎってキュウリを刻んで・・・爪も少し刻んだけどね。オムレツにも少し殻が混じってたけど、初めてにしては上出来だって結子さんはすごく喜んで褒めてくれた。昨日だってお昼におそうめんを茹でたんだよ。トヨだってやったことはないだろう?。やれば簡単さ。結子さんが留守の時は僕たち、いろんなことをトライしているんだ。結子さん直伝のカレーだってすぐに僕たちだけで作れると思うよ。

結子さんが僕たちを連れて行きたいって言うから、山にも行ったんだ。高尾山ってところだ。結子さんは早起きしておかずを作った。僕たちもおにぎりを握る手伝いをしたよ。小さいおにぎり3つと二つづつ。もう一つ、さらに小さいおにぎりを一つ結子さんは作った。

何も言わなくてもそれが誰のものか僕らにはわかった。僕たちは本物の『ハヤト』にはなれないけれど、できる限り結子さんの側にいるって決めているんだからね。だって、それが『共に生きる』ってことだもんね。『切り貼り屋』の話だと多分僕らは、結子さんよりもかなり長生きみたいらしい。だから、本物の『ハヤト』のことをずっとずっと覚えていられるはずなんだ。

ピクニック当日、僕たちは駅から混んだケーブルカーに乗って人の多い山道を歩いた。連休明けの平日だからこれでもまだ、人はそんなに多くないらしい。僕たちが頑張って歩いていると知らないおじいちゃんやおばあちゃんがたくさん声をかけてくれてた。

山頂でお昼を食べて、本物のハヤトの分のおにぎりは山の天狗さんにお供えする形にした。

3人で手を合わせて、僕は初めて『お祈り』をした。

内容は秘密、だけどまぁ、だいたいわかるでしょ。

下山しながら、結子さんと僕は歌を歌ったんだ。カッコーの歌やカエルの歌の輪唱だ。練習の成果か3人で手もつないでもオビトは平気だった。頑張って声を発して歌に合わせようとしていた。きっともう直ぐ歌えるようになるはずさ。だって話せないのは、あくまで発達の遅れだから、大丈夫だって『切り貼り屋』も言ってたもの。山ではそれはもう、これまでにないくらい汗をいっぱいかいたんだ。ほんと、こんなに楽しかったことないくらい。

結子さんも幸せそうだったけど、どうしてもどこか少し悲しそうに見えてしまうのは仕方ないよね。だから僕らはいつもより大きな声ではしゃいで結子さんをたくさん笑わせた。

帰ってきてご飯食べてお風呂はいって、その夜は直ぐにバタンキューだっての。

そんな感じで、僕たちは学校の勉強もあってさ、ほんと毎日、目がまわるほど忙しい。

だけど、毎日ニヤニヤしてしまうぐらい幸せなんだ。

トヨはあれ以来、学校に来てなかったから、僕らがあれからどうなったか、すごく気になるよね。

 

 

まず『父親』である屋敷政則が行方不明になってしまったから、養育費がまだもらえない2番目の奥さんが警察に『家出人捜索願い』を出したんだよ。屋敷さんは親との縁が薄い人だったんだね。親族とも縁が切れてたみたいだし。要請があったのは会社の方から、みたいなんだ。

少なくとも・・・会社では必要とされた人だったってことかな。人間ってわからないものだね。

そういった過程でさ、屋敷政則が親権を持っていたハヤトの『弟』・・・施設に預けられていた子供の存在を向こうの家族は初めて知ることになったわけ。当然のことだけど、驚愕するよね。(実際は隠し子なんていなかったわけだけどね)DV離婚した直後だったわけだからさ、もう呆れ果てちゃったみたい。ご両親はまたまた激怒しちゃって、DV男、不誠実、嘘つきの詐欺師、どこかで野たれ死んでいるのが相当とまで罵ったらしい。当たらずとも遠からずって、こういうことを言うのかな?。こういう使い方でいいと思う?。

もちろん、オビトのことは2番目の元奥さんが引き取る道理はない。

実の母である(ことになっている)結子さんが、すぐに施設に乗り込んでいったから大丈夫だ。

田町の家に引き取る手続きのためにさ。アリバイ作りみたいなもんなんだけど。

実際にオビトはそこにいたわけじゃないし。

だから、そっちの件はもうOKになった。オビトは田町の家でこれからずっと暮らせる。

 

 

「僕が名付けたんだよ。」そこでコビトはトヨに誇らしく胸を張って見せている。

神月に行く前日に田町家を訪れた鈴木トヨは小さく歓声をあげてコビトとオビトに抱きついてきたが、もうオビトの体は硬くしたりしなかった。

「やったね!」トヨの手はコビトの肩とオビトの頭に回された。

オビトとコビトの背丈がかなり違ってしまったからだ。

(『切り貼り屋』が手術をしてくれたからオビトはヒョコヒョコ歩けるようになっている。リハビリすれば、すぐに普通に歩けるようになるはずだ。)双子というのはさすがに諦めるしかない。「『弟』ってことなったんだよね。」

「弟だって?僕と一緒だよ!何て名前になったの?、早く教えて!」

「田町新太っていうの、『アラタ』。もうオビトじゃないからね。」

「わお!いい名前だ。」トヨははにかむアラタに笑いかける。「すごくいい名前。」

「だろ?、僕が、この田町ハヤトが考えたんだぞ!」

「いいなぁ。」トヨは口を尖らした。

「弟の名前は、父さんがつけたんだよね。僕もつけたかった!」

「いい名前じゃないか。」ハヤトが言うとトヨはブーイングだ。「どこが?普通過ぎるよ。」

「そうかな?そんなに普通じゃないよ。」確か、史人。鈴木フヒトだと思い出す。

「全然、普通じゃないから。」ハヤトは重ねて言う。「アラタとそんな変わんないって。」

そっちの方がいい名前だとトヨは言い張り「よろしくな、アラタ。」改めてアラタをハグした。

アラタもその目を見てしっかりうなづいく。

そんな二人を見ている田町ハヤトは嬉しい。

「新しい人生に、ようこそ。」

トヨはアラタを抱いたまま、ハヤトに手を差し出す。

「ハヤト、アラタ、これからもよろしく!」

二人は田町結子と共についに新しい人生を歩き出したのだ。

 

 

そう、僕らのお母さん、結子さんも新しく歩き出した。もう、引きこもりじゃない。

竜巻プロダクションの新しい寮の寮母さんになったんだ。

結子さんは就職して、すぐに屋敷さんと寿退社しちゃったから、すごく不安だったらしい。働いていたのは3年ぐらいだし、後はずっと専業主婦だったから。

しかも、子供も二人いる母子家庭だから、仕事が見つからないんじゃないかって思ったんだ。あっても充分な収入が得ら得ないとかね。養育費はもうもらわないことを考えていたらしいから。

(屋敷さんが行方不明だから口座ってどっちみち凍結されちゃうのかもしれないけど。)

でも、僕だったら、あいつにあんなにひどい目に合わされたんだから、慰謝料だと思ってもらえるものはもらっておくけど。トヨだってそう思はない?。

新しく生きなおした結子さんはとても真面目なんだよね。

それにしても、竜巻プロって随分、大きな芸能プロダクションなんだね。あまり興味がなかったから、知らなかったんだ。トヨのお父さんのお友達なんだろう?。トヨのお父さんが結子さんを推薦してくれたって聞いたよ。結子さんじゃないけど、感謝しても仕切れないくらいだよ。

結子さんの面接で僕たちも竜巻プロに、東京の青山に行ったけれど、あまりに本社が豪華で大きなビルなんでびっくりしちゃったよ。それにさ・・・社長さんて、随分押しの強い人だよね。

僕たち、寮に住み込みで働くことになったんだ。今の家は賃貸にすれば家賃収入も見込めるとか、学区内だから転校もしなくていいとか、アラタの障害が心配なら学区外の私立支援学校に転校すればいい、知り合いがいるから紹介してやる、ただ送り迎えが必要だ、費用は持つから免許を取れとかさ。いい話ばっかりなんだけど、押す押す。どんどん一人で話を進めちゃってさ、結子さんも半分、唖然としてたんじゃないかな。でも、結子さんは色々思ったにせよ、最後には余計なことは言わず、「よろしくお願いします」って頭を下げていたよ。偉いね。

でもそしたら今度は、僕やアラタにまで児童劇団に入ってみないかとかすごい言い出したんだ。僕らとしちゃ、断りづらいよね。『トヨくん』も一緒だから、ぜひとか言われてさ。僕、トヨが入るなら入るって言っちゃったんだ。劇団は寮から、歩いていける距離だしね。

まさか、『トヨくん』が劇団に入るのが結子さんを採用する条件じゃないよね。

笑わないで、違うならいいんだ。

トヨが一緒なら、僕はなんだってOKなんだから。トヨなら芸能人も絶対、似合うと思うし。

 

 

 

 

ハヤト、トヨを送り出す

 

互いに情報交換を終え、一段落した3人は田町の家でジュースを飲んでいた。田町結子は家を出ている。仕事の打ち合わせや引越しの手配で忙しいのだ。ハヤトとアラタも置いていく家具を綺麗にしたり(「家具付きで貸し出すんだね」)トヨも手伝って捨てるゴミの分別をしていた(「捨てるもん多いね」)。

「寮の部屋って2LDKだっけ?」トヨはブクブクと炭酸に泡を追加する。

「あまりもってけないね。」

二人の子供には思い入れのない家だ、結子が未練なく物を捨てるなら異存はない。

「トヨはさ・・・明日、神月に行くんだよね。」ハヤトがポツリと呟く。

「どうしてそんなに行きたいの?アラタの工作の話、したよね?」グラスを持つ手に力が入った。「実際に色々動いてくれたのは『切り貼り屋』じゃないんだ、多分、シドラさんって人なんだと思う・・・連邦の・・地上部隊のさ。あの『チチ』もえげつなかったけれど、連邦の力もすごいと思ったよ。僕は、ほんと・・・敵にならなくてよかったと思っている・・・」

「僕は連邦に会いに行くわけじゃないよ。『切り貼り屋』やそのシドラさんて人にも面識ないし。」「僕が悪かったんだ、トヨに色々、話したりしたから。」「大丈夫、僕は知らんぷりできるし。『連邦の誰か』に会いにいくわけじゃないから。」

「違うよ!向こう側が都合が悪いと思ったら、トヨは記憶を消されてしまうかもしれない。僕はトヨの記憶から消されたくないんだ!」

生真面目に言葉を重ねるハヤト、心配そうなアラタにトヨは自信ありげに笑みをを返す。

「大丈夫、それはないよ。」そんな恐れがあれば、『夢の女』はトヨを行かせないだろう。

「それに、あんなことがあったばかりだしさ、やめたほうがよくない?・・トヨは家を離れて不安じゃないの?」この日、誘拐事件のことが話題になったのは初めてのことだった。トヨよりもハヤトの方が気を使っていた。

「うーん、そうだねぇ・・・」

トヨは言葉を選びながら、真剣な表情の二人を交互に見る。

傍らには『夢の女』の姿はないが、常にすぐそばにいることをトヨは意識している。それは説明が難しい。「前に言ったじゃない?・・・僕、会いたいというか、会わなきゃいけない人がいるんだよ。」「神月に?まさか・・・」「たぶん、宇宙人じゃないよ。」素早く否定。

「古代人っていうのかな?僕のっていうか、僕についている人が大昔に会った人っていうのが正しいと思う。」「ああ、守護霊・・」ここでハヤトがアラタに廃校でのことを説明する。

「その人とこの春にトヨはここで会ったんだって。」アラタは物問いたげだ。

「神月から来た人たちだよね。」夢の女がうなづくのをトヨは感じた。

「会わなきゃならないんだ。なんとしても。そりゃ、お父さんは猛反対したけどね。」

肩をすくめた。「須美恵おばさんと旅館のおばさんが家まで迎えに来てくれるってことで、どうにか落ち着いたよ。お母さんが退院する日までの一泊だけだ。」

「なんでそんなに急ぐのかは、僕らにはわからないけれど」ハヤトは弟にもうなづく。

「とにかく、何がどうなったのかは、帰ったら教えてね。」

「そうだね。」トヨは曖昧に微笑んだ。なぜ、会わなくてはならないのか。会ったらどうなるのかは、トヨにも実はよくはわからないところだ。夢の女の記憶は遠くにある幻影に近く、トヨには完全にはつかみきれない。ただ誰かを想い、胸恋しい。

『君たち・・・連邦のご先祖に・・・関係しているのかも。』漠然とそう感じる。

「何かが変わるかもしれない。」うなづく。

「行かなきゃ。僕は神月に行くよ。」

ハヤトは息を吐きだした。廃校の夜のトヨの言葉を思い出したのだ。

全てはトヨの言った通りになった。「わかった。」アラタの頬に触れて、安心させる。

「まだ、一緒には行けないけれど。トヨを信じるよ、応援する。」

言葉通り、トヨは必ず無事に帰ってくるだろう。そして、たとえ

「トヨの何かが変わっても、僕らは変わらず迎え入れる。」