店は通常営業に戻る
従業員が安心したことに風俗店は翌日から休業にはならなかった。エレベーターが使えなくなっただけで。ただし2階のエレべーターに面した両隣の個室は入室できないようにガムテープで封印されていた。これは工事の音がするからだと店側が説明した。実はシャフト内がえぐり取られたためにシャフトに面する壁がもろくなってしまったからだった。それ以上、店員やヘルス嬢に詳しいことは伝えられない。『新宿のヤクザが数人で来て暴れたらしい』とか『受付の某がエレベーター内でやられ死体は消されたとか』『いやそもそもヤクザが殴り込みきたのは某が原因だった、だからこそ彼はどこかに既に逃亡した』などなど、様々な噂が立ったが、小柄な店長は何を聞かれてもヘラヘラと笑うだけでなんにも答えなかった。
「そんなことより、営業時間外は工事業者が入るからな。ま、そういうことで、よろしく。」
確かにシャフト内は昼から夕方、連日カンコンと工事の音が聞こえる。店長によく似た小柄な工事人が出入りするのがたまに目撃されたが、彼らはどうやら店長の親戚の業者だという説明でみんな納得している。なぜなら、これまでもメンテナンスで見かけていたからだ。誰もそれ以上は・・・つまり工事中だというシャフト内を覗いたり、忙しそうな彼らに話しかけたりなどはあえてしなかった。従業員用のエレベーターは、これまで同様使用できていたし。
もしも仮に、ほんの少しでもメインシャフトを覗いていたら・・・その破壊の凄さに度肝を抜かしたことだろう。ヤクザどころか、ゴジラが来て暴れたのか、と荒唐無稽な噂が立ちかねない有様だった。悟られないように修復は急がず、さりとて素早く行う必要があった。
当然、オリオン連邦上陸軍が既に正確に把握していたように、屋敷政則は死んでいる。スライスされた死体も魔物を体内に封印された鬼来美豆良の肉体もシャフト内にはその存在した痕跡すらなかった。ガルバが解放した次元は、全てを貪欲に飲み込んだ。カバナ・リオンに送り届けるためにだ。
店長が美豆良を切り捨てるというマサミには受け入れがたい冷徹な決断を即座に行なっていなかったならば・・・風俗ビルのかなりの部分がいや、ほぼ均一に次元防御がかけられた建物そのものが、この星の地上から消えていたことだろう。遊民たちもマサミも地下にいた裕子とコビトも無事では済まなかったはずだ。
「マサミさんはどうしたの?」従業員の有田はヘルス嬢の一人に聞かれた。
「今日は来ないみたいですね。」そう言いながら、店長に問いかけようとするが、肩をすくめられただけだ。「そのうちな。来るときゃ来るさ。」
美豆良を失ったマサミはもう現れないかもしれない。そう思ってはいた。売れっ子だったのに残念な事だ。ただし『あの女はSEX中毒らしいから。体が欲しくなりゃくるだろ。』
店長にとっては、あの時の判断に1点の曇りもない。それはマサミも後付けでは、わかっているはずだ。全員と店を守るために、ブレる余地などなかった。
マサミを多少は気の毒だと思ったとしても『現れたら受け入れるだけだ。』
それがその、せめてもの謝罪であり、いたわりってやつだろうと店長は考える。
「俺も少しはこの星の住人らしくなったってわけかな。」
満足げな店長は肩をすくめて数日前にマサミが座っていたソファをつかの間、眺めた。