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多賀城碑の謎

2022-12-23 05:08:07 | 日記
昨日に続いて多賀城の話だ。電車で出かけるのに距離的にそんな遠くもなく、まあフラット出かけるにはいい距離かなと思う。目的は多賀城碑と呼ばれるどっしりとした石碑だ。現在建設中の南門のすぐ近くにそれは存在する。タカさ3メートルほどの覆堂の中に保存され、格子戸の隙間からその内部を見ることができる。2m弱のどっしりとした石だ。奈良時代の石碑で国の重要文化財に指定されている。

石碑の盤面の上には西という大きな文字が刻まれその下には141文字が彫られている。そして多賀城までの各地からの距離が書かれている。この中には中国大陸の靺鞨(まっかつ)という国名もある。つまり多賀城にその地が知られていたことや多分何らかの交流があったのではないかと考えることができる。この他この石碑を大野朝臣東人によって建てられたことなどが記されている。天平宝字6年(762)とも彫られている。江戸時代には松尾芭蕉もこの碑を訪れていて奥の細道にも書いています。

壺の碑とも呼ばれていますが、実は青森県には坂上田村麻呂が石に日本中央と刻んだ石碑もあり、近くに都母(つぼ)という地名もあります、こちらが「壺の碑」ではないかという説もあります。私は仕事でこの石碑も見ることができました。今では文字もかすれてあまりはっきりしていませんが日本中央という考え方から見ると当時の北海道や北方領土などを考えるとあながち誇大妄想ともいえないような気もしたから不思議です。多賀城碑をしばらくぶりに訪れ悠久の時の流れを改めて感じさせられ多ひとときでした。
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