犬鍋のヨロマル漫談

ヨロマルとは韓国語で諸言語の意。日本語、韓国語、英語、ロシア語などの言葉と酒・食・歴史にまつわるエッセー。

『帝国の慰安婦』裁判、判決についての報道資料

2023-10-28 10:56:50 | 慰安婦問題
『帝国の慰安婦』裁判についての報道資料が、大法院のホームページで公開されていましたので、訳出・紹介します。

大法院2017ト18697名誉棄損事件報道資料
大法院公報研究官室

大法院3部(主審大法官ノ・ジョンヒ)は、被告人が2013年に刊行した図書『帝国の慰安婦』で、日本軍慰安婦だった被害者たちについて虚偽事実を摘示し、その名誉を棄損したという嫌疑で起訴された事件で、原審が有罪と認定した本件各表現は、被告人の学問的主張ないし意見表明と評価するのが妥当であり、名誉棄損罪で処罰するに値する「事実の摘示」と見るのは難しいという理由で、一部表現に関して有罪と判断した原審判決(罰金1,000万ウォン)を、無罪の趣旨で破棄・差し戻しする(大法院2023.10.26.宣告 2017ト18697判決)

1. 事案の概要

カ. 被告人の地位

▣ 被告人は、大学の日本語日文学教授として在職した人で、日本文学と韓日近現代史を研究してきた。

ナ. 公訴事実の要旨

被告人が2013年に出版した図書「帝国の慰安婦」で日本軍慰安婦だった被害者たちに対して、 次のような虚偽事実を摘示してその名誉を棄損している。

●朝鮮人慰安婦たちは、仕事の内容が軍人を相手にする売春であることを認知した状態で、生活のために本人の選択により慰安婦となり、経済的対価を得て性売買をする売春業に従事する人であり、慰安所で日本軍と性的快楽のためにアヘンを使った人である。

●朝鮮人慰安婦たちは、日本軍と同志意識を持って、日本帝国に対する愛国心または慰安婦として自矜心を持って日本人兵士たちを精神的に慰安してあげる生活をし、これを通じて日本軍と一緒に戦争を遂行する同志の関係にあった。

●朝鮮人日本軍慰安婦たちの動員過程で、日本軍の強制連行はなく、あるとすれば軍人個人の逸脱によるものであり、公的に日本軍によるものではない。

2. 訴訟経過(1審≠原審)

カ. 第1審:無罪

▣起訴された35の表現のうち5つの表現は、事実の摘示に該当するが、残りの30の表現は意見表明に過ぎず、名誉毀損罪が成立しない。

▣5つの表現のうち3つの表現は名誉毀損的事実の摘示に該当せず、2つの表現は集団表示によるもので、被害者が特定されたと見るのが難しい。

▣ 全体的に被告人に告訴人たちの名誉を毀損するという故意がない。

●検事が控訴

ナ. 原審:一部(11の表現)有罪、罰金1,000万ウォン

▣第1審で事実摘示と認定した5つの表現のほかに、追加で6つの表現(計11の表現を合わせ「本件各表現」)を事実の摘示と認定する。

▣本件各表現は、虚偽の事実および名誉毀損的事実の摘示に該当し、被害者も特定されており、名誉毀損の故意も認定されると判断される。

▣本件各表現を除く残りの表現に関する検事の控訴は棄却する。

●検事および被告人双方が上告する。

3.大法院の判断

カ. 判決結果:破棄差し戻し(無罪の趣旨)

ナ. 判断内容

■ 次の各事情を関連法理に照らせば、原審が有罪と認定した本件各表現は、被告人の学問的主張ないし意見表明と評価するのが妥当であり、名誉棄損罪で処罰するに値する「事実の摘示」と見るのは難しい。

●被告人は、教授として在籍中、日本文学と韓日近代史を研究していたなかで、朝鮮人日本軍慰安婦問題を解決するための研究結果として本件図書を発表したが、その過程で、通常の研究倫理に違反したり、被害者たちの自己決定権、私生活の秘密の自由を侵害するなど、彼女たちの尊厳を軽視したりした、と見るだけの事情が確認されない。

●本件図書の全体的な内容や文脈に照らし、被告人が検事の主張のように、日本軍による強制連行を否認したとか、朝鮮人慰安婦が自発的に売春行為をしたとか、日本軍に積極協力したなどという主張を裏付けるために、本件各表現を使用したとは見えない。

●本件各表現の前後の文脈や、被告人が明かした執筆意図によれば、被告人は、朝鮮人慰安婦問題に関して日本の責任を否認することはできないが、帝国主義の思潮や伝統的家父長制秩序のようは社会構造的問題が寄与した側面があきらかにあるので、前者の問題にばかり注目して両国間の葛藤を大きくすることは慰安婦問題の解決につながりにくいという問題意識を浮き彫りにするために、本件各表現を使用したものと見られる。

●個人や、構成員個々人を特定できる小規模集団や均一な特性を持っている集団に関する、過去の具体的な事実の表現は、事実摘示に該当しうるが、これを越えた集団に対する一般、抽象的表現は学問的主張ないし意見表明と見る余地が大きく、日本軍慰安婦の全体規模や朝鮮人比率に照らし、朝鮮人慰安婦を構成員個々人が特定できる小規模集団や均一な特性を持っている集団と見ることは難しく、本件各表現が被害者個々人に関する具体的な事実の陳述に該当するとも、見ることは難しい。

●用語の概念、包摂範囲について多様な解釈が可能であり、該当表現が用語についての特定の学問的概念定義を前提としたものであることがその前後の文脈によって確認することができる場合は、学問的見解表明ないし意見陳述として見なければならないが、起訴された表現のうち、「公的強制連行」に関する内容は学問的概念包摂を前提としたものであり、事実摘示と見るのは難しい。

●学問的表現に含まれる特定の文句によって、そうした事実がただちに類推されうる程度の表現があれば、暗示による事実摘示を認定する余地があるが、原審で追加で事実摘示と認定した表現を含む6か所の表現は、その文句だけから、控訴事実で「摘示事実」と規定された命題を直ちに導き出したり、類推したりするのは難しく、一部の表現は、朝鮮人日本軍慰安婦の立場、役割に関する被告人の学問的意見ないし主張の表現に見えるにすぎず、控訴事実におけるように「朝鮮人慰安婦は日本軍と同志意識をもって日本帝国または日本軍に愛国的、自矜的に協力した」という命題を単線的に前提していると見るのは難しい。

タ. 関連法理

▣ 学問の自由/学問的表現の自由に対する制限法理


●学問的表現行為は基本的研究倫理に違反したり、当該学問分野で通常容認される範囲を深刻に逸脱し、学問的過程と見ることの難しい行為の結果であったり、論旨や文脈と無関係な表現で他人の権利を侵害するなどの 特別な事情がない限り、原則として学問的研究のための正当な行為と見ることが妥当である。

-精神的自由の核心である学問の自由は、既存の認識と方法を踏襲せず、絶えず問題を提起したり批判を加えることによって新しい認識を得るための活動を保障することにその本質がある(大法院2018. 7. 12 宣告2014ト3923判決を参照)

-学問的表現の自由は学問の自由の根幹をなす。学問的表現行為は研究結果を対外的に公開し、学術的対話と討論を通じて新しく多様な批判と刺激を受け入れ、研究成果を発展させる行為であり、それ自体が真理を探求する学問的過程であり、こうした過程を自由に経ることができてこそ、究極的に学問が発展することができる。

-憲法第22条第1項が学問の自由を特別に保護する趣旨に照らしてみれば、学問的表現の自由に対する制限は必要最小限にとどめなければならない。

▣ 学問の自由の限界法理

●研究者たちは、研究テーマの選択、研究の実行だけでなく、研究結果の発表に至るまで、他人の名誉を保護し、個人の自由と自己決定権を尊重し、私生活の秘密を保護することをおろそかにしてはならない。

●特に社会的弱者や少数者のように、研究に対する意見を表出したり、研究結果に反駁するのに限界のある個人や集団を対象とした研究をする場合には、研究の全過程にわたって、彼らの権利を尊重すべき特別な責任を負う。

-憲法第10条は、人間の尊厳と価値を規定しており、人格権に対する保護根拠も同じ条項に見出される。学問研究も憲法秩序内で行われるときに保護されるので、人間の尊厳とそれから導き出される人格権に対する尊重に基づいていなければならない。

▣ 学問的研究にともなう意見表現と名誉毀損罪の関係

●学問的研究にともなう意見表現を、名誉毀損罪で事実の摘示と評価するのにおいては、慎重である必要がある。
こうした点から見るとき、学問的表現をそれ自体として理解せず、表現に隠された背景や背後を安易に断定する方法で、暗示による事実摘示を認定することは、許されると見るのが難しい。

-学問的表現の自由を実質的に保障するためには、学問的研究結果発表に使用された表現の適切性は刑事法廷の中に隠されるより、自由な公開討論や学界内部の同僚による評価の過程を通じて検証されることが望ましい。それゆえ歴史学または歴史的事実を研究対象とする学問領域における「歴史的事実」のように、それが明確な輪郭と形を持つ固定的な事実ではなく、事後的研究、検討、批判の絶え間ないプロセスの中で再構成される場合にはさらにそうである。

名誉毀損罪における「事実の摘示」に関する参照判例:客観的に被害者の社会的評価を低下させる事実に関する発言が報道、噂、第三者の言葉を引用する方法で、断定的な表現ではなく、伝聞または推測の形で表現されたとしても、表現全体の趣旨からみて、事実が存在しうることを暗示する方法でなされた場合、事実の摘示と認定する(大法院2008. 11. 27.宣告2007ト5312判決など)

▣ 学問的表現による名誉毀損罪においての検事の証明責任

●刑事裁判で公訴が提起された犯罪の構成要件をなす事実は、それが主観的要件であれ客観的要件であれ、その証明責任は検事にあるので、当該表現が学問の自由として保護される領域に属していないという点は、検事が証明しなければならない。

ラ. 本件の結論

▣ それにもかかわらず、原審は本件各表現が名誉毀損罪の事実摘示に該当することを前提に、一部控訴事実を有罪と判断したので、原審の判断には虚偽事実摘示による名誉毀損罪の事実摘示に関する法理を誤解して判決に影響を及ぼした誤りがある。

▣検事の上告棄却:本件各表現を除いた残りの表現に関する原審の無罪判断には、名誉毀損罪での事実摘示に関する法理を誤解した誤りがない。
-原審判決中、有罪部分が破棄されなければならないが、破棄部分が原審判決の一部理由無罪部分と切り離せない関係にあるので、原審判決を全部破棄。

4.判決の意義

学問的表現の自由という価値の実質的保障のために、それに対する制限は必要最小限にとどめなければならない一方で、他人の名誉、自由、自己決定権、私生活の秘密保護と社会的弱者に対する尊重など、研究過程で遵守すべき限界があることを確認し、これをもとにして学問的表現物に因る虚偽事実摘示名誉棄損罪成立の判断をするとき「事実の摘示」に該当すると認定するにあたっては、慎重でなければならないという法理を、最初に説示した。

■ これにより学問的表現の自由行使と研究対象者の尊厳性・人格権に対する尊重がともに憲法秩序内でなされるべきだという限界を明確にしたという点、学問的表現物に関する評価は刑事処罰によるよりも、原則的に公開的討論と批判の過程を通じてなされるべきだということを宣言したという点に、判決の意義がある。

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