売れない作家 高村裕樹の部屋

まだ駆け出しの作家ですが、作品の情報や、内容に関連する写真(作品の舞台)など、掲載していきたいと思います

『ミッキ』第26回

2013-09-24 10:17:12 | 小説
 最近、日中はまだ30℃を超えることも多いですが、朝晩はぐっと涼しくなりました。
 いよいよ秋だな、という感じです。
 後ほど、道樹山の登山口に群生しているヒガンバナでも撮影に行こうかと考えています。
 連載小説の執筆が終わり、いよいよ新作に取りかかろうと思いながら、ここ数日、まだ書けません
 最初の数行を書き始めれば、一気に進んでいくと思うので、ちょっと気分転換してから書いてみようと思っています。


            

 翌日、登校前にはお勤めをしなかった。いつもどおりの時刻に起きたので、やる時間もなかったし、私の意識の中にも、お勤めをやらねば、という気持ちが湧いてこなかった。
 高蔵寺の駅で松本さんと会ったが、心霊会のことを話すことができなかった。私自身、まだ守護霊についての実感が湧かない。それに、変な宗教を始めたといって、松本さんに嫌われるのがいやだった。
 春日井駅で宏美に出会った。
「おはよう。相変わらずお熱いお二人ですね。残暑はまだ厳しいようで」
 宏美こそ相変わらずの減らず口だ。
「そういう宏美だって、すてきな彼氏見つけたんでしょう。明男さん、どうしたの?」と私も言ってやった。
 宏美の彼氏は野中明男といって、合唱部の一年生だ。
「明男君、名鉄バスだからね。駅では会えないのよ。残念。家は市民病院の方なの」
 同学年なので、宏美は彼氏を君付けで呼んでいる。市民病院の近くということは、妙法心霊会の春日井道場にも近いんだ、と私は心の中で呟いた。
 三人で話しながら学校に向かっていると、後ろの方から「鮎川さーん」と私を呼ぶ声が聞こえた。あの声は平田さんだとすぐに気づいた。平田さんを松本さんや宏美に会わせるのが、ちょっとためらわれた。二人の前で心霊会の話をしてほしくない。少なくとも、今はいやだった。まだ心の準備ができていない。
 宏美が「あの子、誰?」と小声で尋ねた。
「昨日はどうもご苦労様。お勤め、ちゃんとできた?」
 平田さんは今ここでは言ってほしくないことを訊いてきた。
「昨日、何かあったの? お勤めって、何のこと?」とさっそく宏美が尋ねた。好奇心が人一倍旺盛な宏美はもちろん、松本さんも突然現れて意味不明なことを言う平田さんに、胡散臭いものを感じたようだった。
「ううん、何でもないの。こちらは一年G組の平田信子さん。たまたま出身中学校が隣同士だったということで、声をかけられたの」
 私はその場を言い繕った。平田さんは私の慌てた素振りを見て、それ以上は続けず、「私、一年G組の平田信子です」と自己紹介をした。
「ああ、始業式の日に会うと言ってた人だね」と松本さんが言った。それから、松本さんと宏美がクラスと名前を言って挨拶をした。
 その場はもうそれ以上話はせず、学校に向かった。でも、あとで二人にみっちり追及されそうだ、と私は覚悟した。
 今日もまだ午後の授業はなく、午前中のみで日課は終了となった。
「今朝の平田信子って子、いったい何なの? お勤めって、何? 新学期早々、なんか変な宗教にでも誘われたんじゃない? あとで話聞きたいから、三時にことぶき家に来て。もしよかったら、松本さんと河村さんも一緒に来てくれるといいけどな」
 宏美はそう言い残して、合唱部の練習場になっている音楽室に向かった。やっぱり今朝のこと、こだわってるな、と思った。少し心が重かった。宏美が行ったら、入れ違いに平田さんが声をかけてきた。その絶妙なタイミングに、何となく平田さんに見張られているような気がした。
「ねえ、昨日はあれからどうだったの?」と平田さんが尋ねた。
「夜は、鈴木さんや寮の会員さんたちと、一緒にお勤めをしたわ。わからないこと、いろいろ教えてくれた」
「鮎川さんは身近に先輩がいていいね。いろいろ教えてもらえるから。鈴木さんはもう六年ぐらいやってる大先達だから、何でも訊くといいよ。たいていのことは知ってるから。今朝はどうだった?」
 鈴木さんは大学四年生で二二歳だから、高校一年か二年のころからやっていたことになる。
「今朝はお勤め、できなかったわ。いつもと同じ時間に起きちゃったので、お勤めしてたら、学校遅刻しちゃうから」と私は正直に答えた。
「あらあら、だめねえ。でも、最初だから仕方ないか。私も最初はそうだったから。少しずつでも早起きできるように慣らしていくといいよ。やっぱり朝のお勤めができると、一日が全然違うから。今朝会った二人、ぜひともお導きしてあげましょう。私も手伝ってあげるからさ」
 このままだと、鈴木さんたちも加わって、松本さんたちを導きなさいと強要されそうな気がする。まだ心霊会のこともよくわからないし、いきなりお導きせよと言われても、とてもできそうにない。私は「ごめんなさい、今から部室に行かなきゃいけないから」と断って、その場を立ち去った。
「歴史研究会の人たちも導いてあげようね」と平田さんは後ろから声をかけた。
 部室には常連の松本さん、芳村さん、河村さん、竹島さん、山崎君、中川さんと私の七人が集まった。芳村さんが、次のテーマは邪馬台国ということで、顧問のカメさんの了承を得た、と報告をした。佐賀県の吉野ヶ里(よしのがり)遺跡と並んで、邪馬台国ではないかといわれている纒向遺跡に行ったので、次のテーマが邪馬台国になるということは、小林先生も予想していたそうだ。
 現在やっている魏呉蜀の三国時代の研究はなるべく早くまとめ、一一月上旬の文化祭に間に合うように、邪馬台国の研究の態勢を整えよう、ということを話し合った。三国時代の研究は、夏休みの間に、ほとんどできている。私も松本さん、河村さんと図書館に行き、勉強した。
 文化祭はアジア太平洋戦争、中国の三国時代、そして邪馬台国という多彩なテーマだ。古墳や奈良の寺社巡りの写真も展示する。
 会合は今後の方針を確認し、二時間余りで解散になった。芳村さんと竹島さんは今日は家に帰ると言った。山崎君、中川さんのペアも帰って行った。松本さん、河村さん、私の三人が残った。
「ああ、おなか減っちゃった。なんか食べに行こうよ」と河村さんが誘った。
「ミッキ、ちょっと話したいことがあるから」と松本さんが言った。来たかな、と私は思った。平田さんが「お勤め、ちゃんとできた?」なんて言うから、不審がられるのだ。
「あら、二人だけの秘密の話?」
 河村さんが興味深げに尋ねた。
「ちょうどいいや。彩花にも一緒に来てもらったほうがいいかな。彩花なら信頼できるから。というか、彩花じゃないと相談できないよ。いいだろ、ミッキ」
「何か深刻な話みたいね」
「実は、宏美が三時にことぶき家で待ってる、と言ってるんです。できれば松本さんや河村さんも一緒に来てもらいたいって」と、私はやむなく二人に言った。
「ああ、やっぱり宏美も怪しいと感じたんだ。それじゃあ、ことぶき家に行こう。三時まで、まだ少し時間があるな」
 松本さんが携帯電話のディスプレイに表示された時計を見て言った。
「ねえ、怪しいって何のこと? 気になるわねえ。そういえば、今日のミッキ、何となくおかしな感じがする」
「うん。歩きながらではなんだから、そこの公園のベンチで話そう」
 私たちは学校の近くの公園に行った。公園では小学生の子供たちが数人、走り回って遊んでいた。ベンチの近くには、人はいなかった。私たちはベンチの汚れを払って、腰掛けた。私が真ん中で、左右に松本さん、河村さんが腰を下ろした。
「ミッキ、何か宗教でも始めたの? 今朝会った子、お勤めがどうのこうのって言ってたね」
 単刀直入に松本さんが尋ねた。
「宗教?」と河村さんがいぶかしがった。
「俺は宗教には関心ないから、よくわからないけど、ミッキ、今朝会ったときから、なんかそわそわしてたし、平田とかいう子が現れたとたん、固まっちゃったみたいだったから、なんかあるな、と思ってね。宏美と馬鹿やってても、何となくおかしかった」
「そうね。今日のミッキ、いつもと様子が違うな、ってことは、私も感じてた」
 私はこの際、最も信頼しているこの二人には打ち明けるべきだと考えた。
「はい、実は、昨日、一年G組の平田さんという子に、妙法心霊会の道場に連れて行かれ、半ば強制的に入信させられたんです」
「やっぱりそんなことだと思った」
 松本さんはさらに詳しい事情を訊こうとしたが、河村さんが「まもなく三時だから、ことぶき家に行かない? どうせ宏美にも話すんだから、みんなが集まってからの方が、手間が省けるでしょう。それに、おなかもすいたし」と提案した。私たちはことぶき家に向かった。
 まだ三時少し前だったので、宏美は来ていなかった。三時という中途半端な時間なので、店は空いていた。ことぶき家はお昼や夕方になると、かなり込み合ってくる。私たちはラーメンのサラダセットの食券を買った。松本さんは大盛りだ。女性二人はいつものようにスイーツも注文した。ことぶき家のラーメンは安いので、それだけ注文しても、他のラーメン屋の、ラーメンだけの値段とたいして違わない。
 しばらくして宏美もやってきた。
「ごめんなさい、遅くなっちゃって。お昼食べたのに、合唱部でしごかれてたんで、おなかぺこぺこ」
 そう謝りながら、宏美もサラダセットとクリームあんみつを頼んだ。
「女性陣は太る太ると気にしながら、結局いつも甘いものも頼むんだね」
「女の子は甘いものの誘惑には、弱いのよ。体重は気になってるんだけどね」
河村さんがいかにも残念そうに答えた。
 私たちはラーメンを食べ終えて、いよいよ本題に入った。
「こうして四人が集まったのは、今日のミッキの様子が変なので、そのことが気になったから、だよね」
 まず松本さんが端緒を開いた。いつもはこういう場合、河村さんが口火を切るので、松本さんは慣れていないのか、少ししどろもどろだった。
「そうなの。今朝のミッキ、平田とかいう子が現れてから、途端におかしくなったから、何かあるな、と思ったわけ。だから、今日ここに来てもらって、話を聞こうと思ったんです。松本さんと河村さんにも来てもらって、どうもすみません」
 宏美は二人の上級生に足を運んでもらったことを詫びた。
「いえ、私たちも、大切な親友の様子がおかしいなと感じて、話をしなきゃいけないと思ったんだから、宏美が申し訳ないなんて思う必要、全然ないよ」と河村さんが宏美に応えた。
「問題は、その平田さんとかいう子に、ミッキが妙法心霊会という宗教に無理やり入信させられた、ということね」
「え、やっぱりミッキ、変な宗教に入れられたわけですか?」
「無理やり、ってことでもないですけど。私も病気が治ったとか、いじめられて自殺しようとしていたところから救われた、なんて話を聞いて、つい感動してしまい、うっかり入ります、なんて言っちゃったんです。確かに周りから一緒にやろう、やろうと圧力はかけられたんですけど」
 私はなぜか、少し鈴木さんたちを擁護したいという気持ちもあり、表現をやや和らげた。
「でも、それが宗教勧誘の手なのよ。妙法心霊会って、守護霊が持てる、なんていって、今、強引な勧誘でけっこう問題になっている教団でしょう? 特に、高校生とか大学生のような若い人たちを誘っているそうよ」と河村さんが説明した。
「妙法心霊会って、ひょっとしたら、最近守護霊がどうのこうの、って本をたくさん出しているところ?」
 松本さんが尋ねた。松本さんも本屋に心霊会の会長が書いた守護霊関連の本が並んでいることを知っていた。
「そう。実は私、お父さんが死んで、心の空洞を何とか埋めようと、一時期宗教の研究をしたことがあるの。その中で、妙法心霊会は、すごく強引な勧誘をするから、要注意、なんていうことをよく聞いたわ。まあ、インターネットなんかにある被害者の会、なんていうのは、敵対する教団が意図的にでっち上げたものもあるそうだから、あまり信用しないほうがいいかもしれないけど」
 河村さんの話を聞いて、心霊会ってそんな問題になっている教団なのか、ということを私は初めて知った。若林さんや鈴木さんの話では、かなり良さそうな感じだったし、集会で見たビデオの体験談には、本当に心から感動したのだった。
「俺もちょっとだけ話を聞いたことがあるけど、守護霊を出してもらうのに、すごく金がかかるんだって? ミッキ、そんな話は聞かなかったの?」
「確かにお金はかかるんですが。私、いちばん安いコースの守護霊を出してもらったんですが、一〇万円と言われました」
「え? 一〇万円?」
 三人は驚いて口々に言った。
「それで、ミッキ、お金払ったの?」と宏美があきれ顔で尋ねた。
「いえ、まだ高校生で、払えないことがわかっているから、将来お金ができたときに払います、って誓約書を書かされたの」
「それって、ちょっとひどいんじゃない? 私たち高校生はまだ未成年よ。未成年に対する金銭上の誓約書って、法的には無効じゃないかしら?」と河村さんが疑問を口にした。
「はい。心霊会の人も、法的な拘束力がないから、払えなくてもなんら心配しなくてもいい、ただ、守護霊様に形の上で誓約するだけだ、と言ってました」
「それならいいけど。でも、守護霊に誓約したのだから、払えなかった場合は、罰(ばち)が当たる、なんて心理的な圧力が加えられるんじゃないか、ちょっと心配ね」
「とにかく、そんな宗教、辞めちゃったほうがいいんじゃない? よく考えたけど、やっぱり辞めさせてもらいます、ってその宗教の人にはっきり言うべきだと俺は思うな」
「そうよ。松本さんの言うとおりよ。その平田って子に、辞めるってはっきり言うほうがいいわ」
 宏美も松本さんに賛成した。
「私もそう思うな。もしミッキ一人では言いにくいようなら、私たちも一緒に行ったげるから」
「そうだよ。ミッキには俺たちがついているんだから」
 私はみんなの気持ちが非常に嬉しかった。一度、鈴木さんと話し合ってみようと思った。
「はい。たぶん平田さんでは話が進まないと思うから、鈴木さんという、うちの寮にいる大学生に話してみます。鈴木さんという人が班長というか、責任者みたいですから。その人が平田さんにいろいろ指示してたみたいです。それとも、若林さんという五〇歳ぐらいのおばさんに話すか」
 とりあえず鈴木さんに辞めるという話をしてみるということになった。その結果、もし辞めさせてもらえないようならまた相談すればいい。
「さっき言ったように、私、お父さんのことがあって、宗教のことを研究してみたけど、妙法心霊会というのは、あまりよくないと思うの。確か、守護霊や先祖に対して南無妙法蓮華経を唱える宗教だと思ったけど、南無妙法蓮華経を唱えるのは、日蓮大聖人が顕されたご本尊に対してのみで、それ以外に向かって唱えるのは、間違った信仰なの。だから辞めたほうがいいと思うわ」
 河村さんがそう勧めた。河村さんはお父さんが亡くなったことが契機となり、いろいろな宗教を調べたが、その中で河村さんがいいと思った宗教は、日蓮大聖人への信仰を忠実に実践している団体と、本来の釈迦の教えを捧持、実践している教団、そして、実在する神霊に祈りを捧げる教団の三つだそうだ。
 けれども、河村さんはそのうちのどれを選ぶかはまだ結論を出していないという。とにかく亡くなったお父さんが、成仏できるような信仰をしたいとのことだ。
「へえ、彩花は無神論者かなと思っていたのに、意外だな。何となく理詰めでものを考えるみたいに見えるから、信仰を考えてるだなんて、全然思わなかった」
「私も河村さんは宗教をやるようなタイプだとは思わなかったから、ちょっとびっくりです。でも亡くなったお父さんのために、信仰の道に入ろうというのは、河村さんの優しさですね。お父さんも喜んでいると思います」
 松本さんも宏美も、信仰のことを考えている河村さんのことが、少し意外そうだった。
 この日の話は、私が妙法心霊会を辞めることを、鈴木さんに伝えるということで結論となった。もし簡単に辞めさせてもらえないようなら、また相談し、みんなと一緒に法座長の若林さんに訴えることになった。

 その日の夜、私は夕食を終えた鈴木さん、酒井さん、永井さんの三人組に声をかけられた。私からも話をしようと思っていたところなので、ちょうどよかった。私たちは鈴木さんの部屋に行った。その後、波多野さんも加わった。
「どう? 今朝のお勤め、ちゃんとできた? 何か変わったと感じたことはあった?」
 さっそく鈴木さんが尋ねた。
「実は、そのことなんですが」
 私は少し言いづらかったが、勇気を出して、今日松本さんたちと話をしたことを報告し、心霊会を辞めたいと申し出た。
「そうなの。ノブちゃんが友達の前で、そんなこと言っちゃったのね。それはちょっとノブちゃんの勇み足だったわね。美咲ちゃん、入信したばかりで、心霊会の素晴らしさがまだ十分実感できてないのに、友達の前でそんなこと言っちゃうだなんて」
「でも、私の仲間がみんな辞めたほうがいい、と言いますから」
「だめよ。そんな凡夫の言うことなんかに惑わされちゃ。みんな、本当の信仰の素晴らしさを知らないから、無責任なこと言うのよ。せっかく素晴らしい御守護霊様に巡り会えたのに、今辞めたら、無間(むげん)地獄への道を突き進むことになるわよ」
 私には凡夫とか無限地獄という意味がよくわからなかった。無限地獄とは、無限に続く地獄とか、無限に恐ろしい地獄かと想像した。
「でも、私の先輩は、とてもよく宗教のことを勉強していて、南無妙法蓮華経は日蓮大聖人のご本尊に対して唱える以外は、間違ってると言ってました」
 私は河村さんから教えてもらったことを、できるだけ正確に話した。
「ふうん。その子もなかなかよく勉強してるのね。でも、でたらめだわ。日蓮大聖人のお題目と言いながら、なぜ釈迦仏法や他の神のことも言ってるの? 日蓮大聖人の仏法を信仰するのなら、他の宗教は謗法(ほうぼう)として、決して許さないはずなのにね。いい加減な証拠だわ」
「でも、その人はまだ一つの宗教に決めたわけではなく、今もどの教えがいちばんいいのか、考えているところだそうです」
「そんないい加減なことしか言えないような人に惑わされてはだめ。心霊会の御守護霊様は、本当にすごいお力があるんだから。それは、実感した人じゃないとわからないわ。私たち、みんなそれを実感してるのよ。だから、そんな何も知らないような人にだまされちゃあ、だめ。本当に、今ここで辞めれば、美咲ちゃんも無間地獄に堕ちることになるのよ。それじゃあかわいそうだから、私たちは美咲ちゃんのためを思って言ってあげてるのよ」
 今度は永井さんが引き継いだ。そして、酒井さんも「そうよ」と相づちを打った。
 せっかく河村さんにいろいろ教えてもらったのに、私の知識では全く鈴木さんには歯が立たなかった。
「その人って、ときどきこの寮に遊びに来る、メガネかけてて、髪をリボンでポニーテールにしている女の子でしょう? この前もお風呂で会った。それとも、もう一人の女の子?」
 鈴木さんに訊かれたが、私は返事ができなかった。鈴木さんは河村さんと宏美のことを言っていた。はい、そうですと答えると、なぜか、河村さんや宏美に何かわるいことが起きそうな予感がした。それにしても、鈴木さんは私の友達のことも、よく見ているのだなと思った。たぶん松本さんのことも知っているのだろう。
「そんなひどいことを言うような子は、きっと近いうちに御守護霊様の罰が当たるわよ。見ていてごらんなさい」
 鈴木さんは恐ろしいことを予言した。私は怖くなって、もうそれ以上何も言えなくなった。そのあと、五人でお勤めをして、それから少しみんなの話を聞いてから、私は自分の部屋に戻った。母から「最近よく寮生の部屋に遊びに行ってるね。まあ、女の子同士で仲よくすることはわるいことじゃないけど」と言われた。
 ジョンを夜の散歩に連れて行ったが、何となく上の空だった。一度ジョンが駆け出したとき、私も左右を確認せずに走り、危うく自動車に轢かれそうになり、ひやっとしたことがあった。これも罰なのだろうか。それとも轢かれなかったのは、御守護霊様の御守護だったのだろうか。ジョンはまだ交通事故の恐ろしさを知らないのか、平然としていた。


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