売れない作家 高村裕樹の部屋

まだ駆け出しの作家ですが、作品の情報や、内容に関連する写真(作品の舞台)など、掲載していきたいと思います

『幻影』第18章再掲

2012-09-14 00:28:55 | 小説
 前回掲載した『幻影』第18章が、途中で途切れてしまっていました。先ほど、お詫びの文章と共に、切れていた部分を掲載しましたが、また最初の2行を残して、消えてしまっていました。

 これまで、小説の部分のフォントを青にしていましたが、第18章に関しては、色を変えると、同じ部分で切れてしまうようです。何か原因があるのでしょうか? 
 それで、今回はあえて黒のフォントで掲載します。




「とても嬉しいです/(^^)\。友情のマーガレット、すばらしいですね(^_^)。私には負担が大きくて、プレッシャーを感じてしまいます(>_<)が、でも全力で彫らせていただきます(^o^)/。ありがとうございますm(_ _)m。打ち合わせの日にちなど連絡ください。スタジオの営業は六日からですが、私は明後日五日からスタジオに出ています。私もいくつか、イメージを絵に描いておきます(^_^)v」

 三人は五日、出勤の前にスタジオに寄ることにした。トヨが近くのファミレスで一緒に昼食を食べませんか、と提案したので、午前一一時にスタジオ集合となった。

 四日、オアシスに新年の初出勤をした。この日は四人組は全員出勤だった。
 待機室で、さっそくケイの肩に入れたアゲハチョウのタトゥーを見せてもらった。かさぶたも剥がれ、きれいに治っていた。
「さすが卑美子さんの蝶ね。私の胸の蝶より、ずっときれい。私も最初から卑美子さんにやってもらいたかったな」
「でも、ルミさんの蝶もいいですよ。男性アーティストらしく、卑美子さんにはない力強さがあるし」と美奈はルミの蝶を褒めた。
 ケイの肩にある卑美子の作品は、筋彫りの線が細やかで繊細、色遣いも微妙なグラデーションで仕上げてあり、女性アーティストの作品らしく美しかった。
 それに対し、ルミの胸の蝶は力強く、、躍動感がある。色も赤や黄色などの原色がそのまま使われている。色の塗りのむらもなく、それはそれで見事な蝶だ。ケイの肩に彫られた蝶とは、対照的な作品だった。全国的に有名なタトゥーアーティスト、G氏の作品だ。
 待機室にいた他のコンパニオンたちも寄ってきて、ケイのタトゥーを見て、「わあ、きれい。ケイもやっちゃったんだね」などと囃し立てた。
「ところで、ミク、お姉さんにタトゥー、見つかっちゃったんだって?」
 ミドリが心配そうに美奈に訊いた。他のコンパニオンたちには、聞こえないよう、声をひそめた。
 姉にタトゥーが見つかったことは、三人にメールで報告してあった。
「はい。ついにばれちゃいました。でも、お姉ちゃんはだれにも言わず、自分の胸の内にしまっておいてあげる、と言ってくれました。ただ、タトゥーをしたことで、どんなに辛いことがあっても、決して世間を恨んだり、ひねくれたりしないでね、って約束させられました」
「それなら大丈夫。ミクなら、そんなこと決してない。風俗の仕事やってるといっても、ミクほど純粋ないい子なんて、そうはいないから」
 ミドリは美奈の人柄に太鼓判を押した。美奈は買いかぶられているようで、何だか面映ゆい気がした。
「私は胸の蝶のことは父ちゃん、母ちゃんも知ってるけど、あまりよく思われてないんで、腰の蘭はまだ秘密にしてるよ。弟が私がタトゥーしたことや、ソープで働いてること、すっごく嫌ってるんだ。姉貴は不潔だといって。だから私は家を出て、今のワンルームマンションに引っ越しちゃった。弟も今は大学で京都に行っちゃったけど。少しでも姉貴と離れたいといって、地元じゃなく、京都の大学に行っちゃったんだ。私のこと、汚いものでも見てるみたいで。昔はあんなに仲がよかったのに」
 ルミが家族との軋轢(あつれき)を語った。ルミは淡々と話しているけれど、心の中は穏やかではないはずだ。その話はみんなもすでに知っていることだが、やはり家族といえども、タトゥーをしてしまうと、うまくいかないことがあるのだということを、再認識させられた。
「私も左肩の蝶、できるだけ家族にばれないようにしなくちゃあ。見つかったら見つかったときで、開き直るけど」
 ケイもなるべく家族にはタトゥーを隠しておくつもりだった。

 三が日が終わったばかりで、客足はやや鈍かった。それでもミクには三人の常連客があった。それ以外にもフリーの客が二人、店のアルバムを見て、ミクのタトゥーに惹かれ、指名した。その二人も、ミクの華麗なタトゥーと心をこめた接待に夢中になり、また指名する、と言ってくれた。
 客の口約束は、あまり当てにはできないが、ミクの場合、リピーターが多かった。
 正月早々五人も接客し、美奈はくたくただった。でも、五人のお客さんはみんな満足してくれた。私は日々の仕事や生活に疲れたお客さんの、砂漠の中のオアシスなんだ、とルミの言葉を借りて、仕事にプライドを持とうと思った。

 この日は四人とも、定時の午前〇時に店を出た。美奈の車で、よく利用する深夜営業のファミレスに行き、改めてミドリに挨拶をした。
「ミドリさん、勝手に卒業なんて、ずるい」とルミが口を尖らせた。
「ごめんね。実家の方で、付き合っている人がいて、先日、結婚しよう、と言ってくれたの。彼、静岡だし、結婚してこの仕事続けるわけにもいかないし。みんなには申し訳なかったけど、辞めて静岡に帰る決心をしたの」
「でも、急だったんで、電話をもらって、私もびっくりしたわ。ミクなんか、ミドリが辞めると聞いて、泣き出しちゃったのよ」
「ほんとにごめんなさいね。でも、オアシス辞めても、私たちの友情は変わらないわ。これからもときどき会いましょう。静岡は風光明媚なところだから、ぜひ遊びに来てね」
「私たち、これからもずっと親友、ってことで、友情の証に三人、同じマーガレットのタトゥーをすることにしたんだけど、ミドリさんもどうですか?」とルミが尋ねた。
「え、マーガレットのタトゥー?」
 ミドリは漫画雑誌のマーガレットを思い浮かべた。漫画のキャラクターでも彫るのかしら、と。
「花言葉は、『真実の友情』なんです」と美奈が説明した。
「あ、花のマーガレットね。真実の友情か。すてきじゃないの。でも、私は、彼のこと考えると、タトゥーはちょっとね。彼の許可が出れば、彫ってもいいけど」
「うん、無理することない。私たちはもうタトゥーが入ってるから、かまわないけど、これから結婚するミドリには無理言えないから」
「なんだか私だけのけ者にされそうね」
「そんなことないよ。そんなひがみっぽいこと言うなんて、ミドリらしくない。私たち四人、これからもずっと親友、仲間だよ。ところで、彼の名前、何ていうの?」
「彼、中村秀樹、というの」
「へえ、それじゃ、もうすぐ日野葵から中村葵になるんだ」
 葵というのは、ミドリの本名だった。青いという色からの連想で、店での源氏名をミドリ(美登里)と名乗っていた。
 ケイは西村恵(めぐみ)の恵を単純に音読みした。名刺の漢字表記では「圭」という字を使用している。
 ルミ(瑠美)は本名を高橋さくらという。同じ姓の人気漫画家の名前を借りた名前だった。仲間には、さくらという上品な名前より、活発なイメージがあるルミのほうが合っている、と言われている。
 ミク(未来)は美奈の幼いころの呼び名、ミー君からとった源氏名である。
 ミドリは実家に帰っているとき、彼と三保の松原や日本平、久能山東照宮に行ったことを話した。
「羽衣伝説のある三保の松原で、彼からプロポーズを受けたのよ。天女は羽衣を纏い、天に帰ってしまったけど、僕の天女はずっと僕のそばにいてほしい、って」
「わあ、すごいプロポーズ。妬ける妬ける」とケイがひがんでみせた。
「ミドリのおのろけ話はもういいわ。ご馳走様。そういえば、ミクの話って、どうなってるの?」
 他の三人は以前ミクから聞いた、客からプロポーズをされた、という話を気にしていた。人のいいミクが、海千山千の男に引っかかっているのではないか、と心配していた。
「安藤さんのことですね。ときどき誘いが来て、会ってますが、最近、どうもしっくりいかないんです」と美奈は答えた。
「彼が冷たくなったの?」とミドリが訊いた。
「いえ、彼は熱心に誘ってくれるんですが、最近私のほうが、何となく彼が信頼できなくなって」
「何かあったわけ?」とケイが言った。
「いえ、彼はいつも優しくしてくれるんですけど、なぜか素直に彼を受け入れられないんです」
 千尋の遺体が発見され、美奈はひょっとしたら安藤は殺人犯かもしれない、という疑惑を抱くようになった。しかし根拠は何もない。千尋の霊だって、はっきり私は安藤に殺された、と言ったわけではない。ただ、元日に外之原峠で発見された遺体が自分のものだ、という示唆をしただけだ。
 千尋はいつも悲しい顔をしている。にっこり笑うこともあるが、まれだった。言葉を発したのは、美奈が車で事故に遭いそうになったとき、直前にスピードを落とせと警告してくれたとき一度である。そのとき注意してくれなければ、おそらく美奈は今こうして生きてみんなと話をしていることはなかった。
 千尋が微笑んだのは、事故から救ってくれたお礼を言ったときと、遺体が見つかり、それは千尋さんのですね、と問うたときの二度だけだった。
 この微笑みを、肯定の返事だと美奈は理解した。それにあのとき、はっきりと頷いた。しかし、だからといって、安藤が千尋を殺して埋めた犯人だとは言っていないし、勝手に決めつけるわけにもいかない。にもかかわらず、ひょっとしたら安藤が……という疑惑がなぜか美奈の胸に湧き上がってくるのだった。
 もっとはっきり教えてください、と千尋に頼んでも、千尋は悲しそうな顔をするだけだった。千尋の霊は言葉を発することができないのだろうか。でも、自動車事故から救ってくれたときは、はっきりと、危ない、という言葉が頭の中に響いたのだ。だからこそ私もスピードを落とし、間一髪事故を免れた。だから千尋の霊はしゃべれないはずはないと思うのだが。それが口から出た言葉でなく、テレパシーのようなものだとしても。
 美奈はこの場で千尋の幽霊のこと、安藤への疑惑など、話そうかとも思ったが、やめておいた。はっきりした根拠もなく、安藤の殺人の疑惑を話すわけにはいかなかった。
「それならこの話、はっきり断ったほうがいいかもしれないね。もうミクも、ずいぶん成長して、人を見る目もできただろうし」
 ミドリのこの一言で、安藤の話は打ち切りとなった。
「ねえ、ミドリが卒業する前に、みんなでどこか泊まりで旅行に行かない? 私たち、まだ一度も泊まりがけで旅行に行ったことないからさ」とケイが提案した。
「賛成。私、みんなと高山の街を歩いてみたい」とルミが言った。
「私は京都や奈良に行きたいな。名古屋の小学校は、修学旅行で京都、奈良に行くことが多いけど、私の小学校では、静岡だったから、まだ奈良には行ったことがないの。一度古都奈良に行ってみたいな」とケイが別の案を出した。ケイは岡崎市の小学校を卒業しているが、その小学校では、修学旅行の行き先は浜松、静岡だった。岡崎にゆかりがある徳川家康に因んでの選択だった。
 それ以外にも、馬籠(まごめ)・妻籠(つまご)や鄙びた温泉地など、いくつか候補地が出されたが、「高山がいいわね。名古屋から比較的近いしね。高山にしない?」と主役のミドリが結論した。
「最近温泉はタトゥーお断り、っていうところ、多いから、今回は温泉地より、高山の街をのんびり散策しましょうよ」
 美奈は入社した年の夏に参加したマルニシ商会の社員旅行で、高山より手前の下呂(げろ)温泉に泊まったことがある。まだタトゥーを入れる前だった。だが高山まで足を伸ばしたことはなかった。だから、高山にはぜひ行ってみたかった。
 三月に、ケイの車で行こう、ということになった。ミドリが自分のクラウンで、と提案したが、「今度の旅行はミドリが主役なんだから、主役に運転なんてさせられないよ。私ので行こう」とケイが押し切った。
「それに、山道で雪も残っているかもしれないし。運転はへたっぴなミドリより私のほうが上よ」
「言ったなあ、こいつ。私の免許証、ゴールドなのよ」と、ミドリはケイの背中を軽くはたいた。
 美奈も「私の車、提供してもいいですよ」と申し出たが、「ミクの車は軽だから、四人で高山はちょっときついよね。いいよ、私のミニバン出すから」とケイが断った。
 旅行の日にちは近日中に決めるということで、ファミレスでの話はお開きとなった。
 美奈は三人を車で自宅に送ってから、高蔵寺の自宅へと向かった。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿