売れない作家 高村裕樹の部屋

まだ駆け出しの作家ですが、作品の情報や、内容に関連する写真(作品の舞台)など、掲載していきたいと思います

『ミッキ』第25回   台風18号後の弥勒山

2013-09-17 09:18:19 | 小説
 昨日は台風18号が上陸し、大雨で各地に大きな被害をもたらしました。
 私の家の付近では、同じ愛知県の豊橋市に上陸したころ、猛烈な雨が降りました。
 幸い、といっては、被害があったところに住んでみえる方には申し訳ないのですが、たいした被害はありませんでした。
 午後、天気が回復したので、弥勒山方面はどうなったのか、様子を見に行きました。
 登りは沢筋の道を通ったので、登山道が川になっていました。

  これは川ではなく、登山道です。

  いつもはわずかしか水が流れていない“幻の滝”ですが、昨日は堂々とした滝になっていました。

  登山口近くの田にあった稲穂です。台風の影響を免れ、稲穂を着けていました。

  1ヶ所のみ、ヒガンバナの花が咲いていました。それ以外の群落はまだ固い蕾です。

 弥勒山の頂上には、台風直後だというのに、大勢の人が登っていました。
 下りに利用した、みろくの森ハイキングコースは台風による影響がなく、特に問題はありませんでした。
 しかし、谷道に関しては、台風による増水で、山に慣れない人が入るには危険な状態でした。台風や大雨のあとに、軽い気持ちで入山するのは慎むべきです。

  カエルの住処の水たまりは、大変なことになっていました。ふだんはチョロチョロ程度の流れですが、滝になっていました。

 今回は『ミッキ』第25回です。


            

 寮に帰ると、ジョンがすぐさま散歩をねだった。夕方の散歩の時間にはまだ早いが、私はジョンを連れて散歩に出た。ジョンと歩きながら、私は今日の出来事を振り返った。あれでよかったのだろうか。
 家の宗教は浄土真宗で、南無阿弥陀仏だ。霊能者が言っていた、親鸞聖人に帰依した武士の先祖がいる、というのは、あながちでたらめとはいえないのかもしれない。うちは分家で、家族からまだ死者を出していないので、仏壇がない。だから、先祖からの宗派が浄土真宗といっても、特に家族でお経をあげるとかいった宗教的なことはやっていない。親戚の家の法事に行ったときに、お寺で参列するぐらいだ。
 そういえば、父が経営していた工場には、商売繁盛の神様が祀ってあり、年に一、二度神主さんがのりと祝詞をあげていた。結局その神様は効果なく、工場は倒産してしまったが。
 母の実家は岡山県の瀬戸内海に浮かぶ小さな島で、遠いので、あまり法事なんかに行った覚えはない。母の実家は確か日蓮宗系で、南無妙法蓮華経だった。毎年正月とお盆に家族で二泊ぐらいしていた。そのとき、母の実家の仏壇に手を合わせた。今年のお盆は父の仕事が変わったばかりだし、慎二の入院もあったので、行っていない。
 私にとっては、宗教は何か遠い世界のもののように思っていた。将来はともかく、今は自分が何か信仰をするなんて、考えたことがなかった。妙法心霊会という宗教団体があることも知らなかった。会長の妙心先生が書いた『絶大なる偉力! 守護霊の奇跡』という本が書店に山積みされているのを見たことはあるが、その本が妙法心霊会の本だとは知らなかった。何となく〝守護霊の奇跡〟というタイトルが記憶に残っていた程度だ。
 私にお経の本なんて読めるかしら。守護霊様を心から信じることができるのかしら。
 以前読んだ本に、人は生まれながらにして、誰もが守護霊を持っていて、その守護霊がその人を守っているということが書いてあった。だからわざわざ守護霊を授けてもらう必要などないと私は思っていたのだが。
 とにかく、守護霊様を信じれば、運がよくなるのなら、しばらくやってみようかな、と私は思った。誰だって運がよくなりたいと思うものだ。
「ジョン、おまえにも犬の守護霊がついているの?」と私はジョンに語りかけた。むろんジョンには通じるはずがない。ジョンを守るのは、私たち家族なのだ。
 以前芳村さんが、小さな赤ちゃんや、犬や猫などの動物には、霊が見えている、という話をしていたことがある。赤ちゃんが誰もいない天井などに向かって、笑ったり声をかけたりしているのは、霊が見えているからだと言っていた。幼い純真なころは霊が見えているけれども、成長して余計な知識を身につけたりして、心に曇りができると、霊が見えなくなってしまうのだ、と芳村さんが解説した。赤ちゃんと同じように、心に不純なフィルターを持っていない動物には、霊が見えているそうだ。また、動物は人間には見えない、聞こえない、感じられない波長、周波数のものを認識する能力があるので、霊などの存在がわかるという。
 ジョンには私に授けてくれたという御守護霊様が見えているのだろうか。しかし、ジョンは私に対しては何の反応も示さない。もし私の背後の御守護霊様が見えれば、何らかの反応を示しそうなものだが。それとも、ジョンは鈍感なのだろうか。

 夜八時に、私は四階の鈴木さんの部屋に行った。寮は四階建てだ。六畳程度のワンルームで広くはないが、一人部屋なので、プライバシーは守られている。各部屋にはトイレがあり、冷暖房完備で、インターネットも使えるが、バス、キッチンはついてない。各階に寮生が自由に使えるキッチンがある。自炊をする場合は、そこで調理ができる。また、シャワー室もあるので、浴場が使えない時間帯でも、シャワーを浴びることができる。シャワー室の外には洗濯機も設置されている。
 鈴木さんの部屋には、三人組のほかにも三人来ていた。左肩に蓮と梵字のタトゥーを入れている波多野麻衣(まい)さんも会員だった。お風呂に入るときは特に隠さないので、波多野さんにタトゥーがあることは、多くの人が知っている。波多野さんはタトゥーを入れているとはいえ、真面目でおとなしい、普通の女子大生だ。私の両親も波多野さんのタトゥーのことは知っているが、色眼鏡で見ることはせず、礼儀正しいいい子だと評している。
 鈴木さんの部屋には、心霊会の御守護神と御守護仏、そして鈴木さん自身の御守護霊のお御霊(みたま)を鎮めた三体のお札が祀られていた。そのお札に向かって、お勤めをするのだ。各会員のお札も、お勤めのとき、一緒にお祀りする。
 私はまず立て替えてもらったお金を鈴木さんに返した。
「管理人さんのところの美咲ちゃん、今日から私たちの同志になったから、紹介するわ。みんな、美咲ちゃんのことは知ってるよね。今日は来てないけど、うちの寮にはあと二人会員がいるの。みんな若林法座会の法友よ」
 ここの寮生は鈴木さんが中心となって導いたそうだ。鈴木さんはそのリーダーで、鈴木班の班長という役職を任じられている。鈴木さんは和歌山県新宮市の出身だ。以前は和歌山地区の所属だったが、春日井市内にある大学に通学するために高蔵寺の寮に入ったので、春日井市で活動をしている中田支部の若林法座会に移籍した。現在四年生で、就職は名古屋市内の会社に内定しているそうだ。
「それじゃあ、お勤めを始めます。私が導師をやるから、美咲ちゃんも一緒についてきて。わからなければ、今日は聞いてるだけでもいいから」
 お勤めは班長の鈴木さんが主導し、それ以外の人たちが鈴木さんに唱和した。最初に南無妙法蓮華経とお題目を三唱してから、お経を読んだ。鈴木さんの声は、ふだん話すときは高い声なのに、唱題や読経のときは、腹の底から響くような低い声になった。漢字にはふりがなが振ってあるが、私は全くついて行けなかった。お経が終わったら、今度は御守護霊と開祖の徳を讃える和讃。これは日本語の文章なので、ある程度はついて行けた。
 初めての私が参加したので、鈴木さんはゆっくりお経を読んだ。四〇分ほどでお勤めは終わった。足がしびれて、しばらく動けなかった。毎日朝夕、三〇分から四〇分もかけてお勤めするのは大変だ。特に朝は学校に行かなければならない。そのことを言うと、鈴木さんが「朝のお勤めは、特に大切だよ。朝、しっかりお勤めをして、御守護霊様にその日一日の幸せ、安全を祈ることによって、御守護がいただけるのだから。朝学校に行くのは、私たちだって一緒なんだよ。でも、みんな、早起きしてきちんとお勤めをやってるよ」と忠告した。
「ところで、美咲ちゃんは心霊会に入ったことは、おじさんたちには話したの?」と鈴木さんが尋ねた。おじさんたちというのは、私の両親のことだ。
「まだです。何となく恥ずかしくて、言いづらいから」と私は答えた。
「ご両親も救ってあげなくちゃあいけないから、ぜひ折を見て話をして、導いてあげてね。それから、学校のお友達も。もし一人でやりにくかったら、私たちも協力してあげるから。みんなに素晴らしい御守護霊様のことを教えてあげましょう」
 平田さんも鈴木さんたちの協力を得て、私に話しかけたのだな、と思った。でも、松本さんや河村さん、宏美たちに宗教に入ったと言うのは、恥ずかしかった。そんなことを言ったら、松本さんに嫌われるのじゃないかしら、と思うと、とても話す勇気は出なかった。
 鈴木さんは『絶大なる偉力! 守護霊の奇跡』など、会長の妙心先生が書いた本を三冊貸してくれた。
 妙心先生の本によると、妙法心霊会は、教義より霊的な実践を重んじる宗教だ。法華経を依経(えきよう)としているとはいえ、内容的には密教にも通じるものがあった。他の教団からは、教義が矛盾だらけだという批判をされることも多いが、歴代会長は非常に優れた霊能者であり、強力な霊能力を誇示することにより、他教団の批判を封じてきたそうだ。信者は授けてもらった守護霊に護られ、宿命転換が図れるので、その感激を他人に語ることにより、教団の勢力を急激に拡張してきた。
 私はそんな教団の一員になってしまったのだ。




 

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