売れない作家 高村裕樹の部屋

まだ駆け出しの作家ですが、作品の情報や、内容に関連する写真(作品の舞台)など、掲載していきたいと思います

『ミッキ』第11回

2013-06-11 12:27:28 | 小説
 先ほど、ある出版社から問い合わせの電話がありました。
 “高村裕樹”の名はあまりメジャーではないので、このような問い合わせがあると、非常にうれしく思います
 少しずつでも名前が売れて、本の売り上げがアップすれば、うれしいです

 今回は『ミッキ』の11回目を掲載します。


            

 翌日の昼休み、松本さん、河村さん、宏美、私の四人が部室に集まった。
 昨日河村さんが約束した、弥勒山登山の計画書が配られた。パソコンできれいに作られている。きれいなカラー印刷で、デジタルカメラで写した風景の写真まで添えられている。コースの概略図もあって、わかりやすい。
 私も多少はワープロソフトを使えるけど、こんなきれいな文書はとても作れない。宏美も驚いていた。
 日にち 五月七日(日)(雨天中止) 集合時刻 午前九時 集合場所 JR高蔵寺駅南口 
 その他、持ち物、コース、注意事項、バス代など、要領よくまとめられている。
 携帯電話の番号など、お互いの連絡先を言って、記入欄に書き込んだ。
「ガスストーブを持って行くから、食事のときお湯を沸かせます。カップ麺など、食べたい人は持ってきてもいいですよ。ただし、カップ麺の水は各自持参のこと。途中の水場で汲めるから、空(から)の五〇〇ミリリットルのペットボトルを持ってきてもオーケーです。煮沸するから沢の水でも大丈夫です。ラーメンのスープは、捨てると環境破壊になるから、飲み干してくださいね。汗をかくから、塩分補給になりますよ。お弁当のあと、本格的なコーヒーも淹れます。コーヒーの粉は人数分、私が持っていきます」
 河村さんはこのような楽しい企画も立てた。ガスストーブとはガスコンロのことだ。
 この前、宏美と行った東谷山は、行き当たりばったりで、事前に何も準備をしていなかった。よく整備がされており、何の危険もない山だったから問題なかったが、本来、山に登るのには、このような事前の計画が必要なのだと、私は初めて教えてもらった。
 昼の休憩時間はあまり長くないので、十分な打ち合わせ時間はとれなかったものの、昨日も話は聞いている。必要なことは伝えてもらった。計画書にも詳しく書いてあるし。
「もし何かわからないことなどあったら、私の携帯に電話かメールしてください」
 最後に河村さんがこう言って、会を締めくくった。

 連休の一日、松本さんと図書館で日中戦争などの資料探しをした。春日井市図書館に行くと言うと、母は勉強に行くのだと思い、「連休だというのに、どういう風の吹き回しなの?」と言って、少しお小遣いをくれた。もちろん、歴史の勉強なのだから、嘘をついているわけではない。
 これまでメガネをかけた自分があまり好きではなかったので、松本さんの前では一度もメガネをかけたことがなかった。でも、何となく河村さんに惹かれつつあったので、河村さんみたいになりたいという気持ちもあった。だから本を探すとき、それほど抵抗なくメガネをかけた。本の背表紙がよく見えた。
「あれ? ミッキ、メガネかけてるの?」と松本さんが意外そうに言った。
「はい。授業中はいつもかけてます。黒板の字が見にくいですから。松本さん、メガネの女の子、どう思いますか? 弟にはメガネ怪獣メガギラスなんて言われてます」
「メガギラスはひどいですね。でも、どう思いますか、と言われてもね。彩花はいつもかけてるし、メガネの女の子、嫌いじゃないですよ」
「河村さんじゃなく、私はどうですか?」
 私はあまり詰問調にならないように訊いた。
「うん。メガネのミッキも、かわいいよ。似合ってる」
 私はこれまで、メガネが似合っていると言われることが、あまり好きではなかった。でも、松本さんにそう言われ、素直に喜んだ。
「ほんとですか? よかった。これまで自分がメガネかけた姿、あまり好きじゃなかったから、松本さんに嫌われたら辛いな、って思ってたんです」
「僕がミッキのこと、嫌うわけないですよ。まだ知り合ったばかりだけど、僕にとっては、ミッキはとても大切な人なんだから。あ、ちょっと気障(きざ)だったかな」
 松本さんは照れ笑いをした。私はその言葉がとても嬉しかった。
 二人は一緒に参考になる本を探して、読んだ。図書館の中では、大きな声を出せないので、声をひそめて話し合った。
 資料の研究に疲れたら、近くの大きな家電の量販店を冷やかしたりした。パソコンのコーナーをゆっくり見た。
 メカにはどちらかといえば音痴な私ではあるが、パソコンは欲しいと思う。前の家では、インターネットなどをよく使っていた。慎二がゲームばかりやっていて、なかなか私に使わせてくれなかったが。ときには私も慎二のゲームソフトを借りて、やってみた。私はすぐに負けてしまい、慎二には「姉ちゃんのへたくそ」と馬鹿にされたりした。私の視力が落ちたのは、パソコンのせいもあるかもしれない。
「河村さん、あんなきれいな文書作っちゃうなんて、パソコンも上手なんですね」
 私は河村さんのことを考えていた。同じ女性だから、恋とは全然違うけれど、やはり憧れの存在なのだろうか。
「うん。僕もパソコンではとても彩花にはかなわないよ。パソコンでも、かな」と松本さんも同意した。
 それからデジタルカメラコーナーに行った。
 松本さんはデジカメを欲しそうだった。いろいろな機種を手にしていた。
「もうちょっとお金を貯めて、こんなの欲しいな」
 五万円近い値段がついた、高倍率ズームの大きなデジカメを手にして、松本さんがつぶやいた。
「新しい型が出てから買えば、前の機種は安くなるから、それまで待ったほうがいいかな。でも、新機種が出れば、そっちを欲しくなるし」と松本さんはため息をついた。松本さんは、秋の修学旅行までにはデジカメを買いたいと言っていた。
 安くても十万円近いデジタル一眼レフカメラを見ると、お父さんはこんなのを欲しいだろうな、と思った。父は以前は確かキヤノンという会社の、フィルムの一眼レフカメラを愛用していた。今使っているコンパクトデジカメもキヤノンの製品だ。父はその会社のことを、いつも観音様と言っている。キヤノンという社名は、観音に由来していると父から教えてもらった。
「ミッキ、こんなすごいカメラに興味があるの?」
 一眼レフカメラを見ている私に、松本さんが尋ねた。
「いえ、私はカメラのこと、あまり詳しくないけど、お父さんがカメラのマニアなんです。だから、こんなの欲しがるかな、と思って、見ていたんです」
「お父さん、カメラが趣味なんですか。でも、交換レンズをいくつも揃えると、お金かかりますね」
「だから、前に持っていた、すごくいいカメラ、全部売っちゃって、今は安いデジカメ使ってるんです。でも、安物はいかん、とずいぶん不平言ってます。そういうところ、子供みたい」
 私はそんな父を思い出して、クスリと笑った。
 それからマクドナルドに行って、安いハンバーガーとシェイクで軽く腹ごしらえをした。松本さんが支払いを持つと言ってくれたが、母がお小遣いをくれたので、自分で払った。
 また図書館に戻り、研究の続きをした。
「ミッキはもう進学先なんか、考えてますか?」
 一区切りついたとき、松本さんが訊いた。
「進学先ですか? 私、まだあまり考えてないんです。家が今経済的に大変な状態なので、大学に行かずに就職しようかな、なんてことも考えています」
 私はあまり両親に負担をかけたくなかった。
「そういえばミッキのお父さん、自動車の部品工場がうまくいかなかったんでしたね」
 松本さんは、私の家庭の状況をおもんぱかった。
「少し前まで小学校の教師をやっていた伯母は、ぜひ学校の先生になりなさい、と言うんですが」
「教師ですか。ミッキには合っていると思うな。大学に行くの、少し大変かもしれないけど、奨学金の制度だってあるんだから、頑張るといいですよ。僕はいいと思うな」
 松本さんは教師という進路に賛成してくれた。
「松本さんはどうするんですか?」
 今度は私が松本さんに尋ねた。
「僕ですね。今、悩んでいるんです。理数系が苦手だから、文系で法学部か経済学部に、って考えているんですが、英語もあまり得意じゃないし。いいのは国語、社会だけですから。文系でも国公立は、理数をけっこう重視するから、やっぱり私大の文系かな」
「法学部で弁護士や検事を目指すのも、すてきですね」
「でも、司法試験、すっごく難しいですからね。あまり自信がないな」
「まだ二年になったばかりですもの。これから勉強すれば、大丈夫ですよ。頑張ってください」
「そうだね。ミッキが励ましてくれれば、やる気が出そうですよ。頑張らねば」
 少ししょげていた松本さんがガッツポーズをして、こう言ってくれたので、私も嬉しかった。
 河村さんはどういう進路を考えているのですか? と口から出そうになったけど、それは飲み込んだ。あまり河村さんのことばかり話題にあげるのもいけないような気がした。

 ゴールデンウィークだから、慎二が「どこかに連れてって」とかなり両親にねだっていたが、寮の仕事があるから、あまり遠くに出かけることができない、と説得されていた。それに、今は車もなくなったし。さすがに寮の業務用のライトバンで出かけるのは、慎二も格好悪いと思っているようだった。
 今年のゴールデンウィークは、ジョンが来たから、慎二はあまりわがままを言わなかった。小学五年生のわがまま盛りなのに、慎二も多少家庭の事情を考えているようだった。
 私と慎二はジョンにリードをつけ、外に連れ出したりした。最初はリードをつけられることを嫌がった。まだジョンは小さいので、あまり速くは歩けなかった。しかし、日に日に大きくなっているのがわかるほど、成長が早かった。まだ予防注射が済んでいないので、あまり遠くには連れ出せなかった。散歩は寮の前を行き来するだけにしている。連休後に近くの動物病院で、最初の予防接種をすることになっている。
 うちに来たばかりのころは、ジョンは足取りも頼りなかったのに、今はしっかり歩ける。今月の末には、立派なラブラドール・レトリーバーの姿になっているだろう。
 最初のうちはトイレが覚えられず、うんちやおしっこを部屋で垂れ流していたのだが、最近はトイレシートのところでするようになった。でも、まだ粗相することもある。
 母はトイレがうまくいくと、「おまえはお利口さんだねえ」と褒めながら、ジョンを抱き上げた。
「あれ、ジョン、また重くなっている。このままいったら、どんなに大きくなるんだろうねえ」
 母もジョンの成長の早さに驚いた。連休明けに山川さんが来たら、ジョンの成長にびっくりするかもしれない。いや、山川さんのお宅には、ジョンのきょうだいが四匹もいるのだから、それぐらいのことはわかっているだろう。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿