売れない作家 高村裕樹の部屋

まだ駆け出しの作家ですが、作品の情報や、内容に関連する写真(作品の舞台)など、掲載していきたいと思います

『幻影2 荒原の墓標』第25回

2014-07-04 19:29:45 | 小説
 今日、近所の書店に行ったら、私の新刊『地球最後の男―永遠の命』が10冊置いてありました。
 文庫本コーナーの台の端にあり、目につきやすい位置でした。
 地元の書店で扱ってくれたことは、とてもうれしく思います
 できれば“地元ニュータウンの作家”などとポップをつけてくれると、注目度が上がるのですが、あまりわがままも言えません。
 1冊でも多く売れるとうれしいと思います。

 今回は『幻影2 荒原の墓標』の第25回です。


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「お姉ちゃん、なぜあんなことになってしまったの?」
 徳山久美の妹、優衣(ゆい)は姉の写真に問いかけた。優衣は久美より二歳年下の二五歳だった。
 優衣は殺された姉の背中が、鳳凰のタトゥーで彩られていたことがショックだったのに、さらに詐欺グループの一員だったという事実を知らされ、大きな精神的打撃を受けていた。
 姉は名古屋で就職し、一宮からでは遠くて通勤に不便だからといって、名古屋市内にアパートを借りた。母親は久美の背後に男の存在を嗅ぎ取り、それとなく久美に注意した。どうもまともな男だとは思えなかったからだ。父親からも強く意見をしてもらった。しかし久美は聞く耳を持たなかった。両親は名古屋市内の久美のアパートに様子を見に行ったが、久美はもうアパートを引き払っていた。その後、久美の消息は不明となった。父親が次に対面したときには、久美は物言わぬ身体となっていた。
 ミステリーファンの優衣は、北村弘樹復活第一作と銘打たれた『鳳凰殺人事件』を読んだ。その中に、姉と同姓同名の徳山久美が殺害される場面があることに気付いた。そのときは姉と同じ名前の女性が死ぬ、ということにいやな感じはしたが、単なる偶然だとしか考えていなかった。作中の徳山久美は、寺の娘という設定だったし、舞台は東京だった。
 ところが実際姉は殺されてしまった。そして、作中にあるとおり、姉の背中には鳳凰のタトゥーが刻まれていた。姉が“入れ墨”をしていたことが、優衣には大きな衝撃だった。なぜ姉がそんなことを。そして北村弘樹はなぜ姉がタトゥーを彫っていたことを知っていたのだろうか。そして殺されることを予見していたのだろうか。これはとても偶然ですまされることではないと思った。
 優衣は北村に会わねばならないと思い、『鳳凰殺人事件』を出版した文学舎に北村の住所を問い合わせた。『鳳凰殺人事件』は、最初は自費出版で、発行部数はわずかだったので、その後、かつて北村と関わりがあった文学舎がその出版権を引き継いだのだった。
 しかし、出版社には、作家の個人情報に関してはお答えできないと断られてしまった。ファンレターなら当社に送っていただければ、責任を持って回送いたしますという返答を得たのみだった。
 優衣は104でも訊いてみた。北村はおそらく東京に住んでいるのだろうと考えた。以前、人気作家だったころに発行された作品の著者プロフィールには、愛知県出身、現在東京都在住とあったからだ。それに、優衣はプロの作家はたいがい首都圏に住んでいると思っていた。東京都23区とその周辺で、北村弘樹の名前で登録されている人をすべて教えてもらい、片っ端から電話をかけてみた。しかし、どれもが違っていた。北村弘樹はペンネームで、電話は本名で登録してあるのだろうか。いや、確か本名のはずだ。都下や神奈川、千葉、埼玉にも範囲を広げてみようかと考えたが、あまりにも広くなってしまう。作家はいたずら電話や嫌がらせなども多いだろうから、電話帳には載せていないのかもしれない。それとも、携帯電話しか持っていないのか。今は携帯のみで、固定電話に加入しない人も多いという。北村弘樹に会って、話を聞きたいと思っていたのに、気勢をそがれてしまった。
 それからしばらくして、優衣は姉が詐欺グループの一員だったという報告を刑事から聞かされた。このことはまだ一般には報道されていない。殺人事件としてはもう解決ずみであり、また大岩たち残りのメンバーに警戒させないためでもあった。
 娘が殺されたというだけでも肩身が狭い思いをしていた両親だったが、世間を騒がせた詐欺グループの一員だったということがわかり、父親は 「世間様に顔向けができん」 と勤めを辞め、家の中に引きこもってしまった。
 そんな父親を見て、優衣は自分が頑張らねばと決意した。そして、姉がなぜあんなことになってしまったのか、北村弘樹に会って話を聞いてみたいと思った。優衣もテレビや新聞の報道で、北村は事件と一切関係がないと言っていることは知っていた。だが、作品の中で三人の殺人予告を当てているということは、いくら何でも偶然とは信じられなかった。姉の久美が背中にタトゥーを入れていたということは、家族さえ知らないことだったのだ。
 優衣は北村に手紙を書いた。北村の住所はわからないが、出版社に送れば、手紙は回送してくれるという。多少手間はかかるが、やむを得ないと思った。ただ、人気作家となれば、ファンレターの数も多いだろうから、北村本人が読んでくれるかが心配だった。
 優衣は姉の事件を担当した、優しそうな刑事を思い出した。確か県警の三浦という名前だったと記憶している。もう一人の名古屋弁のオジンはおっかなそうだったが、三浦なら私の話を聞いてくれるのではないかと思った。
 優衣が勤めている会社は、今は盆休みなので、その翌日、県警に三浦を訪ねた。盆休みといっても、今年の夏は姉の不幸もあり、旅行に行こうという気分にはならなかった。久美の初盆でもあった。
 県警の前まで行ったものの、中に入りづらく、しばらく右往左往していると、偶然姉の事件で会ったことがある石崎警部の顔を見つけた。優衣は石崎に、四月初めに殺された徳山久美の妹だということを告げ、その事件を担当した三浦刑事に会いたいという旨を伝えた。石崎は優衣のことを思い出し、三浦は今別の事件で守山区の小幡署に行っていると教えてくれた。石崎もちょうど今から小幡署に行くところなので、よかったら連れて行ってあげようと言ってくれた。偶然とはいえ、 「ラッキー、これはさい先がいいぞ」 と思った。優衣は生まれて初めてパトカーに乗り、小幡署まで行った。そのパトカーは、クラウンがベースになっており、乗り心地がよかった。国民の税金を使って、こんなにいい車をパトカーにしているのか、という反感も多少はあった。優衣の家族は、事業に失敗したということもあり、維持費が安い軽自動車に乗っている。
 小幡署には、三浦と一緒に鳥居もいた。山下和男、佐藤義男両殺人事件の捜査本部は合同し、今は鳥居も小幡署にいることが多い。鳥居を見た優衣は、 「この人、ちょっと苦手だな」 と心の中で呟いた。
 石崎が優衣のことを紹介する前に、鳥居が 「おう、おみゃーさん、前にいっぺん会ったことがあるな。確か、徳山の優衣ちゃんじゃなかったか?」 と声をかけた。
 優衣は鳥居が自分のことを覚えていて、三浦より先に笑顔で声をかけてくれたことに感激した。
「この人、思ったほど怖い人ではないのかもしれない」
 優衣は鳥居を再評価した。
「徳山優衣さんですね。ご無沙汰しています。あのときは、いろいろご協力いただき、ありがとうございました」
 三浦も優衣に挨拶した。三浦は一八〇センチを超える長身だが、優衣も女性としてはかなり背が高かった。
「ところで警部、なぜ優衣さんがここに?」
「おまえに聞きたいことがあって、わざわざ一宮から来てくれたそうだ。お姉さんのことで、納得いかないこともいろいろあるそうでな。まあ、せっかく来てくれたんで、少し話を聞いてやってくれ。話しているうちに、何か事件のヒントがつかめるかもしれん」
 石崎は小幡署に来る前に、ざっと優衣の話を聞いてみた。優衣は気付いたことを報告に来たというのではなく、逆にいろいろなことを尋ねたいとのことだった。石崎としては優衣からこれといった収穫を得ることはできなかった。それでも、捜査に直接関わっている三浦や鳥居が相手をすれば、何か引き出せるかもしれない。特に三浦は話を引き出すことがうまかった。そう考えて、石崎は優衣を小幡署に連れてきた。捜査が膠着している今は、小さなものでもいいから、少しでも手がかりが欲しい。
徳山久美の事件は、すでに逮捕された犯人が犯行を自供しており、物証も得ているので、山下、佐藤の事件とは切り離して考えられている。とはいえ、久美と山下、佐藤、そして現在監視下に置いている大岩は、詐欺グループとしてつながっている可能性が高い。徳山久美に関するちょっとしたデータの発見が、他の事件の手がかりになるかもしれないのだ。
 石崎は小幡署の一室を借り、そこで優衣の話を聞くことにした。聴取は三浦と鳥居に任せ、石崎自身はその場を離れて、捜査本部の指揮を執る倉田警部のところに行った。警察官三人に囲まれれば、優衣は萎縮してしまうだろう。
「殺風景な部屋ですみませんが、気を楽にしてください」
 三浦は優衣に話しかけた。
「ここ、ひょっとして取調室なんですか?」
「いや、会議室ですよ。会議室でも、一番小さな部屋ですが。さすがに容疑者でもない優衣さんから、取調室で話を聞くのも無粋ですからね」
「取り調べの時は、やはりカツ丼なんか出るんですか?」
「あれはテレビドラマの作り話ですよ。もし被疑者が何か食べたければ、自腹で出前を取ることになりますね。それに取調中は食事はできません」
「え、そうなんですか。古い刑事ドラマなんかでは、犯人が刑事から出されたカツ丼に感激して、涙ながらに犯行を自供する、なんてシーンがありますが」
「そういやあ昔の刑事物なんかにはそんな場面がよくあったけど、実際そんなことして自供させたことなんか、いっぺんもないがや。どっちかといえば、俺なんかはぎゅうぎゅう締め上げたってゲロさせたることが多いがや」
 鳥居が首を絞める真似をして、笑いながら言った。
「まあ、怖い」
「冗談ですよ。鳥居刑事は、こう見えてもけっこう優しい人ですからね。ただ、犯罪者から見れば、やっぱり怖いオジサンかな」
「おい、トシ、オジサンはないだろ。せめてお兄さんにしといてちょう」
「怖いお兄さんだと、また別な意味にとられちゃいますよ」
 こんな刑事たちのやりとりに、優衣は思わず吹き出してしまった。三浦は優衣のことを、なかなかユニークな発想をする人だなと思った。優衣の緊張がほぐれたところで、三浦はそろそろ本題に入った。
「ところで、今日はどんなご用で来たんですか? 訊きたいことがあるとのことですが」
「実は、私、姉が詐欺グループの一員だった、ってことを聞いて、ショックで……。背中にタトゥーを入れていたことでさえショックだったのに、さらに詐欺を働いて、多くのお年寄りなどの弱者からお金をだまし取っていただなんて、とても衝撃を受けて。あんなに真面目で優しかった姉が」
「その気持ち、よくわかりますよ。僕たちも久美さんのことを調べましたが、久美さんを知っている人は、皆久美さんを褒めていましたからね。まさか詐欺グループのメンバーだったとはずっと気付かずにいました」
「私は今でも信じられないです。なんかの間違いじゃないかと。でも、背中にタトゥーなんかしてたし。タトゥーとハイカラにいっても、しょせんは入れ墨でしょう? やっぱり入れ墨なんて、悪い人がすることですよね」
「いえ、最近はファッションとしてタトゥーを入れる人も、けっこう多いですよ。歌手やスポーツ選手にもいますし。僕が知ってる女性も、何人か入れてます。僕が刑事だからそういう人を知っている、というわけではなく、どこにでもいそうな普通の女性です」
 三浦は優衣の沈んだ心を慰めるために、タトゥーのことをあえて肯定的に言った。そして美奈の顔を思い浮かべた。
「久美さんの背中に鳳凰の絵を入れたアーティストさんに会いましたが、久美さんはタトゥーを入れるとき、自分を強くするためにタトゥーをするんだと言っていたそうです」
「自分を強くするためにタトゥーを入れるだなんて、変です。やくざが入れ墨をするのは、もう二度と堅気に戻れなくなるよう、決意を固めるためだと何かの本で読んだことがあるけど、姉もそうだったんじゃないでしょうか? 自分自身を悪の世界に染めるため、その決意でやったんではないでしょうか?」
 優衣は悲しげに顔を俯けた。
「そのへんのことは僕にはわかりません。でも、女性が大きなタトゥーを背中に入れるということは、何かよほど重大な決意があったんでしょうね。腕にバラを一輪入れる、という程度なら、軽いファッション感覚でやってしまうかもしれませんが」
「私、作家の北村弘樹さんに会ってみたいんです。私も北村さんの作品はいくつか読みましたが、なぜ姉が殺される前に姉の死を予言できたか、ぜひとも訊いてみたいんです。姉が家族も知らなかったタトゥーを彫っていることを、なぜ知っていたかもです。私、北村さんにお会いしたいと思い、出版社に住所を訊いたんですが、プライバシーに関することは教えられないと、断られました」
 優衣は話題を北村弘樹のことに変えた。
「その件について、警察は何度も北村先生を訊問しました。しかし、北村先生は偶然の一致でしかないと言われます」
「そんなの、嘘に決まっています。偶然だなんて、絶対あり得ません。刑事さん、北村弘樹の住所、教えてもらえませんか? 私、直接会って話をしたいんです」
「でも、お姉さんの事件に関しては、犯人はもう捕まっているんだから、北村先生は犯人ではあり得ません。ほかの事件でも、北村先生のアリバイは成立しています」
「それでも一度お目にかかりたいんです。もちろん、北村弘樹さんは姉を殺した犯人じゃないということははっきりしているので、復讐しようなんてつもりは毛頭ありません。ただ、お話を聞きたいだけなんです」
 優衣は三浦に懇願した。三浦は個人的には会わせてあげたいという気持ちが強かった。だが、北村は事件の関係者だ。被害者の遺族である優衣を、三浦の一存で北村に会わせるわけにはいかなかった。
「おみゃーさんの気持ちはようわかった。けどよ、警察というところは、けっこう規則でがんじがらめで、難しいとこなんだがや。そのことは俺が上司と掛け合って、もし許可が出たら、会えるように段取りとったるでな。少し待っとりゃあ」
 鳥居が横から助け船を出してくれた。
「本当ですか? 会わせてもらえるんですか?」
「だが絶対とは約束できんぞ。被害者側の人間と事件の関係者を会わせるというのは、難しいかもしれんでよ。それに会うといっても、刑事立ち会いの下(もと)でだぞ。北村のセンセとは、もう十分話し尽くしとるで、新しい事実はこれ以上出てこんかもしれんし」
「はい。それでもけっこうです。でも、姉の肉親である私が聞けば、今までわからなかったことが何かつかめるかもしれません」
 優衣は鳥居の約束に了承した。鳥居はさすがにベテラン刑事だ。三浦は鳥居のとっさの判断に敬服した。
「ところで、解決済みの事件のことを伺うのも何ですが、生前、お姉さんのことで、気付いたことはありませんか? どんなことでもけっこうです」
 久美の事件について質問をするのはあまり意味がないかもしれないが、ひょっと考え、三浦は質問した。
「そうですね。前にも刑事さんには話しましたが、姉は三年ぐらい前に、通勤が大変だからと名古屋に引っ越していって、最初のうちはときどき電話もあったけど、そのうちだんだん疎遠になってきました。付き合っていた男(ひと)がいるようなことをちらっと聞いたんですが、あのときは誰だったか思い出せませんでした」
「それで、思い出したんですか?」
「確か、秋田県の人だとか言っていました。でも、その人は犯人じゃなかったのだから、関係ないですよね。そのあと姉はどこかに引っ越してしまい、連絡もとれなくなりました」
 優衣は姉が絞殺されたとき、三浦からいろいろな質問をされた。
久美が男性と付き合っていることを一度だけ聞いたことがあった。ちょっと崩れたところがある人だということで、久美はあまり付き合っている人のことを話したがらなかった。優衣が 「そんなら別れちゃいなよ」 と意見したら、 「でも、優しいところもあるんだ。根はいい人なのよ」 と擁護した。そのことは両親には話していないようだった。それで優衣が両親にわるい男ができたみたい、と話したのだった。母親もよくない男と付き合っていることを、うすうす感づいていた。
 優衣は姉を殺害した犯人が逮捕されてから、秋田の人だということを思い出した。しかしもう犯人は捕まったのだから、今さら刑事に伝えても意味がないと思い、刑事には教えなかった。
「いや、この事件はまだほかの事件とつながっているかもしれないので、参考になりますよ。ところで、秋田県の人だと言ったのですか? それとも秋田という名前なんですか?」
 三浦は確認した。
「えっと、秋田の人だと聞いたと思ったんですが、ひょっとしたら秋田という名前だったかもしれません。よく覚えてないんです」
「でも、秋田と言ったんですね?」
「はい、そのとき、東北地方を連想したので、それは間違いありません」
 三浦はこれで、徳山、山下、大岩、秋田の線がつながったと思った。佐藤もおそらく詐欺グループの一味だろう。それ以外にも仲間がいるのかもしれない。優衣との話の収穫は、それだけだった。しかしそれが確認できたのは一歩前進だ。





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