売れない作家 高村裕樹の部屋

まだ駆け出しの作家ですが、作品の情報や、内容に関連する写真(作品の舞台)など、掲載していきたいと思います

『幻影2 荒原の墓標』第22回

2014-06-14 00:28:05 | 小説
 今年の梅雨は、東日本は大雨ですが、私が住む東海地方はあまり雨が降っていません。狭いと言われる日本ですが、地域の差が大きいですね。日本は思った以上に広い国なのかもしれません。

 今回は『幻影2 荒原の墓標』の第22回です。昨日掲載する予定でしたが、気分が優れず、昼間、ずっと寝ていたので、日にちが変わってしまいました。
 今回、第4章に入りました。事件が大きく動いてきます。


       第四章 姉と妹


            1

 翌日の午前中に、美奈と裕子は小幡署の捜査本部に行った。二人は一〇時半に大曽根駅で待ち合わせた。小幡署での約束は一一時だった。美奈も裕子も午後三時半から、オアシスで勤務があるので、午前中に会うことにした。
 大曽根駅は、JR中央本線、名鉄瀬戸線、地下鉄名城線、そしてガイドウェイバスゆとりーとラインの駅が集まる、名古屋でも有数のターミナル駅だ。美奈は裕子に駅の北側の環状線に出てもらい、車で拾った。美奈は瀬戸街道に出て、車を小幡署に走らせた。裕子はタトゥーが見えないように、暑い季節ではあるが、手首まで隠れる長袖を着て、さらにリストバンドを着けた。ふだんはタトゥーがちらりと見えてもあまり気にかけないが、警察署なので気を遣った。
 小幡署では、三浦とその相棒の柳刑事が対応した。裕子が初めて警察署に行き、かなり緊張しているので、できれば刑事は三浦一人だけのほうがよかったのだが、警察組織として、そうもいかなかったようだ。柳は四〇歳ぐらいの、見た感じは物腰の柔らかそうな刑事だった。いきなり鳥居のような威圧感がある刑事が対応したら、裕子はおびえて何も言えなくなってしまうかもしれない。場所は殺風景な取調室ではなく、会議室を用意してくれていた。
「あなたが秋田裕子さんですね。今日はわざわざお越しくださり、ありがとうございました。私(わたくし)は三浦、そしてこちらが柳刑事です」
 三浦はまず自己紹介をした。紹介された柳は笑顔で会釈をした。裕子は(あ、この刑事さん、前にオアシスで会ったことがある。この人が美奈さんの彼氏なのかな)と三浦のことを思い出した。繁藤が殺害された事件で、美奈のアリバイの裏付けを取りに来たときだ。そのとき、かっこいい刑事さんだな、という感想を抱いた。それで、裕子の緊張も少しほぐれてきた。
「話は美奈さんから少し伺いましたが、秋田さんから詳しくお話しいただけませんか?」
 裕子が何から話してよいのか、迷っているところに、女性警官がお茶を持ってきてくれた。
「さあどうぞ。秋田さんは被疑者ではないから、指紋を採るなんて野暮なことしませんので、気楽にやってください」
 三浦は冗談を交えながらお茶を勧めた。裕子はお茶を一口飲んだ。少し気持ちが落ち着いた。
「実は、昨日おおやまさんと名乗るお客さんが来ました」 と裕子は語り始めた。そして美奈と話し合った推理などを二人の刑事に伝えた。裕子はソープランドという言葉を使わず、一般の接待業のように話した。ただ、リストカットとタトゥーのことは、事情を説明する上で、話さざるを得なかった。
「なるほど。そのおおやまという人が大岩かもしれないということですね」
 三浦は美奈と裕子の推理にも一理あると思った。
「はい。そのおおやまさんという人は、兄を知っているみたいなんです。知っていたのは昔のことで、今はどうなっているかわからないと言っていましたが、きっと兄がどうなっているか、知っていると思うんです」
「そうですね。その人物が大岩なら、この一連の事件を解く鍵を握っているかもしれません」
 そして三浦は裕子から、そのおおやまのおおよその年齢や人相の特徴などを聞き出した。話を聞きながら、三浦はおおやまの似顔絵を描き、目や鼻、口の特徴などを文字でも書き込んだ。裕子も三浦の脇に来て、 「ここはこんな感じです」 と、その似顔絵に加筆したりして、何度も描き直した。完成した絵は、さくらのようにうまく描けていないとはいえ、裕子は 「だいたいの面影は出ています」 と請け合った。
「さっそくその人物を探し出し、マークします。お兄さんのことも聞き出せるでしょう。お兄さんのことがわかれば、至急ご連絡します。貴重な情報を提供くださり、ありがとうございます」
 三浦は丁重に礼を言い、さっそく大岩を探し出すことを裕子に約束した。
美奈と裕子が帰ってから、捜査本部は対応を検討した。そしてしばらく北村弘樹を監視することになった。もしおおやまが大岩なら、また北村を監視するだろう。北村を監視している者がいれば、職務質問をするか、または尾行する。もしそれが大岩ならば、次のターゲットかもしれない大岩を保護する必要もある。
 捜査本部の倉田警部が、三浦と柳に北村を監視する任務を命じた。

「昨日、北村を尾行して、秋田の妹に会った」
 大岩はストリームを走らせながら、助手席の武内に言った。
「秋田の妹にか? よく捜し出したものだな。さすが詐欺師だ。この際、探偵にでもなったらどうだ? 客の秘密を暴き出し、おいしい獲物がいれば、そいつを逆に恐喝できるぜ。しかしそれじゃあ、悪徳探偵だな」
 武内は先日、興信所に依頼するのか、と大岩に訊いたとき、下手すれば、逆に恐喝されるぞと注意されたことを思い出し、冗談めかして言った。
「北村が行ったソープランドで、リサという名前でソープ嬢をやっとった。俺は偶然秋田の妹に当たったんだが。少し話をしてみたが、秋田が死んだことは知らんようだ。それにしても、その女、すごいいれずみをしとったな」
 大岩は武内のつまらない冗談には応えず、秋田の妹のことを話した。
「ほう、いれずみを。おまえもいい思いをしてきたんだな。俺も秋田の妹に会いに行ってみるか。そのいれずみを、俺も拝んでみたくなった。そのソープ、何という店だ?」
「オアシスという店だ。でもやめとけ。余計なことをして、万一疑惑を持たれてはやぶ蛇だ」
「それもそうだな。しかし、秋田の妹は、秋田が殺されたことを知っとって、しらばっくれてたんじゃないか?」
「いや、そんなことはない。あの反応は、芝居なんかじゃなかった。兄貴のことは全然知らんようだ。秋田の妹は容疑者から外してもよさそうだ」
 大岩は裕子は無関係だと断定した。
「俺はもう少し北村を張ってみる。ひょっとしたら何かつかめるかもしれんからな。何かわかったら、また連絡する」
 大岩は次の魔手はすぐそこまで迫っているかもしれない、急がねば、と焦る気持ちを抑えようとした。

 翌日、武内は大岩が話していたリサというソープレディーに会ってみたくなり、オアシスに行った。大岩には余計なことをするなと釘を刺されたが、大きなタトゥーをしているという秋田の妹に興味を抱いた。武内は事前にオアシスに電話して、リサの出勤を確認し、予約を取った。

「ご指名ありがとうございます。リサです」
 リサは武内と腕を組み、個室に案内した。
「お客様、どなたかの紹介で私を指名してくださったのですか?」
 リサは武内に尋ねた。武内は初めての客だった。誰かに紹介してもらったか、それともオアシスのホームページの写真を見て予約してくれたかだろう。
「ああ、知り合いからあんたのことを聞いた」
 リサはひょっとしたらその知り合いとは、おおやまじゃないかと考えた。もしそうなら、この客も兄のことを知っているかもしれない。リサはそのことを訊きたかったが、客のプライバシーには触れないという職業意識のほうが勝り、尋ねなかった。
 武内は背中に大きな不動明王の彫り物をしていた。自分の身体にもタトゥーを入れているリサではあるが、武内の不動明王には思わず目を見張った。
「驚かせてすまんな。俺は昔やくざをやってたんだ。それでこんなもんもん背負ってまったが、今は足を洗い、組は辞めている。怖がらないでくれ」
 武内はリサに詫びた。武内の背中の不動明王は、卑美子や殺鬼の兄弟子にあたる三代目彫波の作品で、見事な出来栄えだった。
 彫波は優れた弟子には“彫波”の名前を与えている。四代目彫波を襲名するに相応しい者は卑美子だということは、一門の誰もが認めるところだ。しかし、女性の弟子が大成した場合は、暴力団との縁を切らせるため、名目上は破門にするので、原則女性彫り師に“彫波”を名乗らせることをしていない。それで、彫波は卑美子には敬意を表し、本来卑美子に与えるべき四代目は欠番とし、次の継承者は五代目彫波とすることを決めている。
「大丈夫です。私もタトゥーを入れてるし、友達もしてるので、見慣れてますから」
 リサはあえて平静を装った。
「しかしあんたも女にしては、けっこう大きくやったもんだな。まあ、今は女でも背中一面に大物を入れるやつもいるんで、そんなに珍しくはないが。でもどうして彫り物なんか彫ったんだ?」
 武内に尋ねられ、リサはタトゥーでリストカットの傷を目立たなくして、忌まわしい過去を吹っ切りたかったという話をした。
 これからいよいよ核心のサービスに入ろうという矢先、武内は 「ああ、この先はもうやらなくていい」と断った。
 最も大切なサービスだというのに、自分から断るなんて、どういうことだろうとリサは不審に思った。それではわざわざ高い料金を支払って、ソープランドに遊びに来る価値はない。オアシスは比較的料金が安い大衆店とはいえ、一度遊べば二万円は散財する。
「俺にはちょうどあんたぐらいの妹がいる。今年二三になる。容姿もあんたによく似ている。どうも妹を思い出してしまうので、妹を抱く気にはならん。時間まで、話でもしよう」
 武内はそう理由を語った。リサは時間終了まで、ベッドに腰掛けて武内と話していた。客に対して、あまり自分のことを語ることはないのだが、なぜか武内にはいろいろ話してしまった。武内はあまりしゃべらず、リサの話の聞き役に徹した。
「失恋からこの仕事に就いたようだが、あまり自暴自棄になるんじゃないぞ。自分の身体を大事にしろよ。無理するな」
武内は別れ際、リサに忠告した。それには兄が妹をたしなめるような温かさがあった。
 元やくざで、背中に大きな彫り物があるのに、武内は悪い人とは思えなかった。リサには優しかった。リサはなぜか兄と一緒にいるような錯覚を抱いた。武内は兄よりずっと大きな体格で、年齢も上なのに。武内がリサによく似た妹がいると言ったせいだろうと、リサは考えた。
 リサはまた武内と話してみたいと思ったが、武内はもう二度とオアシスには来なかった。

 三浦と柳は、裕子の話を聞いた日から、北村が住んでいるモルタル塗りのアパートを見張ることになった。北村の部屋は二階にある。
 最初の日はこれといった人物は現れなかったが、翌日、昼ごろから、帽子を目深にかぶり、サングラスをかけた不審な男が現れた。二人の刑事はしばらくこの男を観察していた。その男はあまり長いこと同じ場所でじっとしていては、近所の人に不審がられるので、ときどき場所を変えたりしている。北村が住むアパートの前には、喫茶店や書店など、目立たないように見張れる店がない。そんな中での張り込みは、なかなか大変だった。しかしそれは刑事たちにとっても同じだ。それでも男は常に北村の部屋を見張れる位置にいる。長時間誰かを監視しているという行動は、挙動不審者として、警察官職務執行法第二条により、質問を行う正当な理由になると判断し、三浦と柳は、この男を職務質問することにした。
 二人は男に近づき、まず年長の柳が声をかけた。
「ちょっとすみません、あなた、さっきからずっとここで何をしているんですか?」
「何だ、おまえたちは。公道で何しようが、俺の勝手だろう?」
男は警戒しながら応えた。
「私たちは警察の者ですが、近所の人が、変な格好をした人がうろうろしているので、気持ち悪いと言っているのですが。ここで誰かを待っているんですか?」
 柳が身分を明かして、さらに尋ねた。近所の人が気持ち悪いと言っている、というのは、口実である。
「いや、別に、ただこのへんをちょっと歩いているだけだが、それが何か法律でも犯しているのかね?」
「このへんをちょっと歩いているだけの人が、なぜ帽子やサングラスで素顔を隠す必要があるのですか? 誰かを監視でもしているのですか? 失礼ですが、ちょっと事情を聞かせてもらえませんか」
 柳が重ねて尋ねた。顔には、裕子に聞きながら三浦が描いた似顔絵の特徴を備えている。その間に三浦は男の後ろに回り込み、万一逃走した場合に備えた。
「あなた、ひょっとして作家の北村先生に用事があるんではないですか?」
 柳が具体的に切り込んだ。
「え、ええ、まあ、私は北村先生のファンでしてね。ちょっとお会いしたいと思っているんですけど、なかなか先生のお部屋まで行く勇気がないので、ここで躊躇していたんですよ」
 男は刑事の話に合わせようとした。ファンが直接訪ねる勇気がなく、住居の前でためらっていることは何ら不思議なことではない。
「それなら、私たちは北村先生と面識があるので、一緒に行きませんか?」 と柳は促した。
「いえ、別にそれほど会いたいというわけでもないし……。また出直すことにします」
 男はその場から立ち去ろうとした。
「ちょっと待ってください。あなたはひょっとしたら、大岩康之さんではありませんか?」
 男の後ろにいた三浦が話しかけた。自分の名前を呼ばれ、男はその場から駆けだした。それを予想していた三浦は素早く男の腕をつかんだ。
「は、放せ! 俺は何もわるいことはしてないぞ。警察だって、俺を拘束する権利はないはずだ」
「いや、別に拘束するつもりはありません。あなたが大岩康之さんなら、ちょっと事情を聞きたいと思っているんです。場合によっては、あなたを護衛する必要があるかもしれませんし。あなたも殺人予告をされているんですからね」
「俺は大岩なんかじゃない。職質はあくまで任意であって、強制はできないはずだ」
「職質で逃げ出した場合は、逮捕の理由になるんですよ。ここでは何だから、近くの桜山署でちょっと話を聞かせてください」
 三浦にがっちりつかまれた男は観念した。

 桜山署の一室を借り、男への事情聴取がなされた。男は自分が大岩であることを認めた。大岩は確かに詐欺や強盗など、警察に知られてはまずいことをしている。自分が手を下したわけではないが、宝石店に忍び込んだとき、警備員に見つかり、やむなく殺してしまった。仲間の秋田宏明もリンチで死なせている。また、自分たちの責任ではない(と大岩は都合よく考えている)とはいえ、詐欺に遭い、老後の生活資金を奪われた老人の何人かは自殺している。
 だが今は、自分はまだ何の容疑者でもないので、深く追及されることはあるまいと考えた。これまで働いてきた詐欺などでは、まだ尻尾はつかまれていない。指紋を残すようなへまはしていないから、照合されても大丈夫だ。ここは殺人予告におののく一般市民を装ったほうが得策であろうと頭の中で計算した。無理に逃げたりして、厳しく追及されては不利になる。それで、このまま訳もわからず殺されるのをじっと待っているのは我慢ならないので、北村弘樹を見張っていれば、犯人の手がかりがつかめるのではないかと考えた、と主張した。
「なるほど。北村先生と犯人が接触するかもしれないと思い、北村先生を見張っていたわけですね。それで、これまで何かつかめましたか?」
 大岩の話を聞いていた柳が尋ねた。
「いや、まだ何も。俺も北村弘樹を見張ることを思いついたのは、つい最近のことでね」
 大岩は一昨日、オアシスまで北村を尾行し、秋田裕子に出会ったことは言わなかった。三浦と柳は現在行方不明になっている秋田宏明との関係を尋ねたかったが、あえて今は訊かなかった。

 少し前に、四月に殺された徳山久美について、篠木署に一件の情報が寄せられた。老後の生活資金として蓄えたお金の一部、五〇〇万円を詐取されたという事件の被害者からだった。そのとき訪れた区役所の職員と名乗った女性が、徳山久美に似ているという情報だ。詐欺に遭ったお年寄りは目が悪く、新聞やテレビのニュースをあまり見ないので、殺された女性が自分をだました女だとは気付かなかった。たまたま娘が持ってきてくれた、自分の菜園で穫れた野菜を包んだ新聞紙に、殺人事件の被害者として、久美の写真が載っていた。それを見て、お年寄りは少し感じを変えてはいるが、その女性が自分をだました女だと気がついた。それで娘が、お年寄りが住む地域の交番に、その新聞の女が母からお金を詐取した犯人の一味だと通報した。その件は詐欺事件を扱っている県警の捜査二課に連絡されたが、徳山久美の事件を取り扱った篠木署にも報告が入ったのだった。
 捜査二課と篠木署がほかに同じような被害がないかを調べたところ、徳山久美が関係したと思われる事件が他に見つかった。女は変装をしていたので、殺された徳山久美だとはすぐには気付かなかったが、そう言われてみると、感じがよく似ている、とのことだ。その詐欺事件には、男も一緒だったので、山下和男や佐藤義男の写真を見せると、被害者の一人が 「ちょっと感じを変えていたが、その男はたぶん山下だと思う」 と証言した。佐藤のことはまだわからないが、一連の殺人事件の被害者は、詐欺グループの犯人としてのつながりがあるのではないかと思われる。
 山下と佐藤の自宅を捜索したが、これといった物証は見つからなかった。だが、二人とも預金通帳にはかなりの残高が残っていた。そして入金されていた時期がほぼ一致するのだ。また入金された時期も、詐欺に遭ったという届け出があったころに近い。これは山下と佐藤がつながっていた、状況証拠にはなる。自宅の近所の人たちに聞き込みをすると、どこかに勤めていたようだが、具体的にどんな会社だったのかは知らないと応えていた。佐藤がかつては剛健と名乗り、格闘技の選手をしていたことを知っている人もいたが、怖くて話しかけることができず、引退してから何をしていたのかは知らないとのことだった。どこかに詐欺カンパニーの事務所のようなものを作り、そこに“通勤”していたのかもしれない。その事務所(?)を見つけることも捜査方針の一つに入っていた。
篠木署と小幡署は密に連絡を取り合うこととなった。
 大岩も秋田も、その詐欺グループの一員である可能性がある。とはいえ、まだ大岩が詐欺グループの一員だという証拠が何もないので、今は事情聴取する段階ではない。預金通帳を見せるように強制することもできなかった。だから大岩に警戒させないためにも、秋田のことも今は伏せておくことにした。特に秋田はまだ北村の作品にも名前が挙がっていない。警察がそこまでつかんでいることは、隠しておきたい。あまり早く警察の持ち駒を見せるべきではない。それに、もし秋田のことを尋ねても、裕子に言ったように、以前の知り合いであって、今はどうなっているか知らない、とかわされれば、それ以上追及できなくなる。必要以上に備えを固めさせるだけだ。表面上は、大岩は事件の次のターゲットとなっているかもしれない、善良な市民として扱うことになった。
「大岩さん、これまで、北村弘樹氏の小説で、徳山久美さん、山下和男さん、佐藤義男さんの三人が殺人予告され、その通り殺されてきました。こんなことを言うと気をわるくされるかもしれませんが、大岩さんもその予告された一人です。そのことについて、何かお気づきのことはありませんか?」
 柳が尋ねた。
「いや、何も知らん。北村弘樹の小説で、俺の名前と一緒に予告され、ほかの三人が殺されてしまったんで、俺も正直怖い思いはしているが、何で俺がその三人と一緒に予告されたのか、全くわからん。俺もそれを知りたいところだ。ひょっとしたら、同姓同名の他人のことかもしれんし。警察では北村のことを調べたんだろ? 何かわかったことがないのか?」
 大岩は逆に質問した。
「もちろん、警察では北村先生を徹底的に調べました。しかし、アリバイは完璧で、犠牲になった方との関連も見つかりませんでした」
 徳山久美と山下和男の事件に直接関わった三浦が質問に答えた。
「三件ともアリバイが完璧、というほうが、むしろおかしいんじゃないか? もし俺が容疑者だったとしたら、そのうち二件は何とかアリバイを証明できても、他の一件は一人で家におったんで、アリバイがない状態だ。推理物では、アリバイが完璧な者が犯人だった、ということもよくあるじゃないか」
「あくまで推理小説と現実とは違いますよ。アリバイを証言した人は、信頼が置ける人たちですし、警察を完全にだませるようなトリックをそうそう思いつけるものではありませんよ。たとえ北村先生がプロの推理作家だといっても。それに最初の事件の犯人は、もう捕まっています」
 三浦は第二の事件で北村のアリバイを証言した、美奈の顔を思い浮かべた。
「それは北村が雇った殺し屋じゃなかったんか? そのあとの事件では別の殺し屋を雇ったとか」
「徳山久美さんの事件の犯人を厳しく追及しましたが、北村先生のことは全く知らないし、会ったこともない、ただあのときはむしゃくしゃして、急に人を殺したくなり、衝動的に殺した、とのことでした。北村先生が殺し屋を雇うということは、そのリスクを考えても、あり得ないと思いますよ。小説に出てくるような、プロの殺し屋など、まず存在しません。下手に暴力団を雇えば、逆に骨の髄までしゃぶられる危険性もあります」
 確かに徳山久美の事件は、衝動的な通り魔事件だった。だから、後の二件の事件とは、何のつながりもないことになる。そのへんが連続殺人を疑うネックだといえた。
しかし、徳山久美と山下和男が詐欺グループの仲間である可能性が指摘され、ひょっとしたら佐藤義男、大岩康之とも関連があるのではないか、という意見も捜査本部では出てきた。その意味では、やはり連続殺人事件としてのつながりが考えられる。そして現在行方不明になっている秋田宏明も。
 三浦は美奈から、怨念を抱いた霊がらみの事件の可能性があると聞いた。このことは現在佐藤義男の事件に従事している、篠木署の鳥居にだけ話しておいた。三浦も鳥居も半信半疑とはいえ、以前、橋本千尋、繁藤安志殺害事件に関し、今は美奈の守護霊となっている千尋の協力があったことは、認めざるを得なかった。
 しかし怨霊が絡んでいるということになると、警察では手が出なかった。まさか警察が怪しい霊能者や新興宗教団体に依頼するわけにはいかない。犯人はあくまで人間サイドで追及していく必要があった。
「それでは、徳山久美、山下和男、佐藤義男の三人のことは、本当に知らないんですね?」
 柳がさらに念を押した。
「知らないね。いったいその三人は、どういうやつなんだ? まあ、俺とは関係ないとはいえ、北村弘樹の小説で、一緒に殺人予告をされたというところが、気に食わん」
「知らないならまあいいですが。ところで、あなたは殺人予告をされています。警察では、あなたの護衛なども考えていますので、連絡先を教えてもらえますか?」
「いや、自分の身は自分で守る。俺は容疑者でも何でもないんだろ? 北村を見張っていたのも、自分自身の身を守るためだ。そんなことでは軽犯罪法違反にもならんはずだ。住所や電話番号を教えなければならん義務はない」
「しかし、現に予告された三人は殺されている。あなたもかなり危険な状態だと思う。まあ、狙われているのは、同姓同名の別人という可能性もないとはいえませんが。できればあなたの身辺に刑事を忍ばせ、あなたを守りたいのですがね。それとも、連絡先を教えるのに、何か不都合があるのですか?」
 柳に詰め寄られ、大岩は焦った。そして考えを巡らせた。
(もしここで拒否しても、警察の組織力なら、いずれ俺の住所を見つけ出すだろう。頑強に拒絶をすれば、怪しまれるかもしれない。俺だってすねに傷を持つ身だ。いらぬ容疑は招かないようにするに越したことはない。それに、やはり俺を狙っているやつがいるようなので、警察に守ってもらったほうがいいかもしれん。いざとなればどこかに姿をくらませばいい)
 そう結論づけた大岩は、住所と自宅の電話番号を柳に伝えた。その電話番号は、電話帳に載せていなかった。柳は運転免許証の提示を求め、その住所が免許証のものと一致していることを確認した。


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