売れない作家 高村裕樹の部屋

まだ駆け出しの作家ですが、作品の情報や、内容に関連する写真(作品の舞台)など、掲載していきたいと思います

『地球最後の男――永遠の命』 第14回

2015-09-12 08:46:00 | 小説
 9月に入り、一気に秋が深まった感じです
 台風18号は上陸した愛知県より、遠く離れた関東や東北で甚大な災害を起こしました。
 ニュースで河川の氾濫などの映像を見ると、胸が締め付けられるような思いです
 これほどまでに大雨の被害が増えたのは、やはり温暖化の影響でしょうか。
 私もなるべく電気、ガスを節約する、車はエコ運転をするなど、CO₂の排出を減らすようにしています。私1人がそのように心がけても、たいした貢献にはなりませんが、多くの人が少しでも排出を少なくするように心がければ、それなりの効果が期待できるのではないでしょうか?

 今回は『地球最後の男――永遠の命』、第3章のフィナーレです。




 田上は唯一の希望を失った。紅蘭を亡くし、どれだけ自分は紅蘭を愛していたか、改めて思い知った。田上は復讐の鬼と化していた。もはや革命などどうでもよかった。ただ、皇帝だけは生かしておけないと考えた。皇帝さえ倒せば、残った同志が何とかしてくれる。革命軍はほぼ壊滅したが、国中に散ったレジスタンスの同志がまだ残っているはずだ。俺が皇帝を倒せば、今度こそ彼らが決起してくれる。大高祖を倒したときは、彼はもう高齢だったので、いつ自分が死んでも大丈夫のように、後継者を指名し、十分な準備をしていた。だが聖天帝はまだ若いし、革命軍もほぼ壊滅状態だ。大高祖のときのように、用意周到とはいかないだろう。田上は皇帝暗殺の機会をうかがった。

 革命軍が壊滅し、帝国はようやく落ち着きを取り戻した。そんなある日、聖天帝はサッカーの国際試合を叡覧した。いくら戦乱が治まったとはいえ、天覧試合の警護は厳重だった。変装した田上は、強力な小型爆弾を身につけて、観客を装い、試合場に観戦に行った。田上は持ち物検査で引っかからないよう、爆弾を呑み込んでいた。検査員はさすがに胃の中までは調べなかった。
 紅蘭を亡くした田上は、死ぬ気だった。紅蘭は最後に「生きて」と言ったが、田上にはもはや生きる気力がなかった。いくら不死身でも、自爆して粉々になればもう復活はできないだろう。俺はもう十分生きた。死ぬのは怖くない。皇帝を倒した後は、レジスタンスの同志たちを信じよう。
 田上は前もって競技場にプラスチック爆弾を隠しておいた。まだ天覧試合がある何日も前だったので、あまり警戒されなかった。爆弾は発見されず、隠しておいた場所に残っていた。
 競技場には八万人近い観客がいたものの、聖天帝の近くは、警護のSP以外はいなかった。万一観戦客が爆発に巻き込まれても、天覧席近くの席にいる人たちは、特権階級などの富裕層で、一般の人たちに被害が出ることはないだろうと考えた。
 試合が白熱し、誰もがフィールドのほうに目を奪われた。田上はこっそりと天覧席に近づいた。天覧席は、頑丈な壁に覆われた個室になっている。前面は分厚い防弾ガラスが張られている。田上は天覧席の後ろの出入り口で警護している、人民警察のSPに襲いかかった。百戦錬磨のSPも、田上にかかっては赤子同然だ。叫び声を上げる間もなく、SPを打ち倒した。事前に準備しておいたプラスチック爆弾で、天覧席がある部屋のドアを破壊した。爆発の音に驚いたSPたちが駆けつけたが、田上はそれより早く聖天帝に抱きつき、呑み込んだ爆弾を爆発させた。
 「やったよ、紅蘭。これで君のところに行ける」
 爆発する寸前、田上は心の中の紅蘭に話しかけた。

 田上が自分の身を爆弾で粉々にまでして倒したはずの聖天帝だったが、その聖天帝は影武者だった。聖天帝は別のところで無事に試合を観戦していた。意に反して、身体が復元した田上は、ついに人民警察に捕らえられた。大高祖を暗殺し、全世界に指名手配されていた田上は、多くの人民が見ている中で公開処刑とされた。ところが銃殺にしても、首を刎ねても田上は復活してしまう。薬物注射も効かなかった。帝国政府はそんな田上に驚愕し、厳重な地下牢に閉じ込めてしまった。そして何年もの年月が流れた。

 ほとんど光が射さない牢獄の中では、田上は孤独だった。爆弾で身体が木(こ)っ端(ぱ)微塵(みじん)になっても死ねなかった。身体は元通り、再生してしまったのだ。悪魔がくれた不老不死の身体は、これほどまでにすさまじいものだったのか。田上は改めて驚いた。そして紅蘭のところに行けなかったことを悔やんだ。
 しかし考えてみれば、もし死んだとしても、自分の魂は悪魔の僕(しもべ)にされるのだ。悪魔から解放されれば、地獄に直行だ。どのみちあの世で紅蘭と一緒になることはかなわない、ということに田上は思い当たった。
 食糧や水は何日かに一度、まとめて小さな小窓から差し入れられた。時には何ヶ月にわたって水も食糧も与えられないことがあった。餓死させるつもりだったのだろうが、何ヶ月も飲まず食わずでいても、田上はやせ衰えることはなかった。さすがにそれは残酷だという批判が帝国の人権擁護団体の中で起こり、食事は定期的に与えられるようになった。しかし、田上は他人とふれあうことはほとんどなかった。
 田上は無為の時間を過ごした。何もすることがなく、しきりに今までのことを思い出すようになった。祖国日本を懐かしんだ。両親のこと、亜由美のこと、会社の同僚たちのこと。そして飯場時代に出会った仲間、マルミの従業員たち。また大杉組の組員たち。彼らは今どうしているだろう。両親や亜由美は、日本が侵略された事実を知らぬまま死んだので、かえって幸せだったのかもしれない。
 薮原はどうしているだろうか? もうかなりの高齢であり、帝国の厳しい圧政の中、すでに幽明境(ゆうめいさかい)を異(こと)にしているかもしれない。皇帝暗殺の期待を抱かせてしまったのに、今の自分は捕らえられ、牢の中だ。確かに大高祖を暗殺することはできたが、その後継者がすでに決まっており、大高祖暗殺の実効はほとんどなかった。それどころか、レジスタンス組織、反政府革命軍の壊滅の呼び水となってしまった。もはや誰にも帝国の独裁を止めることはできなくなった。薮原の期待に応えられなかったことが申し訳なく思われた。
 凶弾に斃(たお)れた紅蘭のことが、最も強く田上の胸を痛めた。紅蘭と過ごした、短くも幸福だった日々が、田上の脳裡によみがえった。もし平和な世の中になったなら、まだ何十年と紅蘭との幸せな日々が続いたはずなのに。亜由美とはうまくいかなかった分、紅蘭を幸せにしてやりたかった。紅蘭は亜由美と違って、子供はいらないと言っていた。だが、平和な世の中になれば、やはり子供を欲しくなるのでは? また、田上がずっと年を取らなければ、亜由美のように不平も出てくるのかもしれない。しかし、それは仮定の上のことでしかなかった。紅蘭のことを思い出し、田上は涙した。紅蘭のことは永遠に忘れまい。自分が生きている以上は。田上の胸中に、これまで関わりがあった多くの人たちのことが去来した。

 やがて世界は大アジア帝国の圧政に耐えかね、反帝国の連合国軍が叛旗を翻し、宣戦布告した。全世界は大アジア帝国とその同盟国、そして反帝国連合国軍に分かれて、第三次世界大戦に突入した。
 そんな折、不運にも帝国の主要都市の一つに、小惑星のかけらが激突した。
直径三〇メートルほどの小さな小惑星で、各国の小惑星監視システムでは捉えることができなかった。小惑星は大気圏突入の際、爆発して分裂した。ほとんどの小片は大気中で燃え尽きたが、その中のいくつかが帝国の主要都市に落下したのだった。その中で最も大きな直径一三メートル、質量二万トンほどの小惑星のかけらは、秒速約二〇キロメートルの速度で地表に激突し、広島型原爆の十数倍の破壊力をもたらした。
 連合国軍の帝国への攻撃情報が飛び交う中、帝国人民解放軍の指導部は、その小惑星落下を敵国の核攻撃と誤認し、世界各国に向けて、即座に報復の核ミサイルを発射した。それがきっかけで、全面核戦争が勃発した。
 地球上の人間の大半は直接の核ミサイルの攻撃、放射能汚染、そして核の冬の寒さ、食糧難、疫病などで死んでいった。生き残った人々は、わずか一パーセントにも満たなかった。


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