売れない作家 高村裕樹の部屋

まだ駆け出しの作家ですが、作品の情報や、内容に関連する写真(作品の舞台)など、掲載していきたいと思います

『幻影2 荒原の墓標』第3回

2014-01-31 09:43:18 | 小説
 今日で1月も終わり。つい最近正月を迎えたばかりと思っていたのに、月日が経つのは本当に早いと思います。
 今回は『幻影2 荒原の墓標』の第3回目を掲載します。


            

 美奈の愛車、赤いメタリック塗装のミラは、まもなく車検だ。二年前、オアシスに入店してしばらくしてから、通勤用として買ったのだった。オアシスで閉店間際に客が入ると、店を上がるときには帰りの電車がなくなってしまう。美奈の家は、春日井市の高蔵寺ニュータウンの団地で、終電に乗り遅れると、帰るすべがない。タクシーを使えば、非常に高くつく。まだ勤め始めたばかりで、あまり指名もなく、収入も少なかったころだから、帰りのタクシーに一万円近い出費を費やす余裕はなかった。それで終電に乗り遅れたときは、葵や恵、さくらのマンションに泊めてもらっていた。しかし乗り遅れる都度泊めてもらうのも気が引けた。そのため通勤用に、中古の軽自動車を買ったのだった。

 今は車が大好きになったが、そのころはあまり車に関心がなかったので、ただ通勤用に走ればいい、ということで、総額で三〇万円以下だった中古のミラを買った。前の所有者が七万キロ近く乗り、美奈も買ってから二年弱で、すでに三万キロ以上走っている。通勤だけで往復五〇キロ以上になる。
 一回だけ車検を通し、あと二年乗ろうかなと思いながらも、公休日に家の近くの中古車店を覗いてみた。その中古車店は、数十台の中古車を揃えた、大きな店だった。今の美奈なら、新車でも買えるだけの経済力があるが、とりあえず近くの中古車店を見に行ったのだった。
 すると、何となく気になる車があった。まだ新車といってもいいトヨタのパッソが、車体価格わずか二四万八〇〇〇円となっている。車検が一年以上付いている。色はパールホワイトだ。明るいいい色だと思った。しかし、値段や色のことだけでなく、何となく引きつけられるようなものがあった。美奈が買わなければならないような、何かを感じた。
 美奈がその車の窓から内装などを見ていると、後ろから 「その車、とてもお買い得になっていますよ」と女性の声が聞こえた。
「確かにすごく安いと思いますが、まだ新しいのにこんなに安いということは、事故車なのですか? ほかの同じぐらいのグレードの車は、安くても四〇万以上の値が付いていますのに」 と美奈は尋ねた。需要が多いためか、軽自動車はさらに高価だった。
「いえ、事故車ではありませんよ。元オーナーの方が、とても安く売ってくれたので、この値段にできたのです。お買い得ですよ。まだ一年ちょっとしか乗っていませんし、走行距離も五〇〇〇キロほどです。丁寧に乗っていたので、傷みもほとんどありません」
 その女性販売員は、名刺を美奈に渡しながら言った。名刺には、丹羽敦子(にわあつこ)とあった。三〇代前半と思われる女性だった。
「でも、この車からは、なんか不思議な気を感じるのです。他の人が乗ると、大変な事故を起こしそうなので、私が買わなければならないような」
 美奈のその言葉に、丹羽はギクリとしたようだった。
「立ち話も何ですので、ちょっとお店の中に入られませんか?」 と丹羽は勧めた。
 店の中で、きれいな応接セットに案内された。丹羽はコーヒーを出してくれた。
「木原様は、今お車を探してみえるのですね」
 丹羽は美奈の名前を聞き出し、姓で言った。
「はい。今乗っている車が、まもなく車検だし、もう一〇万キロ走っているので、もう一回車検を通そうか、それとも買い換えようかと迷っています。軽で燃費はいいけど、何人か乗せて走ると、ちょっと狭いし、パワー不足も感じますし。いい車があれば、買い換えようかとも考えています」
「今日はお車でみえたのですか?」
「いえ、この近くなので、歩いてきました」
「そうですか。お車だったら、拝見したかったのですが。わたくし、二級整備士の資格を持っていますから。一度、お見せいただけたら、買い換えるべきか、もう一回車検を通すべきか、アドバイスもできますよ。さっきのパッソは特別ですが、それ以外にも、お値打ちな車をたくさん揃えてございます」
「はい。それでは、一度車を持ってきます。でも、さっきのパッソ、何となく気にかかるのです。さっきも言いましたが、他の人が乗ると、事故を起こしそうなんです。こんなこと言っては申し訳ないのですが」
 美奈は浄土真宗のある宗派の寺で生まれ育った。とはいえ、特に霊感が鋭いということはなかった。最近、ある事件にかかわったことが契機となり、その事件の被害者の霊が美奈の守護霊となった。その守護霊の名は千尋という。そのような気配を感じるのは、もしかすると千尋からのメッセージなのかもしれない。
「木原様は霊感が強い方のようですね。正直に申しますと、あの車の前のオーナーの方は、車の中で亡くなったのです。でも病気で亡くなったのであり、決して事故は起こしていません。運転中に心臓発作を起こし、車を安全に路肩に停め、そのあとで亡くなったのです。ちょうど高校生の娘さんが同乗しており、車を停めたあと、携帯で救急車を呼んだのですが、間に合いませんでした。それであのような価格で売り出したのです。もちろん車の中は、きれいに清掃してあります。でもその話をすると、気味悪がられて、なかなか買い手がつかなかったのです」
 丹羽はそのような説明をした。すると、美奈の心の中に、 「美奈さん、あの車を買ってください。もし、他の人が買えば、前のオーナーの憑依(ひようい)により、必ず大事故を起こします」 という声が聞こえた。
「千尋さんですね。でも、私があの車に乗って、大丈夫なのですか?」
 美奈は心の中で尋ねた。
「はい、美奈さんなら大丈夫です。亡くなった女性はこの世に未練を残し、霊界で救われていないため、あの車に乗った人に救いを求めます。しかし、救いを求められた人は、十分にその意図を受け止めることができず、重圧に負けて大きな事故を起こしてしまうのです。でも、美奈さんなら大丈夫です。それほど凶悪な霊ではないので、私がその霊を説得、浄化し、美奈さんを交通事故から守る、あの車の守護霊にしてあげられます」
 美奈は瞬時にそれだけのことを聞いた。丹羽は、中空を見ながら何かと話をしているような美奈に驚いていた。
「あの車、買います」 と美奈は決断した。
 その日のうちに美奈は契約をした。ETCとカーナビをつけてもらうことにした。支払いは全額現金だ。今乗っているミラの下取り価格の見積もりをした上で、支払いをすることとし、手付け金として、二万円を置いてきた。明日、住民票等必要書類を持参することとなった。オアシスでの仕事は午後からなので、午前中に役所に行ける。団地のすぐ近くに、春日井市役所の出先機関がある。車庫証明などの手続きも簡単だ。丹羽に勧められ、防錆処理やボディーのコーティングなどのオプションも頼んだので、納車は一週間後となった。丹羽敦子は 「これからも末永くお付き合いをお願いします」 と言った。


 

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