以前アップしたバテシバの考察が見当たらなくなってしまいました。削除した記憶はないのですが。取り合えず、その時の考察の一部を短編風に書き出してみました。
「おや、ただ事ではなさそうね。」
王母の間に入ってきた侍従の顔に、困惑の色が浮かんでいるのをバテシバは見て取った。
バテシバの前で一礼すると、「アドニア王子様が、お目通りを願い出て外で待っておられます」と侍従は言った。
「これは少し面倒だ。ボンボンのくせに変に野心のあるアドニアのことだ。先だっての謀反の時には、粛正されずに退去を命ぜられ、今でも首の皮一枚でつながっているような者が、王母の私に何の用があるというのか。追い返しても文句の言える立場ではない奴だが、話を聞いて、あれの胸の内を探ってやろう」バテシバは一呼吸間をおいて、「通してやりなさい」と言った。
アドニアは恭しく王母の間に入ると跪いて礼をし、発言を許されるのを待った。
「面倒な用で来たのではないでしょうね」バテシバは少し冷ややかな声色で話しかけた。
「いえ、ご面倒をおかけするようなことではありません。ただお力添えいただけないかと思うことがあるのです」アドニアはあくまでも控えめだが、取り入るような姿勢で答えた。
内容を聞かないことには断じようが無いので、「どんなことですか」と王母は尋ねた。
「これまで物事は私にとってうまくいっておりました。王権は私のものになるはずでしたし、だれもが、次の王になるのは私だと思っておりました。ところが状況は変わって、すべて弟のものとなりました。そうなることを、主が望んでおられたからです」
神の御心を持ち出して、それらしいことを言っているが、ふざけたことを言い出したものだ。確かに今いる王子の中では年長だし、祭司エブヤタルと将軍ヨアブの支持をとりつけたかもしれないが、その他の閣僚や幕僚は支持しなかったし、全国民が支持がしたわけでもない。バテシバは身の程を知らないアドニアの言葉に内心呆れていたが、顔色を変えずに聞いていた。
「そこで今、ほんのちょっとしたことをお願いしたいのです。どうか、お聞き届けください。」
これだけ愚かしい前置きをした後にする願いごとなど、ろくなものではないに違いない。しかし、これを聞けば、王母としてどのように事にあたれば良いかがはっきりするだろう。バテシバは「どんな願いですか」と促した。
「どうか、ソロモン王にお願いしてください。あなた様のお口添えがあれば、王はかなえてくださるはずです。シュネムの女アビシャグとの結婚を許可していただきたいのです」アドニアはさも王母を立てるような表情と声色で話していたが、バテシバは内心爆発しそうな思いでこれを聞いた。
この義理の息子はあまりにも私を軽く見ている。十数歳ぐらいしか離れていない若い義母であるとはいえ、私はあの宮廷参議だったアヒトフェルの孫だ。王宮の流儀や掟は良く知っている。現在は国で一番の美女と言えるアビシャグに惚れ込んでの願いのふりをするとはなんと底の浅いことか。アビシャグはダビデ王の最後の妻と言える存在なのだから、彼女を娶るということは、次の王権を宣言するのと変わらない。そんな大変なことを、こともあろうに王母である私がやすやすと取り次ぐと思ったのか。どれだけ私を馬鹿にしたら気が済むのか。
しかし、バテシバはここでも顔色を変えることは無かった。彼女の心の中には、もう一人の冷静な自分がいた。ここでその願いを退けるのは容易い。しかし、そうするとアドニアは私に恨みを抱くかもしれない。あるいは、自分の野心が私に知れてしまったと思うかもしれない。それが早々に次の謀反の引き金になるかもしれない。エブヤタルやヨアブは役職を奪われたが、まだ存命なのだ。ならば、お前の思った通りの軽い王母を演じておこう。
そこでバテシバは、「わかりました。お願いしてみましょう。」と答えた。
アドニアは平伏して礼をすると、静かに退出したが、内心の喜びが透けて見えるようであった。
愚か者め。バテシバは一呼吸置くと、折を見てソロモン王の所に向かった。
ソロモンの怒りは想定通りのものだった。間も無くダビデの勇士の一人だったエホヤダの子ベナヤがアドニアを処刑したという知らせがバテシバの元にも届いた。
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「おや、ただ事ではなさそうね。」
王母の間に入ってきた侍従の顔に、困惑の色が浮かんでいるのをバテシバは見て取った。
バテシバの前で一礼すると、「アドニア王子様が、お目通りを願い出て外で待っておられます」と侍従は言った。
「これは少し面倒だ。ボンボンのくせに変に野心のあるアドニアのことだ。先だっての謀反の時には、粛正されずに退去を命ぜられ、今でも首の皮一枚でつながっているような者が、王母の私に何の用があるというのか。追い返しても文句の言える立場ではない奴だが、話を聞いて、あれの胸の内を探ってやろう」バテシバは一呼吸間をおいて、「通してやりなさい」と言った。
アドニアは恭しく王母の間に入ると跪いて礼をし、発言を許されるのを待った。
「面倒な用で来たのではないでしょうね」バテシバは少し冷ややかな声色で話しかけた。
「いえ、ご面倒をおかけするようなことではありません。ただお力添えいただけないかと思うことがあるのです」アドニアはあくまでも控えめだが、取り入るような姿勢で答えた。
内容を聞かないことには断じようが無いので、「どんなことですか」と王母は尋ねた。
「これまで物事は私にとってうまくいっておりました。王権は私のものになるはずでしたし、だれもが、次の王になるのは私だと思っておりました。ところが状況は変わって、すべて弟のものとなりました。そうなることを、主が望んでおられたからです」
神の御心を持ち出して、それらしいことを言っているが、ふざけたことを言い出したものだ。確かに今いる王子の中では年長だし、祭司エブヤタルと将軍ヨアブの支持をとりつけたかもしれないが、その他の閣僚や幕僚は支持しなかったし、全国民が支持がしたわけでもない。バテシバは身の程を知らないアドニアの言葉に内心呆れていたが、顔色を変えずに聞いていた。
「そこで今、ほんのちょっとしたことをお願いしたいのです。どうか、お聞き届けください。」
これだけ愚かしい前置きをした後にする願いごとなど、ろくなものではないに違いない。しかし、これを聞けば、王母としてどのように事にあたれば良いかがはっきりするだろう。バテシバは「どんな願いですか」と促した。
「どうか、ソロモン王にお願いしてください。あなた様のお口添えがあれば、王はかなえてくださるはずです。シュネムの女アビシャグとの結婚を許可していただきたいのです」アドニアはさも王母を立てるような表情と声色で話していたが、バテシバは内心爆発しそうな思いでこれを聞いた。
この義理の息子はあまりにも私を軽く見ている。十数歳ぐらいしか離れていない若い義母であるとはいえ、私はあの宮廷参議だったアヒトフェルの孫だ。王宮の流儀や掟は良く知っている。現在は国で一番の美女と言えるアビシャグに惚れ込んでの願いのふりをするとはなんと底の浅いことか。アビシャグはダビデ王の最後の妻と言える存在なのだから、彼女を娶るということは、次の王権を宣言するのと変わらない。そんな大変なことを、こともあろうに王母である私がやすやすと取り次ぐと思ったのか。どれだけ私を馬鹿にしたら気が済むのか。
しかし、バテシバはここでも顔色を変えることは無かった。彼女の心の中には、もう一人の冷静な自分がいた。ここでその願いを退けるのは容易い。しかし、そうするとアドニアは私に恨みを抱くかもしれない。あるいは、自分の野心が私に知れてしまったと思うかもしれない。それが早々に次の謀反の引き金になるかもしれない。エブヤタルやヨアブは役職を奪われたが、まだ存命なのだ。ならば、お前の思った通りの軽い王母を演じておこう。
そこでバテシバは、「わかりました。お願いしてみましょう。」と答えた。
アドニアは平伏して礼をすると、静かに退出したが、内心の喜びが透けて見えるようであった。
愚か者め。バテシバは一呼吸置くと、折を見てソロモン王の所に向かった。
ソロモンの怒りは想定通りのものだった。間も無くダビデの勇士の一人だったエホヤダの子ベナヤがアドニアを処刑したという知らせがバテシバの元にも届いた。

