1971年、ウガンダ。
クーデターを経てアミン将軍(フォレスト・ウィテカー)が大統領に就任した。
彼のカリスマ性に国民は熱狂するが、権力を手にした男は次第に猜疑心と人間不信にとらわれてしまう。
ウガンダにアミン大統領が誕生しようとしたその時期に
スコットランドの青年ニコラス・ギャリガン(ジェームス・マカヴォイ)はウガンダに医師として派遣される。
ウガンダにやってきたのは、ほんの偶然。
ただ厳格な家庭で親の望みどおりの道を歩いている自分が息苦しくなったからなのだ。
そんなニコラスが偶然にアミン大統領の怪我の手当てをしたことで
大統領の主治医に取り立てられ、政治的な顧問の役割まで果たすことになる。
国民の熱狂的な支持を受けた大統領は
その権力が頂点に達すると何度も暗殺されそうになる。
小さな疑いが芽生えたら忠実な側近すら殺し、
最後には30万というウガンダの国民まで虐殺してしまう。
物語はいつもニコラスの目線で描かれる。
ヒーローでもない、
どちらかいうと小心者で、小賢しくて、若さゆえの無謀さも持っている青年。
そんな青年が大統領の顧問として何不自由ない暮らしをしていたのだから
30万もの人間が同じ国で殺されているなどとは知るすべもない。
しかし、かつてのカリスマが人間不信に陥り
その猜疑心と冷酷さ残虐さが自分に向けられたとき、
彼は権力の恐ろしさと、それを手に入れたものが陥る地獄を垣間見るのだ。
いかにも軽薄なニコラスに本来なら同情する余地はないのだが
アミン大統領の非情さに、ついニコラスに同情してしまう私がいる。
それでもアミンが大統領になった頃は
国民の信頼を集め、異邦人であるニコラスでさえも心酔させた人物なのだ。
かなり魅力のある人物であったのも確かなことなのだ。
祖国を発展させよう、平和で自由な国にしよう、その志の軸がどこでどうずれてしまったのか。
それとも、冷酷で残虐なのが彼の本来の姿なのか。
権力を持つということが人格までも変えてしまったのか。
圧倒的な個性の持ち主であるアミンの姿に
凡人である私は、ニコラスと同様にただ戸惑い、逃げ惑い、呆然とするしかなかった。
私も、二コラスはお馬鹿だなぁ~と思いながら、こういう人間もいるよな。。。と感じて、ちょっと同情的な目で見ていました。
そして、彼の目線からアミンを描いたところが良かったんじゃないかと思いました。直接的な残虐シーンは少なくても、ウィテカーとマカヴォイの熱演で、アミンの怖さは伝わってきましたもの。。。
いつもTB&コメントありがとうございます。
目を背けたのは最後の拷問シーンぐらいで、
虐殺のシーンなどはほとんどなかったのだけど、あの拷問の恐ろしさからヒシヒシと虐殺の事実が伝わってきましたね。
ウィテカーは、ホントにすごい迫力でしたね。
主演男優賞も納得!でした。
偽善者ぶって調子こいてるから痛い目に遭うんだわ!って思いながらも、手に汗握って身体が固まってしまうくらい恐かった~。
でもあの緊迫感はちょっと興奮を覚えてしまったかもです(笑)
早く逃げないとヤツらが追ってきそうで
逃げ出すように、とっとと出てしまいました!
皮膚で吊るす。。。
人間のすることじゃないですって!!!
しかし。。それでも人間って生きてるもんなんですね。
もー自業自得ぢゃん!!と思いながらも
ニコラスになりきって痛がってる自分でした(苦~)
飛行機が飛び立った時はホッとしましたね。
山姥に追いかけられる昔話ありましたよね。
なぜかあの話を思い出しました。
いや。。アミンは山姥よりも恐いかも。
風邪をこじらせておりまして・・・って、
言い訳がましくてすんまそん(泣)。
私、ケイの惨殺死体が出た時点で、
もうなんだかかなり窮地に追い込まれました(泣)。
八方塞のような絶対に逃げられない恐怖を
味わわせてもらった作品です。
もっと小難しい社会派作品かと思ってたのですが、
サスペンス要素が非常に強くて、案外サクっと観れる
物語ではあったのですが、なにはともあれ、手に汗を
握るような恐怖に心をかなり消耗しました(泣)。
風邪をひいておられるようだったので
こちらこそご無沙汰していました
今年は風邪の流行が春先までずれ込んで
なかなか「冬」から抜け出せませんね。
この映画、「ホテルルワンダ」のような感じなのかなぁ~と思っていたのですが、。。違いましたね。。。
。。。ただただ恐怖で体を堅くしていました。
独裁者の辿る道、というのは、どうしてこうも似通っているのでしょうね。
権力を持った瞬間から
自分の周囲全てが敵になってしまうのでしょうね。
恐ろしいことです。。。
2度と観たくない映画のひとつになりました(苦笑)