海鳴りの島から

沖縄・ヤンバルより…目取真俊

教科書はどう選ばれたかーーなおざりにされる専門性

2011-10-18 14:07:02 | 教育・教科書

 8月23日の八重山採択地区協議会は、午後3時から6時30分まで3時間半にわたって行われている。テープ起こしされた「会議録」はA4の用紙で28ページに及ぶが、冒頭から10頁の後半まで、時間にして1時間余は資料の確認や1種絞り込み、会議の持ち方や公開・非公開をめぐる議論などで費やされている。
 国語を皮切りに教科書選定の具体的な議論に入るのは10頁の後半からで、時刻にすると休憩をはさんで4時10分からである。10頁後半から23頁の最初の部分までが、国語・書写と社会科(地理・歴史・公民)をめぐっての議論と採決(数学の説明を含む)。数学の採決から残りの理科、音楽・器楽、美術、保健体育、技術、技術家庭、英語をめぐる議論と採決は、23頁の途中から27頁の途中までで片付けられている。
 頁数から所要時間のだいたいの目途がつけられると思うが、焦点となっていた社会科の歴史・公民分野が終わったあとは、流れ作業的に処理されたという印象が強い。

 数学は玉津会長の説明のあと一委員の提起を受けて公民をめぐる議論に戻ったこともあり、まったく議論が行われずに採決され、調査員が推薦した東京書籍が5票で選ばれている。
 理科は一人の意見もなく、調査員が推薦した東京書籍が満票で選ばれている。
 音楽・器楽も教科書の内容についての議論はなく、調査員が推薦した教育芸術社が満票で選ばれている。なお、音楽の教科書は2社のうち1社しか推薦されていない。これは1種絞り込みにあたらないのだろうか。玉津会長は「複数でお願いしてありますが」と言いつつ問題にはしていない。他の委員も同様である。
 美術も一人の意見もなく、調査員が推薦した日本文理社が満票で選ばれている。美術も3社のうち調査員が推薦したのは1社だけである。
 保健体育は三人の委員が発言している。二人が自分の選ぶ基準を述べ、一人はコンドームの取り扱いについて触れているが、発言の後半ははっきりしない。これも調査員の推薦した学習研究社が満票で選ばれている。
 技術は一人の委員が意見を述べている。調査員が推薦した教科書は1社のみで、現在の使用教科書と採決で票が割れているが、調査員の推薦した東京書籍が5票で選ばれている。
 技術家庭は二人の委員が自分の選定基準をごく短く述べている。採決では、現在使用されている開隆堂と、調査員が推薦している教育図書、東京書籍で票が割れ、開隆堂が4票で選ばれている。
 英語は一人の委員が意見を述べ、採決では調査員が推薦した2社で票が割れ、開隆堂が5票で選ばれている。

 国語や社会に比べて、数学以下の議論の少なさは一目瞭然である。数学、理科、音楽・器楽、美術にいたっては、教科書についての議論がまったくない。社会科の歴史・公民をめぐる議論で疲れ果てたのか、実際に何の意見もなかったのか。いや、そもそも各委員たちは全教科の教科書を読んでいたのだろうか。読んでいなかったから意見が言えなかったのではないか。
 あるいは、読んでいたとしても意見を言うほどの専門的な知識がなかったのかもしれない。私は沖縄の県立高校で国語教師を臨任期間を入れて10年少しやったが、高校では学校単位で教科書が選ばれる。各教科単位で会議を開き、教師が各出版社の教科書を比較・検討して選定する。その場合、選ぶのは自分の教科の教科書だけだ。他教科の教科書については関与しないし、そもそも口出しする専門知識や経験もない。
 大学で専門課程を履修し、教員免許を取り、採用試験に合格した教師は、学校現場で経験を重ねる中で何種類もの教科書を使っていく。そういう過程を経て教科書に対する自分なりの認識、判断を持つようになる。教師は専門職、技術職であり、その使っている教科書に対しては、専門教科が違えば簡単に判断できるものではない。
 選定にあたって議論するのは教科書だけではない。付随する副読本や教師用の指導書、問題集、朗読用のCDなども検討し、総合的に判断する。それは中学校においても同じであろう。それだけの手間がかかるからこそ調査員たちは、何回も会議を開き、長い時間をかけて議論しているのである。
 協議会委員が同じことを全教科でやろうとしても物理的に不可能だ。そもそも大学で履修もせず、教員免許も持たず、実際に使ったこともない分野の教科書を検討し、判断する能力がどれだけあるのか。玉津会長にしても高校で教えていた時に、自分の専門外の教科書の選定にあたったことはなかったはずだ。
 「会議録」で公民をめぐる議論の中に次のやりとりがある。

(委員) 私たち協議会委員メンバーも歴史・公民を全部読むことはできない。
(玉津会長) 拘束性は持たせないということは、例え、調査員の推薦が無くても、それぞれ私たちの判断で決めるということが基本です。
(委員) 今、歴史公民がそうとうクローズアップされていますから、本当にみんなが勉強していたら良いですよ。
(玉津会長) この中に調査員が推薦しないものに自分が選んだものがあります。
(委員) 会長が、前の時に、教科書を見なくても見たと言えばいいですよと話したでしょう。そういう話しをしたから協議委員の皆さんも誤解を生じることになるんですよ。
(玉津会長) まって下さい。今の話しは・・・・。
(委員) そういう話をしたから、誤解をまねくんですよ。
(玉津会長) 今の話しは別です。発言ストップ。これは基本的に調査員の順位付け、或いは拘束性を持たせる。こういうことは絶対廃止するということで、協議会を始めたわけです。

 一人の委員が「歴史・公民を全部読むことはできない」と言っているのは正直な告白だろう。他の委員にしても全教科書の何割をきちんと読めただろうか。仮に教科書だけは頑張って読んだとしても、付随する副読本や指導書などは読んでないだろうし、そもそも全教科書を細部まで検討し、専門外の分野について判断することは困難だ。
 玉津会長もそのことをよく分かっていたはずだ。だから「教科書を見なくても見たと言えばいい」という発言が以前に行われていたのだ。会議録として残ることに動揺し、慌てて委員の発言にストップをかけているが、協議会委員が教科書を事前にどれだけ読んでいたか、その実態が明らかになれば、協議会の信用が失墜することを分かっているから、玉津会長は委員の発言を封じ込めたのだ。
 現在、公民教科書の採択をめぐって、8月23日に開かれた八重山採択地区協議会の答申と9月8日に開かれた3市町全教育委員参加による協議の決定のいずれが有効かが問題になっている。その場合、法令上、形式上の問題だけでなく、どのような議論を経て決定したのか、という協議会の中味、その実質が同時に問われなければならない。
 玉津会長をはじめ八重山採択地区協議会の委員が、自らの決定の正当性を主張するのなら、非公開で行われた会議の記録を市民に公開し、公民分野でどのような議論をして選定したか、その実態を明らかにすべきだ。調査員が推薦しなかった教科書を選んだ理由を、市民に説得できる内容できちんと議論したのなら、公開をためらう理由はないはずだ。

 


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