■■■Take the 'R' Bike■■■

『R自転車で行こう!』・・・R(ラバネロ)号に相応しいローディになるべくR(ロード)の「道」を修行中の40半ば♂。

嫁も納得の私のアスペルガー的要素

2012年05月19日 | 育児・家族・自分・日常

日は地区の子ども会主催の新一年生の歓迎会があって出かけて長男は午前中はいなかった。
待っている間にRAGZAのタイムマシーン機能で昨日のNHKを見たのですが、成人のアスペルガーの話。

アスペルガーの特質を利点に生かせばいいって事で・・・。


・・・・嫁と私、大爆笑。
「コレあなたドンピシャ!」
一旦、やりはじめると寝食、睡眠、自分の体を犠牲にしてまでとことんやる
し、そこまでして出来上がった物に満足しないと、「ここまで大変な思いをしてやったから・・・」と妥協せずにやり直すじゃん、、、とな。



日は実家に親父が外泊許可を貰って昨日から帰ってきているので、孫の顔見せに行った。
実家についてからオフクロに来る時の車中での話をした。
車中、嫁とアスペルガーの話になったのですがそれを聞いていた息子が「アスペルガーって何?」と聞いてきた。
「○○君、同じクラスに授業中に突然席を立ち上がったり、ウロウロする子がいない?」

・・・・私、「プッ、それ思い当たる事あるんですけど、、、って俺じゃん!(笑)」
って飲んでいたコーヒーを噴出しそうになった話をオフクロにしたのだった。



オフクロ「あー、あんたは本当に授業参観中に突然教室出ていったもんねぇ。たまげたが。(驚いた)」
    
     「それで先生に『どげんしたとかぁ!』と聴かれて『ちょっと待っていてください!この季節には珍しい昆虫が(教室に)飛び込んで来たので今か 
               ら追いかけて観察します』って言って教室から出て行ったから皆大笑い」
    
     「二年生の時に先生が『太陽が東から昇って、西に沈む』って理科の時に皆に説明していた時にも、『ハイッ先生、太陽は動きません、地球が
              動いているんです』って言って先生を困らせたり・・・」
   
     「授業を全然聴かないで他の事をしたりしているので懲らしめる為に、先生があてて問題を出すと正解を即答するので、本当にどう指導して  
               い いか先生が困って大変だと家庭訪問で嘆いていた。」



・・・・こりゃ、本当にアスペルガーと言われても仕方がない。笑
私だけでなく、大学の教授とか研究者とかアスペルガー的要素が強い人が多い気がする。

でも、太陽の話にしても「空気を読んで、学年に合わせて太陽が動くという事で話をしているのだと許容できていたら」もっと凄い事です。

授業中に他の事をしているってのも正確には違う。
コレは授業始まって最初のほんの数分で教科書とか読み終えてしまっていたんだと思う。
小学校に上がる前から沢山の本を読んで「斜め読み」が出来ていたので、ページを開いてわずかな時間で読める能力があったので読んだ後の時間は退屈で他の事をしていたってのが真相かな・・・。
他の事をしながら、先生の話は耳から聞くのは聞いていた。
(この辺りは一つの事だけに集中するのでなく、同時進行で二つ以上の事が出来る点はアスペルガーとは違うかもしれませんが。)
だから、先生にあてられても答えられたのだと思う。
私の両手を椅子の背もたれと背中の間に入れて置きなさいってのは先生の苦肉の策だったらしい。

この能力は今でもあります。
仕事の勉強会、講習会に行っても一時間とか二時間とか苦痛。
資料を貰ってすぐに読み終えているので、後の「解説」、、、下手したら「朗読」をただ聞くのがしんどい。
いつもこんな時には何か本を携帯するか、白紙を持って行っていて色々プランニングやらして遊んで時間つぶしています。笑

ぁ、私は現代の先生から見たらほぼアスペルガーと診断されてもおかしくはない

でもその診断を一番覆すのが、社会的な生活に苦痛は無いって事。
嫁に「大学の時に居酒屋とかバーテンダーとかしていたのが良かったのかなぁ。」と言うと・・・。
嫁「そもそも、社交的な事が出来ないとそんなアルバイト続かないでしょ。」
うん、確かにそうだ。
となるともっと以前の段階で修正されていたことになるなぁ・・・。

中学時代のサッカーかもしれないと思った。
小学校時代はマラソンなどの「一人で大丈夫」な種目、サッカーは流石にメッシクラスにならないと「和」が必要。
・・・しかし、本当にサッカーで治ったのか、あるいは社交性が元々あったのかどうかはわからない。
まぁ、個人プレー、集団プレーの両方はしていて損はないかもと思った。
現在、長男の空手、サッカーは無駄にはならなそう。

団プレーの部活していても色々あるのはある。
分別ある大学時代の話で本当に恥ずかしいのですが、本当に「自分自身」に腹が立って「自分の殻」に閉じこもった時期があった。
人に対して腹がたつのでなく、不甲斐ない自分に苛立ち、自分を全否定して責めていた。
部活の仲間が救いの手をアレコレ差し出してくる事にも何故か反感を覚えて、逆に溝を自分で深めていくばかり。

・・・・でも時が経ち憑き物が落ちるように自然と立ち直れた。

ウチの部活は夏の合宿等でちょっとした利己的な行いを少ししただけで非難されて排他的な扱いを受けて辞めさせられていった仲間もいた。
私は利己的な事どころか、救いの手を蹴る行為までしたのですが、何故か皆が待ってくれていたのは今でも本当に感謝している。
あの時は「ただ待ってくれいていた仲間」がいて本当に良かった。

・・・・「本当に静かに待ってくれている人、見守ってくれている人」に恵まれていたのは幸運。

日、長男の写真等を見て現在の次男と比較したのですが、明らかに次男はゆっくりさん。
同じ親を元にしてこんなに違いも出てくるものなのですね。
・・・ただ成長を見守り、次男の全てを受け入れて行きます。

今日は実家で女の子の節句の服を着せられていた。笑

でもこの服って姉貴の時に手縫いしたのが最初。
私もこの着物着た写真があるので、、、、ほぼ私と同じ年齢の半世紀物。
今回、弟の娘の初節句に向けて涎掛けをオフクロが作ったそうな。


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