Are Core Hire Hare ~アレコレヒレハレ~

自作のweb漫画、長編小説、音楽、随想、米ラジオ番組『Coast to Coast AM』の紹介など

041-アノンのヤエコ

2012-10-31 21:31:51 | 伝承軌道上の恋の歌

 アノンは夕暮れ、ふらふらとベッドの前に辿り着くとそのままうつ伏せに倒れこんだ。『あーあ、どうしようこれから』顔を埋めたシーツからシルシの臭いがした。これが当たり前になって、安心できて、そうしてまた次の自分がすぐ待ってる。そんな期待が自分を前に進めてくれて、今までは本当に幸せだったと思う。『マキーナは私からもういなくなっちゃった。いつか…分かってたことだけど…』
「…どうしよう」
 アノンは頬で絡まるウェーブのかかった長い髪が溜息に揺れた。
「マキーナとマキーノを探してあげるってヨミに約束したのに…これじゃ、もう誰にも伝えられない…」
 今度は寝返りを打って天井を見上げる。じぃっと見つめてるとその模様が何かの暗号に思えてくる。そのうち、頭の中に入り込んで思考が混乱していくようで、思わず横に目をそらせた。アノンの視線の先にはシルシが使っているノートブックの乗っている机があった。そのすぐ横には写真立てがあって妹のヤエコの姿が映えていた。アノンはゆっくりと起き上がると、机に近づいて手にとって眺めた。こっちに向かって笑うヤエコ。もうこの人はここにいない。そう思うと、一度も会ったことがない人なのにとても不思議な感じがする。髪はいつもマキーナと同じサイドを小さく結んで。服は黒地に白のフリルのアクセントの入ったワンピースだ。本人の趣味もあるだろうけど、いかにも妹ってイメージの服は、シルシの趣味だったのかも。きっとヤエコは自分で街に買い物になんか行けなかっただろうから。
「…あれ?そういえばこの服…」
 これ、この部屋で見たことある気がする。そうだ。シルシが使ってるハンガーラックの奥にこの色がちらっと見えたことがあった。女物の服が幾つかかかってるのは前から知っていて、多分ヤエコのものだとは思っていたけど。気づくと確かめたくなるから、アノンはラックにかかるテントのようのファスナーを開けると、さっそく取り出して、それから大きな鏡で何となく自分に合わせてみる。『どうかな…』ちらっとヤエコの写真と比べてみる。サイズはぴったりだ。このデザインは今でも十分かわいいと思う。『…怒られないよね?』アノンはひとりだけの部屋で何故かこそこそとヤエコの服に袖を通してみた。少しはヤエコと似てるかな。そういえば、シルシが言ってた。ヤエコは年上の人達ばっかりに囲まれて過ごしたからシルシにも敬語だったって言ってたっけ。それでシルシのこともお兄様って
「お兄様…」
 鏡に向かって言ってみる。どんな声だったんだろう?
「シルシお兄様…」
 ちょっと上目づかいに言ってみたりして。
「…割と似合ってるな」
 もしシルシが見たら、そう言わってくれるのかな。
「本当にヤエコがいるのかと思った」
 でも、マキーナの次はヤエコになろうなんて訳じゃない。ただ、そうしてみたかっただけで…それに知ってる。シルシは背格好が似てる女の子を見ると今でもすぐにヤエコと錯覚するのを。
『…って、え?』さっきのシルシの声を思い出して、思わず背筋がそばだった。あれは…本物。本物のシルシの声だ。それもすぐ近く…恐る恐る視線だけを玄関につながるドアを見るとニヤニヤといやらしく笑うスーツ姿のシルシがいた。
「いや、その、あの…」
 顔の前で手をバタバタさせるアノンに
「いいんだ。気にしないで。着替えるから、そしたらご飯でも食べに行こう」とシルシは言う。しかしアノンは立ち尽くしたまま動かない。見ると肩が小刻みに震えていた。
「…?どうした?」
 シルシを見上げたアノンの目には涙がたくさん溜まっていた。
「ヤエコにもマキーナにもなれないけど、シルシの心の隙間の形に私はなれるかも…」
「おいなんだよいきなり…」
「私、マキーナはもうダメだって…ヤエコにもなれないし…どうしたら…ヨミと約束したのに…二人、ちゃんと探し出すって」
 アノンはそう言って泣く。
「ヨミ?二人?アノン、何を言ってる?」
 
 その夜アノンはデウ・エクス・マキーナから外されたことをシルシに打ち明けた。

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040-散会

2012-10-30 21:44:45 | 伝承軌道上の恋の歌

 ミドリが店員をやってる終わった後の美容院にアノンはいた。今は照明を落として、二人だけがガラス張りの店内にスポットライトのように照らされて立っている。アノンは椅子に座ってカバンを膝に抱えて鏡に写った自分を見ていた。
「どういうこと、アノン?」
 これから髪でも切るみたいにアノンの後ろに立ってミドリは問いかけた。
「何のこと?」
「『カプセル』から僕達だけ閉め出しくらったんだ」
「え、どうして?」
「最近、ほらナンバー狩り?あれは私達のせいだってことになって…仲間割れだとか…思えば神宮橋の立ち退きも裏で手が回ってたんじゃ」
「そう…なんだ」
「悔しくないの?」
「仕方ないよ、そうなっちゃったんだから…」
 アノンは大きな鏡の前の自分の顔を眺めた。ちょうどその後ろに大きな全身鏡と合わせ鏡になってどこまでも向こうに幾重にも自分を映した。アノンは椅子の一つに座ってくるくると回りだした。
「それだけじゃない。それにアカ達が辞めたいって言い出してるんだ」
「アカが…」
 アノンはその遊びにも飽きたみたいに椅子を止めた。
「最近会ってなかったんだ。別におかしいとも思わなかった。ナンバー狩りでちょっと用心するって言ってただけだったのに…何か知ってる?」
「そうか。それで…」
「やっぱりアノン知ってるんだ…」
「今度のおっきなイベントやるでしょ?これ…」
 アノンがポスターを差し出すとミドリはそれを手にとって見た。
「…そんな…」
 ミドリは言葉をなくした。出演者の中に知ってる名前が幾つもあったから。
「…アカ、それに他のみんなも…」
「アカ、それに他の何人かもの委員会と代理人に丸め込まれて…オトナ達がマキーナを自分たちのものにしようとしてる…見てよ、デウ・エクス・マキーナのロゴの下」
「下?」
「○Cってついてるでしょ。それって誰かが権利を持ってるって」
「そんな。僕達が作ったものなのに…一体いつから…?」
「…さあね。ただ私達の知らないところでは着実に進んでたんだ。社会化され組織化されひとつの権力を目指して収束されていく『管理』。これが狙いだったんだ」

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これまでの物語のまとめ・弐

2012-10-29 20:51:24 | 伝恋‐あらすじ

 ここまで読んでくださった方いましたら(いるのか?)ありがとうございます。 物語も佳境…とはいえ、まだその半分をようやく過ぎた所という衝撃の事実。もとより独りよがりのブログですが、よろしければ最後までお付き合いください…

イナギの意図は?
 シルシと彼の家族の事故を忠実に再現することだった。(031-モノの冒険)イナギによる事故直前に起きた出来事(イナギ07‐ヨミが倒れる)が彼の行動の引き金になったようだが、直接の動機はまだ判然としない。

 また、アノンによるとイナギは過去に2度アノンの命を狙ったようだ。(037-イナギ?)二度目はイナギの事故だとすると、一度目はいつ?そしてその目的は?イナギが事故を起こしたヤエコの命日の夜、アノンは取り乱した様子だったが…(016-命日

 ヤエコ達の主治医だったウケイは一年前雲隠れした後も密かにイナギの恋人ヨミの診察していた。(イナギ07‐ヨミが倒れる)繰り返される悲劇の裏にはヨミがヤエコの二人を結びつける何かが存在している…

 モノとアキラはそれらをつなぐ因子を見つけた様子。(036-探るアキラ) シルシがイナギを亡き者にしようとしたこととも関連しているのだろうか?(022-その時、アキラ

アノンの謎
 アノンの首筋にあるバーコードのような刺青(029-刻印)が意味するものとは?そしてスフィア界隈で流行っているナンバーと呼ばれるタトゥーシールとの関連は?(038-事件

デウ・エクス・マキーナ神話の元型(アーキタイプ)
 マキーナ…ヤエコ(アノン説)? ヨミ? ???
マキーノ(マキーナを研究所から救いだした男性型アンドロイド)…イナギ? ???
博士(亡き娘に似せてマキーナを生み出した張本人)…シルシとヤエコの父親? ウケイ?

これから
 皮肉にもイナギとヨミの事故によってかつてない盛り上がりを見せるスフィア『デウ・エクス・マキーナ』もその勢いとは裏腹に徐々に変質している。(039-権力の構造)一つの宗教やイデオロギー運動の趨勢に等しく起こる現象として。
 そして教祖の受難を模倣する『まねび』のように、またフラクタルの図式ように過去を転写する『マキーナ神話』の元型(アーキタイプ)が暴露されていく。

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イナギ08‐マキーナ前夜

2012-10-28 21:17:58 | 伝承軌道上の恋の歌

 ヨミが僕の部屋で倒れて以来、ウケイの診療所に通うのが次第に頻繁になり、いつしか帰れなくなっていった。入院中のヨミの楽しみといえば、デウ・エクス・マキーナのスフィアの動向やそれに乗せた僕達の夢を語り合うことだった。ベッドの背を起こしたヨミの膝の上にはノートブックの画面が開いていた。僕は身を乗り出して横から覗き込んでる。
「スフィアはどんどん広がって…イナギ、すごいわ」
「僕は何もしてないさ。もっともブッダやキリストだって自分で宗教を起こしたとは思ってないだろうけどね」
「ふふ。そうなの?」
「でも、あの歌…」
 優しく見つめられると、自分が罪人のように思えてきてすぐに目をそらして僕はやっと立ち上がった。それから僕は周りを見渡して
「…そういえば、あいつは?」
 それはアノンのことだった。
「今は出かけてる…多分、もうすぐ帰ってくるよ」
「駄目だろ、一人で外にやったら…もしものことがあったらどうするんだよ」
「あの子なら大丈夫よ。もうここでの生活にも慣れてるから」
「違う、ヨミ、お前に何かあった時ってことだよ」
「ううん、私なら大丈夫。ウケイ先生もすぐにくるから。だから、私がいっていいよっていったんだから」
「でも、ヨミ、それじゃ万が一って時にお前が困るだろ」
「いいじゃない。あの子も楽しみで仕方ないの…」
「…あそこに映るのはヨミ、お前だからね」
「私じゃない。あれは…」そうヨミがそう言いかけたところで、
「違う、ヨミだよ」と僕は遮った。

…つづき(これまでの物語のまとめ・弐)

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039-権力の構造

2012-10-27 21:39:32 | 伝承軌道上の恋の歌

「どういうことですか?」
 それはアノンにとって唐突な話だった。『委員会』の事務所じゃなくて、わざわざ小さな喫茶店の隅っこに連れてこられた理由が今は分かる。ここなら派手な口論もできないし、話を早く済ませられると思ったんだ。
「マキーナはもう僕達の手の届かない存在になったんだ。こんなにみんなに受け入れられてね。ひとつのアイコンになった。それでね、私はもっとみんなにマキーナを感じてほしい。こう、凝り固まって、スフィアのようなある集団でしか受け入れられないようなマキーナじゃ駄目だ」
 代理人(デリゲイター)。この無精髭と私達は彼のことをそう呼んでた。マキーナがこんなに大きな現象になった仕掛け人だとみんなは思ってるけど、実際のところ誰がどうしてそうなったのかはスフィアの誰も知らないのだ。古参のスフィアのアソシエイトだって話も聞くけど、それも本人ははぐらかしてばっかりで分からない。
「マキーナが生まれたのはスフィアからだよ?」
「そう。まさにそこなんだ。マキーナを生み育ててきた場所が、今は足かせになってる。一部の人が特権的にファンでいるって言うのは残念なことなんだ。もっと多くの人に愛されるキャラクターであるべきだ」
「それってもっとコマーシャルに使えるようにしたいってことでしょ?」
「そうじゃない。そうじゃないんだよ、アノン。考えてもみなよ。これから何十年もマキーナがアイコンで有り続けるためにはイメージを維持していく管理する組織も必要だ。そうしないと大勢の人にイメージを消費されつくして終わってしまう。これを避けなければいけない。みんなが自由に絵を書いたり、歌を作ったり…これも『消費』だ。このままでは危ない。いずれ廃れて忘れ去られてしまう。誰かが責任をもって品質管理することが必要だ。さらに、マキーナのイメージが新鮮で誰にでも受け入れられ続けられるためには、マキーナはもっと抽象的で透明なものであるべきなんだ」
「…私はマキーナにとって邪魔なんだ」
「いや、そうは言ってない。ただ、アノンはもうアノンというイメージをみんなに伝えられてるじゃないか?もっとそれに自信を持ってほしいんだ」
「私じゃダメなんだ?」
「よく聞くんだ、アノン。そうは言ってない。曲も幾つかゲラであるんだ」
 代理人はポスターを出して
「今回の『管理-kanri-』はすごいよ。過去最高にして最大のマキーナ端末化プロジェクト!みんなでマキーナになって。一週間街を占拠するんだ。協力してくれるクラブを結んでスタンプラリーして、マキーナたちの足跡を追うんだ。マキーナになってればクラブのエントランスは全てフリー。これの旗振り役の一人となってしいんだ。どうだい?」
「いい。嫌だ。私そんなの望んでない。ううん、スフィアのみんなはそんなの望んでなかった!イナギもヨミもシルシだって…ひどいよ」
 すると代理人は芝居がかった様子で眉をひそませて、アノンをまっすぐに見つめる。
「…このままではマキーナは間違った方向にいってしまう。アノン、お前は頭のいい子だ。分かってるだろう?マキーナが侵されてるんだ。今すぐやめさせなければ」
「…」
「ほら、君達の仲間もみんな賛同してくれてるんだ、ほら…」
 代理人がテーブルの上にそっとおいたのは、今回のイベントの告知のゲラだ。そこには知られた仲間が数人、中でもマキーナ姿のアカが中央に陣取って映っていた。
「…アカ、それにみんな…どうして…」
「なあ、アノン、分かっただろう?君は何も失いたくない。そうだろう?仲間も、歌も、マキーナも…だから…」
「ちがう、違うんだ。広めれば広まるほど、それはオリジナルの自己相似形に…そうやって初めて私はオリジナルに近づけるのに!」
「もう決まったことなんだ、アノン。今までだって自分がどれだけ多くの人に支えられてきたか知らない訳じゃないだろう?マキーナだって同じことなんだ。これまでもこれからもみんなで支えていくだけだ」
「…ひどい。もうマキーナはオリジナルの顔をしなくなるよ。ヨミの願いも消えてなくなっちゃうよ…」
 すると彼はもったいぶって眉をしかめて溜息を吐いた。
「私にだって辛い決断だ。でもこれしか方法はないんだ」
「綺麗事言って…こんなこと絶対ヨミは許さないよ」
「思ったことは全部吐き出すといい。今夜はとことん話しあって君に分かってつもりだ」
 ガラスのケトルに入っているお茶の残りを溢れんばかりに私のカップに注いだ。
「…帰る」
 アノンは背の高い椅子から飛び降りるようにして立ち上がった。
「…そうか」
 やっぱり彼は止めない。もう全部が茶番だ。
「…それじゃ」
「アノン、君はもう多くのファンがいる。才能には義務も伴うものだと君は知っている。そうだな?」
 背中を通り過ぎるアノンに向かって彼は最後にそう言った。

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038-事件

2012-10-26 21:29:03 | 伝承軌道上の恋の歌

 ある事件が噂になっている。誰かが見たとか、誰かが被害にあったとか、その誰かも本当にいるのかどうか誰も確かめたことがない。そんな事件が起こっているという。『ナンバー狩り』とみんな、そう言っていた。要はナンバーを入れたものが襲われる事件のことだ。ナンバーとはマキーナの首元にあるシリアル・ナンバーと同じ刺青。自分の気に入った数字と、バーコードのような帯状の線を入れる。スフィアで流行っているらしい。とはいっても、ほとんどがフェイクで、その瞬間の気分と一緒に二日もすれば消えてしまう。そのくらいがちょうどいいから。どうせ、自分たちの小さな泡のようなささやかな心の中のスフィアもそうして消えてしまう。彼女たちがどんな運命に定められたそれぞれのマキーナになれたとしても。
 また、こんな話もあった。マキーナを救い出した同じ研究所にいたアンドロイドがいるという。名前はマキーノだとか、『000(トリプルオー)』だとか…断片的に広がる『マキーナ神話』によればその男のアンドロイドがマキーナを博士の研究所から救ったことになっている。シリアル・ナンバーからもマキーナより以前に作られたプロトタイプだということだ。マキーナと同じように彼にもオリジナルがいたというものもいて、それをイナギとヨミになぞらえるものもいる。けど、まだ『正典』と認識されるほどに支持されている『レイヤー』ではないらしい。ともかく、この男女一対のアンドロイドにまつわる物語はお互いがお互いを求めることの物語が欲しい恋人達にも使えた。そしてそれは『ナンバー狩り』の被害者は男でも女でもありえるということでもあった。何者かによってこのナンバーの入った首筋を刃物で抉り取られるように切られることから、このナンバーを狙った犯行に間違いはないということだ。しかし本当に起こったのかも分からない。だから、ただの噂だ。それはでも、いずれ口伝えに伝承されて、また新しい伝説になる、そういう類のものの、つまりは『レイヤー』のひとつなのかも知れなかった。

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イナギ04‐イナギ、アノンと出会う

2012-10-25 21:27:43 | 伝承軌道上の恋の歌

 まだヨミが元気だった頃、珍しく彼女からの誘いで僕はそこに出かけた。神宮橋にショーケースに入ったマネキンみたいにマキーナを『端末化』する女の子たち。没個性的にも見えるけど、そうなることのかわいさって言うのは別にあってもいいだろう。でも、みんな商品になりたいだけで、なりきれてない生身の女の子たちだった。近くから順繰りにマキーナ達を目で追っていくと、その中にひとりで僕の目が止まった。その子が一番、僕の描いたマキーナに似ていると思った。まるで人形が一人立っていたように見えたから。
「あっ、いた」
 ヨミは僕の視線をそのまま辿るように小走りにその女の子に駆け寄っていった。
「アノン」ヨミは彼女のことをそう呼んだ。
「イナギ、紹介するね。この子。アノン」
 ヨミはそう言ってその女の子の腕にすがって僕のいる方に引っ張った。
「あ、ヨミ…?」
 今更、アノンと呼ばれた女の子は反応して、ぐいぐいとヨミに引っ張られていく。どこで知り合ったのか分からないけど、僕はこんなヨミを見たことがなかったから、二人がかなり親しい関係なんだと分かった。


「この人は前言ってたほら、イナギっていう人」
 ヨミが僕の前でそう言った。
「イナギ…」
 アノンはそれでも騙されたようにきょとんとしていた。
「会いたいっていってたでしょ?直接聞いてみたらと思って。それがこの人、イナギ」
 ヨミはそう言うけど、僕だって一体何のことか分かってないんだ。
「よろしく、イナギ」
 ヨミに促されてアノンが初めて僕の目を見た。
「ああ…」
 僕は少し気後れした。しゃべってもやっぱり彼女は人形のようだった。
「イナギがオリジネイター?マキーナの生みの親?」
「どうしてそう思うんだい?」
 アノンのいきなりの質問に僕はたじろぐ。
「みんなそう言ってるから」
「…マキーナにオリジナルは存在しない。あるのはネットワークだけ、だろ?」
 けど、僕の答えはいつも同じだ。するとアノンは黙って考えこんでから
「…ヨミ、この人違うって…」とヨミに向かって言った。
「うん、そうみたいね…」
 ヨミはそう言って笑った。
「そうか。イナギはオリジネイターじゃない。まだマキーノに会えないんだ…」 
マキーノ?誰だろう?その時の僕には分からない。
「そう?」
「でもいい。私…多分あの人だって思ってるから…」
アノンはそう言った。

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037-イナギ?

2012-10-24 21:42:56 | 伝承軌道上の恋の歌


 神宮橋に背を持たしてアノン達がカラフルな頭を並べていた。ミドリは欄干の上に座って、アカは地面にあぐらをかいて、アノンは立ったまま背を持たせて棒のついたアメをくわえてる。他のスフィアや路上バンドみたいなのも数多くいるけど、ことさら多くの見物人達がアノンの前にたむろっていた。大げさなカメラを抱えた人や、携帯を持ったまだ十代の若い学生達がレンズを向けている。
「…いっぱいいますね」
 アカは少し気後れする。
「ショーウィンドウに並べられてずっと笑ってたいよ。あ、雑誌の人だ。こんにちは」とアノンはまるで動じてない。
「アノンちゃん、自分の名前で歌手デビューする気ないの?」
 見物人達をかき分けて入ってきたのは、いつもの雑誌『ベント』の女の人。
「ないよ?私はマキーナの端末でしかないから」
「だからよ。自分自身を表現したくならない?」
「はは、そういうのよく分からないよ」
 アノンが周りを見渡すと、色とりどりに着飾った人達がまるで巡礼者みたいに見えた。ここはもうひとつの聖地になった。デウ・エクス・マキーナに魅せられた人達が足を向けて、そして祝ってくれてる。ああこの中に埋もれて人の波に押し流され透明になって私を支えてるこの心の現象を終わりにしたい。
「あっオトナだ」とミドリがつぶやく。
 人ごみの間から覗くと遠くの方から横一列に並んだ制服姿の警備員たちがこちらに向かってくるのが見えた。それがハチの集団が波打つように伝わると、ざわざわと騒ぎが起こる。急いで置いてある荷物を手に取って、こうなるとめんどくさいからみんな散り散りになって逃げてしまう。
「さあ行こ」
 そう言って私はアカの手を取る。
「じゃあ、またね!」
 そう言って私達はさっきまで馴染んだ風景を後にする。
「今度、いつ!?」
 誰かが後ろから大声で呼びかける。
「分かんない!でも、会えるといいね!」
「最近ちょっと多くないですか?」
 走りながら息を切らせてアカが言う。
「確かにね。ちょっと変だよね…」
 近頃は特に取締りが厳しくなって来てる。それも初めから知ってたみたいにみんなが集ったところですぐにやってくる。その疑いもまだ言葉で定義できるほどははっきりと意識には上ってきていなかった。大人達を巻くと、スフィアの仲間たちも数人私達と一緒に人通りのある通りまで歩いている。奇抜なファッションばかりが目につくこの場所でも私達はひときわ目立っていた。
「…どうします?」アカがアノンに聞く。
「ま、解散でいいんじゃない?」とミドリが言う
「アノンは?」
「うーん…」
 アノンがアイディアでも探すように辺りを見渡すと、ふと人ごみに紛れて一瞬、砂漠の中から宝石を見つけた時みたいに小さく見えた人の顔が目に止まった。
「…イナギ?」
「え?イナギ?イナギがどうしたの?」
「ううん、なんでもない」
 アノンは自分でも分かるくらいちぐはぐな笑いを浮かべた。
「イナギと初めて会ったのがここだったなって…」 
 アノン遠巻きからもう一度同じ場所に目をやったが、そこには既に誰も立ってはいなかった。そこの空間が人型に切り抜かれてなくなったようにも思えた。
 確かに私はイナギを見たんだ。やっぱりイナギは生きてる。 息を潜めてどこかで私達を見てるんだ。イナギ、また私を殺しに来たの?そしたら次で三度目になるんだ。

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036-探るアキラ

2012-10-23 21:20:56 | 伝承軌道上の恋の歌

 夕方、部活動を終えた帰りらしい制服姿の女子高生達とすれ違ってるとアキラの心は疼く。ここの大学の付属の高校に通ってる娘たちだ。あの歳に奏することすら許されなかった自分と比べてしまって、羨望と嫉妬の入り混じった不思議な感情が両肩をそばだたせる。イチョウ並木の先にあるその大学はシルシたちの学校とのダブルスクール組のアキラにとってもう一つの馴染みのある風景だ。
 校門をくぐるとすぐにその場に似つかわしくない近代的な造りの図書館が見えてくる。ガラスの自動ドアをくぐってエントランスでスロットにカードをくぐらせて中に入る。目的の場所には、新聞の年鑑がある。日付は20○○年、2月11日の翌日の記事。その前日の夜23時23分は、『あの事故』があった時刻。アキラは十センチ近くの厚さの蔵書ばかり、全国紙、地方紙を問わずとにかく探している日付が含まれている年鑑を何回かに分けて近くの四人がけの机に積んでいった。それから、椅子に座ってその山を崩すように一冊ずつ当時の記事を一ページずつ丁寧に目を通してめくっていく。アキラはその一ページごとに胸が少しだけ高鳴るのを感じた。シルシに力を貸したいなら、もっと早いうちに一度はこんなことをしておくべきだったかもしれない。この事実からアキラも逃げていたのかもしれないと気づく。
 そのうち、日は暮れて、夜になった。そしてアキラは見つけた。探していたのはとある地方紙の端記事。それはシルシの周知活動のビラに使われていたものとよく似ている。でも違う。その違い様はアキラの思った通りに登場人物が少し違っていた。それに元の記事には少しだけ続きがあった。

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035-奇妙な符号

2012-10-22 22:22:44 | 伝承軌道上の恋の歌

 トトがモノに連れられてきたのはカラーセラピー『アミダラ』。地下へ続く打ちっぱなしの階段を下りて分厚い防音扉を押し開けると、薄暗いバーになっている。白い大きなカプセルの上半分を斜めに切り取ったような変な形の一人用のソファが並んでる。大仰なゴーグルをはめて寝そべっている本多をトトは隣から少しあきれて眺めていた。そのゴーグルの中では気分に合わせて色んな模様や色が広がる仕組みらしい。
「…面白いところだね」トトは手持ち無沙汰にそう言った。
「…まあ、これを見ろよ」
 モノが差し出した雑誌の表紙には『ベル・メカニック』とそう書いてある。トトは怪訝そうな顔をしながら受け取ると、数ページめくって眺めてみる。
「『デウ・エクス・マキーナ・プロジェクションのデザイナーがついに出現!』だって」
 写真を見ると、灰色に染めた髪に無精髭を蓄え、目はトカゲを思わせるコンタクト・レンズを入れてる男が写っていた。脇にいる女性はゴシック調のドレスに身を包み黒い髪をマキーナと同じに結んで、車椅子に座っている。『長い沈黙を破って、今、全てを話そう』そんな見出しが踊ってる。
「…この人達が本当にそうなの?」
「イナギとヨミは自分たちを真似たって言ってるらしいぜ?『委員会』が仕掛けてきたんだろ?どこで拾ってきたやつらか知らないけど…」
「マキーナってそういうんじゃないって聞いたけど…」
「よく見ろよ、デウ・エクス・マキーナのロゴの隅に○Cがついてる。以前はなかったのにいつの間にかついてる。最近じゃあスフィア界隈でも噂になってる。後ろで絡んでるのが結構黒いんだよ。デウ・エクスのイベントのチケット売り上げもかなりの部分が架空でマネー・ロンダリングに使われてるって…」
「わたし、モノくんのやってることちょっと怖いな…」
「ああ、俺もゾクゾクしてる」
 白くて長いモノの首筋に『002』と刺青で番号の振ってあるのが覗いた。
「ねえ、その番号って何の意味があるの?」
 そう聞くトトに本多は仰向けのまま口だけを動かしてる。
「いいだろ?製造番号だよ。マキーナにも同じ場所にあるの見たことあるだろ?」
「あるけど…」
「マキーナってアンドロイドだろ?でもその数字は01なんだ。これは解釈が分かれてる。試作品の『000』があったのかって話。それに番号があるってことは後継機も作られるのが前提だったのかもしれないんだ。そのキャラクター達もこぞってスフィア化されてだんだんと像を結んでる。まだ完全にフォーカスされてないから、ディテールはバラバラだけどね。この『002』はマキーナと対になった男性型アイドロイド、マキーノ」
「ふうん。そういうのって誰が考えるの?」
「それがスフィアさ。自然と生まれるんだよ。スフィアっていうのはそれぞれの端末、つまり俺達みたいなファンからフィードバックして展開してくんだ。それがあのイナギの事故以降どんどん加速して行ってる。いつかこれがマキーナの物語に組み込まれる。それで俺は気づいたんだ。なんでここまでデウ・エクス・マキーナがブームになったのか。それにはこの背後に恐ろしく大きなものが蠢いているからなんだ。その最初の『ゆらぎ』に気づいたのがイナギだったんだ」
「でも、もうイナギは…」
「…ああ。ただ、イナギの一連の狂った行動には深い意味がある。覗き込んでも底がまるで見えない深い深い謎が横たわってる。むしろ、知ってしまったから、その層までアクセスしたからああなったんだ。この一番深い層(レイヤー)にはまだアノンも行き着いていない。でもな、トト、俺はそれをもうすぐ手に入れられそうなんだ」
「…どういうこと?」
「いつか分かるさ。お前にもみんなにも…ただ、もうどうでもいいみたい。オリジネイターが誰かなんて。回り始めた地球ならもう住む人はそのことを深く考えたりしないんだ」
「何かの事実を物語に起こったことだって話は信じてる?」
「さあね。ただ、そう信じさせたい人はいたんだろ?真似してビラ配りまでしていた人の話はよくしてる。だからイナギは殺そうとしたんだろ。そういう話さ」
「…先輩は嘘なんかついてない!」
 思わずトトは声を荒らげると、モノはゴーグルを外して前髪をいじりながら皮肉っぽく笑った。
「まあそういきるなよ。…ただね、スフィア界隈で妙な噂が広まってる。シルシってやつは嘘つきだって…ビラまで配ってやってるあの事故も全部嘘だって」
「…そんな…」
「…イナギが触れた最下層のレイヤー、この物語のオリジナルに関わってることさ」
「…帰る」
 トトはうつむいたままその場に立ち上がる。
「今は辛くてもいつか分かるさ。シルシのことも俺のことも」
 トトはそれには答えずに足早に店を後にした。

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