Are Core Hire Hare ~アレコレヒレハレ~

自作のweb漫画、長編小説、音楽、随想、米ラジオ番組『Coast to Coast AM』の紹介など

022-その時、アキラ

2012-10-06 21:20:39 | 伝承軌道上の恋の歌

 今日でもうこの病院に通うのも何日目だろうか?昔のことを思い出す。今から二年半前、ボクはシルシ君に会った。その時はボクも患者の一人。あの『研究所』でシルシ君が最後、そしてボクが最後から二番目の患者。そしてウケイ先生は最後の職員だった。夕暮れ、誰もいない研究室の廊下で手すりに必死にしがみついて足をひきずるパジャマ姿の成年をボクは見た。それが事故にあって数カ月後のシルシ君の姿だった。ボクはその日、エレベーターには乗らないで、階段を登って行った。あの頃のシルシ君が診察室のある二階まで、これが自分の足だと言い聞かせるように階段を踏みしめていた姿が懐かしくなったから。『そうだ、ちょうどボクの先を行くあの男の人のように…』それからボクはその姿に違和感を覚える。『…シルシ君?』似てる。いや、間違いない。シルシ君だ。声をかけようと思って、軽く手を上げようとしてボクはやめた。ここは病院だ。大きな声は出さない方がいい。ふと見えた横顔は何か他のことに気を取られているようだった。ボクは少し早足に踊り場の向こうに消えてしまった後ろ姿を追う。けれど階段を登り切った先で一瞬、姿を見失った。『あれ?』辺りを見渡して、まだまだ危うい足取りで廊下を歩く彼を見つけた。その階はシルシ君の病室とは違った。気になって後をつける。今度は気づかれないように。そしてその人影はとある病室の前で姿を消した。『人違いだった…かな』どうしても確認してみたくなった。好奇心がその時のボクの足を進めさせたのは否定はできない。『ここだ…』病室の入り口に立つと、まずプレートを見る。プラスチックのカバーが光を反射して良く見えなかった病室の主の名前をボクは頭をかしげて確かめる。
「…そ、そんな…」
 それを見たボクは思わず僕は息が止まった。その名をボクは知っていた。知っていたけれどけれど、その名はボクが思いつく中でも一番遠い名だった。
 そのプレートには『イナギ』と記されていたから。『確かに取り調べの時、本人も怪我の治療中だとは聞いていたけど、まさか同じ病院だったなんて…』偶然?違う。あの日あの場所でひどい怪我を負った者同士が同じ病院に運ばれたとしても不思議じゃない。『でもなんで…?』シルシ君がなんでこの部屋に…事故の復讐?それとも何かを知りたいから?
 駄目だ、考えてる場合じゃない。その前に嫌な予感を消さなきゃ。ドアのノブをひねると鍵はかかっていなかった。その次の瞬間には中に入る。シルシ君の姿は見えない。もちろん、イナギといわれる人の姿も。それは僕の目の前にベッドを囲むように引かれたカーテンの向こうだ。窓から入る朝の日の光に一人立つシルエットが浮かんでいた。ボクは急いで駆け寄って勢い良くそれを開けると、そこに立っていたのはシルシ君に違いなかった。そしてその顔はボクが今まで見たどんなシルシ君の顔より歪んで、憎しみに満ちていて、伸びた両手がベッドに力なく横たわっている男の人の首をしめつけていた。
「シルシ君、やめて!」
 ボクはシルシ君の両腕を掴んで、力いっぱいに引き離した。まだ怪我が癒えてもないシルシ君は、その勢いで力なく床に倒れこんだ。ふとベッドに横たわっている人の顔がボクの目に映る。まるで人形だ。そこには何の感情も宿っていない。『イナギ』らしき、男の人は焦点のあわない瞳をただ天井に向けていた。この人はもう何か言葉を発することもないのかも知れない…そうボクは思った。
「シルシ君、どうして…?」
 手を突いたまま動かないシルシ君を起して肩を揺さぶると、シルシ君の目もまた普通とは違う光を宿して見えた。
「あいつは殺さなきゃいけない…だから…」
 ボクが誰かも分からないように、そう独り言のようにつぶやいた。
「シルシ君はあの人が自分とアノンちゃんを殺そうとしたから、怒っているんだよね?」
 ボクは聞いた。それには答えないで
「だって、あいつは知ってるから…」シルシ君はただ独り言のようにそう言う。
「ねえ、どうしたの、シルシ君?ヤエコちゃんたちの時の犯人だと思ってるの?」
 でもシルシ君は答えない。それからシルシ君は肩に置いたボクの手に自分の手を重ねた。
「…アキラ…僕は…」
 そうして僕を初めて見た目はやっとボクを安心させてくれた。
「行こう…シルシ君、ばれたら大事だからさ…」
 ボクは頭を深くうなだれるシルシ君の手を引いて立ち上がらせた。シルシ君に肩を貸しながら、もう一度イナギの顔を確かめる。少し開いている薄い唇と細く通った鼻が心の繊細さをあらわしているようで、見開いた目は、まるで死んでいるようだけど、純粋で僕には綺麗に見えた。なぜこんな目をした人があんな狂ったことをしようと考えたんだろう?矛盾が心の中で生まれて、イナギの瞳はいつかそれに答えを教えを与えてくれるかもしれないとボクは思った。

…つづき

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