Are Core Hire Hare ~アレコレヒレハレ~

自作のweb漫画、長編小説、音楽、随想、米ラジオ番組『Coast to Coast AM』の紹介など

031-モノの冒険

2012-10-17 21:09:53 | 伝承軌道上の恋の歌


 モノはイナギの部屋で手に入れたメモリースティックをノートブックに差し入れた。するとブラウザが立ち上がって、ログイン画面が現れる。『…これがキーコードの役割をしてるってことか』画面を進めると目の前のモニターには見慣れた街の風景が広がった。『これは…』
 まるで今、スフィアの集まる聖地、神宮橋に立っているようだ。それくらいに3DのCGで街が完璧に再現されてる。しかしモノにはどこか違和感が残った。そうだ。向こうの方に第二東京タワーがまっすぐにそびえている。いつかアノンと眺めたように真ん中が曲がっていない。並行世界のように色んなものがどこか少し違ってる。
 もうひとつの違和感の訳も程なく知れた。橋の向こう森の中に見覚えのない建物があったから。だだっ広いショッピングモールとビルの中間みたいで、外観は中央に広く長い階段が見えなくなるまで続いていて何か古代の神殿のようにも見えた。空中庭園。南米の金字塔のような形だ。中がショッピングモールやオフィスのテナントになっているらしい。モノはそこに歩を進める。通りを歩く人は誰もいない。ただモノの操作するキャラクターが背中を向けている。
 そういえば聞いたことがある。第二東京タワーの計画と一緒に下町の再開発をするという話を。どうもこれはその都市計画のためのプロモーションやシミュレーションを兼ねた仮想世界の箱庭のようだ。利用者に一人ひとりアカウントと与えてこの世界の住人となってもらって計画の第二東京タワーが曲がったのと同じ日、その計画も頓挫したはずだ。これはその残骸で、どういう訳かサーバーから消されずに残っているようだった。イナギがなぜそのアクセス権限を持っているのかは分からない。ただ、イナギ自身が夢に終わったテナントビルそのものには関わりがあるとは思えない。
 だとすれば。あの事故のあった場所。あそこに行ってみよう。モノがキーボードを押すと視点がゆっくりと旋回して辿ってきた道を引き返す。無音の中、中に浮いた幽霊が彷徨うようにテナントビルと入り口に掲げられたアルファベットばかり並んだ看板、街灯を追い越していく。すると、視界の横から誰もいない道路を追い越して行くのに気づく。車だ。黒いセダンでゆっくりとモノの横を通り過ぎる。その先にあるのはあのスクランブル交差点だ。誰もいないのに信号だけが規則正しく変わっていて滑稽に思えた。次第に小さくなるリアバンパーを追っていると、車は一度大きく反対車線に膨らんで交差点の角のデパートにスピードを上げて突っ込んで行った。
『これは…』モニターの前の仮想空間で淡々と起こった現象にモノは自分の中に沸き起こる期待をなんと名づけていいか分からないでいた。車はデパートの入口に突っ込んだまま止まっている。早く追いつかなくては。確かめたいことがある。これが事故の再現をしているのなら。ゆっくりと動き続ける視界の中に徐々スクランブル交差点が広がっていく。もう少し、もう少しだ。モノの見立てが正しければそこには…
『あっ…』しかし、すんでというところで黒いセダン車は一瞬で姿を消してしまう。『くそっ』それでもモノは望みをつなぐように向かった。シルシが事故にあい、そして皆に呼びかけていた場所に。ようやく近づく。もう跡形もない。ダメか。そう思った矢先、すぐ目の前に別のキャラクターがノイズ混じりに現れた。
 それは、マキーナだった。マキーナが目の前に立っている。無表情にぼんやりとそこにいる。しばらくモノはそれを眺めていた。それと知っていなければ、マキーナとは気づかない程度のものだ。イナギが改造をしたのかも知れない。今はこれがここに立っている意味を考えなくちゃいけない。でもマキーナのイメージは答えずただ呆けたように正面を見て突っ立っているだけだ。少なくともこれが作られたのはマキーナが生み出された以降だろう。この仮想空間ができてからはずっと後だし、ごく最近に違いない。他に何か手がかりになるような…と、その時だった。モノの目の前を再び黒いセダン車が通り過ぎると、そのままの勢いで立っているマキーナにぶつかり、それは操り人形のように力なくモノの視界いっぱいに広がって潰れて消えた。それから。モノは幾度と無くその光景を眺めた。それは延々と繰り返した。『これはあの事故の再現に違いない。でも、どちらの?三年前の…それとも一月前…』モノは自分に聞き返した。『いや違う…そのどちらともだ…つまり…』
『イナギは過去の事故を完全に再現したんだ』

…つづき

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